第5話 聖女の村(5) ボス討伐編


「いてて、フユくん大丈夫」

「あぁ」

 階段を転がりながら俺は防衛魔法を唱えて千尋を物理衝撃から守った。もちろん、マスクが外れない様にしつつ、カメラに映り込んでいてもバレない様に痛い演技をしながらだ。

「カメラも大丈夫みたい。みなさん、聖女クリスタルはダンジョンから逃げて行きましたが私たちはボスのいる層まで落ちてしまって……」

<サキュバスきちゃ〜>

<千尋たん、うしろうしろ!>

<聖女討伐編は明日かな?>

<眠い!>

<アーカイブ残りますか?>


「フユくん! 来る!」


 まるで砂漠のオアシスの様なその場所は色とりどりの花が咲いている。美しい古泉と小さな滝、甘くて爽やかな香り。その中心に浮かんでいるのは世にも美しい女のモンスター。

 背中にはコウモリの様な羽が生えており、こめかみあたりからは黒いツノが生えている。いたずらっぽく笑う顔は見つめる人間の好みに見えるらしい。


サキュバスLV100

固有スキル:幻惑

その他スキル:誘惑の粉、幻術、酸の息

弱点:背中、炎


「千尋はずっと俺に防塵魔法を!」

「了解! 皆さん、サキュバスとフユくんの戦いを見守っててくださいね!」

 

 サキュバスは胸や腰が露出した衣装になると(これもすべて俺の好みのはずだ恥ずかしいが)俺を誘惑する様にピンク色の鱗粉を撒き散らした。

 サキュバスはきゅっとかわいらしく胸を寄せてこちらを誘惑する。手招きをしたり、足を広げて見せたりしてありとあらゆる方法で俺を惑わそうとする。

 サキュバスが体を翻すたび、俺に鱗粉がふりかかる。しかし、千尋の防塵魔法がそれを弾く。

 俺はサキュバスの足元の泉が実は底なし沼になっていることを検知スキルで確認し、遠距離攻撃の準備に入る。

 ナイフはこの支給された一本だけ、しかも中層でのリリスとの戦いで刃こぼれをしてしまっている。

 サキュバスの弱点は炎だが、これだけこの空間に鱗粉を撒き散らされては逆に危険だ。無論、サキュバスと差し違える気で火を放つなら別だが……。

 そんなことを考えているとサキュバスが俺を誘惑するのを諦めたのか「ふふふ」と不気味な笑い声をあげて姿を消す。

「えっ、消えた!」

 千尋がキョロキョロとカメラを振り回す。

「幻惑だ……」

 幻惑スキル、欲しかったんだよな……。俺はちらっと底なし沼のを見る。遠距離攻撃でサキュバスを撃退するとあそこに落ちてしまってスキルの獲得が難しくなる。

「きゃっ!」

 千尋が飛び退くと、さっきまで千尋がいた場所に酸液が撒き散らされシュウシュウと土の上で煙を立てていた。

 時間に猶予はなさそうだ。検知スキルでサキュバスがどこにいるのかはわかっていた。おしいがスキルを奪うことは考えずに倒すか……。

 俺は千尋にターゲットを絞ったサキュバスの後ろに回り込む、千尋がカメラを振り回しているのがいい囮になって、うまくサキュバスの気をそらしている。

 サキュバスの攻略には必ず2人以上で入るか、デコイを召喚する様なスキルが必要だ。というのも、サキュバスを倒すためには背後の生命機関を破壊するか、弱点の炎で鱗粉を燃やし尽くす必要があるからだ。

 

 

「サキュバス、どこ……?」

 千尋がそう言って振り返った時、大きな口をあけたサキュバスが姿を表して眷属にしようと大きな翼を広げた。

「あっ……」

 千尋はぎゅっと縮こまり、目を閉じる。

 俺はその瞬間、氷魔法を唱え、それからナイフをサキュバスの弱点である背中にある生命器官に向かってナイフをぶん投げる。氷魔法で刃こぼれをカバーし、強度をましたナイフがざっくりと刺さり、サキュバスは大きくのけぞった。

 その毒牙が千尋に届くほんの少し前にサキュバスは大きく叫んで絶命した。

「まずいっ」

 このままでは底なし沼にサキュバスのスキル結晶が沈んでしまう。咄嗟に底なし沼に氷魔法をかけて凍らせ、サキュバスの体が消えて落ちてきたスキル結晶をキャッチした。

「みなさん! なんとか、サキュバスを倒すことができました。しかし、聖女クリスタルの謎の解明はまだ……、明日の配信でおあいしましょ……」

 千尋はぐったりと肩を落とすとスマホと連動している手持ち用のカメラを切った。俺はそれを確認してマスクを外し、サキュバスの残したスキルの結晶を拾い上げた。



「千尋、よければ」

「うん、サキュバスの結晶は……」

「こいつの場合はえっと」


スキル結晶 サキュバスLv100

獲得可能スキル:幻惑


「幻惑だな」

 紫色に光る多角形の結晶を拾い上げると俺はスキルを獲得し、それから千尋に手渡した。

 千尋は結晶を握るとスキルを獲得する。


坂牧千尋

固有スキル:治癒

その他スキル:防衛スキル 回避スキル 幻惑スキル


「懐かしいなぁ。昔、お父さんとね……回復師になるためにいくつかのダンジョンに入ったんだ。素敵な冒険者たちをサポートできるようにって……」

 千尋は結晶を凍った底なし沼のちょうど中央にスキルの結晶を置いて、手を合わせた。

「ありがとうございます」

 

 ボスモンスターはこうして「スキル結晶」と呼ばれる不思議な魔法石をドロップする。このスキル結晶から冒険者は新しいスキルを獲得することができる。そして、この結晶は数分で砕けて消え、ダンジョンに吸収される。

「危ないから沼の外へ」

「うん」

 俺たちは凍った底なし沼から出ると振り返ってサキュバスがいた場所に視線をやる。キラキラと鱗粉が舞い散り、結晶が砕けたあたりには小さな光の球が浮かんでいる。

 数日かけてあの光の球から新しいサキュバス……、ダンジョンボスが出現するのだ。まだ完全には解明されていないが、ダンジョンは「生きている」というのが世界の見解らしい。

 俺たち冒険者はボスモンスターを討伐してランダムに得られるスキルを集めることで強くなり、さらに強固なダンジョンに挑戦を繰り返すのだ。


 俺たちはダンジョンの入り口に向かって歩き出した。ボスを倒すと、ダンジョンは生まれ変わる準備に入るためモンスターたちは姿を消す。ボスを倒した生き物を恐れて隠れてしまうのだ。


「藤崎……澄子」

「えっ?」

「聖女クリスタルの名前だよ」

 千尋の表情が心当たりでもあるかの様に曇った。リリスたちがいた中層を抜け、それから階段を上がる。千尋はしばらく黙ったままだったが、小さな声で



「澄子おばさんなら知ってる。私たちがまだ中学生の時にこの村を追われた女の人……。恨みを持って当然だと思う」


 

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