第19話 再会
鮮やかな青に面しており、薄い橙色の屋根たちがびっしりと羅列している街。
心地よい潮風と波の音、沢山の人々が織りなす音色。
目を瞑ると想起される思い出の数々。
俺達は、少年期を共にした街「カッセルポート」へ到着した。
「長かったねー!」
「そうだな……」
疲れを感じつつ、伸びをするデュアンと、懐かしい景色を眺めながら言葉を交わす。
今回の旅は、長い道のりだけでなく、山賊と戦闘したり、メンバーが一人増えたりして予定外の事も多々あった。ここに到着した時は安堵感からか、一気に疲労感が身体を襲ったし、きっと心身ともに疲弊しているのだろう。
しかし、退屈した時間は殆どなかった。三人で絶え間なく会話をして、笑いあった。きっと、今後も沢山の場所にこの三人で旅をするのだろうが、それが今から楽しみなほどに充実していた。
「あんたたち、まずは宿を取るわよ」
「はーい」
メルビスの指示にデュアンが返事をする。
この二人は相性が良さそうだが、素直に喜べないのが、自身の人間性の未熟さを痛感させられる。
「ミクリアさん、この後はどうされますか?」
「私は、あらかじめ宿を取っておりますので、そちらに……」
俺は、ミクリアさんの動向を確認する。
この人とは二日ほど旅路を共にしたが、気品こそあれど堅苦しさは微塵も感じられず、とても気さくで楽しい人という印象を受けた。魔導に精通しているようだし、今後も関係を築いていきたい。
「そうですか。今回の兄や従者の事は残念でしたが……俺達でよければ、気軽に頼って下さいね」
「ニャータさん、ありがとうございます。この二日間、とても充実した時間を過ごせました」
その後、メルビスとデュアンの二人にそれぞれ挨拶を交わすと、毛皮のローブを纏ったお嬢様は一人で逞しく歩き去っていった。
旅の最中、俺達の存在を忘れないようにと、ローゼ団長から譲り受けた高級な指輪をミクリアさんに預けた。
団長には申し訳ないが、あの人に対する友情に妥協をしたくなかった。本当に大切な物を預けることで、友情の証としたかった。今はつらいだろうけど、前を向いて生きて欲しい。それが、今俺達にできる精一杯だったんだ。
「さてと、俺達もいくか」
俺の掛け声にメルビスが「そうね」と、デュアンが「そうだね!」と返事をして、二頭の馬を引き連れて宿へ向かった。
慣れた足取りで宿に到着すると、メルビス(馬)とニャー太郎を預け、まずは孤児院を目指した。
「ターベンさん、きっと歓迎パーティの準備してるよね!」
「卒業パーティも盛大にやってくれたし、多分何かしらは準備してると思うぞ」
正直、そこまで盛大なものは勘弁してほしいが、どんなものでも嫌ではない。
院長の「ターベン・デイラン」は、気さくで子供の事を大切にする人だ。
みんなのことを喜ばせようと、ことあるごとにパーティを開く。どこからその予算が来ているのかはよくわからないが、恐らく自腹だろう。「子供たちが元気に育ってくれるなら、質素な生活でも満足だ」なんてのが口癖の人だからな。俺も、ターベンさんは信用している。
「マリアンも、お前の事を喜ぶだろうな」
「そりゃそうだよ、僕のたった一人の妹だもの!」
「私も、早くマリアンちゃんに会ってみたいわー!」
メルビスが待ち遠しいといった心境を表に出している。
マリアンは、俺が孤児院に入って間もなくの頃、いつもデュアンに引っ付いていたくらい、引っ込み思案だ。
デュアンとは対照的にとても内向的で大人しくて、良く一緒に本を読んだりしたものだ。実のところ、俺に凄く懐いている。
5年ほど前は「ニャータくん、本読んでー」なんて言って、とてとてと俺の膝の上に座りに来ていた。きっかけは、マリアンが興味ありげに本を眺めていたから、試しに読み聞かせてやったことだったな。カッセルポートにいる間は、俺達の冒険について語ってやろうか。
そんなことを考えていると、いつの間にか俺達がメルビスを救った路地裏へ差し掛かる。
あえて、こっちの道を通ってきたんだ。何というか、感慨深いものがあるな。
「ここで、私たち三人が出会ったのね」
「そうだね……ニャータとは、もっと前に会ってたみたいだけど」
「そ、そうね……よ、よく……覚えてるわ」
そんな会話をよそに、俺はここから見える孤児院の窓を眺めていた。――――ついこの間まで俺達が外の世界に思いを馳せていた部屋だ。まだ一年も経ってないっていうのに、そこはかとない懐かしさがある。
「どうしたの? ニャータ?」
「いや、ちょっと懐かしくてな」
「あぁ、僕たちの部屋だね」
そんな会話をした後、表に回って、孤児院の入口に立つ。
「さぁ、入ろうか」
「うん!」
「どきどきするわね……」
そう言って、大きな木製の両開きドアをノックする。
――――暫く待ったが、誰も出てくる気配がない。
俺達は、顔を見合わせて、恐る恐る扉に手をかける。
――――ギィ、と音を立てて開く。鍵はかかっていないようだ。
そのまま、ゆっくりと扉を開けると……そこには、血まみれで床に突っ伏してるターベンさんたちの姿があった。
その光景見た俺は、ゆっくりと歩みを進め、ターベンさんの元へ辿り着く。
そして、俺は呆れた表情でため息をつき、口を開く。
「ターベンさん、何やってるんですか」
「…………」
「ターベンさん、帰ってきましたよ」
「…………」
返事がない。こういう時は、リアクションをするのが恒例となっている。
「ターベンさん……ターベンさん!!」
俺は、ターベンさんの身体を揺さぶる。
「デュアン! 何を突っ立っている! みんなの生死を確認しろ!」
「わかった! 何があったか、見当は付く!?」
デュアンは、倒れている他の死体の元へ駆け寄って、脈を確認しながら俺に確認を取る。
俺は「見当は付いてる!」と返した。勿論、他意がある。
「メルビス! 扉を締めろ! 犯人がまだこの中にいるかもしれない! 絶対に逃がすわけにはいかない!」
「え? あぁ……わかったわ」
メルビスはそう言って、歩いて扉を締めに行く。
「デュアン! これを見ろ!」
デュアンは、俺の呼びかけに返事をすることなく、無駄のない足取りでこちらに向かって来る。
「これは、血文字……?」
そこには、血で「おかえり」と書いてあった。
「ニャータ、デュアン、おかえりなさーい!!」
そう言って、床に突っ伏していた死体が続々と立ち上がる。
そう、これは茶番だ。付き合わないといつまで経っても進展しないから、いつも仕方なく付き合っている。
「ターベンさん、平常運転のようで何よりです」
「がははは! ニャータ、お前老けたか!?」
「どういう意味ですか!?」
ヒゲの生えたおじさんが、よくわからないいじり方をする。
「ターベンさん、ただいまー!」
「おうデュアン、お前も相変わらずだな!」
「ターベンさんこそー!」
そう言って、デュアンがターベンさんに飛びつく。
デュアンは特にこの人に懐いている。良く遊んでくれるし、過去には悩み事を解決してくれたこともあるそうだ。
そんな様子を眺めていると、少し遠くから視線を感じた。
――――マリアンだ。
彼女は、可愛らしい二つに分けられた三つ編みをいじりながら、上目遣いでちらちらとこちらに視線を送ってくる。
そんな少女の元へ俺は足を運び、声を開ける。
「マリアン、ただいま」
「……おかえりなさい」
俺は、そんな恥ずかしそうに髪をいじるマリアンの頭を撫でる。
よくわからないが、保護欲のようなものが湧いて来るんだよな。
この子は将来どんな職に就くのだろう? 俺としては、テルセンタで魔導の研究なんかをしていて欲しい。ハンターはもってのほかだ、あんな危険な場所へは俺が行かせるわけにはいかない。
「貴方が、マリアンちゃん? 私はメルビスよ。今は君のお兄さんたちと一緒にハンターをやってるわ」
「…………」
俺の右斜め後ろから声を掛けに来たメルビスを見ると、マリアンは俺の陰に隠れてしまった。
「こら、マリアン。ちゃんと挨拶しなきゃダメだろ?」
ターベンさんとの挨拶を済ませてこちらに歩いてきていたデュアンが、マリアンの様子を注意する。
「私は、マリアン……よろしく」
「よろしくね」
小さな声で挨拶をしたマリアンに、メルビスが笑顔で挨拶を返す。
マリアンは、元々内向的だが、今回の拒否反応はメルビスに嫉妬心を抱いたとかそんなところだろうか。こういう所は本当に可愛らしいと思う。ターベンさんの話によると、デュアンも昔はこんな感じだったらしい。
メルビスは、旅の最中にマリアンの話をすると、興味を示した。同じ女の子だからなのか、本に興味があるという所が気に入ったのかはわからないが、話をきいてからは会うのをとても楽しみにしていた。
「ニャータ、この本読んで?」
そう言って、机の上に置かれていた大き目の本を手に取り、俺に差し出してきた。
「今はダメだ。まだみんなに挨拶していないからな」
「マリアンちゃん、私でよければ読み聞かせてあげるわよ?」
マリアンは、メルビスの提案を「いい」と短く呟き、拒絶する。
にしても、マリアンももう13歳だよな? そろそろ社交性を磨いて行かないといけないかもな。
そう思った俺は、マリアンにメルビスの提案を受けるように促してみることにした。
「メルビスは、昔俺と一緒に魔導の勉強をしていたことがあって、それから今までずっと魔導の勉強を続けてきたんだ。頭がいいから、俺よりも説明が分かりやすいと思うぞ?」
「……やだ」
「今日中に新しい魔導を覚えられたら、なんでも一つご褒美をあげちゃおうと思ってたんだけどなぁ……仕方ないか」
「メルビス、魔導教えて」
結局こんなんで釣るしかないのか。
「ニ、ニャータ。私にもご褒美くれないかしら?」
「何言ってんだお前」
呆れた表情でメルビスを眺めていると、後ろから何者かがしがみついてきた。
「あんた、よく生きてたわね!」
この声は……ローティットか。
「おかげさまでな。ティーゼットさんにはかなりお世話になってるよ。俺達の事を伝えておいてくれてありがとな」
「当り前じゃない! あんたみたいな低魔力の変態なんか、お姉ちゃんの力が無かったら今頃死んでるわよ!」
酷い言いようだな。
しかし、こいつに言われるのは仕方がない。故意ではなかったとはいえ、俺の不注意で着替えを覗いてしまったんだからな。
すると、デュアンがいつものようにローティットを叱りつける。
「ローティット! ニャータは魔力が無くても強いんだよ! いつも言ってるじゃないか!」
「そ、そうね。悪かったわ、ニャータ」
姉妹揃ってデュアンに怒られてやんの。こいつもスキンシップで俺をからかってるだけなんだろうが、面白いからデュアンには何も言っていない。
特に仲が良かったやつらとの挨拶を終えると、ハンターに興味のあるやつらが俺達を質問攻めにしてきた。用意されたささやかな食事を食べながら、俺とデュアンの二人で質問に答えた。
メルビスは、マリアンに連れられて部屋に行き、ローティットは俺達の回答に茶々を入れてきたりしていた。デュアンがモテモテなのに対して俺が全くモテていない事をローティットが突っ込んで笑いが起こったりもした。
しかし、戦闘の話になると緊張の面持ちで展開を見守り、決着のシーンでは大盛り上がりだった。皆、キラキラと瞳を輝かせて、隣にいる友人と思われる奴らと未来に思いを馳せている。そんな様子に、過去の俺達が重なって見えた。
いつか、こいつらが外の世界に旅立った時、俺達の話が何かの役に立てばいいと、心から思う。
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