第4話 聖女の村(4) ダンジョン潜入編


 俺たちが作成した事前動画の反応は上々。というのも、あの「正義のアマミヤ」がSNSで反応したのだ。あのくそ野郎、千尋が可愛いから「気になる」とSNSで発信したのだ。

 気に食わないが、今はこの偶然に感謝する他ない。


「聖女様がダンジョンに入っていきます」

 スマホを構えながら、千尋が囁いた。配信閲覧数は1000人。初めての配信にしては異例の人数だ。

「今日は、聖女様の真相を暴くために傭兵の冒険者、フユを雇って潜入します」

 俺はカメラを向けられてぺこりとお辞儀をした。本当は自分専用のナイフがあるが、それだと身バレするので千尋が用意したものを借りた。

 数々のダンジョンで魔法や様々な戦闘スキルは手に入れいているので問題はない。あとは俺だとバレない様にするだけ。念には念をいれてマスクの下にボイスチェンジャーを仕込んであるので身バレ対策は十分。



<うさんくさい宗教の真相はよ>

<ちーちゃんかわちい>

<傭兵草>

<ミラーから来ました>

<ミラーから来ました>

<ミラーから来ました>

<新しいタイプの暴露いいね〜>


 コメントも良い。おそらくアマミヤがミラー配信をしているようだ。なぜならさっき、千尋のSNSであのすけこまし男を釣ってやったからだ。



『アマミヤさんに憧れて正義の配信をしました。有名になったらコラボしたいです』

『同じ正義を志す人として嬉しいよ。千尋ちゃん』



 あまりの気色悪さに俺はゾワッと鳥肌を立つのを感じた。あのやろう、人のこと貶めておいて……。いつか化けの皮を剥いでやる。

 千尋は画面を自分に向けて説明し出した。この村にやってきた聖女様のこと、村の男たちがどうなったか、そして聖女様がダンジョンに毎晩入っていくこと。

「聖女様は祈りと称して何か、恐ろしいものを村の男たちに与えているようです。今日は数ヶ月前にここに誕生したこのダンジョンを攻略し、その謎を突き止めたいと思います」

 


 ダンジョンのに足を踏み入れるとそこにはあのクリスタル宮殿で感じたもわっとしたフローラルの香りが立ち込めている。

「ダンジョンの中は、お花の匂いがする。フユくん、用心して」

「あぁ」

 俺は声を出さずにスキル<検知>を発動させる。ダンジョンバラ、ダンジョンユリ。植物も無害なものばかりでモンスターの気配はない。

「モンスターが依然として出てきません。聖女様が倒してしまったんでしょうか……おっと、フユくん?」

「トラップです」

 ダンジョンの中層へ向かう階段に仕掛けられていたのは食虫植物……食肉植物だ。このワイヤーの様な透明な紐を踏むと上部の花から大量の酸液が流れ出し、冒険者を襲う。

「さ、跨いで」

「ありがとう」

 俺は千尋を誘導して、わざと食肉植物をそのままにする。後にモンスターの気配を感じていたからだ。獰猛で獣くさい、人狼の気配だ。

「フユくん、上層での感想は?」

「後ろから人狼の気配がした。進んでいるうちはなかった」

「それって、どういうこと?」

「多分、聖女様が通ってしばらくはモンスターが何かしらの理由で動けなくなっているのかもしれない。んで、俺たちの気配でモンスターが目覚めて……」

 千尋はコメントを見ながら

「フユくん、トラップを解除しなかった理由が知りたいって!」

「あぁ、ダンジョンの階段前に生息しているトラップは解除しない方がいいんだ。というのもあれは上層部のモンスターが中層や下層に来れないようになっている自然の摂理だからな」

 自然の摂理……といってもいいものか。

 下層のダンジョンと中層以下の境目にトラップがあるダンジョンで共通しているのは下層のダンジョンのモンスターが自衛のためにトラップを設置するということだ。

 つまりはこのダンジョン、そこそこ難易度が高いってわけだ。

「おぉ、コメントも納得だって……わわっ、1万人! ありがとうございますっ!」

 長い階段を降りる間、千尋はコメントとのやりとりをしている。まだ1度目の配信なので投げ銭はもらえないが、チャンネルフォローワー数だけが鰻登りだ。やっぱり、JKって正義なのかも知れない。

「あの、防塵魔法お願いできるかな」

「防塵魔法? もちろん、私はスキル<治癒>だからできるけれど……どうして」

「この先、どんなモンスターがいるか、わかったんだ」



 上層にいる人狼。

 階層の間には植物を使ったトラップ。美しい花畑の様なダンジョン。そして、聖女様に尽くす村の男たち……。



「フユくん……?」

「中層より先に巣食ってるのは、サキュバス族だ」



 千尋が「ひっ」と声を上げる。サキュバス族は大ボスのサキュバス、それからサキュバスに昇華前のリリスが代表的な人形のモンスターで、学校でも習うくらいには強いモンスターだ。

 サキュバス族は基本メスだから、交配の際に上層の人狼のオスを殺して精巣を奪って繁殖する。そのため、人狼が中層以下に入り込んでこないように階層の境目にトラップを張るのだ。


「サキュバスは皆さんもご存知の通り、男を奴隷にし食い……女はサキュバスの手先に変換します。おそらく、聖女クリスタルはサキュバスの手先になってしまっているのかもしれません」

 千尋はスラスラとサキュバスの解説をしてみせた。まぁ学校でも冒険者研修でも習うレベルのモンスターだから当たり前か。

 彼女も実は冒険者志望だったりして。

<サキュバス きちゃー!>

<フユたんがんば>

<千尋たん、サキュバスルートもほしい>


「くるぞ!」

 階段の最後の一段を降りたとたん、妖精の様な4つ羽をつけて飛び回るリリスが襲いかかってくる。目は吊り上がり、口からは岩をも溶かす酸の液を吹きかけてくる。まずいぞ……大した敵じゃないが酸の液がマスクにかかれば身バレの可能性が……。一刻も早くこいつらを倒さないと。

「フユくん! 防塵魔法完了!」

「了解!」

 無数のリリスの群れの間を縫う様に飛び回り、俺は確実に仕留めていく。リリスの急所は羽の付け根。俺は足元に風の魔法を付与しスピードを上げる。リリスの吐き出す酸液を避けながらナイフ一本で切り倒す。

 美しい見た目とは違ってリリスは獣の様な叫び声を上げながら息絶えて消えていく。数十匹倒すとリリスたちは奥の方へと引っ込んでいく。

 ナイフが一本、酸でダメになった。マントの裾も溶けて穴が空いている。

「次の群れが来る前に下層の階段まで走るぞ!」

 千尋を先に走らせて、俺は襲いかかってくるリリスを魔法でぶっ飛ばしながらなんとか進む。

 リリスの鱗粉で前が見えなくなる前に…。千尋がなんとか下層行きの階段に滑り混むと俺は一旦振り返って大量のリリスたちと向き合う。

俺は小さな火の魔法をポンッとリリスたちに向かって放った。小さな火の玉を避けたリリスはニッタリと笑って俺に酸液をかけようと口を膨らませる。

 しかし、彼女が避けた火の玉はぼぅっと大きくなっていく。小さな火の玉は空中に散乱していた鱗粉に次々に引火していく。

「ん?」

 上級が引火したリリスの鱗粉の炎で照らされた時、俺は上層の方へ走っていく人影を見た。

「どうしたの?」


<検知>

藤崎澄子ふじさきすみこ 42歳

固有スキル<隠密>

その他獲得スキル<なし>

弱点<物理・魔法攻撃全般>


 ダンジョンの中では検知スキルを使うと人間やモンスターの詳細を把握することができる。この固有スキルというのは「スキルの実」というダンジョン内の果実を食べることで発言するものだ。今では日本政府が栽培し、全国民がとある年齢になると食べられる様に手配をしている。

 ダンジョン内の果実の力だからなのか、その能力の力はより強くなる。俺の検知スキルは名称や使用スキル、弱点まで見ることができる。

 これがあるだけで、どんなモンスターでも基本的には事前に弱点を知ることができるので攻略の何度がグッと下がる。

 いわゆるチートスキルというわけだ。


「やっぱり! 千尋、聖女クリスタルが上層に逃げていくぞ!」

 炎の光で見えたのは上層の方に走っていく影、その後ろ姿は聖女クリスタルのものだった。

「撮れた! みなさん、聖女クリスタルは……えっと、えっと」

「リリスの鱗粉だ」

 リリスの鱗粉にはオスを惑わせ従わせる毒が含まれている。リリスはサキュバスの昇華前モンスターであるからその鱗粉はメスには効かない。

 つまり、聖女クリスタルは隠密スキルを使ってこのダンジョンでリリスの鱗粉を集め、男たちを惑わせていたのだ。


——いや、だとしても……


「聖女クリスタルを追わないと! って、きゃっ!」

「うわっ……!」

 上空で大量の炎が発生したことで爆風が起き、俺と千尋は一気に下層まで階段を転げ落ちる。

 俺たちは抵抗する暇もなくダンジョンボス・サキュバスのいる最下層まで落ちてしまったのだった。

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