第38話 笑顔の村(2)
「とっても素敵なご夫婦ですね!」
「いえ、夫婦では……」
「あら、カップル? すってきぃ!」
仲居さんのテンションとは思えない明るさに俺も千尋もドン引きだった。とはいえ、部屋に入ってみると仕事はできるらしくスイートルームはとてもきれいに整えられていた。
仲居さんたちがの案内後に退散すると千尋は和室様のソファーにボフッと体を預けて「なんか疲れたよ〜」とジタバタする。ちらちらとスカートの裾が捲れて太ももが見えるのが目に毒だ。俺だって健全な男子高校生……。
「あ、ナツキくん。そうだ」
突然千尋が振り返ったので俺は慌てて目を逸らした。
「なに?」
「さっきの仲居さんたち変だよねぇ。これは事件の匂い」
クンクンと警察犬のように鼻を鳴らして千尋がおどける。でも、彼女のいう通りだ。さすがにあの奇妙な笑顔は高級旅館だからというホスピタリティーでは成り立たない気がする。
「なんかさ、あの笑顔ってこう……感情がないって感じがするのよねぇ」
「どういうことだ?」
「ほら、人間の表情でいろんな感情を表すためのものでしょ? 笑顔の裏にも色々あるけどさ、なんかあの人たちのは感情のない笑顔って感じがしたんだよね」
確かに、言われてみるとそんな気もする。笑顔の裏に悪い感情すらも隠れてないから不気味に感じたのかも。
「ナツキくんの検知には何か? 実はモンスターとか」
「いいや、普通にネームプレートとおんなじ名前のごくごく普通の人だったよ」
「そっかぁ……ちぇ〜」
「なんだよ、がっかりして」
「いや、なんかほらダンジョンがらみの事件だったら配信して一儲け! なんてね」
千尋もしっかり配信者になってきたな……。でも、俺もちょっとだけ期待をしている。千尋ちゃんねるの醍醐味といえば田舎の村やダンジョンに仕掛けられた罠を見破ったり謎解きをすることでもあるし。
「っていうかさ、この旅館の人全員があの笑顔なのかな? それとも、村の人たちみんながこうなのかな?」
「ちょっと散策するか」
俺たちは貴重品と撮影機材だけを持って旅館の外へと足を踏み出した。旅館のすぐ近くには大きな建物があり、旅館でもらった地図によれば公民館だ。
「この地図、空家の場所まで鮮明に書いてあるのね」
「だって結構この辺広い上に似たような空家だらけで迷子になりそうだからありがたい」
山の中にぽっかりと空いたような平地、旅館がいくつかあってその間には空き家が立ち並んでいる。空き家なのか民家なのかの判断がつかないのでこういうわかりやすい地図があるとありがたいな。
「ごめんくださーい」
千尋は公民館の入り口で声をかけた。しばらくすると公民館の中から数人顔を出した。
「こんにちは!」
「こんにちは!」
「あ、どうも」
奇妙な笑顔の村人がこちらに寄ってくると千尋の撮影機材をツンツンと突いて
「これは? 何かの撮影ですか?」
と笑顔のまま聞く。仲居さんだと違和感がなかったので気が付かなかったが声のトーンも嫌に高くて不気味だ。この村人は夫婦だろうか……、50代くらいで薬指に指輪をしているが……。
「はい、私たちダンジョン配信といってこうビデオ撮影をしてて」
(バカッ! 千尋のやろう本当のことを言わなくてもいいじゃんか!)
先に千尋をテレパシーのスキルが取れるダンジョンに連れて行くべきだったと俺はひどく後悔した。彼女は鋭かったり、時に阿呆になったり……。これから相棒としてちゃんねる運営をしてくなら周りに悟られずに話せるようにしておく必要があった。俺としたことが……!
俺が激しく後悔をしていると、村人は千尋に近づいて撮影機材を触ると
「へぇ〜、素敵ねぇ。どうぞどうぞ、うちの村のいいところをたくさん撮影してちょうだいねぇ」
と気味の悪い笑顔で言った。もしや、俺たちどころか配信そもそもを知らない可能性……テレビか何かと勘違いでもしているのか?
まぁ結果オーライってことで。
「そうそう、この辺だと龍神様の湧水が有名なのよ。ぜひ撮影していってくださいね」
「龍神様?」
「えぇ、この辺では昔から龍神様の伝説があってね。白い竜が天災から村の人々を守ったのよ。ぜひお参りしていってね」
龍神様か……日本の神社の中には龍神様を祀っているところもあったっけ。地図を見てみると龍神様の神社は割とすぐ近くにあり、規模的にはこぢんまりとしてそうだが行ってみよう。
「あの、この辺って商店とかありますか?」
俺が質問をすると村人夫婦はこちらをぐるっと向いて気味の悪い笑顔を向けた。あまりの奇妙さに俺は思わず顔がひくつく。
「あぁ! 商店ならここ!」
村人は俺の持っている地図を指差して教えてくれた。空き家の中に小さな看板のような絵が書いてあり、どうやらそこが唯一の商店らしい。
「ここが山の奥商店さん。なんでも置いているけど閉まるのは早いから急いだ方がいいですよ!」
公民館にいた村人夫婦? に礼を行って俺と千尋は山の奥商店を目指して歩いた。
「ねぇ、ナツキくん。こういうときは……」
「千尋、お前マジでここの村の」
「シッ」
千尋は小さな声でコソコソと俺に
「絶対おかしいもん。謎を解いてやろう」
と言った。
「こういう時の定石はこの村で異常な人間を探すことだ」
「つまり……?」
「笑顔じゃない人間を探すってことだ」
俺が指差した先、空き家の影から顔を出していたのは小学生くらいの男の子だった。俺たちと目が合うと少年は怯えた顔でサッと姿を消した。
「おうぞ!」
「了解っ!」
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