・間話 初恋相手を訪ねて

 ニャータ。私の初恋の人。真っすぐで照れ隠しが可愛くて努力家でカッコいい人。そんな人に認められたくて、今日この日まで自分を鍛え上げてきた。



-----サルティンローズ襲撃の33日前-----


「メルビス隊長! 団長がお呼びです!」

「わかった。すぐ行く」


 その日私は、団長に呼び出しを受けた。団長の名前は、サルティン・ローゼ。20年前にこの土地に巣くっていた凶悪な魔獣を打ち倒し、サルティンローズを造った人。そして、子供の頃家族を失った私を拾ってここまで育ててくれた、二人目の母親のような人。

 だが、今回の呼び出しはプライベートの用事ではないだろう。最近魔獣の襲撃が活発化していることについてだと思う。


「団長、メルビスです」

「うむ、入れ」

「失礼します」


 いつもの定型文を交わし、団長室に入室する。


「ご用件は?」

「あぁ、少しゆっくり話そうか」


 団長は、そう言って柔らかい椅子に腰かけた。


「ほら、お前も座れ」

「失礼します」


 団長は、あらかじめ用意していた紅茶を啜ったあと「ほぉ」と一息つき、口を開いた。


「300日ほど前だったか……ペセイル周辺に生息する中級魔獣の個体数調整の任務を覚えているか?」

「はい……取り逃がしたグリムサイガが森の浅い所に居座ってしまうという失態を犯してしまいました」

「そうだ、幸いそのグリムサイガによる死者もでず、それから四日後に討伐された」

「…………」


 あの時、私は失態を犯した。予定していた数よりも多くの中級魔獣と遭遇し、消耗していた。私はそういった状況に慣れておらず、ただでさえ少ない魔力を余計に消費していたのだ。

 それがたたり、熱魔導によって感知したグリムサイガを討伐する前に魔力切れで気絶してしまったのだ。

 私の部隊で熱魔導を使える者は私以外に居ない。よって、倒れた私を心配した団員は、グリムサイガの存在に気づかずに私を担いで帰還してしまった。

 逃げおおせたグリムサイガは捕まるまいと、森の浅い所まで逃げてきたというわけだ。


「別に今それを責めようとしているのではないぞ。そのグリムサイガを討伐した奴らの事で少し話があるのだ」

「……? ハンターギルドが編成した討伐隊がやったのではないのですか?」

「……グリムサイガをやったのは、その日にハンター登録したばかりの新米ハンターの二人組だ」


 新米ハンター? それに二人組? グリムサイガは初級/上位の魔獣だ。二人組、ましてや新米ハンターが相手にして勝てるような魔獣ではないはず。


「いったいどうやって……」

「話によると、重量のある腕の形をした魔導具を空中に打ち上げ、落下するエネルギーと作用魔導を組み合わせて仕留めたそうだ」


 つまりは、強化魔導を上回るほどの一撃を入れたということ……?

 その威力も馬鹿げているが、そもそも命中するだろうか?


「――そのような隙だらけの攻撃が命中するでしょうか?」

「その隙を作りだしたのが、二人組のうちのもう一人だ。そいつは魔力量が多いらしくてな? 魔力を半分以上使った強化魔導で一気に肉薄し、残りの魔力のほとんどを使ってグリムサイガを空中に打ち上げたらしい」


 グリムサイガは初級/上位の魔獣だ。

 そんな魔獣を倒す方法は、5人程で時間をかけて少しずつ消耗させるか、"魔導崩し"を使用するのが一般的だ。しかし、魔導崩しを新人が習得している可能性は低い。

 つまり、二人で、それも魔力を殆ど使い切って一撃に賭けるなんて戦い方は無茶以外の何物でもない。


「……なんて無茶な」

「――あっはっは! そうだろう! 私も思ったよ」


 まぁそうだろう。そういう戦いはするべきでないというのは団長から教わったことだ。

 それはいいとして、この話は一体なんの為にしているのだろうか……。


「ところで、その方たちがどうかしたのですか?」

「あぁ、そいつらの名前だがな――」


 私は目の前の景色が一気に明るくなるのを感じた。これまでどこか淀んでいた世界が、一瞬で鮮やかに色づいたような感覚だ。

 ニャータとデュアン。私にとっての英雄二人組――そうか、あの人たちはハンターになったのか……。


「というわけでメルビス、この紙をペセイルのハンターギルドに渡してきてくれ」


 そう言って、団長は5枚ほどの紙を丸めたものを机の上に置いた。


「この紙は……」

「それは依頼の紙だ。どうにも近辺を調査したら、上級魔獣の率いる軍勢が出来上がっているらしい――」

「上級魔獣!?」


 上級魔獣なんて……これまでそんな魔獣が襲撃してきたことはない。――私が隊長に任命されたからは。

 かつてここに巣くっていた魔獣は上級魔獣だったらしいが……。


「あぁ、今からハンターを募ってもどれくらい集まるか……だが、少しでも多くの人数が必要だ」

「そうですね……中級魔獣を相手にできる人材が欲しいですね」

「あぁ、良さそうな奴がいたら直接参加の打診をしてきてもいいぞ?」


 団長は、にひるに笑いながらそう告げた。


「団長……それは」

「なに、お前からニャータの話は散々聞いていたからな。会って来るといい」


 なんていい人なんだろう。私を育ててくれただけでなく、こんな気まで使ってくれる。この人には絶対に報いねば。


「感謝します……では早速行って参ります!」


 そう言って私はサルティンローズを飛び出した。"ペセイル"へは、愛馬に跨って行く。

 しかし、嬉しいばかりではない。上級魔獣の襲撃……これまでの防衛戦とは比にならないほど過酷な戦いになるだろう。


「私も生き残れるかどうか……」


 思わずナイーブな気分になる。娯楽にかまけている暇がない。常に戦い続けなければ、待っているのは死だ。そんな中、思い人の一人でもそばにいてくれたら、頑張れるんだが。


「ニャータ……」


 どんな風に成長しているだろうか?――そんな事を思いながら15日間の旅をした。


「着いた……」


 私は外套についているフードを深くかぶり、顔がばれないようにする。

 意外なことに、私は認知度が高い。魔力がないくせにローズギルドの三番隊の隊長をしていると噂が広まったのだ。いいじゃないか、『魔力が少なくたって知識があれば強いんだから』。と、恩師の言葉を借りる。


 私はまずハンターギルドに一枚紙を貼った。その後に、ギルドの受付の人に事情を説明して、腕が利きそうなハンターに声をかけてもらうようお願いした。

 一日目は取り合えずこんなものでいい。明日になったらギルドに来て参加希望者がいるか確かめにこよう。となれば、次にすることは宿を確保することだ――――と思い人気の多い歩道を歩いていると、聞き覚えるある声がした。


「すいません、これください!!」

 

 その声の出所は、いかにも魔導士というような装いをした女性――から商品を購入しようとしていた青年からだった。

 その青年は、金色に近い茶髪に白い肌、目はのんびりとした印象を持つ輪郭を持ち、瞳は緑色。


 ――――いた、いたいたいた!! ニャータがいた!!

 咄嗟に横を歩いていた馬の影に隠れてしまった。フードは被ってるから万が一接触してもバレないだろうけど、隠れた理由はそんなことじゃない。

 ドキドキが止まらない。当時の感覚が蘇ってくる。沢山話したいのに、言葉が出ずに硬直してしまう感覚が!私は、フードをギュッと握りしめて、そのどうしようもなく溢れてくる感情に耐えていた。

 しかし、落ち着こう。深呼吸だ。


「すぅーーー……ふぅーー」


 こんなんじゃ話しかけるなんて夢のまた夢だし、変人だと思われてしまう。

 とにかく観察しよう。観察していくうちに心も落ち着いてくるはずだ。


 何かを買っていた。何を買ったんだろう?――本だ。

 本、本本本。思い出される当時の記憶。笑いかけてくるニャータの顔。アァーーーー!!!!

 声にならないような甲高い声が思わず漏れ出てしまう。


 こんなんでは、任務がままならない。ちょっと別の場所に行こう。

 荒い呼吸を整えるために何度か深呼吸をする。落ち着いてきた。

 よし、宿をさがそ――――


「あの、大丈夫ですか? 呼吸が荒いようですけど……」

「…………」


 ――――バタンッ!


 目を開ける……見慣れない天井だ。

 ここはどこだろう……朦朧とした意識の中、身体を起こす。

 視線を右の空間へ移すと、そこには金に近い茶髪、緑色の瞳をした青年が椅子に座っていた。


「あぁ、起きましたか」

「…………」


 声が出ない。全身の筋肉が途端にこわばり、逃げようとしているけど逃げられない状況に口や肩がわななく。

 ニャータの目には今の私がとても異様に映っているだろう。


「落ち着いてください。大丈夫ですから」


 諭すように、優しい口調でニャータは言う。

 私もその声に少し落ち着きを取り戻した。その様子を感じ取ったニャータは口を開く。


「私もね、今さっき昂る感情に任せて、上級魔導書を買ってしまったんですよ」

「……そ、そうなんですか」

「はい。で、ですね。僕、相方と二人でこの家に住んでるんですけどね。多分、怒られちゃうなーって思ってるんです。次の10日周期で発生する家賃が、いまから頑張ってギリギリ払えるかなーって」


 淡々と自分が犯した失態を語るニャータ。

 凄い。普通にやばいことしてるのに、この落ち着きようはプロの域に達していると思う。


「な、なぜ……そんなに落ち着いていられるんですか?」

「えぇ、なんかもう、その次元は、もう、なんか……通り過ぎました」


 なんじゃそりゃ。わかりそうで分からない。


「そ、そうなんですか?」

「私もね。さっきまで取り乱してたんですよ、実は。君を運んだあと、よく考えたらやばいなってなって、あぁどうしようって。で……もういいかなって」


 ニャータは、優しい笑顔を崩さずに淡々と説明を続ける。


「焦り過ぎて、気づいたら本を隠そうとしてましたよ。本を隠してもお金が神隠しされてるんじゃあ、意味ないでしょ?――――」


 そう言った後、悟りを開いた青年の目から一滴の雫がぽつり。


「どうすればよかったんだ……どうすればよかったんだぁぁあああああ!!!!」


 そう叫びながら床に崩れ落ちた。

 ニャータは多分。いい所も伸びたけど、ダメなとこも伸び伸びと成長してしまったんだと思う。知りませんけど。

 にしても、なんなんだろう、この茶番さんもんしばいは。


「で、でしたら……ちょうどいい案件があるのですが」


 そう言った途端、泣いていたはずのニャータはスッと顔を上げ「え?」と言い、次の言葉を真顔で待っている。


「わ、私実はサルティンローズの――」

「サルティンローズ!! 女性の楽園ですよね!」

「……楽園かどうかはわかりませんが、女性しか住んでいませんね」

「一度は行ってみたいと思っていたんですよ…………で、なんでしたっけ」


 ――こほん、と咳払いをして再び依頼について話した。

 話しの最中、一々ニャータが話を逸らすから、途中本当にイラっとしたけど、それもなんだか楽しいなって思えた。


「なるほど、サルティンローズの援軍ですか……」

「因みに、貴方の実力はいかほどで?」

「うーん、まだハンター始めて300日経たない位ですけど、中級魔獣までなら相手にできると思います」

「新人で中級魔獣を相手にできるなんて凄いじゃないですか! 得意な魔導法は――――」


 そんな感じで、ニャータのこれまでの話を聞きだした。

 途中女性関係の話でむかついたりもしたけど、現在彼女がいないってだけでちょっとうれしくなってしまった。我ながら情けない。


「あの……」


 そんなことを考えているとニャータが改まった声のトーンで、何かを言いたそうに声をかけてきた。


「はい?」

「――お顔を見せてもらっても?」


 ニャータは、フードを深くかぶって顔がよく見えない私に質問する。

 それはまずい。バレてしまうかもしれない。髪型も変わってるし顔も随分成長したからわからないかもしれないけど……気づかれなかったらそれはそれで悲しい。


「ごめんなさい。ギルドの意向で顔は見せれないんです」

「そうですか……聞き覚えのある声のような気がしたのですが……私の事を知っていたりしませんか?」


 覚えていてくれた……!声は少し変わったけど、昔とあまり変わらないから多分私の事だ!


「えーっと、確か名前は……」


 名前? 名前は教えてなかったはずだけど……


「あぁ、ライラ……ライラじゃないか!?」


 その言葉を脳内で処理することなくすっと横に長し、一呼吸。

 何も聞かなかったことにして、悟りを開いたような表情でこう告げる。


「では、この辺で御暇おいとまさせていただきますね」


 私はニャータの家を後にして、馬宿りばやどりが併設されている宿を確保した。



 そのあと、腕の立ちそうなハンターの何人かに依頼の紙を渡したり、私を見つけては絡んでくるニャータに付き合って釣りをしたりして、残りの滞在期間を過ごした。


 帰り際、ニャータが赤い髪の青年に叱られているのを目撃した。その後にニャータがサルティンローズの依頼について大声で話していたので、恐らく共に戦う事になるだろう。

 成長した姿を見て欲しいと思う反面、ニャータの凄さをローズギルドのメンバーにわかって欲しいとも思う。団長以外には特にニャータについて話したことはないが、好きな人が周りに評価されているのを見ると嬉しい。


「そろそろ帰ろうかな……」


 そう言って、駐留させていた馬のもとへ向かい、馬を引いて"ペセイル"の出入り口まで歩き、ひょいっと跨る。

 そして、たった数日だけ滞在したこの大きな植物に囲まれた都市をまじまじと眺めた。


 ―――色んな感情が渦巻いているけど……貴方がいればきっと戦いは上手くいくわ。


「数日後、会いましょう」


 そう呟いて、馬を走らせた。

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