6章 笑顔の村 編
第37話 笑顔の村 (1)
「え? ナツキくん高校やめるの?!」
「あ、あぁ。俺さ、単位足りなかったんだよな……。それに、高卒は最悪試験であとからでも取れるし」
「私と一緒に通信の学校に行くとかじゃダメ?」
「通信かぁ……うーんってお前いつの間に通信高校に?!」
「あぁ、この前ちょっとナツキくんと別行動してた時にね。マリコさんに序言をもらって地元に帰ったの。で、ついでに高校に寄って通信科へ転科したんだよね」
「ちゃっかりしてんな……」
「まぁね。でも、うちは両親もいないし生きるためにね? 配信しないと」
そのホクホク顔で言われると説得力がない。今や千尋も俺も年収数千万のとんでもない金持ちだぞ。アマミヤのように豪遊していないのが奇跡なほどに俺たちは質素だが、普通なら高校なんか行かなくても一生資産運用で生きていける。そのくらいの金額は持っているはずだ。
「通信って数ヶ月に一度登校しないといけないんだよな?」
「私と一緒ならいいでしょ?」
こういう時、千尋は嫌に強引だ。強引すぎて困るぐらい押しがつよい。おとなしそうな見た目のくせにこういう頑固なところは誰に似たんだろうか。
「っていうか、千尋が通ってる通信制のある高校ってどこの田舎だよ?」
「あっ、今バカにしたでしょ!」
「してないって」
「したよ〜、笑ってるじゃん!」
むぅとほっぺを膨らませて怒っている千尋はなんだか嬉しそうで、俺もちょっとだけ嬉しくなる。あれ、なんか俺、外堀を埋められている気が……。
「じゃ、編入届書いちゃうね〜」
「用意してたのかよっ!」
***
群馬県の山奥、千尋の住んでいた限界集落よりも少しだけ都市部に近い(しかし田舎である)にその高校はあった、俺はサクッと転入手続きを済ませて、入学金を支払い千尋と同じく通信科の生徒となった。
「それじゃ、課題の提出は基本メールで。それから、通学は3ヶ月に一度、1ヶ月に1度リモートでの授業がありますから必ずご出席くださいね」
せっかく群馬まで来たんだし、ということで千尋と俺は寂れた旅館にチェックインをすることにした。千尋の出身の村とは逆方向の山の中で限界集落というよりは温泉旅館がポツポツとあるだけで、集落っぽく見えるのはほとんど空き家だそうだ。
人が住んでいそうなのにがらんとした感じがしてすごく不思議で不気味だ。開けっぱなしの引き戸からは今にも老人が出てきそうだ。
「この辺はほとんど空き家ね〜」
「そうだな」
「でも、この辺にも村があるはずなのよね」
「旅館のそばに公民館があったろ? その辺でお菓子とか売ってないかな」
「売ってるかも! 後でいってみよ!」
この辺の名産といえば山菜とボタン料理だ。猪の肉は上手に調理されているととんでもなくうまい。一応この辺では一番高い旅館を予約したはずだから大丈夫。しかも最高級コース!
「そういえばさ、最近経堂刑事から連絡ないよな?」
そういえばかなり前に「絶対に冒険者が死ぬダンジョン」があるとかなんとか言っていたような?
「そう、北海道に行こうって一緒に話してたんだけど……、美咲グラムとアマミヤの件で余罪がたくさん出てきて事務作業に追われているらしいわ」
「へぇ、じゃあ俺らものんびりできそうだな……。学校の課題を片付けつつ次の企画でも考えようぜ。ナツキ復活でがっちり俺の元ファンも捕まえよう」
「やっぱり、ナツキくんがきたら無双配信とかしたいよね、ほら最強のドラゴンを秒速でやっつけて〜とか」
「ブラックエンペラードラゴンとか?」
「いいね、でも無双配信もいいけど、尺が取れそうなのは<未知のダンジョン>配信よね。できれば強そうなモンスターがいるところがいいんだけど……」
未知のダンジョン配信……やりてぇぇ!!!!
今までフユくんとして数々のスキルを封印していたし、謙虚にカッコつけていたから正直うずうずしてたんだよなぁ。
カッコつけずにズバッとスパッとサクッとダンジョンを攻略してぇ。でも、もう隠すことないんだよな。あぁ、本当によかった。
「よし、課題なんかさっさと終わらせてガンガンダンジョン行こう!」
俺と千尋の意見が一致した時、目の前に旅館が見えてきた。昔ながらの日本家屋で温泉の匂いが立ち込めている。俺たちの声が聞こえたのかすでに玄関先に数人の仲居さんが出てきていた。
「ようこそ! 笑幸館えこうかんへ!」
俺たちを文字通り笑顔で迎えてくれた仲居さんたちは甲高い声を揃えてそう言った。お客さまは神様だ、お客さまには常に笑顔で……なんて接客業をしていると言われる者であるが俺と千尋はその異常性に身震いをしていた。
というもの、まるでハンコでも押したように仲居さんたちはおんなじ笑顔をうかべているのだ。
目は完全に視界が潰れてしまっているだろう細い糸のように弧を描き、口角も三日月のように上がっている。なんというか、幼児が描く似顔絵のようだ。
俺と千尋は一瞬だけ顔を見合わせ、俺がこっそり検知スキルをかけるも彼女たちは紛れもなく人間で、スキルもそれぞれの一般人だった。
「いらっしゃいませ、大野様」
「お部屋へごあんなーい!」
同じ笑顔の仲居さんたちに案内されて、俺と千尋は一番高い部屋へと向かった。
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