第35話 正義のアマミヤ 没落編(2)
内容証明? とかいう書類を送ってすぐにアマミヤ側から直接謝罪の場を設けたいという連絡が来た。
「さっすが、はやかったねぇ」
俺はヒナノさんの事務所でコーヒーを淹れてもらって今後の方針について話し合っているところだ。
「でも、あいつ金なら死ぬほど持ってるだろうしなんでこの和解条件飲んだんでしょうね」
ヒナノさんはコーヒーによく合いそうなクッキーをこちらによこして、向かい側のソファーに座るとニンマリと笑った。
「あのね、できる弁護士っていうのは下調べをしっかりした上でクライアントに提案をするものなのよ」
上品にコーヒーを啜って、足を優雅に組み替える。色っぽいんだろうが俺には大人すぎる。
「正義のアマミヤこと天宮コウスケはギャンブルで貯金はゼロ、毎月の投げ銭や女からの貢物でその日暮らしをしているわ。その上、未成年にも手を出しているようだし、刑事告訴となって大きく報道されれば泣き寝入りをしていた少女たちは次々に名乗り出るでしょうね。それに、アマミヤと同じような配信者がハイエナのように群がって余罪が炙り出されて2度と社会復帰が不可能になる」
こ、こえぇぇ……。
ヒナノさんは経堂刑事をどろっどろに煮詰めて死ぬほど性格を悪くして賢くした感じだ。目の奥が笑ってない。絶対に敵に回してはいけない人だ。
「そうなるくらいなら、あなたに謝って活動を停止して消えてしまう方が後々の人生のためにいいと思ったんでしょう? もちろん、慰謝料とナツキダンジョンとしてこの数ヶ月で稼げたはずの逸失利益を数億なんて払えないでしょうしね」
俺の暴露配信でかなり稼いだだろうに、全部使っちまったのかよ……。いや、俺や千尋が変わってるのかな。
「そういえば、お嬢ちゃんは?」
「あぁ、なんか自分はやることがあるのよ! なんて行ってしばらく会ってないんですよね」
「ふふふ、若いっていいわよねぇ」
「?」
ヒナノさんは意味深に笑うとまた一口コーヒーを啜った。
***
約束の時間になってこちらの弁護士事務所に現れたのは俺より少し年上で坊主頭の青年だった。動画で見るよりもやつれていて、まるでイキリ動画で大炎上した素人のようだった。
「あ、あの……すみませんでした」
ぺこりと頭を下げた彼の隣にいたのは気の弱そうな男弁護士でヒナノさんを見ると「ひぃっ」と怯えた様子だった。
「あら、それが謝罪かしら。あなたは誰に対して何をしてしまったことを謝っているの?」
正義のアマミヤは床に手をつき、
「確実な証拠もないまま、ナツキダジョンさんを犯罪者扱いし、視聴者を誘導して炎上させてしまい申し訳ありませんでした」
と言ったあと土下座をした。
俺や、その他の配信者やインフルエンサーを地獄に突き落としていた彼とは思えない口振りだった。
天宮コウスケ
固有スキル:瞬足
その他スキル:なし
瞬足のスキルは固有スキルの中でも最弱と言ってもいいスキルだ。そして、彼がその他のスキルを持っていないのは彼を冒険に誘ってくれる友人がいなかったから、だろう。
これは俺の憶測だが、冒険者になりたくても慣れなかった鬱憤を「暴露」という形で晴らしていたのかもしれない。
俺は謝罪に対して何も答えなかった。許すことはもちろんしない、でも感情をあらわにしてあいつを楽にする気もなかった。あいつは俺の感情がわからないまま一生苦しめばいいのだ。
「それでは、ここからは記録のために録音と誓約書の読み合わせ、署名に移りたいと思います」
ヒナノさん主導で俺たちは誓約書を交わした。
「大野夏樹は親告罪であるものは刑事告訴しない。また、精神的苦痛における慰謝料の請求もしない。その代わりに、天宮コウスケは、こちらが作成した文書をSNSに掲載後今までのチャンネルやSNSなどを削除し復活、譲渡などをしないこと。今後10年間は別名義でも活動しないことを誓約する」
つまりは、今この瞬間に正義のアマミヤは死ぬのだ。
「では、掲載する文面をご確認お願いします」
ヒナノさんはプロジェクターにPDF文書を映し出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私、正義のアマミヤは多大なる迷惑をナツキダンジョンチャンネルおよびそのご家族に多大なるご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます。
ご存知の通り、当チャンネルで起きた美咲グラムの暴露に関しては虚偽であり、ナツキダンジョンさんは無実だったことが判明しました。私は曖昧な情報をあたかも本当であるかのように報道し、炎上誘導をしてしまいました。そこには「真実よりも自分さえかせげれば良い」という甘い考えがありました。
今回の件を受けて、正義のアマミヤチャンネルおよびそれに付随するすべてのSNSを閉鎖し、正義のアマミヤにまつわる契約をすべて辞退いたします。
また、正義のアマミヤの中の人である僕自身も今後はSNSや配信に関わる事をやめます。
この度は申し訳ございませんでした
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「問題ありません」
アマミヤは消えそうな声でそういうと、気の弱そうな弁護士に向かって小さく頷いた。気の弱そうな弁護士は
「では、SNSで投稿し各テレビ局にもこの文章をアマミヤさんのメールアドレスから送付します。SNSはこちらでパスワードを変更し、僕が5日後に削除します」
たった今、俺を陥れた「正義のアマミヤ」は死んだ。
俺としては、美咲グラムの死を聞いた時にいい気持ちがしなかった。ある意味で俺が彼女が生きて償う道を奪ってしまったから……。だから、正義のアマミヤにはしっかりと生きて償ってほしいと思う。
こいつが淫行したとかどうとかいうのは正直俺には関係のない話だし……。
「あの……本当に申し訳ありませんでした」
でも、こいつに何か言葉をかけてやる気なんかない。無論、許してやる気もない。金の稼ぎようを失って、惨めったらしく生活レベルを落として生きればいい。もう、俺には関係のない人間なんだから。
「じゃあ、SNSの削除が確認できたら私からご連絡します。誓約書は双方10年間保管します。それじゃ、この辺で」
ヒナノさんが誓約書をクリアファイルにいれて相手の弁護士に渡すと見送るために腰を上げた。
——チンッ
エレベーターが止まった音がしてヒナノさんが不思議そうな顔をする。
「来客の予定はないのだけど」
ヒナノさんの事務所は雑居ビルの3階でワンフロアすべてがこの事務所の敷地になっている。
ヒナノさんの反応を見て不思議に思っているとエレベーターの中から大量のスーツの人間が降りてくると、なんだか見覚えのある女刑事がいた。
「天宮コウスケ。あなたに逮捕状が出ているわ。青少年保護育成条例違反、児童売春・自動ポルノ禁止法違反、準強姦未遂容疑、強姦容疑……」
経堂刑事は数々の犯罪を読み上げた。呆気に取られているアマミヤと俺、そして弁護士2人。
みるみるうちにアマミヤは警察官たちに囲まれてエレベーターに乗せられて行った。
「みて、ビルの下!」
ヒナノさんに言われてこっそり窓を覗くと、ビルの下、正面の道路沿いにはパトカーが何台か並んでいた。そしてそれを上回る数のバンが止まっていて、たくさんの報道陣がカメラを構えている。
「テレビテレビ!」
ヒナノさんに命令されて俺は事務所のテレビをつける。チャンネルをいくつかザッピングしたがちょうどお昼のワイドショーの時間だったからかどれもこれも「有名配信者逮捕!」の生中継だ。
「でも、普通こういうのって<おはよう逮捕>よね?」
「いや、俺はよく知らないっすけど」
「ほら、現行犯じゃない逮捕って朝早くに容疑者の家に行くっていうのが多いって聞くけど……、なんでここに彼がいるってわかったんだろう?」
弁護士さんにわからないことが素人高校生の俺にわかるか! とツッコミを入れようとしていた時だった。
「そんなの、私がリークしたに決まってるじゃん」
どこからともなく現れた千尋が事務所の入り口でピースサインをしていた。
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