第11話 誘う村(3) 


 隠の里こと天隠村てんいんそんは山と共存する昔ながらの村だ。この昔ながらの暮らしをある意味で売りにしているため無駄な開発はしていないらしい。村で唯一、旅館と会館にはネット環境が整備されている程度でコンビニやスーパーは存在しない。


「なんか、地元を思い出すなぁ。地元は一応関東だったんだけどね」

 千尋があたりを見回しながら言った。千尋が生まれ育った村は男たちが「女が知識をつけて逃げ出さない様に」あえて開発や便利さを排除していたんだろうな。と思ったが口にするのはやめた。

「あのさ」

「何?」

 千尋は「どうしたの?」と俺を見上げた。近い……いくら夫婦の設定だとはいえやりすぎじゃ……。

「手、繋がなくてもいいんじゃないかな」

「えっ、何、夏樹くんは嫌?」

「嫌じゃないけど……あんまりにもくっついてると不自然かなぁ、なんて」

「いいの、私たちはラブラブの新婚なんだよ?」

 と言いつつパッと手を離して少し前に出るとくるっと回ってみせる。俺たちはまだ高校生だぞ……、千尋は確かに美人だし、童顔というより美人よりだが20代には見えないし。


「こんにちは、可愛いお姉さん」

 千尋に声をかけてきたのはまだ小さい男の子だった。5歳くらいだろうか? 非常に賢そうな顔で髪の毛はピッタリセンター分けになっている。小脇には分厚い辞書を抱えている。

「こらっ、京太郎! 失礼じゃろ!」

 子供を追いかけてきた母親と思われる女性が紙袋を抱えながら子供の手をスッととる。

「すみません、母上様」

(母上様?!)

「すんません、あれ、この辺ではみん顔じゃと思ったら……はっ」

 女性は千尋の持っていたパンフレットを見て目を丸くすると

「もしかして、入村希望のご夫婦かのう? こちらには見学に? よければ少しお茶でも飲んでってぇ、ほらほら」



***


 俺たちを家に招いた坂本莉子は煎茶と糠漬けを振舞ってくれた。なんでも、息子の京太郎は医師を目指している秀才で数々の検定や資格試験に合格している神童らしい。俺たちが談笑する中、京太郎くんは勉強机で英語の医学教本を読んでいた。

「へぇ……では洗礼を?」

「はい。坂本家待望の長男ですから……あん子は我が家の希望なんよぉ」

 京太郎を愛おしそうに見つめる莉子はなんだかもの悲しげで、不思議に思い部屋の中を見回した。

 古き良き日本家屋の大きな家はさすが「村の名家」と呼ばれるだけあるな。模造刀やなんか高そうな掛け軸、そして仏壇……。仏壇には赤ん坊の遺影が立てかけられている。

「あの失礼ですが……」

「あぁ、紗代さよと言います。えっと……、その2年前に……」

 俺は莉子さんに謝り、千尋は泣いてしまった彼女の背中をさすった。莉子さんが泣き止むまでそうして過ごしていた時だった。

「莉子おばちゃーん! 京太郎くーん!」

 と玄関の方で女の子の方の声がして莉子さんは急いで涙を拭って「あがっといで」と大声を上げる。パタパタと可愛い足音がして居間にやってきたのは可愛い赤色のワンピースを着た女の子だった。3歳くらいだろうか……?

 1人なのかと心配していたら、大きくてガタイの良い男が続いてやってきた。

「あぁ、お客さんがいるとこ、ごめんねぇ。愛莉あいりが京太郎くんと勉強するって聞かないもんだから」

「いいのよぉ、高瀬さんところは今大変でしょう。よければ、今夜うちで食べていったらええよ」

 俺と千尋はバレない様に視線を合わせる。

「あの〜」

 俺が申し訳なさそうに2人の話に割って入る。すると莉子さんは「あっ」と明るい笑顔になると

「高瀬さん、こちらは新しい入村希望の……大野ご夫婦。大野さん、こちらは高瀬家の高瀬健太たかせけんたさんと愛莉ちゃん」

 ぺこりと挨拶をして高瀬健太は腰を下ろすと「お若いおふたりで」と愛想笑いを浮かべた。

「大変って……」

 千尋は何も知らない様な顔で聞いた。俺は彼女の演技力の恐ろしさにゾッとする。

「あぁ、妻と生後半年の息子が行方不明でして……、愛莉の洗礼があるってのに、どうしちまったんだか」

「なんでも清香ちゃんがダンジョンの中を捜索してくれる人を見つけた〜っていってたよぉ」

 高瀬健太はほっとした顔で出されたお茶を飲んだ。

「あの〜、それ俺たちです」

「えっ」

「えっ」

 俺の言葉に高瀬健太と莉子さんが声を揃えた。それから俺と千尋は冒険者ということで散々質問を受けた。モンスターは怖いのか、ドラゴンはどんな大きさだ〜とかまるで絵本の中の世界をみる様に目を輝かせる2人にちょっと得意げになってしまうくらいだ。

「生きていてくれ……美希」



***



「四万十川名物の天然ウナギの鰻重御前でございます」

 最高級の名にふさわしい夕食を食べながら、俺と千尋は今夜の配信に向けて作戦会議をしていた。村にWi-Fiの設備があることから念の為、予告動画はなしでダンジョン内のみを配信する形にした。

「なぁ、千尋……それやめようぜ」

 ブシャァ! と鰻重を台無しにする音、酸味のある香り、白く染まる鰻重。

「いやよ。ずっと村では禁止されてたんだもん。これがいいの!」

 千尋は鰻よりも分量のあるかと思うくらいかけたマヨネーズを愛おしそうに見つめる。千尋はずっと我慢していたらしいこのマヨネーズをたかが外れた様に食べているのだ。いわゆる「マヨラー」である。

「帰り際にさ、坂本莉子さんに言われたんだよね。こっそり、女だけの話題だからって」

 なんかそういうの田舎の村っぽい。噂とかそういうのがすぐに回る感じとか。

「なんだよ」

 千尋はマヨネーズを口の端につけたまま席を立ってこちらに寄ってくると、部屋の出入り口を警戒しながら俺の耳元に口を近づける。

「清香さんが高瀬美希さんを殺したんじゃないかって」

「へ? なんでだよ」

「ほら、高瀬健太ってあの旦那さん、実は清香さんと恋仲だったんだけど高校生の時に清香さんは大病をして最近まで入院してたんですって。その間に清香さんの親友だった美希さんと……」

「泥沼ってわけかよ。まぁでも、だとしたら俺たちにあんなお願いしないって。暇な田舎の主婦の考えそうなゴシップさ」

 ふわふわの鰻重を頬張って、山菜の天ぷらや鰹のタタキを堪能する。目の前の女がこのどれもにマヨネーズをブシャーとかけているのを無視すれば最高に美味しい。


「なーんか、俺。すげー嫌な予感するんだけど」


 

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