第23話 勇者の村(7) 真相解明 後編





「どうだっていいよ、もう」

 山中拓馬はそういうと俺を睨んで「人殺し」と強く罵った。


「人殺し? それはどういう意味?」


 経堂刑事の質問に、山中拓馬はぽつりぽつりと話だした。

「10年前、俺と父さんは千仏豊満鏡せんぶつほうまんきょうを探してあの洞窟に入った」

 千仏豊満鏡せんぶつほうまんきょうは村に伝わる古い宝だったそうだ。彼が俺たちに見せてくれた巻物を頼りにこの村に辿り着いた山中家は小さな平家を借りてここで生活を始めたらしい。

 山々や村の遺跡などを調べても千仏豊満鏡せんぶつほうまんきょうは見つからず、ついにあのダンジョンに辿り着いたそうだ。ダンジョンが生成された時に千仏豊満鏡せんぶつほうまんきょうが出土しているかもしれない……そんな思いで彼の父親はダンジョン探索を始めたそうだ。

「父さんは強い冒険者でね。あの悪狐を倒したんだ。でも、呪われてしまった」

「呪われた?」

 悪狐は確かに神獣であるが、呪いなんて能力はないはずだ。現に、あのダンジョンにいたあいつにはそんな能力はなかったはずだ。

 もしも悪狐に呪いなんてもんがあったら俺は何十回呪われればいいんだ……。あいつ、俺の顔見ただけで逃げ出すんだから。まじで。

「父さんは……ヤツを倒した瞬間からに悪狐になってしまったんだ。父さんは……呪いで……」

 山中拓馬はぐっと拳を握ると小さな声で

「父は……暴走して隣にいた母を食った」

  山中花梨が「ひっ」と口を抑え泣き出す。

「俺たちは呪いが解けるという呪術師をここへ連れてきた。でも、ダメで……けど……」

 山中拓馬がぐっと唇を噛んだ。しばらくの沈黙のあと彼は

「悪狐が呪術師を食ったら数分だけ、父さんの姿に戻ったんだ。父さんは言った、強い冒険者であればあるほど聖なる力で父さんは元の姿に戻れるって」

「それは……悪狐の幻術ですよ」

 俺の言葉を信じたくなかったのか山中琢磨は「違うんだ」と反論する。泣くばかりの花梨は「もうやめよう、やめよう」と兄に縋り付いていた。

「悪狐を倒すにはコツ……というか倒し方があるんです。あいつは自由自在に姿を変えます。姿が変わると弱点も変わります。例えば、狐の姿であれば氷が弱点ですが、ファイアドラゴンになればファイアドラゴンの弱点と同じ水に変わります」

 山中拓馬は俺をじっと睨み

「だからなんだよ」

 とすごんだが、俺は冷静に続ける。

姿んです。あいつを倒すためにはを攻撃して倒す必要があるんです」

「それが尻尾……」

 千尋がつぶやいた。

「そう、あいつは何にでも変身できるが尻尾を隠すことはできない。まぁ、神獣とは言っても完璧じゃないんだろうな。その代わり、尻尾を切り取らない限りあいつは倒せない。あなたのお父さんは魔法か何かであいつを倒したんじゃないですか?」

 山中花梨が

「お父さんは氷弓で悪狐を倒しました。たしか……脳天に突き刺さったのをよく覚えています」

「じゃあ、父さんは尻尾を切り落とさなかったから呪われたのか?」

 俺は山中気兄妹を見て悲しい気持ちになった。ダンジョンの中に入る人間にはたくさんの目的がある。俺の様に単純に冒険を楽しみたい人もいれば、バズりたい配信者、仕事でマッピングするために入る公務員、金儲けや人殺しのためにダンジョンを利用する人間……。

 そのどれもが入念に下調べをするわけでもなければ、モンスターに詳しいわけでもない。だから、彼らの様に知識がないゆえにモンスターに騙されてしまう人もいるのだ。

「いいえ、悪狐はあなたたちを利用するために倒されたフリをし、あなたのお父さんを食い、お父さんに化けたのでしょう。そして、人間を効率的に食うために君たちを利用した」


 悪狐というのは別に「人間が憎し」とか「戦いが好き」とかそういうことではなく悪意なく「いたずら」の感覚でやってくる冒険者を殺しているのだ。

 ダンジョンが発生してから長い間、悪狐は神獣として記憶を引き継ぎ続けていた。

 そんな中でやつは人をおもちゃにすることを覚えたんだろう。仲間に化けてパーティーを壊滅させたりした話を聞いたことがあったっけ……。

 

「あなたたちは悪狐にとって、強い人間を運んでくる道具だったんです」


 山中花梨が泣き崩れた。

 彼らは父親を救うために多くの人間を手にかけたのだ。そして、その生き返らせたいはずの父親はモンスターの作り出した幻想だった。彼らの生きる目的はもうずっと前に失われていたのだ。


「すべての犯行を自供してくれますね」


 経堂刑事は2人が何も話さなくなると静かに言った。峰刑事とその他の捜査員が部屋にどっと入ってきて2人を取り押さえた。

 連行される2人を見ながら千尋がそっと俺の手を握った。震えている彼女の手はなんだか力なく、細くて消えてしまいそうだった。


「家族を助けたかっただけなんだよね」

「そうかもな……」

「そうだ、千仏豊満鏡せんぶつほうまんきょうはダンジョンにあったの?」

 俺の検知スキルでそういう類のものは引っ掛からなかった。悪狐が再現した泥人形はあったが……、あれは虚像だし……。

「なかったよ。そもそもそんなもの存在しなかったのかもしれないな。ほら、徳川埋蔵金みたいにさ」

 千尋は切ない表情で俯くと「そうかもね」と答えた。



「千尋ちゃん! 来て!」

 経堂刑事の叫び声に俺たちは驚きながらも家を飛び出して経堂刑事とともにパトカーへ向かった。人だかりを抜けると1台のパトカーの後部座席のドアが全開になっている。その側には峰刑事が悔しそうな顔で俯いていた。

「死んでます……経堂さん」

 峰刑事の言葉を聞いてパトカーの中を覗き込むと山中兄妹が口や目、鼻から血を吐いて寄り添う様にぐったりとしていた。

「千尋さんから離れたところで服毒したようです。手錠をしていたのに……申しわけありません」

 頭を下げる峰刑事に経堂刑事は何も言えないのか悔しそうに目を細めた。

「彼らは……所持スキルからして毒薬のプロでした。服毒せずとも皮膚から毒を摂取したのかもしれないです。だから……その」

「ありがとう、大野くん。峰、救急車を手配して。それから、あんたは気にするな。止めるのは無理だった」


 経堂刑事の寂しそうな背中を眺めながら、俺と千尋は何もできなかった虚しさにだた俯くことしかできなかった。


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