第6話 巧妙な罠
現在、俺とデュアンは、レッタの森の少し奥地、大きな湖がある場所のすぐそばの茂みの影に伏せている。
「ニャータ……あれ大丈夫なの?」
「まぁ、大丈夫だろ」
――――多分。
今俺達は、レイドが持ち掛けてきた
「儲け話」とは、ハンターを誘拐して金目の物を剥ぎ取る習性を持つ「スナッチクロウ」を討伐し、そのスナッチクロウが巣に溜め込んだ金品を回収し、売り払うというものだ。
「スナッチクロウ」は中級/下位の鳥型魔獣だ。真っ向から戦えば無事ではすむまい。
だから俺達は作戦を考えることにした。俺達と言っても、ほとんどは俺一人で考えたのだが。
作戦の内容はこうだ。
まずレイドに俺の第三の腕と兜型魔導具をロープで括りつける。ついでにデュアンの剣も持たせて、湖の中心に投げ飛ばす。
そのままだと沈んでしまうので、俺が遠隔魔導で第三の腕を操作して、湖にぷかぷかとレイドを浮かせる。
そして、例の鳥型魔獣がレイドを襲いに来るのを待つ。今はこの段階だ。
「なんか、小さな鳥につつかれてるけど……?」
「あいつはウォルテム族だぞ? あれくらいじゃビクともしねぇよ」
――――1時間後
「レイド……生きてるよね?」
「寝てんじゃねぇのか?」
――――1時間後
「ハエたかってない?」
「あいつらは汗とかによってくるんだよ」
――――1時間後
「ニャータ、釣れそう?」
「どうだろうな、適当な木の実を餌にしてみたけど、虫とかの方が餌にはよさそうだ」
――――1時間後
「ニャータ! 木の実採ってきたよ!」
「おお、遠隔魔導のせいで魔力が減ってきたからそろそろ食べないといけなかったんだ。ありがとな」
――――1時間後
「ニャータ、あれじゃない……?」
「……ん?」
一匹の黒い大きな鳥が、レイドに向かって飛んできている。
間違いない"スナッチクロウ"だ。
俺は、泉の中心部に近くなるまで、待つ。
――今だ!
ビュー! と音を立てて、スナッチクロウの周辺の気流が乱れる。
気流の異変に対応するように、スナッチクロウがバサバサと黒い羽をまき散らしながら、バランスを取ろうとしている。
――――それを確認した俺は、レイドに括りつけてある第三の腕に作用魔導を使用し、レイドごと上空に打ち上げた。
その後、レイドの一撃が決まるまで、スナッチクロウが気流に対応してしまう前に、更に気流を乱し、パランスを取らせないようにする。
その間に、レイドが上空から落下して――バキィッ!!
レイドがスナッチクロウを上から殴り、湖に落下させる。
俺はそのタイミングで、デュアンに大声で合図をだす。
「デュアン! 今だ!」
「――はぁぁっ!!」
デュアンは、全力で氷結属性を付与した放出魔導で水面を凍らせた。
パキパキと音を立てながら水面が厚い氷に覆われていく。
「よし、上手くいったよ!」
「そのまま凍らせ続けるんだ!」
「わかった!」
俺達の作戦は、スナッチクロウを湖に沈め、窒息死を狙うというものだった。
しかし、相手も生きるのに必死だ。何度も放出魔導を放って、氷を割ってくる。
デュアンは負けじと割られた箇所を再び凍らせる。
そんな攻防を三分程続けると、スナッチクロウの抵抗は完全に停止した。
「はぁ、はぁ……やったね! ニャータ!」
「あぁ、やったな」
「まさかこんな方法で攻略しちまうなんてな……」
ビチャビチャと音を立てながら、ずぶ濡れのレイドが俺達の方へ戻ってくる。
そして、身体を高速で振るわせて、俺達に水をぶっ掛けてくる。
「まったく、俺の負担デカすぎやしねぇか!?」
「仕方ないだろ? 俺は遠くからスナッチクロウを見ていないと上手く気流操作ができないし、デュアンは……肌が痛むし」
「おぉ、ニャータが俺の心配をしてくれてるよ……」
まぁ、正直皆に役割を無駄なく持たせた結果こうなった。レイドには申し訳ないと思ってる。こんなに時間がかかるとはさすがに思っていなかった。
「俺の心配もしてくれ……」
疲労感に苛まれたレイドが、項垂れながらぼやく。
――とにかく、第一段階は達成した。
そう、これはあくまで第一段階だ。このあと、スナッチクロウが集めた金品を回収しなくてはならない。
「よし、レイド、巣まで案内してくれ」
「あぁ? 巣の場所なんてわかるわけねぇだろ」
「ニャータ、場所わかんないの?」
――――はい、解散。
巣の場所がわからないんじゃ、探しようがない。
「まずは、あいつの巣を確認するべきだったな……」
俺の発言にみんな気が抜けて、一斉に大きなため息を吐いた。
「じゃあ、死体だけでも持ち帰ろうか……」
デュアンが、肩を大きく落としながら言う。
俺達は、初めて中級魔獣を倒したが、初めて苦い経験をした。
凍った湖越しに服冷たい風に晒されて、思わず身震いしてしまう。ひもじいな。別にお金がないわけではないが。
――ギルドに売ったスナッチクロウは状態が良かったため、12アテラになった。
今回は、レイドの負担が大きかったから、俺達は3アテラだけもらう事にしよう。
「まぁ、今回は失敗に終わっちまったが、また美味しい話を見つけたら一緒にやろうぜ」
「あぁ、それは大歓迎だ。レイド、これからもよろしくな」
「レイド、またね!」
別れの挨拶を済ませ、家路につく。時は26時を回っていた。
「いやー、今日は働いたね!」
「徒労に終わったけどな」
そして、家が見えてきた頃、師匠の事を思い出した。
「デュアン、先に帰っててくれ、俺は師匠に今日の事を報告してくるよ」
そう言って、俺はデュアンを追い越して師匠の家に向かう。
「師匠ー! ニャータでーす、開けてくださーい!」
おかしい、返事がない。
「師匠?」
扉には鍵が掛っていたので、留守だろう。
だが、何故か嫌な予感がした。どこか不穏な感じだ。
心配になった俺は、再びギルドに赴き、ネイア師匠の動向を探ることにした。
「ティーゼットさん! ネイアさんが今何をしているかわかりますか?」
「ネイアさん?……うーん、確かさっきベッタさんと一緒に森に向かったと思うわよ?」
ベッタ? 誰だそいつは。とにかく、一人ではないんだな。良かった……。
安堵したのも束の間、焦燥感に駆られた男がバタバタとギルド内に足を踏み入れたと思ったら、大きな声で叫んだ。
「おい、誰か助けてくれ! 一緒に狩りに行った奴が危ねぇんだ!」
――――心臓が高鳴る。
これまで、何となく抱いた嫌な予感は高確率で的中してきた。
俺はそんな心持ちで、そいつが次にいうセリフを恐る恐る待つ。
「小さな魔導士と一緒だったんだ! 俺は助けを呼びに来た! 頼む、あいつが死んじまう!」
くそったれ! 嫌な予感が的中した……!
「おい! お前名前は!?」
俺はいい加減な足さばきでその男に近づき、胸ぐらを掴んだ。
「べ、ベッタだ」
これで確定した。「一緒に狩りに行った奴」ってのは間違いなくネイアだ。
「――案内しろ!」
「お、おう。こっちだ!」
すぐに足を動かす。
ギルドを飛び出ると、そこにはウォルテム族の男がこちらに話しかけてきた。
「お、ニャータじゃねぇか、まだ何かしにいくのか?」
「ちょうどいい、お前もこい!」
「あぁ?……訳アリか?」
レイドは空気を読んで、すぐに飲み込んでついてきてくれた。ありがたい奴だ。
「んで、何があったってんだ?」
「師匠があいつと狩りに行って、今危険な状態らしい」
「師匠ってのは、気流操作を伝授してくれたって魔導士の事か?」
「そうだ!」
「だったら、俺も一度は挨拶しとかなきゃいけねぇな」
焦燥感に駆られながら森へと入り、歩きなれた獣道を走り抜ける。
――走ること数分、レイドが口を開く。
「こっちだ! 魔獣に襲われている奴がいる……大分息が荒いぞ!」
レイドがそう告げる。
こいつは耳が良いから、その自慢の耳で声を聞きつけたのだろう。それが違う奴の可能性もあるが、今はそんなことを気にしている状況ではない。
「おいレイド、俺をおぶれ!」
「あぁ?」
レイドは俺の発言に困惑しているが、そんなレイドを差し置いて、俺はもふもふな大きい背中に飛び乗る。
「全速力で師匠のもとに迎え!」
俺がそう叫ぶと、レイドは凄まじいスピードで動き出す。
俺はその速度に何とかしがみついているが、恐らく、これでも俺が振り落とされない程度には加減をしてくれていると思う。
数秒の後、小さな魔導士が血だらけで、木に野垂れかかる姿が見えてきた。
そして、今にも魔獣の餌になってしまいそうだ。
「レイド―!」
「なんだ!?」
俺は頭に被っている兜型魔導具を取っ払う。それと同時に、浮いていた第三の腕もガシャン! という音を立てて地面へ落下する。
そして、背中からレイドの肩によじ登って、叫ぶ。
「俺を、投げろおおおおおお!!!!」
その咆哮聴き、レイドは即座に両手で俺を担ぎ上げ、振りかぶる。
「いって……こーーーい!!」
凄まじい速度で魔獣まで接近する。木に衝突しないように、作用魔導で自身に向かって力を作用させて軌道を修正していく。
そして、標的に数十メートルまで接近したところで、全身に全力で強化魔導を施す。
その後、生成魔導で身体に質量を追加して体勢を整え、完璧な姿勢になったところで地面に片足をつき――――
「俺の師匠に……」
正確な体重移動で、投げ飛ばされたエネルギーを拳に流す。
「何してくれとんじゃああああああ!!!!」
バキィッ!!
渾身の一撃、頭蓋骨が割れたような感触が拳に伝わる。そのまま、その魔獣は錐揉みしながら数十メートル吹っ飛んでいった。
そして俺は、吹っ飛んでいった魔獣には目もくれず、ネイアの下へ駆け寄る。
「――ネイア!!」
ネイアのもとに駆けつけると、身体を動かさないように状態を確認する。腹部が大きく抉れているが――――まだ息がある。
「よかった……!」
治癒属性を付与した放出魔導を腹部の大きい傷口に流す。自身の脱力感を感じながらも、そんなことはお構いなしに魔力を注ぐ。
そして、傷が塞がって暫くすると、ネイアが目を覚ました。
「……ニャー、タ」
「もう大丈夫だ、すぐに帰ろう」
俺は、小さな魔導士を抱え上げると、常に持ち歩いている蔦でしっかりと首と身体を俺の背中へ固定し、遅れて走ってきた大きな獣族の背中に跨った。
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「ニャータ!! 結婚しよう!」
「し、師匠……それは流石に……」
ネイアを救助した後、ネイアの態度は一変し、凄く懐かれてしまった。
「あはは! ニャータ、お嫁さん見つかってよかったねー!」
「お嫁さんって、まだ子供じゃねぇか」
「にゃぁー!」
ネイアは「にゃー」と鳴くと、頭を擦り付けてくる。
ネイアの父がニヤアルタ族らしいが、ニヤアルタ族は求愛の時なんかに「にゃー」と鳴くそうだ。
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その後、数日間ネイアのアプローチに悩まされたが、ネイアは一度故郷に帰ることになった。
力不足を痛感したから、修行も兼ねて帰還するそうだ。父が死亡したことも伝えなくてはならないとも言っていたな。
そもそも、ネイアがお金を貯めていたのは、故郷に帰るための傭兵を雇うためだったらしい。
「ニャータにふさわしいお嫁さんになって、帰ってくるぞ!」
「あぁ、気を付けて帰れよ」
「ネイアちゃん、じゃーねー!」
そう言って、束の間の嵐のような少女は屈強なお兄さんお姉さんと一緒に森へ消えていった。
「まさか、素があんな感じだったとは……」
「ニャータも、罪な男だね」
結婚か……。正直、今のところは全くその願望はない。
俺はきっとこの先も色んなところへ足を運んで、多くの困難に立ち向かう事になるだろう。
そんな時に、妻ができてしまうと、多分困難に立ち向かえなくなる。
妻を守るためならまだしも、関係のない場所に行くわけだしな。
「いつか、俺も結婚したいと思うような女性に出会うのかな……」
黄昏ている俺をいじるデュアンと共に、俺は今日も森へ足を運ぶ。
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