第15話 誘う村(7) 真相解明 後編
「ずっと、隠していてごめんなさい」
清香さんは海斗くんを抱きしめ、深々と頭を下げた。
「海斗!」
高瀬健太が大声を出した。かけよって、息子の顔を確かめる。しかし、清香さんは彼に海斗くんを渡そうとはしなかった。
「それ以上、近づかないで下さい」
峰刑事が高瀬健太と清香さんの間に入り、なんとか彼を落ち着かせる。
「いったい、村のどこに?」
清香さんは旅館の3階、俺たちが泊まっていた最高級の部屋の向かい側、もう一つの同じランクの部屋に海斗くんを隠していたのだ。完全防音の部屋では赤ん坊の泣き声は外に漏れないし、担当である清香さん以外が勝手に部屋を開けることはない。
赤ん坊を隠すのには絶好の条件だったというわけだ。
「美希に自分が帰ってくるまで海斗くんを預かっていてほしいと……2日戻らなかったら警察か、冒険者を呼んでダンジョンの秘密を解き明かしてほしいと……」
清香さんは震える声でそういうと、眠っている海斗くんを愛おしそうに見つめた。
「みんなは、私と美希が仲が悪くなったなんていうけれど、そんなことはなかった。病気で子供が産めなくなってしまった私にこの村で優しくしてくれたのは美希だけだった。私は美希の幸せが自分のことの様に嬉しかった」
清香さんはポロポロと泣き出した。そして、高瀬健太を睨んだ。
「健太くんが……洗礼をしたがらない美希に『早く洗礼をした方が愛着が湧かなくていい』って言ったこと、聞いたよ。おかしいと思った。狂ってると思った。本当は……美希が生贄の証拠を撮って戻ってきたら……愛莉ちゃんと海斗くんと4人で街に逃げるつもりだった」
美希さんは<透視>という固有スキルを持っていた。おそらく、あの洗礼のほら穴へ下見か何かに行った際に隠し扉を透視してしまったのだろう。あのほら穴はダンジョンの一部、固有スキルの能力が高まるため訓練をしていない人でもスキルを発揮してしまうことがある。
「美希さんは、透視のスキルであのほら穴に隠し扉があることに気がついてしまった物だと思われます。そして、子供を生贄にするなんていう残酷な儀式の真実を求めるあまり、ダンジョンに迷い込んでしまったんです」
美希さんは洗礼のほら穴の隠し扉や泉が地下深くまで続いていることを知り、疑った。何よりも、美希さんは海斗くんも愛莉ちゃんも怪しい洗礼なんかさせるつもりはなかった。
もしかしたら、彼女は洗礼を受けた子供たちが<召喚物>であることを透視で気がついていたのかもしれない。彼女は隠し扉の先に何があるのか、何がいるのかを確かめるため、洗礼のほら穴の隠し扉からダンジョンに侵入した。
怪しまれないために、赤ん坊の人形を抱いて……。しかし、あのほら穴はボスのいる下層まで一方通行。つまり、彼女はいきなりあの人魚に遭遇してしまったのだ。必死で逃げ、中層の鍾乳洞で足を滑らせてしまった。
「もっと早くに誰かが止めていれば、第1子を大切にする昔ながらの風習を疑問視していれば」
俺はじっと若い村人たちを見つめる。
「あなたにはわからないわよ。この小さな村で生きていくのに、どんなに同調圧力があるか……、お年寄りがどんなに権限があるか。村八分がどんなに怖いか!」
坂本莉子が怒鳴った。すかさず千尋が言い返す
「お子さんを殺してまで? そんなのおかしい!」
俺は坂本莉子を睨む。
「ここまで来て人のせいにするんですね。あなただって、子供に優秀さや美しさを求めたんじゃないですか? もしも、美希さんのように抵抗していれば……こんなことにならなかったんじゃないですか」
坂本莉子は押し黙った。
この村は隠れキリシタンが起源になっている小さな村で、他の田舎の村よりも同調圧力や村八分などを恐れる風習が残っているのは理解ができる。
でも、ネットも引越しができる環境もある現代でその風習に従って子供を殺すなんて異常だ。やはりそこには親の「優秀な子供を作って将来楽をしたい」という欲望があったはずだ。
「あなた方は最低です」
「峰、子供を洗礼に出した村人全員に逮捕状を請求。全員、殺人幇助で逮捕。それから……洗礼を受けた子供……いえ、人魚の召喚生物は保護しなさい。捜査員全員すぐにとりかかりなさい!」
経堂刑事が号令をかけると、旅館の外で待機していた捜査員たちが一斉になだれ込んできた。
ダンジョンを利用して殺人をする行為やモンスター・幻獣の類を使って殺人をする行為は、刑法だけでなくダンジョン保安維持法、特殊能力使用法など様々な法律に反する行為だ。
おそらく、村長は死刑。子供を殺した親たちは良くても固有スキルの無効化及び無期懲役、みて見ぬふりをしていた老人たちもただでは済まされないだろう。ダンジョンの絡んだ犯罪はかなり厳しく裁かれる傾向がある。もう、この村は終わりだろう。
「京太郎! 京太郎!」
坂本莉子が捜査員に抑えられながら京太郎くんに向かって手を伸ばす。京太郎くんは女性の捜査員が優しく寄り添っている。
彼は幻獣が作り出した<召喚生物>だ。このまま人間として暮らすことは許されない。とは言っても人間と同じ様に知性があるためどこかの施設で一生を過ごすことになるだろう。彼だけでなく、あのパンフレットに載っていた5人も、25年前から今までの間で洗礼を受けている村の子供たち全員だ。
「京太郎……京太郎!」
坂本莉子は涙ながらに彼に手を伸ばした。京太郎くんが保護されるとなれば彼女が塀の外に出るまで会うことはできない。塀の外に出られれば……の話だが。
「こっちを向いて、顔を見せて」
しかし、京太郎くんはそんな母親に目もくれず、捜査員の女性を見上げて満面の笑顔でこう言った。
「僕、勉強する時間なんだ。机と椅子はどこにありますか?」
この子は人間ではない。
人魚が人間の欲望を具現化して召喚した人間の様な何かだ。
その場にいた全員がそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます