第2話 聖女の村(2)
聖女クリスタルが群馬県の山奥の小さな村にやってきたのはほんの数ヶ月前だった。ダンジョン出現の2週間後だったそうだ。
「聖女様には幸せを与えるスキルがあるそうです。確かに、聖女様が祈りを捧げた食べ物を食べた男の人たちはみんなみんな……幸せそうに笑っているんです」
坂牧千尋は暖かいお茶を淹れると
「でも、お父さんたちはみんな聖女様のいうことが正しいと言い張って、聖女様の御殿を作るために村の西の方に行ってしまったっきり帰ってこなくなってしまって……こっそり見に行ったら」
「見に行ったら?」
「カルト宗教みたいに変なおそろいの服を着て、聖女様の足を洗ったり聖女様のためにと叫んだり……」
ずずっと鼻水を啜って、坂牧千尋はスマホを取り出すと動画を再生してみせた。
高砂のような場所に、豪華絢爛な……クレオパトラが座ってそうな椅子があり、そこにはまさにクレオパトラの様な女性が座っている。おかっぱ頭に異常なほどの吊り目メイク、紫色の唇に長いまつ毛。確かに美人だが、少し歳がいっている様にも見える。
「聖女様〜クリスタル御殿を」
「聖女さまぁ! 聖女さまぁ!」
若い男も年寄りもみんな白い布を巻きつけた様な謎の衣装を着て礼拝でもする様に土下座を繰り返している。
坂牧千尋は指差して
「この聖女様の足を洗っているのがお父さん、ここで土下座して叫んでいるのがおじいちゃんです」
2人とも旅館の板前とは思えないくらいにおかしくなってしまっていた。父親の方はまるで大事な赤ん坊でも洗う様に聖女様の足を洗っていたし、祖父の方は額から血が出るんじゃないかってほど土下座を繰り返している。
「あの……ダンジョンの中に秘密があるんじゃないかって思うんです」
「はぁ……なんで?」
「あの聖女様、ダンジョンの前で倒れているところをうちのおじいちゃんが助けたことがこの村へ来たきっかけだったんです。それに、毎晩ダンジョンの方に歩いていくのを見るので……もしかしたら」
坂牧千尋は着物の胸元からカードを取り出して机の上に置いた。冒険者IDと呼ばれる政府認定のカードだ。俺も持っているが、これはダンジョンに入る資格のある冒険者のみに発行されるものだ。
つまり、彼女も冒険者だということ。1人で行けばいいじゃないか。
「だから、私と一緒に入ってほしいんです」
「いや、俺は……」
「絶対、絶対聖女クリスタルはおかしなものをお父さんたちに与えてるんです。その証拠を取って……お父さんたちを救いたいんです!」
坂牧千尋はぐっとこちらに近寄ってきたが、俺も同じくらい後ずさって距離を取る。また女を襲ったとか言われたくないのでできるだけ近寄りたくない。
「1人で……行けば?」
「それが、私のスキルは<治癒>なので1人では難しくて。それに」
坂牧千尋はスマホを手に取って、少し操作すると俺のほうに画面を向けた。そこには俺のネット記事……過去の業績が並べられていた。
「夏樹くんはダンジョン攻略のプロでしょう? 聖女クリスタルがどんなことをしているか夏樹くんなら見破れる……と思って。お願いします」
「あのさ、俺のこと知ってるなら……その」
俺のこと怖くないの? とか、聞きたいことはたくさんあるのに言葉にならない。目の前の坂牧千尋はポロポロと涙をこぼし、今にも壊れてしまいそうなそんな感じだった。
「おばあちゃんの薪割り、あんなふうに引き受けてくれた優しい人が……あんなことするわけないって、だから信じたい」
「わかった。アンタじゃなくて女将さんのためだからな」
坂牧千尋は笑顔ではなくて真剣な表様で頷いた。
***
翌日の朝食後、私服姿の坂牧千尋が部屋にノートPCを持ってきて聖女クリスタルについてHPを見ながら説明をしてくれた。
「クリスタル御殿……、うわ〜HPまで胡散臭いな」
【聖女様のいる秘境 あなたも一緒に過ごしませんか 毎日の幸せを保障します】
「入会費 50万円って……それであの女の足洗ってんの……? えっと、坂牧……」
「千尋でいいよ。なんども違法だって警察にも訴えたけどダメ。田舎の小さい村のことなんてどうでもいいみたい」
千尋は長い黒髪をポニーテールにまとめると、PCを閉じて今度はスマホをこちらによこしてきた。写真フォルダにはたくさんの聖女クリスタルの写真があり、それに陶酔する男たちが写っている。
「私、ちゃんと証拠を集めたんだ。だからね、夏樹くんをみて思ったの。聖女様の真相を暴く暴露配信をしたら……きっと、お父さんたちを救えるって」
暴露配信。
めちゃくちゃ嫌な記憶だ。まさか、今度は俺が暴露する側の味方をする様なことになるなんてなぁ。とはいえ、この聖女様の動画を見る限り、結構やばいことに手を出していそうな予感がする。
「千尋はダンジョンへ入ったことは?」
「昔、お父さんと一緒に。私は治癒能力だから誰かが一緒にいないとダンジョンには入れないの。それに、数ヶ月前まで村のそばにはダンジョンはなかったしね」
「じゃあ、基本的には戦いには参加しないで俺の指示に従ってほしいかも」
「わかった。そうだ、配信するにあたってさ夏樹くん顔、隠したいでしょ。もしよければなんだけど……」
と千尋がバッグから出したのは黒フードつきのパーカーと怪しい仮面。まるで迷惑系配信者じゃないか……。
「可愛いのがよかったこっちもあるよ!」
と出してきたのは縁日にある様なキャラクターのお面だった。
「いや、最初のやつでいいです」
千尋がやっと笑顔になると、少し場の空気が和んで緩やかになる。彼女は地味だが色白美人で優しい雰囲気がある、ほわっとした雰囲気はクラスにいたら裏では一番人気って感じだ。
彼女が顔出しのダンジョン配信をすれば多分すごく人気が出るだろう。なんというか、配信ってのは「配信なんかしないだろうな」っていう子がやってると人気が出る。逆に「承認欲求高そうな女」がやってるとアンチが湧きやすい。
「でも、暴露配信をするならダンジョンに入る前に、聖女様に会いに行こう」
「へ? どうして?」
「暴露配信ってのはさ、暴露する相手が有名であればあるほど効果が出るんだよ」
ソースは俺。
エゴサはしないようにしてるが、いまだにネットニュースのTOP画面に載っていたし。
「そっか、そうだよね。夏樹くんは配信のプロだった。聖女様の悪事をバズらせるなら夏樹くんだったらどうする……?」
「とにかく、怪しくてやばいって感じの動画を作成するんだ」
「それである程度フォロワーを稼いだら……ダンジョンに潜って配信をする。あとは……ダンジョン配信で重要なのは……配信のスカッと感。モンスターを倒すのは俺がやる。千尋は撮影者兼演者として配信をお願いしたい」
千尋はガサガサとバッグの中を漁ると制服を取り出した。
「ダンジョン配信のトレンドはJK。そのくらいは田舎者でも知ってる。でも、夏樹くんは顔を隠すとはいえ、カップル配信だと思われると視聴者減っちゃうよね……どうしょう」
千尋は「うーん」と上を向いて考え込む。確かに、暴露配信・JK・カップルというのはちょっとコンテンツがごちゃごちゃしすぎだ。
「じゃあ、俺は傭兵ってことにしてカップル感を無くす。とか」
一瞬だけ千尋が眉間に皺を寄せたが、すっと目を逸らされてしまった。
「そう、だね。傭兵の……名前はフユくんにしよう」
「フユくん?」
「ナツキくん、夏くん……の反対だからフユくん」
千尋は少し恥ずかしそうに笑うと、決まりね。とウインクをした。
「よし、じゃあ村の男の人たちを取り返す作戦! 開始!」
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