第18話 選択の重み
カッセルポートを目指してから4日目、残すところあと2日ほどとなった。
「もう少しだね。孤児院に手紙はもう届いたかな?」
「届いてると思うぞ。昨日くらいに届いてるんじゃないかな?」
「あんたたちと一緒だと、すっごい疲れるわね……」
俺達は今、今日になってから4回目の休憩をしている。
ここら辺からは、カッセルポートから商品を仕入れてきた行商人を山賊が襲う、ということも消して珍しいことじゃ無くなってくる。
俺達は、そんなに貴重な物を持っているわけじゃないが、ドレスや装備を目当てに襲って来る可能性も0ではない。だから、熱魔導を張り巡らせて、安全を確認してから休憩をするようにしている。
「メルビスー、沢山食べろよー」
俺は初日に大きなインパクトを残したメルビス(馬)をとても気に入った。
それ以降は真っ先に餌をやりに行ったり、顔をすりすりしたりしてとても可愛がっている。
「ニャータ、随分気に入ったんだね」
「そうね、同じ名前なのが腹立つわ」
「あはは、こっちからは嫌われちゃってるよ」
そんな俺を眺めながらぶつくさと言っている二人を見て、俺は興が乗った。
「デュアン―、ほらお前の大好きな果物だぞー」
そして、デュアンが果物をパクっと食べると「うりうりうり~」と言いながら頭をすりすりする。
「メルビス―、次はお前だ。ほーら、大好きな果物だぞー」
そう言って、メルビスがよく食べている果物を差し出す。
意外なことに、それをメルビスはパクっと食べた。
俺はてっきりぶっ飛ばされると思っていたから、数秒呆気にとられたが、そっちがその気なら――
「うりうりうり~メルビスは良い子だな~よーしよしよし」
そう言いながら頭を撫でたりすりすりした。
しかし、俺の行動に対し、メルビスは特に何のアクションもせず、眉間や口元がやや力んだような顔をしている。
「どうした、メルビス?」
「……なんでもない」
変な空気になってしまった。
色々と問いただしたかったが、なんだか怖かったのでやめておいた。
デュアンの方を向くと、笑顔でこちらを見ている。――デュアンはよくわからないが、ちょっとやり過ぎたかもしれない。
「メルビス、ごめん。ちょっと調子に乗り過ぎた」
「え!? あ、あぁ、まぁ別にいいわ」
再びデュアンの方を向くと、やはり笑顔のままだ。
段々とその面にイライラが募ってきたところで――――「いやぁぁぁ!!」と、少し遠くの方から悲鳴が聞こえてきた。
その音に、三人同時に反応し、緊張感が走る。
「俺はヘルメットを取ってくる。お前らは先に向かって様子を見ててくれ」
「わかった!」
「わかったわ」
俺は、メルビス(馬)のバックパックに入っていた大きな兜型魔導具を取り出して、装着する。
それと同時にとても大きくて重い腕型の魔導具がバックパックから飛び出した。
その後、俺は間髪入れずに音のした方へ走り出す。
「お前ら! 何やってるんだ!!」
デュアンの怒号が聞こえる。――――ただ事ではなさそうだ。
俺はそのまま走り、現場の光景を目の当たりにする。
そこには、綺麗なドレスだったであろうボロ布を身に纏った女性が、5人程の巨漢に押し倒されている様子があった。
そして、一人の男がデュアンに近づいて口を開く。
「なんだてめぇ、女見てぇな面しやがって」
「何をやっているんだと聞いているんだ!!」
デュアンはかなり頭に血が上っている。
しかし、それも無理はないだろう。目の前で起きようとしていることは――凌辱だ。
デュアンはこういう事に対しては過敏に反応する。俺も許容ができる方ではないが、そんな俺が冷静さを取り戻すくらいにはキレる。
「見て分からねぇのか? 大人の遊びだよ。お前もやってみるか? ハマるぜー?」
「デュアン待て――」
遅かった。デュアンは目の前の巨漢を一刀両断した。
「はぁぁああああああああああああああ!!!!!!」
その後、凄まじいスピードでその肉塊を細切れにしてしまう。
デュアンは人を殺したのはこれで一人目だ。次をやらせるわけにはいかない。
「デュアン、落ち着け!!」
デュアンが鬼の形相でこちらに顔を向け、俺の顔を視線を俊敏に動かして確認する。――間もなくして、デュアンは落ち着きを取り戻す。
「ニャータ……ごめん、僕」
「いや良い、あいつらの自業自得だ」
そう言った後、俺は更に言葉を続ける。
「それに、お前がやらなくても、メルビスがやっていた」
デュアンが抜刀する直前、メルビスもまた、剣を抜こうとしていた。デュアンが一瞬先に動いたからメルビスは止まったが、目の前にいた男の運命は大して変わらなかっただろう。
そして、この惨状を隣で見ていたメルビスは、次にどうするのかを聞き出すかのように、剣の柄に手をかざしたまま、こちらに顔を向ける。
どうするか。もう面倒だし全員やっちまうか?――いや、こいつらが弱いとまだ決まったわけじゃない。
とにかく、相手の情報を少しでも聞き出した方がよさそうだ。
「おい、リーダーをだせ」
「……なんで見ず知らずのガキのいう事聞かなきゃいけねぇんだ?」
そう言って、ボロボロの女を抱えていた男がこちらに歩いて来る。
「……お前がリーダーか?」
「だったらなんだってんだ」
「その女性は、どこで拾ってきた?」
「へっ、そこらへんだよ」
そう言って、好戦的な態度を示す。
とにかく、こいつの強さが未知数だ。デュアンの起こした惨状を見て大半の奴らはビビっているが、こいつからはその様子が見受けられない。
装備は軽装で、魔獣の革が主体の防具だ。
武器は剣、魔導具は腕と足、指輪は3つに腕輪が2つ。
この様子から考えると、恐らく戦闘スタイルは強化魔導を駆使した近接戦闘だろう。
戦闘が出来る奴の人数はごぶごぶだろうが、あちらには人質がいる。戦闘する場合は、時間はかけられない。
「なぁ、金で解決でき――」
――――その瞬間、男は急速に目の前まで接近し、こぶしを引いて打撃の姿勢を取る。俺は瞬時の判断で相手の腕の位置に液状の魔力物質を生成して勢いを殺し、作用魔導で自身を後ろに後退させる。
――――すかさず、デュアンが間に入り、山賊が空振った後の隙を突きにかかる。が、相手も二人、デュアンに向かって剣を振りかざそうとしているのが見えた。
――――それを確認したメルビスは、相手の剣を、生成した魔力物質に閉じ込めて固定し、燃焼属性を付与して剣を溶解する。上手く形状を変化させ、二人の剣を同時に捉えていた。
その後、デュアンの一太刀が山賊の脇腹に入るが、相手の男による強化魔導と薄い障壁の形成により、大したダメージは入っていない。
――――それを見た俺は、遠隔魔導を併用した硬度属性の放出魔導を、膝の裏に後方から前方へ向かって発射。間髪入れずに、頭部を右方から左方、腰部を左方から右方へ向かって放出魔導を発射した。
――――相手がバランスを崩したそのタイミングでデュアンはニ刀目を入れようとすると、山賊のリーダーは全力で障壁を形成した。
「そこだぁ!!」
俺は、魔導崩しを使用し、大雑把な障壁を霧散させた。
「――なにっ!?」
すると、強化魔導をふんだんに施した腕でデュアンの二太刀目を受けた――が、デュアンはその二太刀目に放出魔導を使用していた。
――――剣の刃の位置から高出力で放たれた魔導の刃によって、山賊のリーダーは腕のみならず、身体まで真っ二つに両断される。
「終わったわね……」
その様子を見て、背の低い女性がこちらに話しかけてくる。
メルビスが相手にしていた男たちは、液状化した高温の魔力物質によって丸焦げになり、横たわっていた。
「凄い匂いだな……」
俺は、真っ黒になってピクリとも動かない人間だったものを眺めながらぼやく。
「お、おいお前ら! この女が殺されたくなきゃ武器を降ろせ!」
自分たち手によって引き起こされた惨状を物憂げに眺めていると、戦闘中、腰を抜かしていた残党が叫ぶ。
――――俺は、その叫び声が聞こえた瞬間、女性を取り押さえている男の頭部を、硬度属性の放出魔導で後ろから破壊した。
被害者の女性は、ぐったりと伸し掛かってくる肉塊を嫌そうな顔でどかして、こちらに駆けよってくる。
「あ、ありがとうございました……!」
「いや、助けるのは当然のことだ」
これまで散々魔獣を殺してきたが、やはり人間を殺すのは気分が良い物ではない。
デュアンとメルビスも同じなのか、どこか暗い表情で下を向いている。
最も問題なのが、本当に殺す必要性があったのか、自身に問わなければならない事だ。この感情のせいで、今俺は力の使い方に迷いが生じている。
「あの……どうかされましたか?」
「いや、故郷に帰るのが少し億劫になってしまって……」
「故郷……もしかして、カッセルポートへ帰省していた途中だったのですか?」
「えぇ、そうですが……」
俺たちは、この女性が捕まった経緯などの話を聞いていた。
この女性の名前はミクリア・テランタ。テルセンタで少し名のある一族でカッセルポートのオークションに向かっていたらしい。
その道中に、先の山賊に襲撃され、雇っていた傭兵や、ともに乗車していた兄が殺されてしまったそうだ。その際の戦闘で、山賊の戦力の殆どが削られていたため、俺達は残党をを倒せたわけだ。
因みに、俺たちを攻撃してきたやつは残党の中で一番強かっただけで、本当のリーダーは既に死んでいたらしい。
「あの……もしよろしければ――」
「あぁ、こんな所に置いて行くわけにもいかない。一緒にカッセルポートまで行こう」
その後、待たせていたメルビス(馬)とニャー太郎のもとに行き、ミクリアに魔獣の毛皮を着せて、再出発した。
その日の夜、32時頃、俺達はいつもの様にキャンプをする。
メルビス(馬)とニャー太郎に果実を与え、デュアンがどこからか調達してくる木の実をぱくぱくと食べ、就寝する。
俺達は、こんな時もあろうかと、失敗作の寝具も持ってきていたため、ミクリアにはそれを使ってもらう事にした。失敗作と言っても、造形が気に入らなかっただけで効果に問題はないからな。
その夜は、いつものような賑やかな笑い声が響くことはなく、一名がすすり泣く女性の音を静かに聞いていた。――――プゥ。突然の放屁。これは、泣いている時に、つい力が入り過ぎてしまったのだと思う。
「きっと、兄さんも貴方が生きていてくれたら喜んでくださると思いますよ」
「そ、そうでしょうか……」
「俺も、もしメルビスやデュアンが危険な目に合ったら代わりに死ぬことになっても飛び込んでいくと思います。それでも、助けた相手が悲しんでいたら、こちらもいたたまれない気持ちになってしまうんじゃないかと思います」
「…………」
それでも、上手く気持ちの整理ができない様だった。きっと、自分のせいで……とか色んなことを思っているのだろう。
「ニャータ、今はそっとしておいてあげましょう」
「……ミクリアさん、おやすみなさい」
「おやすみなさい……」
我ながら上手く、放屁を無かったことにできたと思う。
しかし、これから先メルビスやデュアン、もしくは俺が欠けることになったら、どうなってしまうのだろうか。想像もしたくない……。
俺は、この場に流れる、いつもと変わらない森の音色を残酷に感じた。
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