第三章 故郷帰り

第16話 旅の支度

「ニャータスラッシュ……ニャータ一閃……ファイアオブニャータ……」

「なんでお前は俺の名前を入れたがるんだよ」

「え? かっこいいじゃん!」

「俺の名前をカッコイイと言う奴はお前くらいだけどな……」


 俺達は今、新しく借りた家の机で技の名前を考えている。


「そういえば……ニャータの名前って由来はなんなのよ?」


 興味深そうに、俺の名前について掘り下げてくるメルビス。


「そういえば、話したことなかったな……」


 俺はメルビスにちゃんと自己紹介すらしていなかったことに気づいた。

 かれこれもう200日ほど一緒にハンターやってるってのに。


「獣族類にニヤアルタ族っているだろ?」

「確か……山猫みたいな見た目の種族よね?」


 そう、俺はそのニヤアルタ族と賢族のハーフの少女に求婚をされている。


「そうだ。そのニヤアルタ族は、誰かに甘える時とかに『にゃー』って声を上げるそうだ」

「え、それでニャータなの!?」


 俺の父親がニヤアルタ族が大好きだったらしく、その名前を付けられた。

 別にこの名前は嫌いじゃないけど、自己紹介するたびに同じような反応されるから面倒だ。

 その後、この流れに乗じてメルビスの名前の由来を聞いてみる。


「そういうメルビスはどうなんだよ」

「私は……メルビーテっていう魔獣がいるでしょ?」


 "メルビーテ"その魔獣は、中級/下位にランク付けされている大きい山猫っぽい見た目の魔獣だ。


「なんか、お父さんがその魔獣が好きらしくて……そこから転じてメルビスになったって言ってたわね」

「どこの家庭も似たようなもんだな」

「そうみたいね……」


 そんな会話をしていると、デュアンが「はっ!」と何かをひらめいたような顔を作る。


「ねぇねぇ! デッドオアニャータってのはどう!?」


 しょうもないデュアンの発言に、メルビスが「あんた、ボケるために頭使ってどうすんのよ」なんて冷静なツッコミを入れる。そんな光景も見慣れてきた。



 俺達はサルティンローズからメルビスを誘拐した後、近くの森でキャンプをして一日を終えた。

 朝起きると、メルビスが浮かない顔でその辺で拾ってきたであろう木の実をばくばく食べていた。誘拐する時に魔力切れを誘発させたから回復させているのだろう。

 俺が「おはよう」というと、なんだか落ち着かない雰囲気で挨拶を返してきた。その後、どんな経緯でなにが起こったのかを説明した。


 最初は「ニーセラや三番隊の皆を置いてきてしまった……」なんて浮かない顔もしていたけど、ニーセラから預かっていた手紙を渡すと、その心配も吹き飛んだようだった。因みに、ニーセラとはメルビスが隊長を務めていた三番隊の隊長補佐をしていた人物だ。


 そんな会話の後、皆が目を覚ましてから、こっそりサルティンローズ付近まで忍び寄って、馬車を捕まえてペセイルまで帰還した。

 


 そして今に至る。


「そろそろ寒期だな」

「そうねぇ、魔力タンクの充填はもうすぐ完了しそうだけど、食料がちょっと足りないわね」


 寒期が迫ってくると、食料を溜め込む必要がある。

 なぜなら、普段は魔力がそこら中にあふれているが、寒期の内はテラトール達が活動を休止する。

 魔力はテラトール達が照射する光と魔素が反応して生成される。寒期の間は空気中から魔力を補給できないため、食料を溜め込む必要がある。因みに、「ラ・テラトール」と「ラ・フォルスール」の二つをまとめて魔光球と呼称する。


「そろそろ肉たちは売らずに貯蔵庫いきだな」

「お金、結構貯まったよね!」

「そうだな、これもメルビスのおかげだ」


 メルビスが加入してから、俺達は中級/下位の魔獣をメインに討伐するようになった。晴れていっぱしの中級ハンターだな。

 このレベルの魔獣を倒せるようになると、ギルドから直々に個体調整の為の依頼が届いたりして、お金が貯まりやすくなる。


「30メテラほどあるわね。そろそろ新しい装備の購入も検討していいんじゃないかしら?」

「そうだな、今度カッセルポートにでもいくか!」

「おー、故郷帰りだね! 孤児院のみんな元気かなー!?」


 孤児院を出てから初めての帰省だ。


「カッセルポートだと、オークションとかもやってるわよね。いい武器とか魔導具も見つかるんじゃないかしら」


 港町"カッセルポート"俺達の少年時代を過ごした孤児院がある街。そして、メルビスに求婚を迫ったタルロイさんがいる街。

 しかし、この件については解決済みだ。当初は色々といちゃもんをつけて団長を娶ろうとしたりもしたそうだが、ちょっと威圧したら納まったらしい。わざわざ誘拐する必要なかったんじゃなかろうか。


「今日は、573日か。580日頃出発しよう。デュアン、孤児院あての手紙を書いてくれるか?」

「うん! 院長とターベンさんとマリアンと――」

「おいおい、向かいますってだけの手紙なんだからみんなに書かなくていいだろ?」


 手紙が届くのは大体10日後くらいだろうか。俺達は7日後に出発して、二頭の馬で旅するから6日ほどで着くだろう。あの院長の事だから「お帰りパーティーするぞ!」とかなんとか言って準備するだろうから、手紙が届いてから3日間が開くくらいがちょうどいいな。


「メルビス、俺達は服を買いに行こう。オークションに行くんなら、それなりにおめかししなくちゃな」

「……えぇ! そうね!」


 メルビスの目がきらりと輝いて、嬉しそうに身を乗り出して相槌を打つ。

 いつもは器用に障壁を生成してタンク役をかってでるような勇敢な騎士だけど、やっぱり女の子なんだな。


「デュアン、お前俺と同じサイズで大丈夫だよな?」

「大丈夫だと思うよ!」


 俺とデュアンは同じタキシードでいいだろう。

 その後、こんなだだっ広い街に一店舗だけあるドレスショップに向かった。


「いらっしゃいませ! お客様!」

「こんにちは、俺に合うサイズのタキシードを二着と、この子のドレスを見繕ってくれ」

「かしこまりました! 整ったお顔立ちですね……こんなのはどうですか?」


 店に入ってから元気に挨拶するメガネをかけた女性。

 赤髪に黄色い瞳、アルセンタ方面の生まれか。

 そんな女性がお勧めしてきたドレスは、全体的に淡い色で纏められ、スレンダーな体系の女性に似合うような、あまり主張の強くないものだった。非常に俺の好みだが、色が違う。


「ど、どうかな、ニャータ――」

「そっちの空色が主体の方が良いかな。試着できますか?」

「もちろんです! ささ、こちらへ」


 そういって、お姉さんに連れられて試着室へ入っていく。

 幼少期に出会った時のメルビスは、桃色が主体の服を着せられていたし似合っていたが、今は違う。

 現在の彼女は涼しげで聡明なイメージが俺の中から消えない。隊員に指示を出しているメルビスはとてもかっこよかった。


 ササァッ!

 試着室のカーテンが勢いよく開かれる。

 そこには、可憐ながらも凛々しい花が一輪咲いていた。


「ど、どう? 似合う……かな?」

「素晴らしい! これはどんな芸術にも勝る逸品だろう!! なぁ、店主よ!」


 俺は、かの有名な芸術家"ペソカ"も唸るであろう作品に、最高評価を与えたい。


「えぇ! 私も同意します! この柔らかくありながらも切れのあるボディラインや、慎ましやかながらも温かみを感じざるを得ない胸のふくらみ――――」


 その後も、二人でフェティッシュな会話を繰り広げた。

 いよいよ、こっぱずかしくなったのか、メルビスがやや強引に会話を遮る。


「こ、これ買います!!」

「お買い上げありがとうございます! タキシード二着と合わせて8メテラでいかかでしょう?」


 まずい、高すぎる。

 いや、確かにこのドレスの随所にみられるこだわりを鑑みると、妥当な値段だとは思う。

 しかし、図太く生きるというのも大事なのだ。


「お姉さん。名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「はい?――ティセアですが」

「ティセアさん! あなたは、非常に芸術のわかるお方だとお見受けしました」

「そりゃあもちろん! 私は芸術を知る者……このペセイルで輝く原石を日々磨いているのです!」


 そんな理由でこんなとこにドレスショップを開店していたんですか……。

 まぁ、今はそれはおいておこう。


「私は、芸術作品とは人々の感受性にとてもいい影響を与えるものだと思っています。」

「それはもちろん! どんな作品にも心があります!」

「私は、人々が芸術に対して適切な評価を行い、それに見合った対価を支払うべきだと考えています」


 その瞬間、ティセアさんは、シュっと音がしたかのように真顔に戻った。

 まずい、怒らせてしまっただろうか?


「わかりました。では、無料でご提供いたしましょう」

「あぁー! このドレスよく見たら細かい所まで作りこみが凄いなぁー!……7メテラでどうでしょう?」

「わかりました、その値段でお譲りいたしましょう!」


 この人、やり手だな。俺に罪悪感を感じさせて少しでも金額を高くさせた。


「ニャータ、高いなら他のでも――」

「いや、そう言うのは妥協するべきじゃない。俺にも男の甲斐性という奴があるしな」


 それでも、なんだか申し訳なさそうにしているメルビスに、俺は更に言葉を続ける。


「それに……そのドレスはお前にとても似合ってる」


 なんだかこっぱずかしい。

 さっきから俺はその旨の発言をし続けているというのに、何故か改めて言うと恥ずかしいと感じてしまう。


「――じゃあ、これにするわ!」


 メルビスは満面の笑みを浮かべて、俺にそう言った。

 思わずその笑顔に見とれてしまい、惚れてしまいそうになったので、慌てて視線を逸らした。

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