第17話 帰省の旅、初日

 カッセルポートへの旅、当日。

 俺達は、馬を二頭引きながら、出入り口である門へ向かう。


「楽しみだなー! 今回は馬車じゃないもんね!」

「そうだな」

「デュアン、一人で飛ばしたりしちゃダメだからね?」


 予定では6日か7日ほどで着くように経路を設定した。

 馬は"速歩そくほ"という走り方で25km/h程度の速度で走る。その場合、3時間毎に数十分の休憩を入れる必要がある。

 馬の種類によっては同じ条件でももう少し速く走れたり、休憩が少なくても良かったりする。しかし、俺達が購入した馬は最も標準的な性能をもち、比較的安価だ。そう、安いというのが一番重要なのだ。


 そして、何故俺たちは三人で行動するのに馬が二頭なのか……それは、俺に馬術の教養がないからだ。

 デュアンは、父から幼少期に馬術を叩きこまれたようで、メルビスは、団長から叩き込まれたらしい。

 しかし我が父は、俺のみぞおちに一撃を叩き込むくせに、馬術の知識を叩き込むことはなかった。


「うわーー! ニャータ、馬が言うこと聞かないよぉー!!」


 デュアンはそう叫ぶと、馬に引っ張られるように先に行ってまった。

 それは、ペセイルを出たところで、馬に乗ろうとした時だった。

 

「何やってんだ、あいつは……」


 ならば仕方がない、メルビスの方に乗せてもらおう。


「悪い、メルビス。後ろに乗せてくれ」

「え、えぇ。いいわよ」


 承諾を得る前に、馬に乗ろうとする。

 なんだか覚束ない動きで少しづつ馬に跨り、メルビスの腰のあたりを掴む。


「ひゃっ! ちょ、びっくりするじゃない。触るなら先に言いなさいよ……」

「メ、メルビス……さ、触るぞ……」


 気持ち悪い感じでそう言うと、メルビスの肘打ちが俺の腹部を強襲した。


「さ、行くわよ。落ちないように掴まってなさい」

「はい……」


 そうして三時間ほど走った後、一度休憩を入れる。

 馬を長い街道の脇に誘導し、馬を繋ぐ用の蔦で作成されたとても太いロープを近くの木に結び付ける。


「ほら、いっぱい食べろー」


 俺はそう言いながら、あらかじめ用意しておいた果実を10個ほど乱雑に地面に落とす。


「そういえばこいつ、名前つけないのか?」

「うーん、私あんまり名前つけるの得意じゃないのよね」

「そのまま、メルビスでよくないか?」

「それじゃ、ややこしいじゃない」


 そんな会話をしていると、自分の馬を括りつけていたデュアンが戻ってきて、元気に喋りかけてくる。


「僕の馬はニャー太郎にしたよ!」

「はいはい、そんなこったろうと思ったよ」


 デュアンは、最近一人称が僕になった。

 これまでは"俺"だったが、メルビスが「デュアンは僕っていう方がしっくりくる」って言ってから、徐々に僕に代わっていった。

 最初は維持になって"俺"と言っていたが、最近はめっきり"僕"になった。

 もしかしたら、俺の知らないところで何かあったかもしれないな。


「私ちょっと、席外すわね」

「はいよ」

「え? メルビスどこいくの――」


 俺はデュアンの口元に手の甲をやり、口止めをする。


「そういうのは、察してやるもんだ」

「ん?……あ、そういうこと!」


 -数分後-


「ごめん、今戻ったわ――」

「おー、メルビスは勢いよく出すんだなー」

「凄いね、メルビス。水溜りできちゃってるよ」


 馬の方のメルビスが、やや後肢こうしを開いて放尿している様子を二人でまじまじと観察していると、後方からとても重い鉄槌が頭部を襲った。


「あんたら、いい加減にしなさいよ!!」


 メルビスは、息を荒くして怒りを露にした。


「すみません……」

「ごめんなさい……」


 確かに、マナーがなっていなかったように思う。


 俺達は、この馬を購入する為に馬屋を訪れた。

 その際に、旅が目的なら長距離向けの品種が良いとか色々言われたが、品種は任せるとして、比較的気性が穏やかで胆力のある雌が良いと言われたので、雌を購入した。

 購入する前に、メルビスとデュアンが試乗をして、相性がいい奴を選んでたっけな。

 つまり、メルビス(馬)とニャー太郎は両方とも雌だ。


 しかし、馬は旅に最適だ。

 鞍に装着されたバックパックは俺の第三の腕も入るほど大きいし、あんなに重い物を入れても、全然バランスを崩さない。勿論、左右のバックパックが同じくらいの重さになるように調整はしているけどな。

 この二頭の馬は、体長3m、体高2mほどの大きさがあるから、かなりの量を背負えるだろう。


 9回ほどの休憩の後、辺りが暗くなってきた頃に、睡眠をとるためにキャンプ地を探すことにした。

 街道を逸れて少し奥の浅い所に、木々に囲まれたいい感じのスペースがあったので、そこでキャンプすることにした。


「ここらでいいだろう」

「そうね、私は馬たちを木に結んでくるわ」

「じゃあ僕は近くで木の実集めてくる!」


 デュアンはそう言うと自分を眩しく光らせて、走り去った。


「じゃあ俺は、焚火と寝具の用意でもしますか……」


 俺達の寝具は、魔獣の毛皮を加工して自分たちで作成した。

 今後こういう技術が活きるかもしれないってことで、加工職人に直接教えを請い、なんとか承諾を得て、皆で数日掛けて作成した。

 焚火は、そこらへんにある木の枝を集めて、燃焼属性を付与した放出魔導で燃やして、定期的に木をくべればいい。


 その後、暫くしてデュアンが大量の魚を抱えて帰ってきた。

 どうやら、近くに湖があったらしく、燃焼/放出魔導で温度を上げていったらぷかぷかと浮いてきたらしい。――――全滅してないだろうな……?


「ニャータ、あと何日くらいで着くかな?」


 デュアンが焼き魚をもぐもぐしながら質問してくる。

 ――カッセルポートを目指し始めて一日が終了しようとしている。ここまでは特にハプニングもなく順調にこれたので、予定通りだ。


「あと5日くらいかな」


 その後、くだらない会話で何度か盛り上がった後、用意した寝具に皆で寝っ転がった。


「私、今でも信じられないわ。みんなで旅することがこんなに楽しい事だったなんて……」

「ローズギルドでは楽しくなかったのか?」

「そういうわけではないけど……立場上こんなに素で話せる機会はそうそう無かったわね」


 結局、"リラックスできる環境"は誰しもが求めていることなんだろう。

 それに、ローズギルドでは、気が向いたから故郷に帰るということもできまい。でもその分、自分の事は自分たちで何とかしなくちゃいけないけどな。


 夜の刻、この時間は音がよく通り、どこか心地が良い。

 周りに響く音は、虫の鳴き声と風の音、時々焚火がパチっ! と出す音、それくらいだ。

 夜の刻は5℃~20℃ほどで、結構寒いが、自作の寝具と焚火の暖かさがとても心地いい。


 ――――プゥ。


 突然の放屁。

 誰がしたかもわからないが、三人でくすくすと笑い合い……いつの間にか眠っていた。


 朝だ。

 辺りは爽やかな水色に包まれている。

 空気は澄んでいて、顔を撫でる風は、俺に起きろと告げているようだ。

 しかし、俺はそれに抵抗する為に、温かい毛皮の中に隠れる。まだ出発時間まで2時間ほどはあるだろう。


 そんなことをしていると、誰かが一人ごそごぞと立ち上がり、どこかへ歩き出す。

 足音は、少し奥の茂みまで行ったところで止まり、ごそごそと衣服が擦れる音が聞こえる。

 数秒の沈黙の後、液体が地面を叩きつける音が聞こえてきた。


 俺は顔を毛皮の中からだして、周りを確認する。デュアンはまだ寝ているようだ。

 それを確認すると、俺は肘を地面について顔を支え、横になる。

 音が消えると、再び衣服が擦れる音がした後、足音がこちらに向かって来る。


「おはよう」


 俺は爽やかな朝を迎えることができたからか、自然と笑顔になっていた。

 その挨拶を聞いた背の小さな女性は、数秒間寝ぼけ眼で俺を見つめハッ! としたような表情を作る。

 女性は、力強く握った握りこぶしを胸のあたりの高さまで掲げる――が、はぁ、と大きなため息をついて「まぁ私も悪かったわ」と呟いて、降ろしていた髪を結び始める。


「じゃ、俺もちょっと席を外すよ」

「そう、いってらっしゃい」


 そういって、髪を結ぶメルビスの横を素通りし、その先にある茂みに向かおうとする。

 すると、メルビスが俺に肩を思い切り掴んできた。


「ちょっと、あんた……まさか、ね?」

「どうしたのかな、メルビス。早くしないと大変なことになるんだけど?」

「今まさに大変なことが起きようとしてるの、わからない……?」


 俺は、全力で前に進もうとするが、メルビスはそれを全力で阻止しようとする。


「あんた、朝は弱いんじゃなかったかしら?」

「今日は元気なんだ。ほら、初めての旅だからきっと気分が高揚してるんだよ」


 数秒間の沈黙。――その後、大きく息を吸い込む。


「うぉおおぁぁぁああああ!! 放せぇええええ!!」

「放すわけないでしょおおおおお!!」


 俺は、この先にあるメルビスが用を足した場所で用を足そうとしている。

 それを察してか、メルビスが全力で阻止をしようとする。


 そんな攻防を繰り広げていると、一人の男が立ち上がる。


「ふわぁ、朝から何騒いでるの?」


 高い位置のポニーテールにしている赤髪の青年が呟く。

 そして、暫くして身体をぶるぶるっと振動させて、歩き出す。

 その青年は、俺とメルビスがやり合っている横を素通りして、その先の茂みに向けて歩いていく。


 その瞬間、俺とメルビスは同時に手を放して、その青年に飛び掛かり、叫ぶ。


「そっちはダメだぁぁ!」

「そっちはダメぇぇ!」


 ――ドサッ!


「なんだよぉ……」


 ――ジョボジョボジョボ


 地面に横たわった三人は、同時にその音の方を向く。

 そこでは、メルビス(馬)が後肢を開いて、勢いよく放尿をしていた。

 

「…………」

「…………」

「…………」


 俺達は無言で、その豪快な放物線を眺めていた……。

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