1章 聖女の村 編

第1話 聖女の村(1)


 田舎最高! 

 道ゆくおじいちゃん、おばあちゃんは俺のことなんて何にも知らない、そのうえネット上で起きていることなんて何にも知らない(わからない)のだ。


「おやおや、若い子が来てくれて嬉しいねぇ」


 聖の宿と呼ばれる古くて小さな宿で俺はもう3泊目。地味だけど美味い飯と自然豊かな景色、そして最高の温泉……!


「おかみさん、ありがとうございます。この辺ってどこかに観光できそうなものってありますか?」

「そうだねぇ、ダンジョンってのが最近できたらしいのよね。ほら、お役人さんが来てねぇ……」

 ダンジョン管理部というのが各市町村にあり、新しく出現したダンジョンや現存のダンジョンも役所が管理をしている。

「へぇ……」

「それでねぇ、なんでもそのダンジオンってのから出てきた人がやっかいでねぇ」

「……?(ダンジョンから出てきた?)」

 女将さんの話はこうだ。

 数ヶ月前、初めてダンジョンがこの村に出現した。その数日後、「聖女」と名乗る女性がダンジョンの中から現れた。

「ダンジョンから人が?」

「えぇ、なんでも聖女くりすたるっちゅう変な女の人でねぇ……、なんでも彼女が祈りを捧げた食べ物を食べると幸せになれる〜ゆうて……それを食った男はみるみるうちにおかしくなってねぇ」

 胡散臭い……。まず、ダンジョン生まれの人間なんて存在しない。

 そしてモンスターが人間に化けて出てくることは基本的にはない。というのも、ダンジョンはダンジョン内で食物連鎖も生物環境も完結しているし、ダンジョン出現を感知するとダンジョン管理部がやってきてモンスターがダンジョン外に出ない様にトラップとブザーを設置する。

 仮にモンスターがダンジョンの出入り口を出た場合、すぐにブザーがなって避難警報、ただちに制圧部隊がやってきてダンジョン内を一掃する。


 つまり、その「聖女」というのはダンジョンの中からやってきた聖女なんかではなく、ただの金稼ぎをしたい詐欺師かなんかだということだ。

「みーんな、聖女様に心酔して男手がなくなってしまったんじゃよ」

「何かお手伝いとかあれば……」

「薪割り、手伝ってくれんかのぉ」

「えぇ、構いませんよ」


 女将さんにお願いされたので俺はこころよくお手伝いを引き受け、厨房の裏で薪割りをしていた。

 薪割りってのは初めてやったけど意外にむずかしいもので、斧と鉈を使って均等に割る必要がある。

「うーん、これじゃ時間がかかるな。そうだ、木のモンスターと戦った時の応用で……」

 大木のフリをして冒険者を殺す木のモンスター<ツリーマン>を倒すときの要領で斧に風の魔力を少し含ませて……。

 バキバキと音をたてて均等に割れる。一振りで薪をたくさん作り出し、あとは片付けるだけ……っと。

 薪を束ねて朝のヒモで縛る。女将さんに言われた蔵の中に運んでっと。確かに、これをあの腰の曲がった女将さんがやるのは大変だろうな。

「聖女様……か」

 おそらく、スキルを悪用している冒険者か何かだろうが俺には関係ないことだ。触らぬ神に祟りなしっと。

 最後の薪を収納し終えると、俺は女将さんのいる厨房に顔を出した。

「すんませーん、女将さ……」

 厨房にいたのは着物に割烹着をきて白い三角巾をつけた若い女の子だった。ぱちっと目が合うと少し驚いた様に目を見開いた。

 俺は咄嗟に目を逸らし、手のひらで自分の口を覆う様にして顔を隠す。俺と同じくらいの年頃、もしかしたら俺を知っているかもしれない。

「おやおや、ありがとうねぇ」

 女将さんは厨房の奥からやってくるとニコニコと笑い、今日の夕食は奮発するからねと言った。一方で、若い女の子は俺の方を見つめたままでフリーズしている。

「いえ、とんでもない。じゃあ、俺は部屋に……」

「あのっ!」

「こらこら、千尋。お客さんに失礼よ。この子はうちの孫娘の千尋。お兄さんと同じくらいの年頃ねぇ。ほら、うちの主人と息子が聖女様のところにいるでしょう? だから手伝ってもらっているのよぉ」

坂牧千尋さかまきちひろって言います。あの……、その」

 千尋は何か言おうとして口をつぐんだ。やっぱり、俺が炎上中のナツキだと知っているんだろうな……。

 俺は「それじゃ」と話を切って、部屋へと向かった。若い子なんていないような寂れた宿を選んだつもりだったけどダメだったな。明日には別の田舎に行こう。次はもっと辺鄙な場所にしようか。電車も通ってない様な秘湯とか。



 俺は美味しい夕食を食べ終えて、温泉に浸かった後、早めに布団に入っていた。明日の朝には出られる様に荷造りもしっかり終えて。

 田舎の夜は静かでいい。うるさい車の音もしなければ、居酒屋から出てきて騒ぐような人たちもいない……。虫の声が響き自然と眠気に誘われた。

 スマホも解約して新しいものにしたから、通知もなければ電話もチャットも来ない。ネットのない環境ってこんなにストレスフリーなんだなぁ。


「あの……すみません」

 

 ふすまの向こうで囁く声は明らかにあの若い女、坂牧千尋だった。

 寝たふりをして過ごそう。もしかしたら、この女も俺が有名人で炎上中の人間だとしって何か仕掛けてくるかもしれないし。


「あの……大野さん。失礼します」


 入ってきたぁ?!

 俺は(やってないけど)酷いことをした極悪配信者としてネットに情報が出てる男だぞ! それを知っていてなんで部屋に平気で入ってくるんだ? しかも、男手が足りないと俺が情報を持っているのを知ってるはずだ。襲われるかもとか考えないのか?

 それとも、俺のことを知らないとか?


「大野さん、大野さん」

「なんですか……」

「大野さんって、ナツキダンジョンチャンネルのナツキさん……ですよね」

 知ってたか。じゃあ、なんだひやかしか? 新手の暴露でも作りたいのか……?

 俺はランプをつけて坂牧千尋を見た。彼女は着物姿だったが少し疲れているのか目の下には黒いクマができていた。

「だからなんですか。安心してください、俺は明日には出ていくので」

 俺は突き放す様に言った。これも録音されて暴露されるのかな。

「あの……その」

 坂牧千尋は何か言いにくそうに口籠る。

「俺、ネットに書かれている様なことやってないんで」

「いや、だからその……」

「でも、わかります。暴露系の証拠よく出てきてましたよね。俺のこと怖いですよね。大丈夫です。危害を加える気は……」

「あのっ、ダンジョンに一緒に入っていただけませんか!」



「は?」


 坂牧千尋の反応があまりにも予想と違ったので驚いた。彼女は目にたっぷりの涙を浮かべながら俺に何度も何度も頭を下げた。

「お父さんもおじいちゃんも……あの女が来てから変になっちゃったんです! お願い、私たちを……この村を助けてくれませんか?」


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