第16話 誘う村(8) 終
旅館の部屋に戻ってから俺は泥の様に眠った。戦闘自体は大したものではなかったが、村人たちのほとんどが拘束されるような出来事に巻き込まれたのは精神的にしんどかった。
俺は目を覚ますとガチガチの体をごろんと横に倒してから腹筋を使わずに起き上がる。明日の朝にはチェックアウトをしないと。ここの旅館の女将は逮捕されなかったがしばらくの間は食品などを村から仕入れていたこともあって休業するらしい。
その間、この旅館は清香さんと女将さん、そして愛莉ちゃんと海斗くんが暮らすそうだ。
まぁ、これ以上あの人魚の犠牲になる子供たちがいなくなったことを喜ぶしかないか……。
そんなことを考えながらぼーっとしていたら、露天風呂につながる引き戸がガラガラと開いた。
開いた……?
俺は視界に飛び込んできた光景にぎょっとして「あっ」と腑抜けた声が出てしまった。バスタオル一枚をぺろっと体に巻いて、濡れた長い髪を片方に垂らし、いつもとは違うほてったすっぴんの千尋だった。千尋は俺を見て固まり、ポタポタと水滴が彼女の体から床に垂れた。ついでにバスタオルも床に落ちた。
「えっ……」
千尋は既に風呂上がりで熱っているのに真っ赤になり、わなわなと口を震わせると「ぎゃー!」と叫んでしゃがむと落ちたバスタオルをつかむ。そしてとてつもない勢いで俺の部屋からリビングの方へと走っていった。
(もしかして、裸……⁈)
俺は状況を飲み込むまでに少し時間がかかり、さっきみたものを完全に理解すると千尋と同じ様に全身がカッカッと暑くなった。
***
翌朝、俺たちは昨日のアレをなかったかの様に普通に「おはよう」と挨拶をすると、清香さんたちの作った極上の朝食に舌鼓を打っていた。
「うう……マヨネーズがきれるなんて」
「マヨなしの方がうまいだろ、和食は……。この出汁の繊細な味がわからんのかよ」
「うぅ……、あっ、ねぇ夏樹くん。そういえばSNSさ大変なことになってるよ」
千尋は思い出した様にスマホを取り出すと、あの日のダンジョン配信の閲覧ページを表示してこちらに寄越した。
「閲覧……200万? それに、登録者数もすごい伸びてる……」
「コメントちらっと見たんだけど、突然配信が切れたから心配の声と考察が広がってるみたい。それにね、掲示板もいろいろ立ち上がってるらしいの。ねぇ、正義のアマミヤもそろそろコンタクトとってくる頃じゃない?」
正義のアマミヤは暴露系配信者。あいつは暴露する相手が大きければ大きいほど注目が集まるのでターゲットにする。俺の前にもダンジョン配信者やインフルエンサーが餌食になっていた。
実際に、暴露されるようなことをしていた(と思われる)やつもいたが、俺の時は完全にでっち上げだった。
「1000万超えたら、多分コラボの依頼が来て……俺はそれを無視したらニセ暴露をされたんだ。200万じゃまだ、奴は俺たちに接触してこないと思う」
「そっか……でも、絶対に夏樹くんの仇はとらないと……だね」
「あぁ……」
「正義のアマミヤ」は俺たちよりもすごいスピードでぐんぐんと登録者を伸ばしていた。自分の暴露配信が行われた日からずっとみない様にしていたが、やつに復讐をするためにチャンネルページを開く。すると、俺と同じく有名なダンジョン配信者やその他のインフルエンサーの暴露を定期的に行っている様だった。
巷では「正義のヒーロー」「警察にも協力した方がいい」だのまるで彼の情報が全て正しいかの様に噂されていた。確かに、俺の時も証拠の様なものがたくさんあり、あれでは視聴者が騙されても仕方がない。ただ、事実無根であるが……。
「へぇ……こいつ、自分とコラボしたダンジョン配信者と一緒にダンジョンにも入るわけだ」
「じゃあ、いずれ私たちにオファーが来たら……」
「あぁ、必ずあいつの正体を暴いてやる」
俺と千尋が復讐に燃えていると、清香さんが部屋の扉を開いて声をかけてきた。
「大野さん、えっとお客様です」
「客……?」
部屋の入り口の方を覗くと、そこには経堂刑事と峰刑事が立っていた。2人とも徹夜だったのかげっそりした様子で髪はベトベト、いくらか痩せた様にも見えた。
「寛いでるところごめんなさい、どうしてもご挨拶したくて」
経堂刑事が申し訳なさそうにいうと千尋が「どうぞ、どうぞ!」と声をかける。
「昨日はありがとう。おかげ様でこの犯罪が大事になる前に解決することができました」
よく考えればあの村長は外部から若い夫婦を誘致し、5000万円も支払わせて子供を2人も生贄にしようとしていたのだ。恐ろしい話である。それもこれも、村長が若い時に亡くした妻を蘇らせるため……。人間の欲望とは恐ろしいものだ。
「いえ……、正直、ゆっくりしたいだけなんですよね」
と苦笑いで返すと、経堂刑事は千尋の方を見て困った様に眉を下げた。多分、この人たちは警視庁の捜査0課として全国の事件に携わっているから千尋の村で起きた事件のことについても知っていたのかもしれない。
「ダンジョンがこの世界に現れて、かなりの年月が経った。でも、ダンジョンはまるで生き物みたいに現れたり、その逆でボスが消えてただの洞窟になったり……環境の整備が整っていないせいで田舎ではこういうことが多々あるの」
彼女の話によれば、今回のように通報があれば良い方で、ダンジョンが悪用されたり、恐ろしい風習の一つとして根付いていることもあるらしい……。
「ダンジョン内部、またはダンジョンやモンスターを利用した犯罪はあとをたたないの。あなたの様な冒険者たちに協力していただけると嬉しい」
「おや、俺たちはダンジョン配信をしながらのんびり田舎巡りをしてるんですよ」
俺たちの目的が「正義のアマミヤ」をぶっ潰すことだなんて口が裂けても言えない……。それに、のんびりしたいのは確かである。俺にしろ千尋にしろ、時間がどんなに経っても癒えない傷を抱えているのだから……。
「これ、私の名刺。もし、またどこかの田舎でこういう怪しいことがあったら知らせてほしい」
俺と千尋は名詞を受け取って「機会があれば」と愛想笑いをする。
「それと……」
経堂刑事は恥ずかしそうに俯くとバッグの中から手帳とペンを取り出した。彼女は真っ赤になって足をもじもじしながら何かをいいあぐねている。
クールで聡明な印象の彼女とは程遠いというか、普段の彼女はこんな感じのぽわぽわした女性なのか……?
「私ね、実はナツキダンジョンチャンネルの大ファンなの。サイン……もらってもいいかな?」
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