第13話 誘う村(5) ボス討伐編


 上層はサクッと幻惑術で抜け、迷路の様な鍾乳洞を俺たちは歩いていた。

「検知してますが、生命体やトラップの気配はありません」


経堂マリコ

固有スキル:オートエイム

その他スキル:みやぶり、調薬、大声


峰勇気

固有スキル:締め落とし

その他スキル:みやぶり、馬鹿チカラ、誘惑


(誘惑?!)


 俺は2人の検知をやめて足を進める。刑事っぽい固有スキルだ。まぁ、就職をするにしても固有能力によって採用が左右されるっていうからなぁ……。俺の検知スキルもこういうところでは役に立つのかもしれない。いや、警官なんて絶対ごめんだけど。

「あれ、もう下層への階段ですね」

 千尋がそういうと刑事2人も「静かすぎて怖い」と呟いた。下層への階段はより湿度を増し、肌寒いくらいに冷たい風が噴き上げている。俺の経験上、このタイプのダンジョンにいるのは幻獣系のボスである。


「おそらく、この先にいるのは人魚だと思います」


 階段を降り切った目の前に俺たちの目の前に広がっていたのは広大な地底湖だった。怖いくらいに透明な水面からはどれだけ深いのかわからない水底が見えている。ぞろり、ぞろりと魚影が動き、それはゆっくりと水面まで上がってきた。

「千尋! 防幻術魔法を!」

「わかった!」

 灰色の滑った鱗と尾鰭が、人間の上半身だが脇腹にはえらがあり肘から先は鱗のついたひれになっている。金色の髪には苔が絡まり、ゾッとするほど白い肌には金色の目が2つ。耳まで裂けるように広がった口からは何重にも牙がのぞいている。

「すぐ片付けてくる」


 俺は上半身の服を脱ぎ捨てると地底湖に飛び込んだ。地底湖はひんやりと冷たくて、水深は20メートル以上あった。上から見ると透明度が高くて水底が見えるせいで水深が浅いように見えるが違う。俺はどんどん潜って水底に足を立てる。

 地底湖の中は広く、人魚の巣穴のような横穴があったり、かなり遠くまで広がっている。

(これは短期決戦の方が楽だな)

 水中呼吸のスキルと水圧無効スキルを展開して水の中で人魚と向き合った。人魚の体長は数メートル。御伽話にでてくるような美しいもんじゃない。幻獣と呼ばれるモンスターよりもずっと強い種族で凶暴性は群を抜いている。

「小僧、邪魔するな。お前の願いを叶えてやろう……そうだ。お前が知りたい人の秘密をを教えてやろう? 陸にいる仲間の命1つにつき秘密を1つ」


 人魚の声が心臓に直接響く様に聞こえた。


人魚 Lv 560

固有スキル:召喚、幻惑、変声、変身

その他スキル:斬撃、回復、超音波

弱点:呼吸器官、炎魔法


「水中で我に勝とうなど」

 とやつが決め台詞を言う前に俺は腰につけていた鞭でやつの下半身を巻き取った。鞭についた返し付きの棘が突き刺さり、巻きつき、強固な鱗の間に入り込む。動けば動くほど食い込む鞭に人魚は大きくのけぞると、口から衝撃波レベルの超音波を吐き出した。

「スキル耳栓」

 衝撃波を岩の後ろに入って避けつつ、鼓膜が破れない様に耳栓スキルで回避する。人魚は超音波も効かないとわかるとぶつぶつと呪文を唱え出した。みるみるうちに人魚の手先に光が集まる。

「ふっふっ、無数の魚から逃げられるかな?」

 人魚最大の技にして最強の「召喚」はありとあらゆるものを水の中に呼び出すことができる。幻獣というのはモンスターではなく神に近い存在とされ、その能力は地球上の生命にも影響を及ぼすと言われている。

「この25年、我が負けたことはなかった……ひひひ、出ておいでかわいいサメ」

 と言いかけたところで人魚は自分の腕が落とされていることに気がついて大きく体を揺らした。人魚の血が透明な水に滲み、視界が悪くなる。

「ぎぎぎぎ……なぜ」

「悪いな、こちとら560レベルごときの人魚にかまってる暇ないんでね」

 そのまま鞭をぎゅっと締め上げこちらにやつの体を引き寄せるとえらにナイフをぶち込んだ。幻獣といえど弱点は魚と一緒。こいつはたかが25年しか生きていない雑魚。

 人魚はそのまま泡となって消えてった。人魚が消えていったことで水中に広がっていた血が消えて透明度が戻った。水底を蹴って浮上すると、心配そうに水中を眺めている3人と目があった。


「夏樹くん!」

「大野さん!」

「大野くん!」


「これ、おみやげっす」

 俺が陸に放り投げたのはしずく型の結晶だった。

「スキル結晶、中身は<変声>です」

 まぁ、人魚のスキル結晶にしてはハズレだが、刑事さんたちには良いスキルなんじゃないだろうか。俺も、ボイスチェンジャーいらなくなるしラッキーだ。

 全員がスキルを取得し終わると、千尋がスキル結晶を地底湖の中へ投げ入れた。キラキラと光る宝石のしずくがゆらゆら沈んでいく。

「あと、残念ながら海斗くんの反応は俺の検知スキルで引っかかりませんでした。俺は水中を探しますのでみなさんは陸を……」

 経堂刑事は「ありがとう」と悲しそうにいって敬礼をした。俺はそれを見てからもう一度水中に飛び込み検知スキルに神経を集中させる。地底湖にはあまり魚はおらず、バクテリアの類もほとんどいない。理科は苦手だが、この透明度はおそらく上の層の鍾乳洞で水質が偏って生物が生存できない状態なのかもしれない。

「巣穴……か」

 地底湖の奥の方、ぽっかりと空いた隙間に巣穴があった。念の為、スキルで光を取らしながら入っていく。全長数メートルの人魚の巣穴だ。長い……、どんどん奥に入っていくと脱皮した痕跡がいくつかり、冒険者のものと思われる武器などが戦利品として置いてある。

「まだあるのか……ん?」

 人魚の巣穴の奥、上の方から光が差し込んでいた。俺は光に向かって浮上し、水面から顔を出した。秘密の宝の隠し場所か?

「ぷはっ」

「あっ、夏樹くん」

 目の前にいたのは千尋、その奥には刑事さんたち2人が何やら鳥居のようなものを調べていた。

「ここは?」

「あぁ、なんかね。隠し扉みたいなのがあってね。進んだらこんな空間があったの。夏樹くんは?」


 

 ボスがいるダンジョンの下層からつながっていたのはこの山にある「洗礼の神社」のほら穴の中だった。俺が顔を出したの御神水の沸く小さな泉の中だった。ごく稀にダンジョンの出入り口が複数ある場合がある。つまり、あの人魚のダンジョンの出入り口は俺たちが入った場所と、この神社の洞穴の二つあったというわけだ。


「刑事さん、俺……多分海斗くんの居場所がわかりました」


「えっ、どうして? 人魚の巣穴に何かあったの?」

「いいえ、俺たち少し前からこの村にいて調査……してたんです。そこで得た情報と……あの人魚の言葉、それから俺がずっと感じてた違和感の正体に気がついたんです」

「それは、高瀬美希さんが他殺ということ?」



「いいえ、高瀬さんが事故死というのは多分本当です。でも……この村に蔓延っていたのはもっと悲惨な事実だと思います。経堂刑事、この村の名簿……お借りできますか」


 

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