・閑話 水浴び

 カッセルポートまで残り1日、今日で最後のキャンプ。

 俺とデュアンは、焚火を囲んで閑談をしている。


「俺達もあいつらの後で水浴びにいくか」

「そうだね、暫く濡れタオルで拭いてただけだったからベトベトだよ」

「お前そういう所、女っぽいよな」

「えー、だってなんか気持ち悪くない?」


 今は、ミクリアとメルビスが一緒に川で水浴びをしている。

 俺達はその間に、適当に食事をとりながら、装備の手入れをしていた。


 手入れといっても、鍛冶屋なんかに頼むような本格的なものではなく、汚れを拭いたり濡れた部分なんかがあれば拭き取るとかそんなところだ。

 この後水浴びに行くというのもあり、汗ばんだ服も脱いで畳んでいる。


 ふと、デュアンの魔導訓練の進捗が気になった為、質問してみる。


「お前、魔導の訓練はどの辺までいったんだ?」

「うーんと……この前、遠隔魔導を少しできるようになったから、熱魔導の特訓に入ったよ」


 こいつは、メルビスに魔導の訓練をしてもらっている。

 俺も生成魔導について知識を享受してもらったからわかるが、メルビスは説明が上手い。恐らく、ローズギルドで日々隊員に訓練を施していたからだろう。

 それに、組み立てた特訓カリキュラムの内容にも、随所に知恵を伺わせるようなものがある。


 メルビスの講義で分かったことは、生成魔導と遠隔魔導も、熱魔導の要領で魔力の消費を抑えることができるということだ。

 生成魔導と遠隔魔導、共に魔力の所有権を手放なさないようにすれば、魔力消費を抑えることができる。

 簡単に言うと、熱魔導のように使った魔力をそのまま戻せばいい。だが、これは熱魔導よりも難しかった。

 生成魔導は物体を再び紐解く際に魔力が周囲に散ってしまうし、遠隔魔導も移動させたりする時に、どうしても魔力が散ってしまう。


 繰り返していけば徐々に無意識的にできるようになる部分が増えて、結果的に集中力が伸びる。というのがメルビス先生の理論だった。

 ということで、現在は30%くらいの魔力を戻すようにしている。無理せず徐々に戻せる魔力量を増やしていけばいい。


 そして、デュアンは恐らく熱魔導で停滞しているだろう。

 こいつは、感覚さえつかめばすぐに覚えるが、熱魔導は繊細だから感覚で表現するのが少し難しい。


「熱魔導か、お前は苦手そうだな」

「苦手なんてもんじゃないよ……毎日脳が爆発しそうだよ……」


 これは、相当答えているな……。

 しかし、熱魔導は中級ハンター以上なら使えないと難しい場面も多くなる。ここは踏ん張って習得して欲しい。

 そう思ったので、俺は熱魔導を習得した時にイメージした事を伝えてみることにした。


「熱魔導は、お前の得意な放出魔導を凄く細く放出するようなイメージでやるといいかもな」


 それを聞いた途端、デュアンは目を瞑って力みだす。

 数十秒ほどすると、デュアンは目を開けて、嬉しそうな表情で俺にこう言った。


「できたよ!ニャータ!」


 どうやらできてしまったらしい。


「やっぱりニャータは凄いね!」


 凄いのはお前だと思うけどな。

 ただ、こいつは言語で教えるより、感覚を教える方がいいのかもしれない。これは、メルビスにも報告しておこう。


「どうしたのよ、騒がしいわね」


 水浴びから戻ったメルビスが話しかけてくる。


「どうやら、熱魔導が使えたらしいぞ」

「えぇ!? この前までぜんっぜんできなかったじゃないの!?」

「ニャータからイメージを教えてもらったら、すぐにできたよ!」

「デュアンは感覚を教えた方がすぐに覚えるみたいだな」


 それを聞いたメルビスは力が抜けたように椅子代わりの丸太の上に腰を下ろす。

 そして、サラサラな髪を左肩から前方へ持ってきて、ゴムで結んだ。


「なーんか、頑張って教えて損した気分だわ」

「まぁ、魔導は結局、イメージが大切だからな」


 その会話のあと、ミクリアが遅れてこちらに歩いて来る。


「お待たせしました。着替えの最中にお話しが聞こえたのですが、デュアンさんはあまり魔導はお得意ではないのですね?」

「え? うーん、放出魔導と強化魔導は使い慣れてると思うんだけど、その他がうまくいかないんだ……」

「でしたら、明日は私が魔導を教えて差し上げましょうか?」

「え? ミクリアさん、魔導使えるの?」


 今は綺麗に巻かれていた髪も少しぼさぼさになっているが、この人はテルセンタの名家のお嬢様だったな。テルセンタは魔導の聖地だ。できて当然だろう。


「えぇ、使えます……あの時は山賊共に魔力を吸われてしまっていたために無防備となっておりましたが……」


 そう言うと、少し俯き、綺麗な金髪をといていた櫛を持っていた手が止まる。


「あ! それ櫛っていうやつだよね!? 僕も使ってみたいって思ってたんだー!水浴び終わったら貸してくれない?」

「え? えぇ、勿論いいですが……」

「本当!? じゃあすぐに水浴び終わらせてくるよ! ニャータ、いこ!」

「あ? おい、待てよ!」


 俺は慌ててデュアンの後を追いかける。

 デュアンの奴、ミクリアさんに気を使った……のか?

 いつもあんな感じだからどっちかわからんな。あとで聞いてみよう。


 そして、すぐに川まで辿り着いた。


「おい、デュアン。急にどうしたってんだ?」

「ニャータ、僕落ち込んでる人になんて言ったらいいかわからないんだ」


 そんなことだったのか。

 最近は忘れていたが、こいつは口下手だったな。


「ばっかだなーお前は。そういう時は、『安心するんだ、僕がいつだって君を守るから』っていってやんだよ」

「なるほど……」


 デュアンはそう短く呟くと、真剣な顔で何かを考えるそぶりをする。


 冗談のつもりで言ったんだが……本気にしてないよな?

 本気で言うつもりだとしたら……デュアンには悪いが、笑わせてもらうぞ。

 いつも俺をのけ者にして軽薄な女子の人気を集めやがって。軽薄な女子の人気は別にほしくないが、あの時は孤独感を感じるから好きじゃない。ちょっと痛い目を見るのも大事なことだ。


 と、素っ裸で何かを考えこむデュアンを眺めていると、下半身にぶら下がっている巨大な何かが目に付いた。


「つーか、お前やっぱデカすぎだろ」

「ん? なにが?」

「それだよそれ」


 そう言って、俺はデュアンのいちもつを指さす。

 指がさされた先を見たデュアンは、にこっと笑い、胸を張ってこう言った。


「へっへーん。ニャータなんか一撃で沈めちゃうもんねー!」


 そう言って、デュアンはいちもつをブンブンと振り回す。


「はぁ? お前、デカけりゃいいってもんじゃねぇんだよ。魔力と一緒だ。使い方が大事なんだ」


 そう言って、俺もいちもつをブンブンと振り回す。

 興が乗ってきた俺は、面白い芸が浮かんだため、それを実行する。


「ニャータ旋風ー!!」


 そう言って、ネイア師匠直伝の気流操作を駆使して、強風を巻き起こした。


「うわー!! やーらーれーたー!!」


 こんなくだらない掛け合いで盛り上がったのは久しぶりだ。

 昔はしょっちゅうこんなことで笑い合ってたっけな。


 その後は談笑をしながら水浴びをして、キャンプへ戻った。


「おかえり、なんだか盛り上がってたわね」

「うん! 久しぶりにあんなに笑ったよ!」

「うふふ、それは良かったですね」


 ミクリアさんが上品に笑いながらデュアンに声をかける。

 とんでもなく下品なことで笑いが起きていたことは絶対に言わないようにしよう。


「あ、ミクリアさん。ニャータに髪乾かしてもらいなよ」

「髪を乾かす? 一体どうやって……」

「気流操作の魔導を使うんです」


 そういうと、興味深そうに気流操作のプロセスを聞いてきた。

 しかし、師匠があまり言いふらすなといっていたので事情を説明して断ると、ミクリアさんは残念そうな表情で「そうですか……」と言った。なんだか申し訳ない気持ちになるな。


「ニャータ旋風で二人とも一緒に乾かしてあげたら!?」

「ばっか!」


 デュアンがふざけたことを言い出すので、拳骨をくらわせる。

 しかし、ニャータ旋風でなくても普通に風を起こせば同時に乾かすのは可能だな。


 ニャータ旋風が何なのか不思議そうに見つめるミクリアさんとメルビスを一か所に誘導して、軽い気流を発生させる。


「ほんと、いろんなことできるわよね……」

「これは凄いですね。これならすぐに乾きそうです」


 二人は感心した様子を示したあと、髪をわしゃわしゃとしながら乾かし始める。


 すると、その様子をぼーっと眺めていたデュアンが何かを思い出したようなそぶりをして、口を開く。


「ミクリアさん、安心して! 僕がいつだって君を守るから!」


 わぁお、このタイミングで言うのかそれ。

 ムードもへったくれもないな。っていうか何のこと言ってるのかわからないんじゃないのか?


 と思って、ミクリアさんの方に視線を向けると、そこにはポカンとした顔でデュアンを見つめているお嬢様がいた。やっぱり何のことなのかわかっていない。


「ミクリアさん、デュアンは山賊の件のことを励ましてるんだと思いますよ」


 俺がそう言うとようやく理解できたようで、「ありがとうございます」と返事をした後、デュアンの髪を櫛でといてあげていた。


「なんか、兄弟みたいね」

「そうだな。でも、兄弟っていうなら、俺とメルビスも兄弟みたいじゃないか?」


 そう言うと、メルビスは「そうかしら?」とやけに素っ気ない態度をとる。

 そういえば、こいつはデュアンに惚れてるんだよな。メルビスにとってあの光景は面白くないか。


「懐かしいな、昔はあんな風に一緒に魔導書を読みふけってたっけ」

「そ、そうね。懐かしいわね」


 メルビスはさっきのさばさばとした雰囲気とは一変して、声の調子がうわずっている。

 ん? デュアンの事を思い出してるのか?


 何故デュアンに惚れたのか気になった俺は、率直に質問してみた。


「どこに惚れたんだ?」

「えぇ!? え、えーっと」


 あからさまに取り乱すメルビス。

 そんな様子に、少し胸が締め付けられる。


 俺は、メルビスに初恋を捧げている。

 そして今もなお、ささやかな好意を抱いているのだ。だが、それはきっと実らないだろう。

 なぜなら、こいつは過去の出来事でデュアンにべた惚れしている。

 そして、そこに俺が介入する難しさを自分で証明している。


 俺はネイア師匠からも思いを寄せられているが、メルビスがチラついてそちらに集中できない。

 俺を一撃で落としたあの笑顔は、早々忘れられるものじゃない。


 俺が胸を締め付けられていると、メルビスが質問の答えを出した。


「い、一生懸命魔導を練習しているとこ……かな?」

「へぇー、結構最近の事なんだな」

「……え?」


 あれ? 最近の特訓の事じゃないのか?

 過去のデュアンは特に魔導に積極的じゃなかったよな? 俺の知らないところで会っていたとか?


 困惑した表情でお互い見つめ合っていると、デュアンが話しかけてきた。


「ねぇねぇ、ミクリアさんがカッセルポートに付いたら一緒に巻き髪にしてくれるって!」

「お前……大丈夫なのか? それ」


 その後、メルビスの「そろそろ寝ましょ」という掛け声で就寝の準備に移った。

 

 いよいよ明日は、カッセルポートに到着だ。更に楽しいことが起きるだろう。楽しみだ。

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