第6話 聖女の村(6) 真相解明 前編
ダンジョンを抜けるともう空が白み始めていた。荒れた田畑も人気のない畦道も聖女クリスタルがやってくるまでは活気のあるものだったんだろう。
「すごい……配信のアーカイブがもう100万再生……」
俺もびっくりのバズり用だった。千尋のSNSは通知がバグるほどDMやリプライが飛んできていた。俺たちを応援するものや勝手な考察をするもの、聖女に関する謎の偽情報などネットの中は相変わらず治安が良くないものだ。
「澄子おばさんはね、この村の商店の娘さんなの。すごく綺麗な女の人。でも、その旦那のトオルおじさんはすごく亭主関白でこう……男尊女卑のひどい人だった」
確かに、田舎の方はまだ古い価値観が残り男尊女卑がまかり通っているというのはなんとなくネットの情報で知っていた。
「女の人は男性を立てろ、男性のために働け……澄子おばさんを助ける人はこの村にはいなかったんだ……。だから、きっと男の人たちを思うがままにして尽くさせて恨みを晴らしているんだと思う」
と千尋は言ったが微かに違和感が残っている。
「そういえば、この村って千尋と同じくらいの年代の子はいないのか?」
「あぁ、ほとんど聖女クリスタル騒動で逃げ出していったんだぁ……。だから残ったのはお年寄りだけ」
若い世代は逃げ出して、お年寄りだけ残った。
「千尋のお母さんは?」
「私のママは私が小さい頃に亡くなったんだ」
「ごめん」
「いいの、でも……どうして?」
ダンジョンを出た時、俺は一番考えたくない答えに辿り着いてしまった。
「あらあら、こんな早くにどうしたの? 千尋」
「おばあちゃん」
「あらま、でえと? もう、千尋ったら、いい人見つけたわねぇ」
女将さんは俺と千尋の肩をぽんぽんと叩くと嬉しそうに微笑んだ。いらぬ誤解を生んだ様な……。
「ちちちち、おばあちゃん! 違うモンっ、おお、大野さんはそういうんじゃぁ」
千尋……その慌て様は年寄りには逆効果だぞ……。
「女将さん、大事なお孫さんにそんな、少し散歩に付き合ってもらっていただけですよ」
愛想笑いをして見せるも女将さんは「ひ孫がみたいわぁ」と無理やり俺と千尋の手を握り合わせた。
「ひゃいっっ」
千尋は異常に顔を真っ赤にしてダラダラと汗をかき、「どうしよう」と俺を見つめた。どうしようもこうしようもないだろうが……全く。
「大野さんは冒険者だって言ってらしたわよねぇ?」
「えぇ、はい。今日明日にはここを出てどこか温泉地にでも行こうかと」
そう、俺の本来の目的は地方の温泉地を回ってゆっくりすることである。都会にはない様な自然とあったかい温泉、美味い料理に優しい人たち……。
「千尋、アンタ冒険者になるんでしょ。大野さんと一緒に行ったらどうかしら?」
「でも、おばあちゃん」
「私はいいのよ。おいさき短いんですからね。こんな村にいるもんじゃないわ。さ、2人とも朝ごはんができてますからね。食べにいらっしゃい」
千尋は女将さんに何か言い返そうとしたが、ぐぅと腹がなってやめた。俺も、久々に動いて腹が減った……。
「おやおや、たくさん運動したのねぇ。若いわねぇ。昨夜はスタミナ料理だったものねぇ」
「おばあちゃん違うってば!」
「お元気なのはよろしいよろしい。おばあちゃんはね順番は逆でもいいのよぉ」
「違うってば〜〜〜!!」
***
「それでは、私たちはリリスの鱗粉を使って村の男を惑わす聖女クリスタルに突撃していきたいと思います!」
俺はマスクとサングラスつけてボイスチェンジャーを装着する。今回の撮影者は俺だ。
「どうぞ、女性の方はお待ちを」
「いいえ、私も聖女様にご挨拶を」
千尋は俺の金が入ったバッグを見せると付き人はすっと下がって従順に俺たちを聖女のいる場所まで案内した。豪華絢爛で趣味の悪い家具が配置されたロビー、聖女クリスタルの肖像画が貼られた廊下を抜けると、金色の観音扉を開けてもらって聖女クリスタルと対面した。
「あら、新しい信者の方々? カップルかしら」
聖女クリスタルはにっこりと笑うと俺たちに水を入れる様に指示し、千尋から金の入ったバッグを受け取ると中身をちらっと確認して頷いた。
「聖女クリスタル……いえ、藤崎澄子さん」
俺が声をかけると、余裕の笑みだった聖女クリスタルの顔がこわばった。
「捉えなさい!」
大声を上げて付き人に命ずるも、俺がスマホを構える。
「これは全世界に配信中です! 暴力を振るえばすぐに通報されてあなたたちは逮捕されることになる!」
「ぐぬぬ……」
付き人の男が聖女クリスタルに視線を送ると、聖女クリスタル……藤崎澄子は首を横に振った。
「藤崎澄子さん、今すぐ村の男たちを返して。あなたがリリスの鱗粉を使って男たちを思うがままにしていることはわかってるんです。昨日、ダンジョンにいましたね」
千尋の言葉に一瞬だけ驚いたような顔をして、藤崎澄子は大きなティアラを外すと
「くくくっ……、お嬢ちゃん。確かに私は昨日ダンジョンにいたわ。でも、それは花を摘みに行くため」
「嘘よ。あなたは食べ物や飲み物にお祈りをするといってリリスの鱗粉を混ぜていたんだわ。リリスの鱗粉にはオスを操る効能がある、あなたはそれを使って」
千尋の話を遮る様に藤崎澄子は声を上げた。
「リリスの鱗粉には確かにオスを誘惑する作用があるわ。でも、思うがままにできるわけじゃない。ここの男たちを見なさい。誘惑だけじゃなくて、自ら私たちに支えているのよ。もう一度、モンスター図鑑でも見てらっしゃい」
オホホホと笑うと藤崎澄子は椅子に座り直した。
「さてと、わかったら大人しく私に従っていればいいの。お連れの男性にはお祈りのかかったお水を飲ませましょうか」
<千尋たん! がんばれ!>
<胡散臭いBBA>
<田舎すぎて特定不可>
<通報! 通報!>
閲覧は10万人。もはや暴露系配信のトップレベルとなったと言っても過言ではないな。
「リリスの鱗粉だけでは確かに男性を誘惑する作用や簡単な誘導はできてもこんなにも強く支配することはできません」
「そうね、だから私はリリスの鱗粉なんて……」
「いいえ、あなたは確かに昨夜、リリスの鱗粉を採取していました。」
「だから、採取したって意味がないでしょう?」
藤崎澄子が声を荒げた。
「リリスの鱗粉はここにある花を粉末にしたものと合わせるとその効能が強くなるのをご存知ですか」
俺の言葉に藤崎澄子は目を見開いた。
「ダンジョンバラの花びらのエキスは効果効能の作用時間を伸ばし、ダンジョンユリの根っこは効果効能を強める。そして、ダンジョンスミレの葉は煎じると幻惑を見せる作用がある。調合の知識とスキルがあればできること。そして、このどれもが中毒性を持っている」
藤崎澄子は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせ、「やめろ」と叫んだ。コメントは大盛り上がりで同時接続者数はどんどんと増えていく。
「そして、リリスの鱗粉の効果効能を高め、同時に幻惑を見せることで村の男性を支配した」
俺は一呼吸おいた。最後まで、この聖女クリスタルの謎を明かすべきかどうか、千尋に真実を伝えるべきかどうか俺は葛藤していたからだ。
でも……
「そうですよね、村の女性のみなさん」
「えっ」
千尋が呆然とする。一方で藤崎澄子は諦めた様に腰を抜かすとフッと鼻を鳴らした。すると、藤崎澄子が座っていた椅子の奥、金色の垂れ幕の裏からゾロゾロとお年寄りたちが現れる。もちろん、全員女性だった。 商店のエプロン、畑仕事をしていたであろうモンペを履いている女性……。
そして最後に現れたのは俺たちのよく見慣れた女性だった。
「ごめんね、千尋」
「おばあ……ちゃん?」
「あなたたちは共謀して村の男性たちをリリスの鱗粉やダンジョン内の植物を使って男性たちを支配し……」
女将さんは千尋の方を見て涙を流した。
「人狼にしてダンジョンに放棄しましたね」
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