・間話 私のヒーロー

「よう、ネイア。今、空いてるか?」

「……ベッタか」


 「ベッタ」、私よりも頭3つ分ほど身長が高く、茶髪で黄色い瞳を持つ。テルスとアルスの混血だ。


 テルセンタという都市を築いた民族がテルスで、アルセンタという都市を築いた民族がアルス。それぞれが手を取り合って、賢族の文明をここまで発展させたそうだ。

 最近は、この種族を問わずに人が集まる「ペセイル」の影響もあり、テルスとアルスの混血は決して珍しくない。


 ベッタとは時々魔獣を狩りに行くことがある。私は魔導士なので、お互いに都合がいいのだろう。こいつが私を誘う理由は、それ以外にもありそうだが……。


 私は、気流操作ができるという長所があるが、それだけだ。他の魔導については殆ど知識がないだけでなく、獣族の血を引くために魔力もそれほど多くない。

 だから、出来るだけ誰かと一緒に狩りに行く必要がある。ベッタと狩れる魔獣は、初級/中位が関の山だが、一人の時よりはいくらか楽になる。


 そんな理由から、私はベッタの誘いは大体受ける事にしている。

 

「空いているぞ。今日も狩りに行くのか?」

「もちろんだ。今日は、比較的浅い所に出没した"ドアウォウ"って魔獣にしようかと思ってる」

「ドアウォウ……?」


 ベッタの話によると、「ドアウォウ」は初級/中位の魔獣で、狼のような姿をしているらしい。

 強化魔導と放出魔導を使用するため、不用意に近づくと酷い目に合うが、私なら障壁を作れるし大丈夫だろうというのが、今回私を誘った理由だそうだ。


「しかし……狼型の魔獣は基本群れで行動するのではなかったか?」

「はぐれたんだよ、だからいつもよりも浅い位置にいるんだ」


 はぐれドアウォウか……。その話が本当なら恐らく討伐はそこまで難しくないだろう。

 初級/中位の魔獣なら山分けでも250テラほどは稼げるだろうか……。


 寒期が近づく前に故郷へ帰りたい。

 父とその友人が死んだことの報告もそうだが、正直身体一つでハンターをやっていけるとは思えない。寒期を凌ぐだけの金を稼ぐので精一杯だ。

 現状の稼ぎは結構厳しい。鳥型の魔獣なら強くてもなんとかなるが……自分から見つけに行ったところで他の魔獣に狩られるのが目に見えている。

 結論としては、安全でより多く稼げるこういった機会は積極的に活用するべきだろう。


「わかった、その誘いを受けよう」

「あいよ、まぁそんなに神経質になるなよ。大丈夫だって」


 ベッタ……多分こいつは私を狙っている。

 狙っているというのは、取って食おうっていうのではなく、私に好意のようなものを抱いている……と思う。

 自意識過剰かもしれないが、何となく行動とか目線とかで察せられる。まぁ、こいつもきっと私のフードの中を見れば態度は一変するだろう――あんな経験は二度としたくない。

 そういえば、我が弟子は私の顔を見ても全然気にしていなかったか……。可愛らしいとかなんとか言っていた気もするが……。


 そんなことを考えているうちに目的地へ到着した。

 ベッタが色々と話しかけてきたが、もうすでに何と返事したか覚えていないほどに適当に返していた。


「いたぞ、あいつだ」

「結構大きいな」


 その魔獣は、想像していたより筋肉質で、体格も大きく、紺色を主体とした体毛に、灰色がまだらにチラついている。

 その一匹のはぐれドアウォウは、定期的に遠吠えをしている。

 自分の位置を仲間に知らせているのかもしれない。だとしたらやはりやめておいた方が――――


「俺が惹きつける、お前は状況に合わせて援護してくれ!」

「待て!――」


 くそ、行ってしまった。どうして男っていうのはこう……馬鹿なんだ!

 それに、状況に合わせて援護しろといっても、私はそんなに万能じゃないぞ。


「ネイア! 障壁を出してくれ!」


 言われなくてもわかってる。それに、言われてから出したんじゃ遅いだろう!……いったん落ち着こう。

 取り合えず、ベッタは互角に戦えている。ならば、このまま障壁を中心に――――まずいことになった。


 正面から、恐ろしい形相でこちらに近づいて来るもう一匹のドアウォウ。

 恐らく先の遠吠えを運よく聞きつけたのだろう。こちらの運は最悪なようだが……。

 ――――どうする……! 私一人では一体を倒しきるの無理だ!


 策が浮かんでは消えるのを繰り返している間にも、着々と正義のヒーローが悪党を滅ぼさんと勇み足で距離を詰めている。不公平だろう! 何故、そちらにばかりヒーローが駆けつけるんだ……!


「くっそぉぉぉおおおお!!!!」


 私は周囲の気流を操作し、空気を10mほどの範囲に圧縮した。

 この時点で集中力を尋常ではないほどに消費している。


「ベッタ、戻ってこい!!」


 ベッタは、数秒の逡巡の後ドアウォウの攻撃を躱してこちらまで飛んできた。


「ネイア、一体何を……!?」

「ギルドに戻って、助けを呼んできてくれ! 二匹目がこちらに向かっている!」

「なんだって……!?」


 その後、俺も戦うなんて駄々をこねて数秒を無駄にしてから「絶対助けに来るからな」といって走り去っていった。

 がこちらに向かっている。ということは、三匹目もこちらに向かい始めてると考えていいだろう。ドアウォウは群れで行動する生き物だ。


 だったら……纏めて凍らせてやる!!


「はぁぁぁぁあああ!!!!」


 私は圧縮した空気を前方に発射し、遠隔魔導で制御している魔力に氷結属性を付与する。

 ――――ビュオオォーー!! と、風がうねり声を立てながらドアウォウたちを凍らせていく。


 その後、数十秒ほどで私の集中力が限界を迎え、魔導を停止する。

 一息つくと、鼻の穴から生温かい液体が垂れてきた。


「鼻血……」


 これまでの人生で経験したことのないほどの集中力で、鼻の血管が切れてしまったのだろう。

 鼻血を拭い、生存しているドアウォウがいないか確認をする。


「いない……か」


 脱力感が凄い、ここで倒れたら他の魔獣に見つかるかもしれない。早く帰ろう。

 ――――何故だ……?

 目の前には、一際大きいドアウォウが、死体の山から姿を現した。

 まさか、仲間が壁になったのか……?


 恐らく、群れのリーダーなのだろう……。

 最悪の状況に呆然としていると、目の前のドアウォウがやや頭を下げた姿勢で動きを止める。


「しまっ――」


 その瞬間、ドゴンッ! という鈍い音を立てて、硬度属性の放出魔導がこちらに向けて射出された。

 群れのリーダーが放った放出魔導は、私が瞬時に生成した障壁などものともせず、私を遥か後方へ吹き飛ばす。


「くはぁっ!!」


 ――――体の自由がきかず、背中から樹木に衝突してしまった。

 僅かに強化魔導で強化していたため即死は免れたが、途轍もない衝撃で思わず意識が飛びそうになる。身体に力が入らない。歯を食いしばって、只々、痛みに耐える。


 ドアウォウがこちらに走ってくるが、私は損傷した人体の治癒を優先する。なぜなら、まだ命を諦めるわけにはいかないからだ。

 勿論、魔力はもうほとんど残っていないが、一発くらいなら入れられる。チャンスは相手が私にとどめを刺す瞬間だ。隙が生まれるとすれば、そこだろう。


 私は、満身創痍の仇に止めを刺しに来る獣を虎視眈々と待つ…………が、それがまずかった。

 動物は、そういう相手の狙いを雰囲気で感じ取る。ドアウォウは私の力強い視線に何かを感じ取ったのか、その場で足を止めた。

 ――――そして、私の腹部に細く鋭い硬度属性の放出魔導を放った。


 鋭い衝撃。

 その一撃は、勝負を決するのには充分だった。

 

 傷口からは大量の血液が漏れ出し、熱感を感じ出す。

 それと同時に、意識も朦朧としてくる。


 ――治癒しなくては


 しかし、集中力が定まらない。今すぐにでも気を失ってしまいそうだ。

 脈拍が速くなり、呼吸が荒くなる。


 寒い。

 ここで終わってしまうのだろうか……一度でいいから、『恋』というものを……してみたかった。

 

 その時、凄い勢いで私の横を何かが通り過ぎた。

 しかし、目が霞んでよく見えない。


 朦朧とした意識でそんなことを思うと、すぐにそれが何だったのか理解した。

 ――――見覚えのある匂い。


「……ニャー、タ」

「もう大丈夫だ、すぐに帰ろう」


 助かった。

 そう思った途端、私の意識は途切れた。



----------


 ――数百日後

 私は、ニャータ達の力も借りて無事にお金を貯めることができた。

 故郷までは、いくつかの山を越える必要があるため、素人一人で向かうのは困難を極める。そのため、現在は傭兵を数名雇い、故郷まで護衛してもらっている。私がこれまでにお金を貯めていたのはまさにこのためだ。


 故郷に帰ったら、実力不足を補うために戦闘の訓練をしよう。

 そして、いつかニャータ達と再会した時は、今度は私が助けるんだ。

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