遭難

 目を開けると、古びた小屋の中だった。

 暖炉の前。身体の下には固い床の感触がある。悠は体にかけられていた毛布を払い、ゆっくりと身を起こした。


「……ここは……」


 視線を巡らせた瞬間、違和感に気づく。

 腰の重みがない。拳銃が消えていた。


 雪山に放り出されたときに落としたか。

 そう判断しかけたところで、机の上にそれを見つける。


 悠は距離を詰め、手を伸ばした。


 ――その瞬間。


 小屋の扉が軋み、ゆっくりと開いた。

 猟銃を背負った男が、一歩ずつ中へ入ってくる。


「動くな……!」


 反射的に拳銃を構えた。

 だが男は、眉一つ動かさずに言った。


「おぉ、起きたか。早速物騒なもんを持っておるが、残弾は確認したかの?」


「……は?」


 言われるままに確認する。

 弾倉は空だった。すべて抜き取られている。


 悠は舌打ちし、拳銃をポケットへ戻した。


「諦めるんじゃな。わしには勝てん。まあ、安心せい。敵意はない」


 男は猟銃を壁に立てかけ、やかんに水を汲み始める。

 手つきに迷いがなく、警戒もしていない。


「わしの名はコロウ。このスモーク山で猟師をしておる。……お主の名は?」


「浪野悠だ」


 男――コロウは頷き、棚からマグカップを二つ取り出した。

 見慣れない茶葉のパックを入れ、湯を注ぐ。柔らかな香りが小屋に広がる。


「紅茶は飲めるか?」


「ああ、もらう」


 カップを受け取ると、コロウも椅子に腰を下ろした。

 その視線が、じっと悠を捉える。


「その身なり……お主、この地の者ではないな? 一体どこから来た? なぜスモーク山道にいた?」


「それが、俺にもよくわからない。……パーティー会場で誘拐された子供たちを見たはずなんだが……あれは夢だったのか……」


 記憶は途切れ途切れで、輪郭が曖昧だった。

 コロウは紅茶を一口含み、低く呟く。


「何やら、訳ありのようだな。……まさか……」


「なんだよ、言いたいことがあるなら言え」


「誘拐された子供、と言ったな。その子供、海賊にさらわれたんじゃないか?」


 頭の奥で、ドクロのマークが浮かび上がる。


「まさか……海賊が犯人だってのか?」


「もしそうなら、思い当たる海賊がいる。奴らの名は――ティード海賊団。人身売買で悪名高く、世界的に危険視されておる連中だ」


「教えてくれ、じいさん……俺は一刻も早く、恋人を取り戻さなきゃならないんだ!」


 コロウは、はっきりと首を横に振った。


「やめておけ。お主が太刀打ちできるような相手ではない。奴らは並行世界を自在に移動し、必要とあらばどこへでも逃げ隠れできる。王国の監視の目すら欺いてきた、狡猾な連中だ」


 荒唐無稽だと切り捨てるのは簡単だった。

 だが、仮面を被った貴族たち。檻の中で泣き叫ぶ子供たち。

 あの光景を思い出すだけで、否定する余地は消えた。


 すべては、現実だった。

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