第7話 聖女の村(7) 真相解明 後編
「人狼にしてダンジョンに放棄していましたね」
「俺、昨日撮影していた動画を見て気がついたんです。人狼が指輪をつけていることに……。血液感染によって仲間を増やす性質があります。それを利用したんです」
藤崎澄子は「ふふふっ、ふふふっ」と狂った様に笑い出す。
「まずはリリスの鱗粉で男たちを誘惑し、それから徐々に効能を高めたものを使って依存させる、その後は幻惑を見せ思いのままにする。そうして廃人寸前になった男たちに最後に与えるのは……人狼の血」
藤崎澄子を支える様に村の女たちが集まってこちらを睨む。
「人狼の血を飲んで昏睡した男をダンジョンの中に放り込む。もし、警察がきても『ダンジョンに迷い込んで帰ってこない』と言い訳ができるし、万が一調べが入っても人狼になってしまった男が見つかれば嘘がバレることはない。アンタたちは、村の男を殺すために……」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
藤崎澄子は大声を上げると俺の構えるスマホに向かって訴えかけるように言った。
「この村じゃ、女は道具だった! こき使われ殴られても浮気されても夫を立てろと怒鳴られる! 女が作った野菜で、女が作った料理を座って食うだけの……男に」
「澄子おばさん……あなたはお母さんを失って村から逃げる様に都会に行ったんじゃ……」
「私のお母さん……は過労死した。父親と私の夫……婿のトオルは母さんが死んだときなんて言ったと思う?」
「えっ……」
「使えない女だった。って言ったの。お母さんは必死に頑張ってた。店番するだけの男たちのために家事も村の行事も育児で大変だった私を困らせない様に必死で。それなのに……」
藤崎澄子が泣きだすと周りの女性たちがそれに寄り添う様に集まって泣き出す。女性たちは口々に
「私の夫は何度も子供を殴った」
「うちの夫は私を道具みたいに……!」
「うちは……息子すら私を家政婦みたいに扱った。あんなもの人間じゃない!」
彼女たちの言葉から語られる男たちは人間だとは思えない。男である俺でさえ虫唾が走った。男尊女卑があるというのはなんとなく知っていたが、女性たちの生の声を聞くと現実味をまして、それが存在している事実が恐ろしくなった。
「でも、殺すこと……」
千尋が反論しようとすると女将さんが藤崎澄子と俺たちの間に立って真剣な顔でこちらを見た。その表情は悲しげで、それでも怒りに満ちていた。
俺はスマホを下げて配信を一旦中止する。ネット民には「藤崎澄子が犯罪を自供した」という部分のみで十分だと思ったから……。
「千尋、おばあちゃん。ずっと話してなかったね。ごめんねぇ」
「おばあちゃん……?」
「千尋のお母さん……私の大事な一人娘の
「おばあちゃん……嘘だよね」
「いいえ。お母さんはね、殺されたの」
女将さんは静かに娘の最期を語った。
女将さんの娘、つまり千尋の母親は隣村から婿をもらった。あの小さな宿の若女将として毎日身を粉にして働いていたそうだ。千尋をおぶりながら宿の掃除や温泉の管理、接客。女将さんと協力して食材の買い出しまで……。
そんな中、愛さんは子供を妊娠した。千尋の時と違ってひどい悪阻があり、仕事も満足にできなくなった時のことだった。
「働けないなら堕ろすか?」
仕事の終えた男たちは厨房で酒を飲み、半笑いでそう言った。
「そうだそうだ、愛。仕事も出来ないのに新しい子供はいらんだろう。千尋がいれば跡取りは十分だ」
酒を飲みながらそういう父と夫に愛さんはお腹の子供を守るために反論した。
「宿の経営だってもっと頑張らないとなのに、お父さんもあなたも少しは手伝ってよ」
「女が経営に口出すな!」
愛さんの父がカッとなって彼女を突き飛ばした。それを見て夫は助けもせずにお腹を撫でて痛がる愛さんに「それで子供が堕りれば金が浮く」と笑ったそうだ。女将さんは幼かった千尋に危害が加わらない様に千尋を抱いて姿を隠すことしかできなかったと言った。
「結局、お腹の子供は流れてしまってね。愛はそれを苦に……自ら空へ旅だったの」
千尋は小さな声で「嘘よ」と言いながらも涙を流した。女将さんは優しい表情をしていたがそれはもう諦め切った表情のようにも見えた。
「千尋は跡取りだから大切に育てられたわ。でも、私自身も、そして愛の時と同じで婿を取るまでは娘を大事にする。でも、婿が来れば女である娘は男が生きていくためのコマになる。私は、千尋にそんなふうになってほしくなかったの」
女将さんは俺の方に向き直ると
「愛のお葬式で、藤崎澄子ちゃんと再会したの。澄子ちゃんは愛の親友だった。それから私と澄子ちゃんは文通をする中になったの。ずっとずっと男たちを懲らしめる方法を探していたのよ」
「ダンジョンが現れて……一気に計画が進行した」
俺の言葉に女将さんは「えぇ」と頷く。
「村の女たちが集まって、都会でスキルの情報を集め澄子ちゃんが計画をたてたの」
女性の1人が手を上げて澄子を庇う様に言った。
「そうそう、学生時代にもらったスキルの証明書を引っ張り出して……自分に何ができるのか澄子ちゃんに教えてもらってね。私が吸血スキルで人狼の血を抜き出したの」
また別の女性が手を挙げる。
「あたしが空中浮遊スキルでみんなをリリスのところまで運んだのよ」
「初めてサキュバスを倒したのは私じゃよ。こうみえて、炎を操れるんじゃ」
探索のスキルを持つ女性、回復スキルを持つ女性、村の女性たちは人を殺しているのにすごく楽しそうに話した。女同士手を取り合い、自慢でもするように。
女将さんは俺の手を取ると
「私の料理、美味しかったでしょう? 私はね<調合>っていうスキルを持っていたみたいなの。調味料をより美味しく組み合わせたりしてね」
千尋はボロボロと涙をこぼし、
「おばあちゃんが……調合したのね。リリスの鱗粉やその他の薬を……」
女将さんは、千尋に向かって優しく頷くと、俺の手をより強く握った。
「女将……さん?」
「大野さん。千尋をよろしくね」
女将さんはゆっくり目を閉じると崩れ落ちる様に倒れた。俺は引っ張られて体制を崩すが、女将さんが頭を打たないようにゆっくり床に寝かせる。しかし、女将さんの手には力が入らずずるりと床に落ちた。
「おばあちゃん!」
千尋が悲痛な叫びをあげて女将さんに近寄ると、女将さんは口や鼻から血を流しもがき苦しむ様に天を見る。千尋が彼女を揺さぶって治癒スキルをかけるも女将さんの首がごろんと力無く横に倒れピクリとも動かなくなった。
「おばあちゃん! おばあちゃん!」
千尋が必死で魔法をかけ続ける。
坂牧千代子
固有スキル:調合
状態:ダンジョントリカブトの毒よる死亡
「千尋……もう」
「いやよ! おばあちゃんは、おばあちゃんは私の家族……そうだ。お父さんとおじいちゃんは……」
千尋は中庭に走った。俺も彼女のあとを追う。中庭では男たちが奇声をあげたりお祈りをしたりしているが、どこにも千尋の家族の姿はなかった。
「お父さん! おじいちゃん!」
「無駄ですよ」
俺たちの後ろに立っていたのは藤崎澄子だった。藤崎澄子は薄ら笑いを浮かべると
「今朝、坂牧清二と坂牧宏は人狼の血を投与され、あのダンジョンのモンスターとなりました」
今朝……あんな早くに女将さんが外にいたのは、そういうことだったのか……! もしかして……女将さんは俺たちが真相を解明するんじゃないかと悟っていた? だから、千尋に村を出ろと言ったんだ。
「嘘よ……」
「本当よ。きっと、あの2人が最後の犠牲者でしょうね」
サイレンの音が聞こえた。多分、視聴者たちが通報をしたんだろう。藤崎澄子の犯罪は明るみになり、きっと正当に裁かれるだろう。そして、気が狂った男たちは国の優秀な治療師が治してくれるに違いない。
ただ、人狼となってしまったものは元には戻らない。つまり、千尋の父親と祖父はもう戻ってこないのだ。
「ねぇ、千尋ちゃん」
千尋は藤崎澄子を睨んだ。
「あなたのせいでこの村は男尊女卑に戻るでしょうね。毎日殴られ、奴隷の様にこき使われてそれが当たり前だと教えられて……。あなたは女たちが長年望んだ幸せを奪ったのよ」
「うるさい! 何があっても殺人は許されない! こんなの幸せじゃない!」
「あなたのお母さんもお母さんのお腹にいた子供もこの村の男に殺されたじゃない!」
藤崎澄子の剣幕に千尋は一歩後ずさった。
「話し合えば……なんとかなったかもしれないじゃない」
千尋の言葉を藤崎澄子は鼻で笑った。諦め切った様な笑いで可哀想なものでも見る様に彼女は千尋を見つめた。
「あなただって、わかっているはずよ。見ない様にしていたはずよ。男たちが元気だった時、村の女たちがどんな顔をしていたか……」
千尋はその言葉を聞くとへたりこんだ。藤崎澄子はくるりと振り返ると村の女たちに言った。
「罪は全て私が被ります。みんなは……私のせいにして」
サイレンの音が止まった。大量の警察官が押し寄せ中庭までやってくると藤崎澄子は拘束された。
「広間の死体は私がやったのよ。だって言うことを聞かなかったから」
「貴様……殺人まで! 来い!」
俺と千尋は呆然としたまま、警察官に連れられて村を出ることになった。
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