第19話 勇者の村(3)


「どーも、こんにちは。ご予約の千尋さんですね。えっと、そちらは撮影者の方?」


 山奥の村にいる人間にしては全く訛りのない言葉に俺は違和感を覚えた。山中拓馬やまなかたくまと名乗った青年は顔立ちがくっきりとしたいい男で年齢は俺たちと同じか少し歳上くらいだ。


「はい、こちらはフユといって動画撮影担当の傭兵です。えっと、山中さん。さっそくですがダンジョンの話を……」

 山中拓馬は俺の方をちらっと見ると少しだけ嫌そうな顔をした。俺が顔のほとんどを隠しているからか? ほんの一瞬だったから俺の見間違いか?


山中拓馬

固有スキル:採取

その他スキル:忍び足、毒味


 検知スキルでこっそり彼を見てみたが、普通の人間のようだ。固有スキルも戦闘系ではないし、こいつが冒険者たちを殺しているということはなさそうだ。

 しっかし、顔が整ってるなぁ。ついこの前、人魚を使って理想の子供を作り出す奴らをみていたから少し疑ってしまいたくなる。でも、そういうこともなさそうだし。

「あの〜、俺に何か?」

 ちょっとジロジロみすぎたのか山中拓馬は不審そうに俺を見ると「どうぞ」と俺たちを座敷に案内してくれた。平家ひらやの中は玄関から全ての扉が見えるほど狭く、生活感のある民家といった印象だった。キッチンには女性が立っていてお茶を淹れてくれている。


山中花梨

固有スキル:培養

その他スキル:忍足、解毒



「あぁ、花梨。予約の人たちだよ」

 彼に声をかけられると山中花梨やまなかかりんはお盆に湯呑みを3つ乗せてこちらへやってきた。彼女も山中拓馬と同じく目鼻立ちの整った美女でツヤっとした黒髪はまるでシャンプーのCMにでも出てきそうなくらい綺麗だ。

「花梨は俺の妹です」

「はじめまして、山中花梨やまなかかりんと言います」

 美人だが化粧っけがなく透明感という言葉がぴったりな女性だ。兄妹だと言われてみると少し目元の雰囲気が似ているかもしれない。

 千尋はお茶に口をつけてから兄の方に

「それでは、さっそく今回の募集の内容を聞いてもいいですか?」

 と目を輝かせる。山中拓馬は申し訳なさそうに笑うと「よっこいしょ」と立ち上がり、壁沿いに置いてあった飾り棚の上から巻物を手に取るとこちらへ戻ってきてそれを広げた。

 巻物には千手観音のような手がいっぱい生えている金色の仏像とその後ろには蓮の花をかたどった様な鏡が描かれている。

千仏豊満鏡せんぶつほうまんきょうはこの村に古くから伝わっている宝物だそうです。それはそれはダンジョンがこの世界に出現する前から……本来なら博物館にあるような貴重なものなんです」

「でも、そんな貴重なものがどうしてダンジョンに?」

 山中兄妹は顔を見合わせる。そして、今度は妹の方が口を開いた。

「長らく行方不明だったこの千仏豊満鏡せんぶつほうまんきょうですが、ダンジョンが生成された時にダンジョンに飲み込まれてしまったものではないか……と推測がついたんです。10年ほど前、トレジャーハンターである父がその結論に辿り着きました」

 2人は部屋の奥にある仏壇に視線をやった。仏壇には遺影が二つ。THEトレジャーハンターと言わんばかりの帽子を被った男と、儚げな美人。

「父と母です。2人は考古学者兼冒険者でした。ダンジョンの生成によって地下空間にあったいろんなものがダンジョン内に出土することがある。化石や歴史的な遺物などをダンジョンの中で探すのが父の仕事だったんです」

 確かに、神出鬼没のダンジョンは年々増えている。もちろん、さまざまな理由によってダンジョンが死に、ただの洞窟に変わってしまうこともある。

 ダンジョンのほとんどが地下に生成されるため、ダンジョンができるよりも前に埋まっていたもの……例えば、遺跡とか遺物とか縄文土器とかそういうものだ。だから、歴史学者や考古学者が冒険者を雇ってダンジョンの中を探索するということもあるんだろう。

「失礼ですがお亡くなりに……?」

 千尋の質問に2人は悲しそうに俯くと

「実は、10年前に父はダンジョンに千仏豊満鏡せんぶつほうまんきょうを探しにいき、モンスターに殺さました。母は女で一つで僕たちを育ててくれましたが数年前に……ですから、僕たちにとって千仏豊満鏡せんぶつほうまんきょうを探し出すこと、ダンジョンのボスを殺すことは両親の仇なんです」

 千尋は涙を溜めながら2人の話を聞いていた。俺から言わせてもらえば胡散臭いったらありゃしない。どうして千尋はものを疑うという思考がないんだろうか。

「で、報酬というのは?」

千仏豊満鏡せんぶつほうまんきょうを寄託する権利をと思っています。千仏豊満鏡せんぶつほうまんきょうはこの資料にもある通り数百億の価値があると言われています。ですから……」

 数百億! となると話は変わってくる。さすがの俺も数百億は心が惹かれる。絶対にワナだとわかってるけど……ダンジョンのボスを倒せばいいんだよなぁ? 

「ぜひ、お受けします。フユくんもいいよね?」

「あぁ、ぜひ」

「花梨、あれを持ってきてくれ」

 山中花梨が本棚の引き出しからクリアファイルを持ってくると中から紙を1枚取り出して机の上に置いた。


<誓約書>


 誓約書には「このダンジョンで死亡、または怪我をしても一切の責任を山中兄妹に問わない」という旨が長々と書かれていた。危険なアクティビティ……例えばバンジージャンプなどでも書かされる誓約書によく似ている。


「代表者のみで失礼します」

 千尋は何の疑いもなくサインをすると誓約書をつっ返す。

「確認できました。ありがとうございます。では、ダンジョンに入る前にお声がけください。僕も同行します」

「え? 同行ですか?」

「はい、あのダンジョンは迷宮様式になっておりまして……いつも僕がボスのいる下層までご案内しているんですよ。宿はここから数十分バス停の方へ戻ったところにある温泉宿をご利用ください。千尋さんの名前でご予約してありますんで」

 

 時計を確認するとまだ昼前で、動画を編集する時間も取れそうだ。配信のゴールデンタイムに合わせて配信開始は20時頃になるはずだな。


「それじゃあ、ダンジョンに入る前にこちらに寄らせていただきますね」


「えぇ、お願いします」

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