戻らぬ恋人とヒキガエル
みかん
第1話
突然だが、俺、光矢には恋人がいる。
それはそれは自慢の恋人である。
恋人は大河という名前だ。
努力家で、無口で怖そうだけどちゃんと優しくて、実は寂しがり屋だったり…
かっこよくてかわいい恋人だ。
俺と大河は一緒にアパートに住んでいる。
さて、本題に入ろう。
俺は今起きたところだ。
大河はいない。
部屋中探してもいない…
トイレにも風呂にも台所にもいないのだ。
どこかに出掛けてしまったのだろうか?
最近毎朝こうだった。寂しかった。
俺がコーヒーでも飲もうと立ち上がった時だった。
「クックックッ」
ん?
「クックック」
何か音がする。
もしかして…
「大河!!」
俺は慌てて玄関の方へ向かった。
すると…
「うわあ!!!!!!」
俺はビビった。
普通に。
なぜなら…
玄関に…
カエルがいたからだ!!!!!!
「なんで⁈なんでカエルがいるの⁈」
そのカエルはよく見ると緑とかではなくこげ茶色っぽい色をしていた。大きさもそれなりにある。
片手いっぱいくらいの大きさだ。
おそらくさっきの音はこのカエルが…?
「とりあえずここにいちゃダメだろお前。外に出してあげないと…」
カエルは正直あんまり得意ではない。
何より大河はカエルが大の苦手なのだ。
大河が道でアマガエルを見つけては柄にもなく驚いて俺の手を握っていたのを思い出す。
大河が帰ってきたらきっと大変なことになる…
その前に逃そう。
しかし俺はそこまで考えてこのカエルを逃してやれるような場所がないことに気がついた。
今は8月。外は炎天下。カエルは暑さに強そうなイメージないし…死んでしまうだろう。
流石にそれは少しかわいそうな気もする。
「うーん」
俺は考えこんでしまった。
そしてふとカエルを見た。
カエルは玄関でちょこんと、お行儀よくしていた。
カエルに行儀がいいという表現はおかしいかもしれないが、そんな感じだった。
そしてこちらをじっと見ている。
特に跳んで逃げたりもしない…
なんか…
まるで
大河みたいだな…
大河もそうだ。人をじっと見て話を聞くんだ。
全てを見透かすような綺麗な瞳で、こっちを見る。
て、俺は何を考えているんだ…
ただのカエルだ。
それでも俺は、結局そのカエルを外に放り出すことができなかった。
「どーすっかなー」
俺はとりあえず近所の人から虫かごを借りてきてその中にカエルを入れた。
近所の人は驚いていた。が、こころよくかしてくれた。
俺はとりあえず夏が終わるまで、この家でこのカエルを飼うことにした。大河にはちゃんと言えばわかってくれるはずだ…たぶん…ダメって言われたら逃すしかないけど。
「お前どこからきたの?」
もちろんカエルは黙ったままだ。
あれ、そういえばさっき鳴いてたよな?
クックックッって…
さっきこの音で大河だと思ったわけを思い出した。
この声は大河の笑い方に少し似ているんだ。
声色は違うけど。
"クックック"の間の感覚がそっくりだった。
大河はあまり大口を開けて笑うタイプではなくて、
口の前に拳を持ってきて、いたずらっ子みたいに笑うんだ。
「クックック」
カエルがまた鳴いた。
しばらくカエルを虫かごに放置して、俺はスマホでカエルの飼い方を調べはじめた。
調べたところによると、このカエルはヒキガエルで日本のカエルらしい。
そして"クックック"というのはヒキガエルのオス特有の鳴き声らしい。リリースコールと呼ばれ、オスがオスに間違えて抱きつかれた時に発する声だとか。
なかなか奥が深いなあ、カエル。
そしてケースには深めの水入れを入れ、床には土を敷くらしい。特に土は湿らす必要もないようだ。
そして…
餌。
なんと虫だった。
なんとなく予想はしてたけどやっぱりか…
今は人口飼料とやらもあるらしいが、食べないこともあるから虫は必須…
え、最近はペットショップに冷凍コオロギとやらが⁈
すごい世界だな…
いろいろ買いに行かなきゃダメか…
正直大河が帰ってくるかもしれないから家を空けたくないんだが。
そんなことを思い続けたせいでここしばらく外に出ていなかった。
俺はカエルを見た。
やっぱりこっちを見ていた。
何もない虫かごの中でぽつんとしていて、なんだかかわいそうだった。
「まあ、きっと大河は、自分で鍵開けて入ってくるしな。ちょっとくらい家空けてても問題ないよな!」
俺は何を思ってか、そうカエルに話しかけた。
いよいよおかしいのだろうか。
カエルはやっぱりじっとこっちを見ている。
何かを訴えているようにも見えるし、俺の発言を待っているようにも見える。不思議だった。
「ま、いってくるわ。待ってろよ。」
俺は出かける準備をした。本当に出掛けるのは久々だった。
そして玄関で靴を履きながらまたカエルに呼びかけた。
「大河が帰ってきたら、逃げないように見張っといてくれよな!」
そうして俺は外へ出た。
日差しが眩しい夏の日だった。
「ただいまー」
俺はペットショップへ行っていろいろ買って帰ってきた。
もう夕方だった。
「大河〜?」
一応名前を呼んでみる。
「クックック」
カエルが返事をしている。
それがおかしくて笑ってしまう。
大河はまだ帰らないようだ。
俺は早速カエルの家を作ってやった。
虫かごは狭いと思ったので大きなガラスのケースに変更。
夏の暑さに耐えれるように水入れは深めで広いものを。
床には鹿沼土を敷いた。
植木鉢で隠れられる場所も作ってやった。
最後に水入れにお水を注いで、完成。
「できたぞ〜お前の今年の避暑地。」
俺はそこにカエルを入れてやった。
カエルは水を待ち侘びていたようにすぐ水入れに入った。
「おー入ってる入ってる!なんか嬉しいな」
俺はそれを見届けた瞬間どっと疲れを感じて、少し休むことにした。
ベッドに横になる。
二人用のベッドだった。
俺はうとうととしはじめた。
ふとカエルの方を見る。
じっとこっちを見ていた。
俺はふっと笑ってそのまま眠りに落ちた。
これは夢だ
直感でわかった
真っ暗な世界
ぼんやりと誰かの声がする
遠くに目を凝らす
そこには大河がいた
俺は走った
上手く走れない
足がもつれる
大河の名前を呼んだ
声にならない
大河の目の前まできた
大河に触れようとするのに
ガラスがあるみたいに隔たれてる
大河が何か言っている
泣きそうな顔をしている
どうして?
何を言っているのか聞こえない
俺はガラスを思いっきり叩いた
何度も
何度も
大河に触れたかった
大河と話したかった
ガラスに少しだけヒビが入る
大河の声が途切れ途切れに聞こえる
"…や…光矢…いだせ…思い出せ…"
何を?
"…れは…もう…"
はっと目を覚ました。
深呼吸をし、ゆっくり上半身を起こして窓の外を見ると、外はもう真っ暗だった。
「なんだったんだ…」
不思議な夢だった。
そういえばと思い俺はカエルを見た。
カエルは不思議なことにガラスの壁面に両手で寄りかかっていた。
「そんな体勢にもなるんだなぁ。…ん?」
俺は、カエルが寄りかかる壁面のガラスにヒビが入っていることに気づいたのだった。
「クックック クックック」
カエルは鳴いていた。
その後の夜中。
俺はカエルを逃すことにした。
あの夢を見てからなんだかもう、わからない。
カエルが大河なはずない。
訳わからない言葉の羅列だが、俺はそうずっと言い聞かせた。
俺はカエルを虫かごに入れて外へ飛び出して、とにかく走った。
だって、大河は人間としてこの世界にいるんだから…
ズキン
急に頭が痛くなる。
大河は俺と暮らしてて
ズキン
今はどこかに出掛けてて
ズキン
もうちょっとで帰ってくるから
ズキン
だから
だから…
俺は外に出るのは久しぶりで、
昼間出かけた時は
多分
気づかないふりをしていたんだ。
車通りの多い交差点の
ガードレールにたくさん置かれた花束に
大河はもうこの世にはいないことに
俺は花束の前にしゃがみこんだ。
虫かごは隣に置いた。
カエルは花束を見ていた。
今まで無視してきた
気づかないふりをしてごまかしてきた
そんな俺になんて声をかけたらいいか、
誰もわからなかったんだろう
思い出せる。
居眠り運転のトラックにはねられて即死だったことも
ドライバーが謝りにきたことも
その日は、なんだか仕事から帰るのが遅いなって思ってたことも
どうしても
認めたくなくて
葬式にも行かなかった
お墓参りも
俺だけが
大河の死を
ちゃんと受け入れられなかった
俺は、大河が死んでから
今、はじめて泣いた
どれくらい泣いていただろう。
いい大人の男が、外で号泣は結構恥ずかしい。
俺はカエルを見た。
カエルは俺を見ている。
カエルの訴えかけるような目は、
見守るような目に変わった気がした。
このカエルが大河なのかはわからない。
でも大河に思いを直接伝える方法は、もうないのだ。
俺はカエルを見て言った。
「ごめんな。大河。お前の死を受け入れられずにいて。
それがお前を泣きそうにさせるほど苦しめていたんだな。」
「前に進むよ。」
俺はカエルを虫かごから出して手のひらに乗せた。
「ずーっと後になるけど、また会えるから。またな。」
「愛してる。」
俺は目を閉じてカエルにそっと口付けた。
ゆっくり目を開く。
手のひらにはもう、何もいなかった。
後日、俺は大河のご両親に挨拶に行った。
大河のご両親はやつれていたが、俺の様子を見て少しだけ安心した顔を見せた。
俺は大河の御前で手を合わせて、もう一度約束した。
ちゃんと前に進むことを。
大河のいない世界を生きることを。
そして大河の苦しみを救ってくれた、俺に大河を思い出させてくれたカエルを、ほんの少しだけ好きになった。
おわり
クックック
戻らぬ恋人とヒキガエル みかん @natumegu0601
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