遭難 PartⅡ

 理解が追いつかなかった。

 並行世界だの能力だの、聞き慣れない単語ばかりが積み重なっていく。


 悠の中で、警戒心より先に苛立ちが立ち上がった。

 目の前の老人は、正気とは思えないことを平然と口にしている。


「長野の研究所の裏に、こんな雪山なんてあるわけねえだろ。……ここは一体、どこなんだよ?」


 顔をしかめて問い詰めると、コロウは眉を寄せ、心底不思議そうな表情を見せた。


「長野? 研究所? ……一体何を言っておる」


「おいおい、ここは長野県だろうが!」


「……ここはアルタイル王国だぞ。お主、頭を殴られて混乱しているんじゃないか?」


 否定する言葉はいくらでもあった。

 だが、コロウの目は揺れていない。冗談でも、挑発でもない。事実を述べている顔だった。


 悠はふらつきながら立ち上がり、棚に立てかけられていた地図を掴む。

 視線を落とした瞬間、思考が止まった。


「……なんだよ、これ……」


 見覚えのない国名。果てしなく続く大地。

 そして、その一角に記された「アルタイル王国」の文字。


 膝から力が抜け、床に座り込む。

 身体が、現実を拒否していた。


 その様子を見て、コロウが低く声を落とす。


「お主……もしや、別世界から来たのか? だが、どうやって……」


 一瞬、思案するように黙り込み、すぐに首を振った。


「まあいい。何かの拍子で迷い込んだのだろう。そういうこともある」


 そんなわけがあるか。

 そう叫びたかったが、声は出なかった。悠はただ、天井を見上げていた。


 コロウはやかんから立ち上る湯気に目をやり、言葉を継ぐ。


「……帰る手段が見つかるまで、ここに泊まっていくといい。明日は、ふもとの港町へ行く。ついて来たければ、ついてこい」


 暖炉の火が、静かに薪を舐めていた。

 現実から切り離された空間で、時間だけが淡々と流れていく。


 ここがどこなのか。

 なぜ自分がここにいるのか。


 答えはまだ、どこにもなかった。

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