・間話 敬愛する隊長の門出

 それは、未来が閉ざされたと思ったメルビスが自室で布団にくるまっていた頃。


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「お前ら、こそこそとさせてしまってすまないな」


 ローズギルドが集会に使っていたとても大きい広間に、メルビス以外の団員が招集されていた。


「今日の16時以降になるだろうか……メルビスが攫われるだろう」


 団員がざわつく。


「私は、先の戦闘の疲れが溜まっているため、それを見逃してしまうかもしれない。警戒するように」


 それを聞いた団員が困惑する。これまで団長は「見逃してしまうかも」なんてネガティブな発言をしたことがなかったからだ。

 その後、団長は特に何も補足説明をすることなく解散を告げた。


 そして、それぞれの隊の隊長事情を説明する。……五番隊は、立ったまま寝ていたキャロル副団長の代わりに隊長補佐が説明をした。

 三番隊のみんなは、何故かもうすでに理解しているようだった。


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「あの厳格だったメルビス隊長がねぇ……」

「ニャータ君かぁ、なんか所々気持ち悪かったけど、いい人ではあるよね」

「私はデュアン君が好みかなー、性格も良さそうじゃない?」

「馬鹿ねあんた、性格云々じゃないのよそういうのは」

「確かに、あの切迫した状態でよくあんなごり押し戦術決行したわよね。あれは正直痺れたわ!」

「レイドさんもふもふしたい~!」


 事情を理解した団員達は、ニャータ達の話でもちきりだった。

 噂は瞬く間に街中へ知れ渡り「ニャータと団長とメルビスが三角関係」となるまで飛躍した。

 

 そんな中、三番隊の隊員は皆、メルビスから受けた恩を思い出していた。

 三番隊の隊員は、皆がメルビスに選出されて入隊している。

 その選考基準は、メルビスと同じように魔力が少なくて悩んでいたり、一匹オオカミとなって周りから敬遠されていたような、自分の居場所を見つけられない人達が殆どだった。


「隊長……」


 一際大きな思いを寄せていたのが、隊長補佐を務めていたニーセラ・レンテンだった。

 彼女は若くして両親を亡くし、一人でこの過酷な世界を生き抜いていた。

 主なライフワークは、木の実を採集して商人に買い取ってもらう事。毎日手先がボロボロになるまで木の実を拾い、来たる寒期に備えてお金と食料を溜め込むので精いっぱいだった。



 ある日、ニーセラは一際大きな木の実につられて森の奥へと入ってしまう。

 「これなら高く買い取ってくれるかも」なんて嬉しくなっていると、後ろから体長1mほどの魔獣の群れが迫っていることに気づく。そこは、その木の実を食べにくる魔獣を狩る為の場所だった。


 恐くなってその場を急いで逃れようとするも、茂みに足を取られてこけてしまう。

 その音に気付いた魔獣の群れは、一斉にニーセラを取り囲み、捕食体制に入る。

 取り乱したニーセラは一生懸命に集めた木の実が入った、蔦で編んだいびつなカゴを投げた。

 しかし、その魔獣は肉食であるため、木の実には一切目もくれずに、ニーセラめがけて飛び掛かる。


 ――――もうダメだ。そう思って目を瞑った。

 その数秒後「変だ、痛みがない」と思ったニーセラは恐る恐る目を開ける。

 そこには、不思議な光景が広がっていた。その魔獣は何か硬いものに阻まれて、私の元へ辿り着くことができないのだ。


 ふと辺りを見渡すと、年が少し上と思われる軽装を身に纏った少女が、震える手で剣を構えていた。


 その少女は、魔獣の気を引くためか、「うぉおおおおお!!」と叫びながらその魔獣達へ攻撃に掛かる。

 複数の攻撃を謎の障壁のようなもので防ぎながら、一体一体に着実にダメージを与えていく。

 順調に思えた戦況は、途中で一変する。その少女は何故か、障壁をつくらなくなった。そうなっては当然、魔獣の攻撃を受けきれずにダメージを負ってしまう。

 

 私はそのダメージに耐えながらもなんとか、腔内に剣を差し込みながら一匹ずつ魔獣を倒していく姿を生唾を飲みながら見守っていた――が、一瞬の気のゆるみのせいか、魔獣を一匹仕留めた後、体勢を崩して片膝をついてしまう。魔獣はその瞬間を見逃さなかった。

 一斉に飛び掛かり、少女に食らいつく。少女は、痛みに耐えながらも、待ってましたかのような笑みを浮かべ――


「はぁぁあぁぁああああ!」


 その瞬間、少女にくらいついていた魔獣達が燃えた。地面を転がってのたうち回ること数十秒、魔獣達は動きを止めた。

 その様子を見届けた血まみれの少女は、剣で身体を支えながら数回にわたってゆっくりと深呼吸をした。

 少しした後に、あまり慣れていない手つきで剣を鞘に納め、こちらに歩いて来る。


「大丈夫? 怪我は……なさそうね」

「…………」


 私は、その人に何を言っていいのかわからなかったため、何も言わずにただ頷いた。


「立てる?」


 そう言って手を差し出してきた救世主の手をしっかりと握り、抜けていた腰を上げる。

 そして、その救世主は、数秒間もじもじした後に、こう告げる。


「あなた……道わかる?」


 なんだか気恥ずかしそうにそう告げるこの少女を愛おしく思い、私は「うん!」と元気にうなずいて、手を引いてるか引かれてるのかわからずに、森を脱出した。



 かつて初めて出会い、そしてあの時差し伸べてくれた小さな手を思い出しながら、私はこれまでの隊長との日々を思い返す。


 時々、私の質問に対してに楽しそうに恩師ニャータの話してくる隊長は、どんな時よりも楽しそうな表情をしていた。そんな隊長を見ていた私は、そのニャータという男の事が気になっていた。

 ある日、団長が襲撃の概要の説明と意思表明を放している時、そいつは現れた。

 団長が話をしている最中、メルビス隊長がふとあらぬ方向に視線をやると、取り乱して隣の2番隊隊長に何かを告げて退席してしまった。と思ったら、路地裏の影から頭を出して、何かをひそひそと見つめている。


 その視線の先には、獣族と赤髪、明るい茶髪の青年が何やら話をしている所だった。

 私は、全てを察した。あれはきっと隊長がこれまで思い続けていたニャータ達だろうと。


 私はそのニャータを訝しんでいた。本当に隊長が思いを寄せるのに値する男なのかどうなのかがわからなかったからだ。

 しかし、そんな疑念は今はない。彼は凄い。私なんかでは遠く及ばないほどに。


 そんなことをひとしきり想いふけった後、隊員に「そろそろ自室に戻れ」と言って解散した。



 その数時間後、ずさんな泥棒が隊長を攫って行ったが、笑いと涙で情緒がわからなくなった。

 ふぅ、と寂しくなった部屋をまじまじと眺め、トイレに向かう。

 その最中、黒い大きな影が洗面所のスペースへと潜り込むのを発見する。隠しきれていない巨体と尻尾。極めつきは、身なりを整える為に設置された大きな鏡に反射して、姿が丸見えだ。

 私は笑いを堪えながら用を済まし、自室へ戻った。


 まもなくして、団長の部屋の方でガラスが割れる音がして、窓から慌てて外を眺めると、黒ずくめの三人組が大きな麻袋を抱え、衛兵に追い回されながらサルティンローズ駆け回る。


 追いかけている衛兵は、声はしっかりと作っているが、皆笑みを浮かべていた。

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