第1章 暗殺者の生活

暗殺者、遊離の朝は5時から始まる。

陽が昇り始める前のこの時間に遊離は目を覚ます。

脳が起きていない時間に急に動いて眩暈を起こさないために、ゆっくりと身体を起こした遊離。


ぼんやりとした表情でベッドから降りると珈琲を淹れに行った。

仄かに薫る、珈琲豆の香りが鼻腔を擽った。

リラックス効果があると世の中では言われているようだが、どうやら彼に効果はないようだ。


カップに淹れたそれを一気飲みすると彼はカップを洗い、タオルの上に適当に置いた。


それから彼は一度奥の部屋へと足を運び、しばらくすると再び戻ってきた。


顔には落胆の表情が浮かべられている。


椅子に座り顔を腕で覆う彼。

彼はもう長いこと暗殺をしてきていた。


いくつ自分の手で人を殺めてしまったのか分からないほどに。

倫理観が狂うほどに彼は人を殺めていた。


彼は幼い状態で人を殺めるために自己防衛の手段として感情を捨てていた。

そうしなければ、自分が壊れてしまうと分かっていたから。


初めての暗殺のときに友を失ってしまい、壊れるほどに叫び、悲しみ、嘆き、勇者を殺すために感情を捨てたのだ。


彼は未だにそのときに逃げた勇者のクラスメイトを追いかけていた。

今日、やっと最後の二人を殺せる。


笑みを深めると彼は身支度を整え、家を出た。

家の外の庭には傷だらけで満身創痍のドラゴンと呼ばれている世界最古の生命体が一人、竜種フレイヤドラゴンがいた。


彼はフレイヤドラゴンに近づき、瞼あたりを触る。

ピクリと瞼が動くと酷く緩慢な動きで紫色の瞳を見せるドラゴン。


「おはよう、大丈夫?」


ドラゴンは地を這うような声でその言葉を否定した。


「大丈夫なわけあるか。なぜ、貴様の暴走を止める為に我が傷を負わなければならないのだ。貴様の暴走ならあの愛し子が止めればよいではないか」


「あの子はまだ不完全なんだ。まだ防御と攻撃しかできないから、契約主である俺には逆らえないんだ」


それを言うとドラゴンは鼻を鳴らし、『若輩が』と呟いた。

その若輩という言葉を冷たい瞳で見つめ、聞く彼がいた。


少しのぴりついた空気を打ち破るかのように彼は「あ」と言った。

少し呆れを交えた声でドラゴンは『今度は何だ』と問うた。


彼はにこりと花が舞うような雰囲気で嗤うと「久しぶりにってくるから、今日は帰りが遅いかも」と言った。


彼の言う殺ってくるとは暗殺のことであった。

つまりは、彼は今晩人を最低でも一人以上殺すという宣言であった。


このドラゴンやら悪魔やら、人外が蔓延る世界で人を殺すことを生業とすることの難しさ。

彼は時には勇者や勇者召喚の召喚者、聖女を殺すこともある。

依頼とあれば誰であろうと殺す。

それが彼、暗殺者遊離のモットーであった。


だが、皮肉なもので彼は人を殺しすぎたが故に王国からはS級危険人物扱いをされ、さらには《漆黒の虐殺者》という不名誉な二つ名まで戴いてしまっていた。


暗殺者なのに目立っていると思った時もあったぐらいである。

この二つ名のせいで彼は余計に孤独を胸に抱くことが多くなった。


彼の孤独は永遠にもう誰にも埋められることはないだろう。


これらが頭にふっと浮かべ、その考えを消すかのように頭を振ったドラゴン。


目の前には、女が見たらそれはもう陶酔しそうな艶やかな微笑みを浮かべた彼。


「俺の昔の仲間だからね、うんと甘やかしてから殺してあげるよ」


唇から零れ落ちた言葉はちっとも甘くなかった彼は庭の坂をゆっくりと踊るかのように下って行った。


ぐるると一つだけ唸るとドラゴンは再び眠りに入った。

起きるころにはまた変わっているだろうと期待して。


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闇の最強暗殺者(加筆修正版) 鴉杜さく @may-be

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