第10話 誘う村(2)
「完全防音なんで、小声じゃなくてもえぇですよぉ」
「珍しいですね、昔ながらの旅館なのに」
清香さんは「昔とは違ってプライバシーがありますからねぇ」と苦笑いをした。古い旅館だと外でこっそり仲居さんがお客さんの様子を伺っていて、良いタイミングで接客をしているって話を聞いたことがあるが……、ここは見た目は旅館だけどルームサービスといいホテルに近いのかもしれない。
「じゃ、遠慮なく……神隠しについて聞いてもいいですか?」
「神隠し? 神隠しって、ものとか人とかが消えてなくなっちゃうことでしたっけ?」
千尋が追加の湯呑みを出してお茶を淹れた。普通、清香さんの仕事かなと思うが千尋もついこの前まで旅館の仲居さんやってたからきっと手癖なんだろう。
「はい。昨日から私の知り合いの女性とその息子がいなくなってしまっていて……」
「1人だけ? 警察には?」
何かワケありだな。と思いつつも俺は普通の人間を装って質問する。清香さんは少しだけ言葉に詰まってから
「いえ……駐在さんも捜索に参加してるのでまだ大事には」
「なるほど、でもなんで俺たち冒険者に探してほしいって思ったんですか?」
「それは……」
清香さんが俯いた。
「夏樹くん、ちょっと意地悪だよ。ほら、里の近くにダンジョンがあるでしょ? もうきっと清香さんたちは探し回ったけど、見つからないからダンジョンかもって思ったんですよね?」
俺は千尋の言葉には集中せずに清香さんを見ていた。彼女の表情は部屋に入ってきた時と同じくこわばったまま。そもそも、「神隠し」とは定期的に人やものが消えたり、不可思議な現象が起きた時に使う言葉じゃないか……?
「はい、もしかしたら動物か何かに追われてダンジョンに迷い込んでるんじゃないかって」
「動物?」
「うちの里山は熊も猪も出るので……」
熊や猪は都内に住んでいると動物園やテレビでしか見ない様な動物だ。だが、田舎で熊に殺されたとかそういうニュースはみた記憶がある。森で熊に合うと冒険者はまだしも一般人ではひとたまりもないだろう。
「つまり、熊や猪に追われているうちにダンジョンに迷い込んでしまったと……?」
「はい……。まだ、間に合うかもしれないから……その」
千尋の方を見ると彼女は小さく頷いた。
***
清香さんが部屋から出ていったあと、俺たちは作戦会議を始める。
「えっと、この旅館の近くの里は……これか。自治体のHPがあるね。うわ〜、なんかすごいよ」
くるっとノートPCを俺の方へ向けた。聖女クリスタルの時とは違って、なんというかすごくスタイリッシュなHPだった。
「子供を育てるなら
里のHPには美男美女、そしてまるで進学校みたいな学業成績がずらりと並んでいた。
「村おこしってこんな感じなんだねぇ……、でもな〜んか有名冒険者も出た! とかじゃないのはまだまだ冒険者って職業が異端扱いって感じだねぇ」
千尋は冒険者になってまだ少ししか経っていないが悔しそうに口を尖らせる。
確かに、有名大学や海外留学、有名企業への就職やミスターコン、ミスコンなどの学業や容姿に関することが自慢げに書かれているが冒険者については一言も書かれていない。
「田舎の大自然が育む知性と美……かぁ。冒険者やスポーツ選手はいないみたいだな。こんだけ野山があれば健康優良児だらけになりそうなもんだけどな」
「まぁ、冒険者って危険を伴う仕事なわけだし子供になってほしいって思う親は少ないんじゃないかなぁ」
「でも、今回もバズる配信が作れるかもしれないな……『神隠しにあった親子をダンジョンで捜索!』って企画。まぁ、困ってる人がいるのに企画ってのは不謹慎だけど」
千尋はバッグの中をゴソゴソして小さいペン型のマイクを取り出す。
「じゃあ、まずはこれで里の中を聞き取り調査しない?」
「聞き取り調査って、俺たちただの旅行者だろ。なかなか教えてくれないって」
千尋は俺の言葉にニタァと不気味な笑顔になる。美人が台無しだ……というか、千尋って大人しい田舎のご令嬢かと思ってたけど年相応の女の子なんだな……。
なんて考えていたら彼女は何を思ったのか俺の腕をぎゅーっと抱きしめる様に腕組みをして肩にもたれかかる。柔らかい感触を感じて俺は思わず思いっきり顔を背けた。
「私たちが、ここに移住したい夫婦のフリするのよ、ねっ。ダーリン!」
***
行方不明になっているのは清香さんの幼馴染の
里の駐在さんがバスの運転手に確認したところ、そういった女性や赤ちゃんは里を降りていない、つまりは山の中にいると結論づいたわけだ。
「あら、あなたたちが新しい移住希望のご夫婦?」
隠の里会館という古い建物を訪ねると受付をしてくれたお年寄りがいった。この建物は外側は古い漆喰と瓦屋根の建物だったが、内装は清潔感たっぷりで新築の様だ。なんでも最近になって村出身の優秀な若者が村をPRして村おこしが始まったとかなんとか。
「これが、パンフレットじゃ」
パンフレットには美男美女が表紙を飾り、まるでファッション誌の様だった。
「ありがとうございます、えっと……」
「わしは、村長じゃ。まぁ村には若もんはあんまおらんき、びっくりするじゃろが……ほれ、ここをみんさい」
村長は長い眉毛をピクピクさせて俺たちを舐める様に見る。
「すくすく育つ優秀な子ぉが、3歳になったら古来より続く洗礼を受ければ健康に優秀な子が育ちますじゃ」
<帝都大学 理科3類 現役合格 >
<帝都大学 法学部 現役合格 在学中司法試験合格>
<青海学院 ミスコンテスト優勝>
<法大学院 ミスターコンテスト優勝>
<高校生クイズ MVP獲得>
パンフレットに並んでいる5人の男女はどいつもこいつも美男美女だ。年齢は一番上が俺たちの3つ年上、一番下が高校生。
「これって、みんな村の?」
「えぇ、5人とも代々この隠の里出身じゃよ。なかなか、ここで子供をこさえるのは大変じゃゆうてのぉ」
と言いながら村長はパンフレットの次のページをめくった。
<料金表>
洗礼代 子供1人 5000万円
「ごごご、5000万?!」
俺と千尋の声を揃う。パンフレットを見る限り、洗礼というのは山の中にある神社で御神水に赤ん坊を浸すというだけのようだ。なんでも神社が管理する洞穴の中にある湧水には赤ん坊を丈夫にする不思議な効果がある……とか。
近くに温泉も沸いていることだし、めちゃくちゃ昔……着物とかガチできていた頃は免疫とかなんとかを高めてくれていたのかもしれない。
「おやおや、ですが……。パンフレットに載っている5人のように将来有望になればすぐに返ってきますかいねぇ。それに、この村に住めば生活費はほーんのちょぴっとでいいですけ」
「どうしてですか?」
「御神水で洗礼を受けた子ぉは成績がいいもんで、奨学金っちゅうのがもらえるんで学費はかからんのです」
村長は俺たちにぐいっと近づくと
「お金さえ寄付してくんだされば、あとはおめぇさんたちは子ぉさこさえるだけ」
怪しすぎる! と千尋の方を見てみると、彼女は「ぽっ」と顔を赤らめている。それも演技か? 女って怖……。
「わかりました。お金は用意しますが……その、この村ってお子さんがいない様にみえるのですが……ほら、妻もママ友とかほしいでしょうし」
と話を振ると村長は少しだけ眉を動かし、ゴホンと咳払いをした。
「えぇ、すんでに洗礼を受けた坂本家の5歳の長男坊、それから先日に洗礼を受けるはずだった高瀬家ですかいねぇ。まぁ、こん村はさっきのパンフレットの5人の出身家とこの坂本家、高瀬家しかねぇもんで。新しい村人を歓迎してるんじゃ」
「あの、少し村を散策してもいいですか? 前向きに検討する……ということで」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます