第14話 一対の奥義


 ガシャンッ!!


 団長が吹っ飛ばされると、標的は俺達へ切り替わった。

 俺は、第三の腕を使って魔蟲族の腰の辺りを掴んだ。あの連撃を受けきることは至難の業だ。とにかくこいつを突き放さなくては。


 そう思った俺は、腰を掴んだ瞬間、第三の腕を作用魔導で回転させながら前方に力を加え、魔蟲族を20mほど遠ざけたが、その地点で魔蟲族は上手く地面に足を突き刺して回転を止め、掴んでいる第三の腕の指を力ずくで外していく。

 その間に団長が戦線復帰し、俺の前方へ位置取る。そして、切羽詰まったような焦りを孕んだ口調で俺にこう告げる。


「このままでは必ず敗北する。そして命を失うだけでなく、我が賢族達へ困難な課題を突き付けることになる!」


 発言の内容は極めて冷静だが、焦っているのがすぐにわかる。恐らく奴を相手取るだけで精一杯で、打開策を考える余裕がないのだろう。ならば、俺が考えるしかない……が、不確定な要素が多すぎる。


「私は、この街を……住民を助けたい。頼む、ニャータ……策を、この状況を打開するための希望を見出してくれ……!」


 そう言う団長は、藁にも縋るかのように懇願する。

 そんな姿に、俺も腹が決まった……と思ったその時、一人の女性がこちらにものすごい勢いで向かって来る。


「団長ー、助太刀に来ました……よっ!」


 ゴォンッ!

 その鈍い金属音は、鐘が鳴ったかのような音だった。ローズギルドの装いをした誰かが、大槌で余裕綽々よゆうしゃくしゃくとこちらに歩いてきていた魔蟲族を数百メートルは吹っ飛ばしただろう。そして、その音の発生源は――


「ローズギルドの……誰だ?」

「あれは……副団長ね!」


 メルビスが「助かった」と言わんばかりの笑みを浮かべる。

 副団長……? 特に紹介が無かったからいないと思ってたけど……。


「あ、作戦会議前の団長が話をしてた時、一緒にお立ち台に立ってたな」


 金髪で肩に届かないくらいの長さ、カチューシャで髪を止め、たれ目に緑色の瞳、そしてのんびりとした締まりのない顔であくびをしていたのが印象的だった。副団長だったのか。

 あの人は……確か五番隊の隊長をやってたかな? 住民の保護をする役割だったはず。


 すると、メルビスはお姫様抱っこの状態から身を翻して地面に着地すると、俺にこう告げる。


「ニャータ、これであの魔蟲族を足止めできるわ。この間に何か作戦を考えて!」


 足止めって、いくらなんでもそこまでの余裕は生まれないだろ?


「いや、いくら副団長が来たからと言って、相手は魔級の生物だぞ!? 流石に――」


 そう言いかけたとき、副団長はその大槌を大きく振りかぶり、思い切り叩きつけた。

 ――――と思ったら、その大槌はブォン! と回転しながら途轍もない重低音を立て、物凄い勢いで魔蟲族へすっ飛んでいった。魔蟲族は、不意を突かれながらもそれを受け止めるが、数十メートル後ろまで後退する。


「どうなってんだ、あれ」

「あれは……本人は驚かせ要素とか言ってたわね」

「驚かせ要素って……肝心の武器がなくなったんじゃ意味が――」


 いや、持ってる。武器を。大槌ではないが、いい感じの長さの剣を、両手で握りしめている。


 その理由は、メルビスが呆れたように説明してくれた。

 どうやら、あのハンマーにはボタンがついており、そのボタンを押すと頭の部分と持ち手の一部が吹っ飛んでいく。大槌そのものが剣の鞘になっており、鞘が吹っ飛んでいくことで剣が露出するというわけだ。


「あの副団長が得意な武器はどっちなんだ?」

「剣よ」

「なるほど、だったら意外と理にかなってるのか」


 すっとぼけた締まりのない顔をしている副団長だが、戦闘能力は団長を含めた全員からのお墨付きを貰うほど優れているようだ。団長が伝説の武器を持っていなかったら実力は副団長の方が上とまで言われているらしい。

 なるほど……でもまぁ、多分副団長から昇進することはなさそうだな。昼食時にでっかいおにぎり食べてそうだし。


 そんなことはさておき……高魔力濃度領域でのみ生存できる魔蟲族が何故この地で活発に動けるのか。

 遠隔魔導で動いているのなら合点がいくが……熱魔導で感知できない理由が説明できない。

 魔力が回復してから、何度か広範囲にわたって熱魔導による感知を試みているが、本体と思われる生き物は全く引っかからない。

 単純に索敵範囲より遠くにいるということもなくはないが、いまここで戦闘している魔蟲族の出力で操作しているのであれば、多く見積もっても2km圏内にはいるはずだ。しかし、途轍もなく細長い扇状にして感知してみたが、引っかからない。


 何らかの方法で、熱魔導感知から逃れていると考えると――いや、まてよ?


 昔、"蟲族ちゅうぞく"の生態や種類について詳しく記してあった本があった。その本が"神樹語しんじゅご"で記されていたから、"神樹語"を習得するきっかけになったのを覚えている。


 その本の中で最も衝撃的だったのが、寄生族という蟲族の生態だった。

 寄生族は、他の生き物の体内に寄生することで、生命を繋ぐという。成虫が寄生元となる生き物の体内に卵を埋め込み、孵化すると寄生元の生き物が摂取した魔力を吸って成長していく。

 ある程度成長すると、芋虫状の身体を液状化させ、寄生元の身体を乗っ取ることが出来る。その後乗っ取った身体を使って魔力を溜め込み、成虫へと羽化する。

 毎年100人以上の獣族や鳥族が犠牲になっているくらい脅威度が高い種族だが……そんなことは今は考える必要はない。


 俺の考えは、寄生族がこの魔蟲族に寄生して身体を乗っ取ってるというものだ。

 熱魔導で感知できないのは単純に魔力がないからで、遠隔魔導を解いたのも残り少ない魔力を一時的に吸収しておきたかったからかもしれない。

 デュアン達の方へ向かったのは、吸収した魔力を使って三番隊を襲撃し、死体を食べて魔力を回復するつもりだったと考えると納得も行く。もっとも、それは失敗に終わっただけでなく、団長との戦いで吸収した魔力も使い果たしてしまっているようだが。


 寄生族が魔蟲族に宿ることができたのは、恐らく魔蟲族死体に卵を植え付けたとかそんな所だろう。生きている魔蟲族に寄生したのなら、今頃既に羽化しているはずだ。


 他にも、何故サルティンローズを襲撃したのかとか色々疑問はあるが、今は考えてる場合じゃない。


 恐らく、今あいつに魔級程の強さはない。魔力もないから、魔蟲族に元々備わってる肉体のポテンシャルだけで戦っているはずだ。

 それに、最初に団長とやり合った時よりも動きが鈍ってきているのがわかる。とは言っても、それは団長達も同じだけど……。

 とにかく、あの魔蟲族を仕留める方向で物事を進めよう。


「ニャータ!!デュアンを治癒してくれ!」

 

 思考を巡らせていると、レイドがデュアンを背負ってきた。

 デュアンはかろうじて意識を保っているようだが、かなり重症だろう。

 あまり心配していなかったが、相当危なかったようだ。すまない、デュアン。


「すぐに治す!そのままじっとしていてくれ!」


 デュアンは全身に渡って至るか所の骨が砕けていたが、背骨は守られているし、肺に肋骨が刺さったりもしていなかった。恐らく、何らかの防御手段を行使したのだろう。

 遠隔魔導と熱魔導を駆使して、砕けた骨の位置を確認しつつ、元の状態に修復するように治癒する。

 内臓の治癒は大方済んである。レイドに拾われるまで、朦朧とした意識の中で治癒を進めていたのだと思う。


「ニャータ……これ、ゆ……びわ」


 デュアンは、絞りだすように掠れた声を発する。

 魔力が充填されてある指輪を渡してきた。自分は戦えないから俺に託すということだろうか。


「僕は……まだ力不足みたいだけど……魔力だけなら、有り余ってるから……」


 そう言って、俺の指に嵌っている魔力がやや消費された指輪にも魔力を充填する。


「あとは……自分で治癒できるから……ニャータ、あいつを……粉砕する、一撃を…………絶対成功する……これは、僕の……直感さ」


 そういって、デュアンは安心したように熟睡した。


「お前直感信頼しすぎだろ……」

「わ、私も……ニャ、ニャータならできると……お、思う……よぉ?」


 なんだこいつ、顔真っ赤にしやがって。そんなにデュアンが生きてたのが嬉しいのか。いや、いいけど。


「そうだな、ありがとう」

「おい、ニャータ!これを受け取れ!」


 俺が動き出すのを察したのか、団長が何か小さな、光り輝く物体を投げてきた。

 そしてそれは俺の左斜め上を通り、後ろの茂みの中に入っていった。


「おい!何している!!早く拾え!それは指輪だ!」


 指輪?――あ、魔力貯蓄用の奴か!

 俺は熱魔導で指輪を探知する。


「――なんだこれ!?」

「それは団長がいつも嵌めている指輪ね。ハイエンドクラスの高級な奴よ」


 メルビスが説明する。

 その指輪は、熱魔導で探知した時に、膨大な熱量を示した。俺の指輪10個分くらいはあるんじゃないかこれ?


 ――その指輪を左手の薬指に嵌める。

 相手の左手薬指に指輪を嵌めて結婚を申し込む、という恒例儀式のようなものがある。

 俺は、団長から受け取ったその指輪が愛しくてたまらない。たまらず、その指に嵌めてしまったのだ。


 ふと、顔をあげると、女性たちがドン引きしている。

 俺は、ごほんと強めの咳ばらいをして、メルビスとレイドに視線を戻し、作戦を伝える。


「作戦を伝える――」


 俺は、作戦の重要なポイントをできるだけ簡潔に伝えた。


 作戦の内容はこうだ。

 膨大な魔力を使った生成魔導でとんでもなく重く、硬い三角錐の形状をした魔力物質を対象を挟むように対角線上に二つ生成する。

 次に、その生成した魔力物質を、膨大な魔力を使った作用魔導で挟む。

 そして、団長を膨大な魔力を使った強化魔導で凄く強化する。

 更に、レイドを膨大な魔力を使った強化魔導で凄く強化する。

 極めつきは、挟みこんでる最中の三角錐の魔力物質を、凄く強化した二人で同時に叩く。


「――以上!」


 ……メルビスとレイドはポカンと口を開けて呆然としている。


「あ、あんたねぇ、真面目に考えなさいよ。その膨大な魔力はどこから来るってのよ!」


 その質問に、俺はサルティンローズの方を親指で指し示す。


「――まさか!」


 そのまさかだ。ここ、サルティンローズには現在戦闘員が沢山いる。そいつらの魔力を全て注げば、作戦は成立する。この街を助けるためとなれば断るやつもいないだろう。


「まぁ、足止め役は必要だから、俺がやるよ」

「足止めっつったって、どうやるんだぁ?」

「まぁ、見てのお楽しみってな。メルビス、お前は団員に事情を説明して来てくれ」


 メルビスは「わかった」といって、ギャラリーと化している団員と作戦に参加したハンター達の元へ走っていった。

 ――1分半程でメルビスが100人以上の団員とハンターを連れて戻ってくる。これならいけそうだな。


「よし、じゃあ俺はいまから交戦中の二人に事情を説明してくる。二人が離れたら俺が足止めを引き受ける。あとは手筈通りに頼む」

「了解!」

「まかせろ!」


 メルビスとレイドが元気に挨拶する。よし、遂に俺の出番だな。

 俺は走って、団長達の元へ行き「俺が足止めするから『3,2,1』で同時に捌けてください!」と大声で叫んだ。その際、副団長が「1で捌ける?0で捌ける?」と言って来たので、1で捌けてください! と言った。

 ――――正念場だ。ここからは集中しなければならない。俺がへまをすれば全部が終わりかねない。


 命が懸かってる。


「いきます!――3、2、1」


 その瞬間俺は魔蟲族に向かって第三の腕を強めにぶつける。

 その隙に団長と副団長が離脱。魔蟲族がこちらへ向かって来る。


 ――その瞬間、魔蟲族の正面に身体がすっぽり入る立方体の形状をした魔力物質を、液体のような状態で生成する。

 

 ――ボチャンッ!


「はぁっ!!」


 一気に魔力物質の硬度を上げて、がっちりと固める。


「…………」


 数秒の沈黙が流れる、完全に動けなくなっている。


「ふぅ……」


 ひとまず、この手法が通じないという懸念が消えた。


 何故、こいつは抵抗しないのか。それは、こいつには今魔力がないからだ。つまり、魔力物質に対して有効な手段がない。

 魔力物質の生成プロセスは、空気中に浮いている魔力を実体にすることで質量を持たせるということ。


 本来、魔力はエネルギーそのものであるために質量は持たない。そこに、魔力を注ぐことで質量を持つようになる。

 放出魔導や強化魔導には少し脆い部分があるが、魔力物質は、現実世界にある鉄なんかよりも遥かに頑丈だ。


 つまり、魔導以外の方法でこの生成魔導に対処するのは困難だ。それに、予想外の出来事だったために、固まった時の体勢が悪い。これでは力が入らないだろう。

 もっとも、団長やデュアンの指輪が無ければこんな強度の魔力物質を生成することはできなかったが。


 と、安堵しかけていたその時――――ギュイィィィ!!


「あぁぁぁぁあぁああああああ!!!!」


 ――――身体に激痛が走る。

 馬鹿げている。この状態から筋力だけで魔力物質を捩じ切ろうとしている。

 この魔力物質は、遠隔魔導を通じで肉体から離れたに設置している。それを捩じ切ろうとするということは、俺の身体を引きちぎろうとすることとそう変わらない。


「ふざ……けるなぁぁああぁあああ!!!!」


 俺も負けじと全力で阻止する。少しでも気を緩めると身体が捩じ切れてしまうような気がする。


「のぅわあぁあぁぁぁぁあああ!!!!」


 俺の身体から凄い勢いで魔力が搾り取られていくのを感じる。

 だが、一秒でも長く持ちこたえなければならない。こんなどこの馬の骨とも知れない青年に全てを任せてくれたんだ。絶対に耐えてみせる。


「あぁぁぁぁぁあぁぁぁあああああああああああ!!!!!!」


 気合で耐え続けている俺に、後ろから二人の人物が声をかける。


「ニャータ、準備が整ったぞ」

「ニャータ……おれぁ今、最高の気分だぜ」

 

 その声に反応して、後ろを振り向く。


 溢れ出す魔力の作用で特徴的な長髪が上向きに逆立っている団長。

 全身の毛が逆立ち、酷く隆起した筋肉が発散する時を今か今かと待ち望み、脈動しているレイド。

 

「魔力物質撃ち方用意!――」


 三番隊、四番隊の隊長による号令で、ガチャッ! と、作用魔導を準備する団員達が一斉に手を掲げた。

 そして、途轍もない魔力が一か所に集中し、賢族の次元を超越した魔力物質が生成された。


 準備が整ったのを確認し、両サイドの二人の隊長が目を合わせ頷く。その後、息を合わせ、大声で叫ぶ。


「撃てーーーーーーー!」


 その瞬間、猛スピードで魔力物質が発射された。

 魔力物質は、継続的に作用魔導を受け続けるため、甲高い風切り音と共に加速し続ける。

 俺は、着弾する寸前のギリギリまで耐えて――――


「今だ!!」


 バキィ!

 キィィィイーーー!!


 両サイドから同時に突き刺さった魔力物質が、高速回転しながらひびの入った外殻を削る。


「レイドとやら、せーので行くぞ」

「おう、任せな……」


 そう言いながらザッ! と足音を立てて配置に着く。

 二人がググゥ……と姿勢を低くし、突きの構えを取った。


「いくぞ……」

「おうっ!」


「せーー……のっ!」

「せーー……のっ!」


 ボカァン!!!!


 二人が渾身の一撃を放った瞬間、重低音のドスの利いた破裂音と共に魔蟲族の四肢は砕け、衝突した二つの魔力物質は、触れた瞬間に同時に砕け、爆風を発生させた。


 粉砕された四肢からは、紫色の血液と、ぬちゃっとした淡いピンク色の粘液が溢れ出ていた。

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