第3話 聖女の村(3)
クリスタル御殿はのどかな田舎にはふさわしくないゴテゴテとしたロココ調の城のようだった。趣味の悪い小花柄の高級家具が並び、トイレの消臭剤みたいなフローラルの香りが漂っている。
「スキル:<検知>」
俺は胸に忍ばせた隠しカメラを起動する前にスキルを発動させる。特にトラップやモンスターの存在はなかった。
でも、一つダンジョン由来の植物をいくつか検知する。どれもこれも低級のダンジョンにある植物で美しい花だ。
ただ、美しい花なだけでおかしな作用はない。ましてや男を惑わせる作用はない。ダンジョンスミレ、ダンジョンバラ(低級)、ダンジョンユリ。
「クリスタル様に謁見希望の若者よ、寄付金はお持ちかな」
ロビーでキョロキョロしていた俺に声をかけたのは不気味な笑顔の老人だった。
『その人はきゅうり農家のテツおじいちゃん』
耳に仕込んだインカムから千尋の声が聞こえた。なるほど、この人も洗脳されているってことか。
「えぇ、もちろん。聖女様に会いに遠路はるばるきたんです」
俺はボストンバッグの中にぎゅうぎゅうに詰めた現金をチラッと見せる。ざっと3000万円。俺の貯金の1部が役に立つとは。もちろん、回収するけど。
「はぁぅ!」
テツおじいちゃんは一度腰を抜かすと慌てて奥へと消えていく。その間に俺はロビーの様子が映る様にぐるっとゆっくり体を回転させる。千尋があとでアテレコすると考えながらゆっくり、ゴテゴテで趣味の悪い景色を撮影する。
『おっけ〜、ありがとう。映ってるよ。聖女クリスタルが現れたら警戒してね……スキルによってはカメラバレちゃうかもだし』
しばらくして、テツおじいちゃんが俺を迎えに来ると
「若者よ、クリスタル様はすぐにお会いしたいとのことじゃ。ささ、こちらへ」
と俺を奥へと案内してくれた。廊下も同じくゴテゴテとしている上に、一定間隔で聖女クリスタルの顔写真や肖像画が飾ってある。
(どんだけナルシストなんだよ!)
金色に縁取られ、表面がクッション素材になっている金色の観音扉を信者と思われる男が開けた。
『その人たちは自警団の南さんと小石川さん』
なるほど、護衛もいるってわけか。
観音扉の先の部屋は豪華というかなんというか、まるでテレビ番組のセットのような嘘くささで「クレオパトラの部屋」と言われたら納得する様な豪華さだった。金色の椅子には宝石が散りばめられ、イランイランのお香が炊かれている。
「ようこそ、若者よ」
聖女クリスタルは指輪だらけの指を揺らして俺に手招きをする。ケバい化粧とわかりやすいグレーのカラーコンタクト。胡散臭いの極みである。
「貢物は?」
俺はボストンバッグを側近の男に渡す。側近の男はそれを受け取ると聖女クリスタルに開いてみせた。クリスタルは怪しく目を光らせてにっこりと微笑んだ。
「充分よ」
「クリスタル様、俺、幸せになりたいんです」
これだけの金を用意した理由はただ一つ、俺の<検知>を発動した状態で、聖女様が祈りを捧げた食べ物を調べることだ。
「まだ、早いわ。明日の朝……あなたに祈りの水を与えましょう」
「聖女様っ、ですが水はまだ早いのでは……?」
側近の男が慌てた様子で言った。水は早い? どういう意味なんだ。食べ物なら早くないのか?
「祈りの水はね、幸せにする効果が一番高いものなのよ。これだけの寄付をしてくれたんだもの。あなたのおかげでもっと素晴らしいものになるわ」
「あの聖女様、今すぐにというのは……」
「無礼者!」
「おやめなさい、若者よ。今日は祈りの力が不足しているの。明日の朝、もう一度おいでなさい。あなたには最上級の幸せを与えて差し上げるわ」
追い出される様にして聖女の間を出ると、俺はわざと中庭がうつるように道を変えて歩いた。中庭では狂った様に聖女の間に向かって土下座を続ける男や、よだれを垂らして自慰をしているもの、ぼーっとして動かない者など様々だった。
ただその光景は異様で、まるで薬でもやってるんじゃないかと思えるくらいだ。いや、聖女様の与える幸せに中毒的な何かがあるのかもしれない。
とはいえ、この女の目的はなんだ……?
***
「アテレコ終わったよ〜」
千尋さんがスマホからデータを送信すると、一息ついて俺の隣に座った。
「よしよし、よく撮れてるな。じゃ、俺が編集しておくから千尋はダンジョン潜入の準備してもらってもいいかな」
「えっ、夏樹くんって編集もできるの? 有名だから、誰か雇ってるのかと思った」
「いいや、配信者なんて基本1人だから……、さてと、千尋は昨日解説したSNSに投稿の準備と、それから今夜ダンジョンに潜入する準備をよろしく」
「わかった。カメラとマイクはこれで大丈夫だね。じゃ、おばあちゃんの手伝いが終わったら
とはいっても編集作業は久々だ。最近はほとんど生配信ばかりだったし、アーカイブのカットくらいしかやってなかった。
でも、久々の編集作業は楽しいな。サムネイルに使う写真を選んで……。
「よし、各種SNSで配信したぞ……。聖女クリスタルは田舎の老人向けのHPしか運用していないから数時間でバレることはないだろう。あとは、今夜ダンジョンの奥に行くであろう聖女様を追って……ダンジョン攻略を配信するだけ」
よし、いっちょやってやるか!
***あとがき***
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