第14話 誘う村(6) 真相解明 前編



「なんですか、こんな夕方の忙しい時間にぃ……」

 ぶつくさと文句を垂れたのは坂本莉子だった。俺たちがいるのは旅館のロビー、そこには村の人のほとんどが集められていた。経堂刑事たちは部屋の隅で険しい表情をしている。

 俺は刑事さんから借りた村の名簿を取り出し、村長の方を向いた。

「隠の里は、古くに隠れキリシタンたちが身を寄せたことが、この村の起源でしたよね」

「えぇ、そうじゃ。ですかんら、この村では古くから赤ん坊を山頂に近い隠れの神社のほら穴で洗礼をするんよぉ」

 洗礼というのはキリスト教の儀式の一つで赤ん坊に聖水をかけたりなんだりするやつだ。俺もよく知らないけど。


「俺は、どうして高瀬美希さんが亡くなったのか……こんなふうに推測しました」

 俺が話し出す前に、高瀬健太が声を上げた。

「美希を殺したのは誰なんだ!」

 俺はギッと高瀬健太を睨んだ。

「アンタ、ずっとおかしいよ。あんたは一度も、一度だって

 俺たちと刑事さんたち以外の村人がしまったとばかりに目を見開く。

「美希さんの遺体が見つかった時、まだ海斗くんの安否はわかっていなかった。なのにアンタは美希さんの死を嘆くばかり。確かに奥さんが亡くなったのは悲しいことだが、父親ならもっと必死になって子供を探すんじゃないか?」

 高瀬健太はもごもごと何かを言っていたが、何も言い返せない様で口をつぐんでしまった。

「村長さん、あなたは宮司……いや神父としてあのほら穴で洗礼の儀式をしていますよね?」

「えぇ、わしは代々あの神社を守る子孫だからのぉ。それが、何か関係あるのかのぉ」



「村のみなさんはあのほら穴でを受けたんじゃありませんか」



神からの啓示とは、キリスト教に限らず信仰する神がその言葉を信者に何らかの形で伝えることだ。かの有名なジャンヌダルクも神の啓示を受けてフランスを救うために立ち上がったとか……。

 俺の言葉に村長は何ともいえない顔をして、ぐっと押し黙った。この反応をみるにやはり俺の考えは正しかった様ようだ。

「帝都大学 理科3類 現役合格の松田良樹まつだよしきさんを排出した松田家は3人家族。良樹さんが5歳の頃、生まれたばかりの妹を病死により亡くしている」

 俺は名簿を読み進める。

「青海学院ミスコンテスト優勝の赤池雪奈あかいけゆきなさんは4歳の時に1歳の弟を事故死で失っている」

 俺は続けざまにあのパンフレットに載っていた5人の天才・秀才たちが共通して幼い頃に弟か妹を失っているのだ。それも、4歳〜6歳の間に。

「神の啓示っていうのは、こうだったんじゃありませんか?」


 村長を含めて村人たちは俯いてぐっと拳を握っている。坂本莉子はボロボロと泣き崩れ、高瀬健太は呆然と立ち尽くす。パンフレットに載っていた5人の家族たちも同じ様に泣き崩れたり、呆然と立ち尽くしたり……数珠のついたクロスを握っている親族もいた。


「子供に理想の力を授けよう。ただし、その代価として。とまぁこんな感じで。つまり、一方の子供に優秀な力を授け理想通りの力を授ける代わりに生贄として赤ん坊をあの洗礼の泉に捧げろ。というような意味です」

 坂本莉子や高瀬健太、それから他の村人たちも気まずそうに頷いた。やはり、この人たちは第1子の洗礼時に人魚に惑わされ次に生まれた第2子を生贄に捧げたのだ。

 高瀬健太が第2子である海斗くんの安否を咄嗟に心配できなかったのはであり、子供よりも子供を産める母親の方が大事だったからだ。

「この子たちを責めんであげて」

 旅館のおかみさんが声を上げた。

「この村ではねぇ、いえ……どこの田舎もそうかねぇ、最初に生まれた赤ん坊を大事にする習慣があったのよぉ。食糧に限りのある小さな村で、隠れキリシタンたちがひっそりと過ごすために、後継ぎ以外の子供たちは……そういう風習が残ってるけぇ」

 女将さんの言葉に若い夫婦たちは顔を背ける。

「そんな風習があったとしても、今は違います。赤ちゃんを殺すなんて! 物みたいに……ひどいよ」

 千尋がすごい形相で村人たちを睨んだ。千尋も限界集落の出身だし、彼女自身も母親が妊娠中に親族に突き飛ばされ兄弟を失った経験をしている。

「仕方なかったのよ! みんなそうしてる……自分の家だけ拒否するなんてできない。私だって……紗代を殺したくなんかなかった」

 千尋のそばにいた坂本莉子が崩れ落ちた。



「どうして……それを? お前さんも神様ん声きいたんか?」

 村長が泣き崩れる坂本莉子の前に立ちはだかると俺に言った。

「いいえ、あれは神様なんかじゃありません。神の声の正体はダンジョンボスの人魚でした。つまり、人間を襲う魔物です」

「魔物……?」

 村人たちの間から悲鳴が上がる。

「えぇ、幻獣といって神に近い魔物……モンスターです」

「そだって、ダンジョンはあの立ち入り禁止の洞窟のほうじゃろ? なして、神社にそげなもんが」

 村長が言った。まるで、そんなこと知らなかったみたいに。

 村長はあれがダンジョンの一部であり神ではなくいかがわしい何かだということを知っていたはずなのだ。明らかに隠されていた通路。あれは人為的に作られたものだ。

「村長さん、あんた……知ってたんだろう? 人魚は、そのものの願いを感じ取り甘い誘惑を囁きます。あなたは25年前、あの泉でまだ幼体だった人魚と出会い、手を組んだんじゃないですか?」


 村長が真顔になる。俺は何も知らないであろう村人たちに向けて言った。


——赤ん坊を生贄にし続ければ、お前の妻を生き返らせてやる。赤ん坊が作れない? なら、村人に赤ん坊を捧げさせる儀式を作ればいいじゃないか。


 村長は眉間に皺を寄せ、押し黙った。さっきまでの優しい老人の表情はもうどこにもない様だった。

 村長は若い頃に最愛の妻を亡くしていた。経堂刑事に見せてもらった名簿によれば村長の奥さんは若干25歳で死亡している。子供はいない。

「ですよね? 村長さん。だからあなたは、奥さんを甦らせるために、村人が小さな赤ん坊をささげるシステムを作り上げた」


「でも、この人たちも長男や長女を理想の子供にしてもらったよね? それって人魚は損になっちゃうんじゃない?」

 千尋が不思議そうに言った。

「秘密の洗礼は……、こんなやり方をするんじゃないですか。まず、理想の子供にしたい方の子供を泉に潜らせる。そして、次に生贄になる第2子を泉に沈める」

 村人たちは門外不出の儀式を俺がぴったりと予想したからか、驚いて声を上げたり、息を呑んだりした。

「だから、どうして?」

「人魚の固有スキルは<召喚>です。人魚は先ほども言いましたが、幻獣と言って神に近い存在です。召喚スキルでは、人魚はそっくりの生命体を作り出すことができます」

 俺の言葉を聞いた瞬間、坂本莉子が発狂し頭を掻きむしった。彼女の夫が必死で止めるが大声を上げ続ける。

「嘘よ! うそだぁぁ! 京太郎が……京太郎が!!」

 坂本莉子の様子に呆気に取られていた他の村人たちも「第1子が自分たちの子供ではなく人魚が作り出した人間」だということを理解すると腰を抜かしたり泣き崩れたり……旅館のロビーは嘆く親たちで地獄絵図だった。

 京太郎くんはぼぅっとした表情で泣いている母親を眺めていた。


「パパ……どういうこと?」

 高瀬愛莉ちゃんが不思議そうに首を傾げた。

「じゃあ……どうして妻は愛莉を守ろうと?……美希はダンジョンの中なんかで、それに海斗まで死んで……」

 高瀬健太はボロボロと泣きながら愛莉ちゃんを抱きしめた。


「海斗くんは死んでなんかいません。清香さん。出てきても大丈夫ですよ」


 俺が声をかけると厨房の奥から眠っている海斗くんを抱えた清香さんが姿を現した。



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