第8話 聖女の村(8) 終
警察でこっぴどく叱られた後、俺と千尋は一度村へと戻った。村の女たちの計らいで女将さんの葬儀を済ませ、宿は畳むことになった。
千尋はその間、一言も口を聞かず憔悴しきった様子で見ていられなかった。がらんとした宿の厨房、ついこの前までここで女将さんは美味しい料理を作ってくれていた。
「ねぇ、夏樹くん」
「ん……?」
「私たちが聖女クリスタルの秘密を暴かなかったら、おばあちゃんはまだここにいてくれたのかな」
震える声は痛々しくて、とても見ていられないくらい彼女はボロボロだった。
「女将さんはさ、多分あの日……あの朝、決めてたんじゃないかな」
「え?」
「千尋のお父さんとおじいさんを殺した日、女将さん言ってたろ。冒険者になって俺と一緒に旅に出ろって」
千尋は少し考え込むと「言ってた」と答える。
「多分、俺らがあいつらの秘密を暴いたにしろ暴かなかったにしろ、女将さんは逝く気だったんじゃないかな。多分……だけど」
千尋は声をあげて泣いた。そして「どうして、どうして」と嗚咽し、俺の胸をどんどんと叩く。
「守りたかったんだと、思うよ。千尋のお母さんを……女将さんの娘さんを守れなかったことを悔やんで悔やんでずっと生きてきたはずだ。だから、今度は絶対に千尋を守るんだってその一心だったはずだ。もちろん、あんな形で殺人を……それは悪いことかもしれないけど……」
千尋の背中を摩って、それ以上は何も言わなかった。彼女は家族を全員失ったわけだ。たかが暴露配信で名誉を失った俺なんかよりもずっとずっと辛いに決まっている。
それに……女将さんに頼まれちゃったしな。
「あんのぉ、お楽しみのところごめんなさいねぇ」
突然声をかけられて俺と千尋は飛び退いた。
「ぜ、ぜ、全然お楽しみじゃないです!」
「私たちそういう関係じゃ!」
俺たちに声をかけてきたのは、村の女性の1人だった。えっと、確か探索のスキルを持っていると言ってた年配の女性だ。
「あんの……私たち自首することにしたのよぉ。それでねぇ、ほらお兄ちゃんのお金返しにきたんよ」
女性は俺のボストンバッグを重そうに持ち上げると俺の前にドスンと置いた。すっかり忘れてたが潜入調査をするために金を渡したんだった。
「じゃあ、そういうことだから、元気でねぇ」
村の女性が出ていくと俺たちの目の前には大金の入ったボストンバッグだけが残っていた。さっきまで泣いていた千尋も突然のことで涙が引っ込んだのがぼうっと金を眺めている。
「よければ……なんだけどさ」
「えっ」
「俺、ゆっくりしようと思ってるんだよね」
「知ってる、うちの村に来たのもそれが理由でしょ?」
「そう、千尋も……どうかなって。ほら、ダンジョン攻略するのに治癒の能力はすげー嬉しいし。それに、俺……傭兵って立場で配信するのちょっと気に入ったっていうか、なんというか」
実は別に治癒のスキルを持っている人がいなくても全然大丈夫だ。なんなら足手まといだ。けど、ここに置いていくのは忍びないし、何より少しでも目を離したら彼女は消えてしまいそうだった。
だから、いや決して……好きとかそう言うんじゃ……。
「いいの……?」
「やっぱ俺、配信好きみたいだ。地方の温泉に入ったり、うまいもん食ったり……のんびりしながら資金は配信で稼いでさ。どうかな」
千尋はぐいぐいと涙を拭うと、ぎゅっと俺に抱きついて、また泣いた。わんわん泣いて、いつまで泣くんだろうというくらい泣いて、それから真っ赤な目で俺を見上げて言った。
「ありがとう、一緒に行く」
こうして、俺の気ままな1人旅に仲間が加わった。ほぼ最強の俺に仲間なんていらないけど、こう言う出会いを大切にしつつこれからはマイペースにダンジョンを巡って行ってもいいのかな、なんて思う。
「ちょっと気になってる温泉があってさ」
「え、どこ! 行こう行こうって……夏樹くん! 調べるね……ってフォロワー数やばい!」
千尋がガクガクと震えながらスマホを画面を俺に見せた。
<チャンネルフォロワー数 150万人>
「やばいやばい、ネットニュースにもなってる……。『真実を暴く異端の暴露系女性配信者現る!』『最強の傭兵とダンジョン配信をするJK配信者』だって……」
「ちょっと見せて」
スマホを借りてネットニュースをいくつか読み漁る。どれもこれも賞賛ばかり、「真の暴露系」「スキャンダルはもう古い」「正義のアマミヤを超える」など俺にとってはちょっと胸がスッとするものも……。
「そうだ、夏樹くん」
千尋は俺からスマホを取り上げると何度か指を動かして「正義のアマミヤ」のSNSを開いた。
「もっと有名になったら……こいつに近づけるかも」
「えぇ、近づきたくねぇ……」
「こんなやつ叩けば埃が出るに決まってるよ! 近づいて、こいつの暴露配信……でもして夏樹くんの汚名返上しよう!」
ちょっと千尋のやつ元気になりすぎじゃないか……? と半ば呆れた様子での真剣な瞳を見つめる。俺の脳裏には逃げる様に海外に移住した父と母の背中が浮かんだ。もしも、俺が汚名返上したら……俺の家族はまた日本に住むことができるんだろうか。
「さ、夏樹くんが気になってる温泉、いこ!」
ぐいぐいと千尋に腕を引っ張られて、俺は宿を出た。振り返って誰もいない厨房を見ると、そこにはまだ女将さんがいるような気がした。
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