第13話 迫る絶望

-----メルビス視点-----


 そろそろ皆の魔力が底を尽きる……!

 私は隊員に魔力を温存するように指示を出す。


「三番隊全員に次ぐ! 魔導を控えろ! 魔力が切れれば待っているのは死だけだ!」


 今戦況がどうなっているのかわからない。ニャータに「重要かもしれない事」を伝えに行ったデュアンも帰ってこない。状況を見ながら適宜戦闘員を入れ替えて休憩を取らせながら戦闘を継続しているが……。

 そろそろ、限界が近づいている。私も魔力は温存していたが、残りの魔力が少ないのを感じる。

 

 はぁ、私全然活躍できてないなぁ……。そんなことを思っていると、後ろから活気のある声が聞こえてくる。


「メルビスー! 状況が変わったよー!!」


 デュアンが戻ってきたようだ。

 大きなジャンプをして私の後方に降り立つ。


 そんなデュアンに私は声をかける。


「状況が変わった?」

「うん、それが――――」


 内容は、とても恐ろしいものだった。


「それって、魔蟲族じゃないの!?」

「魔蟲族……? 確か"魔樹の森"に生息している種族だよね?」


 まずいことになっている。間違いであってほしいけど、情報を聞く限り十中八九魔蟲族で間違いないと思う。

 しかし、焦ったところでどうしようもないし、恐らく団長やニャータも今頃何かしら行動を起こしているだろう。

 そう自分に言い聞かせ、深呼吸をして冷静さを取り戻す。

 となると……放棄、になるのかしら……。


 都市の放棄、それは最悪の場合にのみ選択される手段だ。

 団長は、襲撃の度に団員にその可能性があるから覚悟しておけと言っていたが、それが実行される事態に陥ったことはこれまでない。いまだにサルティンローズが存在しているのがそれを証明している。


 都市を放棄することが稀というのも、団長クラスになると中級魔獣ならそこまで時間を要せずに処理できるし、襲撃に来る魔獣は中級以下が殆どだからだ。

 実際、私が隊長に任命されてからは上級魔獣が襲撃に来たことはない。


 それにも理由がある。この近辺の……というより我々が拠点を置いている西には、上級魔獣より強い生き物は殆どいない。

 だから、上級の魔獣がわざわざこんな小さな人間を襲う必要なんてないのだ。もちろん、森を強引に開拓すれば住処を奪われたことに激昂して攻撃に出ることはあるだろうが、それは我々が意図的に避けている。

 それに、下手に上級魔獣を狩れば、中級魔獣が増えすぎてしまう。現状でも中級魔獣の数が最も多いとされており、定期的に個体数を減少させるために任務が命じられる。


 つまり、今回の襲撃は異例中の異例なのである。上級魔獣が襲撃に加わっているだけでなく、魔蟲族……? バカげている。

 そもそも魔蟲族は低魔力濃度の土地で生存できないはずだ。だが、話を聞く限り実際にに生存できているということになる。しかし、今はそのことを考えても仕方ないだろう。


 とにかく、少しでも状況を好転させるために、目の前の魔獣を始末した方がよさそうだ。


「じゃあデュアン、とにかくカレトースの首を落と……」


 ――――背筋が凍った。異様な光景が眼前で起こったからだ。

 一瞬でカレトースを構成していた物質は、その意味をなくし、肉塊となった。


 そして、視界の端に映る、右側の路地を歩いて来る異様な雰囲気を纏った二足歩行の生き物。

 明らかに賢族ではなく、四肢が甲虫の類の様相をしていて、背丈は私と同じ程度。頭部は黄色い楕円形の目が左右についており、口元には肉食の甲虫のような大あごが備えられた口器がついている。背中には薄く透き通った羽が左右に二枚ずつ据え付けられており、蟲と人族の中間ような印象を受ける。


 そして、最も重要なことは、熱魔導で感知できない。このような現象は聞き覚えがある。団長が愛用している大剣"トルタッゾ"が、丁度このようなことを可能にしている。が、これは明らかに団長ではない――――魔蟲族だ。



-----ニャータ視点-----


「早急に魔蟲族を見つけだし、叩くのです」

「叩くと言っても、奴は魔級相当の生き物だぞ。私程度で殺れるとは思えない」


 現在、団長と共に行動するために、説得をしている最中だ。実際に魔蟲族を叩けるかどうかより、とりあえず動いてもらいたい。


「賢族の戦闘力なんて所詮はでしょう。しかし、塵も積もれば山と成すように、我々もそれぞれの力を加算させれば、大きな力になるはずです」

「蛙の大群を一掃するのに、我々は苦戦するとでも……?」


 団長は、もっともな比喩で俺の作戦が脆弱であることを伝える。

 しかし、それで引いてしまうほど脆弱な作戦を思いついたわけではない。


 俺は、そんな団長を説得するために更に詭弁じみた言葉を紡ぐ。


「違いますよ団長さん。我々は蛙じゃありません。個々にそれぞれ役割があり、そしてそれが一つになった時は別の生き物のように振る舞うでしょう。それに、どんなに凄いものでも、小さな役割を持つものの集合体なのです。個々の実力は中級程度でも、力を合わせれば魔級にも劣らないはずです」


 そんな宗教染みた説法を、団長は数秒噛み砕いて思案したのち、こちらの目を見て答えを出す。


「そんな耳障りのいいことを言って、お前は魔級の生き物に作戦が通じるのか確かめたいだけだろ。愚か者め」


 バレている。確かに、俺は魔級という遠い存在にどれだけ策が通じるのか確かめてみたいという欲求はある。それは認めよう。しかし、俺は勝つために必要な要素を集めたいだけだ。

 そのために団長が欲しい――もとい、団長という戦力が欲しい。


「団長、一緒に英雄になりましょう」


 俺が、短くそう言うと、団長は目を見開いて、小さく呟いた。


「英雄……か」


 団長はそう言いながら空を仰ぐ。その瞳は、特に何を見つめるでもなく、ただじっと何かを見つめている。


 そして間もなくして団長がこちらに視線を戻し、口を開く。


「いいだろう、それには興味がある」

「英断だと思いますよ」

「調子に乗るな、まだ何も成していない……して、魔蟲族を探すんだったな。熱魔導で感知できない奴をどう探すんだ?」


 そうだ、まだ何もしていない。いまから命を懸けることになる。気を引き締めよう。

 そして俺は、団長に明確な指示をだす。


「おんぶしてください」

「はぁ?」


 俺の発言に、団長は素っ頓狂な声を出し、ローズギルドの団員さんたちがどよめく。


「……はぁ」


 ついでにレイドもため息をつく。

 何か視線が痛いが、俺は極めて真面目だ。倒す際には、俺が全力で"魔導崩し"を試みて、成功したのを見計らって団長がとどめを刺しに行く。が、その際に数秒でも遅れれば即座に崩された魔導を再構築してしまうだろう。

 これは、かつての討伐の時に経験している。その際に考案したのが"おんぶ戦法"だ。

 魔蟲族は現在高度な遠隔魔導の同時使用で集中力が割かれているはずだから、全力で魔導崩しをすれば強化魔導を解除できるかもしれない。


「まぁ良い、理由があるのだろう?」

「えぇ、決して匂いを嗅ぎたいからではございません」


 俺の発言に、ローズギルドの団員さんたちがどよめく。

 勿論冗談なのだが、ちょっと面白いから癖になってしまいそうだ。


「よし、早くおぶされ」


 団長さんはその華奢ながらもしっかり筋肉が感じられるたくましい背中を俺の方にさらけ出した。

 ――――なんて凛々しい立ち姿なんだ……。


 俺は、勢いよくがばっとおぶさる。その瞬間、団長の長い髪からふわっといい香りが広がる。

 飛び乗った瞬間、団長は間髪入れずに跳躍する。


「うわぁ!?」


 生成魔導で作ったロープを巻いていたので、振り落とされることはしなかったが、吊るされる形になってしまった。

 

 早く背中に着地しなくては――――いた。


 見たことのない生き物、魔蟲族だろう。しかし遠くてよく見えないな。

 昔ちらっと書物で、凸型のガラスのような形状の透過性の高い物質を覗くと、遠くのものを拡大することが出来るというというのを見た。

 その技術を試してカルチャーショックを受けた後は、一度も使うことはなかった。久しぶりに使おうか。


 原理は、生成魔導でガラスっぽくなるように調整しながら凸型の魔導物質を生成する。ガラスっぽくなるまで微調整をするってのがポイントだ。

 そして、その生成した魔導物質を遠隔魔導で上手く調整して……見えた。


「ん?なんだそれは」

「遠くを見ることが出来る魔力物質です」

「ぼやけて何も見えんが……」

「見える位置や角度が限られるようです。俺の位置からはばっちり見えます」


 そう言うと、団長が不思議そうに頭を捻って見ようとする。顔……っていうか頭が近い。俺のヘルメットにカンッカンッと音を立てながら俺が生成したレンズを覗き込もうとしている。

 なんだろうこの状況、幸せな気分だ。この無駄にデカい頭部の魔導具を取っ払ってしまいたい。


 そんなことはさておき、肝心の魔蟲族はゆっくりと歩いている。その様子から察するに、まだ随分余裕があるようだ。

 一体どこに向かってるんだろう――――ドクンッと心臓が大きな音をたてる。

 やつは、三番隊の方へ向かっていた。一瞬最悪の展開がよぎるが、まだ起こっていないことを今心配するべきではない。冷静になろう。

 恐らく、魔蟲族は自身の肉眼で状況を把握し、高度な遠隔操作で三番隊を殲滅し、停滞している戦況を前進させる気だろう――――そんな思案は全て一瞬で無に帰る。


 魔蟲族は腕をやや上に掲げ、手を握りつぶすような動作をした。その瞬間、カレトースと上級魔獣、そして初級魔獣の群れが肉塊となる。


「――は?」

「――何が起こってる!?」


 音が聞こえなくなる。予想外だ……。

 何が起こったのか、それは、やつが遠隔魔導を解除した。

 上級魔導書に少し書いてあったが、遠隔魔導の技術を突き詰めると、遠隔操作を解除した時にある程度魔力を戻せるようになると書いてあった。


 あいつがそれをできたとしたら、それは魔蟲族自身が戦闘をするということになる。


「おい、ニャータ!」


 これが出来るのなら……何故あの魔蟲族はこれまでこうしなかった? 何故遠隔魔導なんて回りくどいやり方を……?


 ――――戦力を、確かめるため?

 視界の先では、一瞬の判断で立ち向かう事を決断したデュアンが一撃で全身から血をまき散らしながら遠くへすっ飛んでいくのが見える。その光景にさえ、なにも思えない。それほどに脈拍が切迫しており、思考が停止している。


「おい!!」


 突然の耳元への一喝。

 聞こえ出した外界の音。動き出す思考。咄嗟に呼吸をして空気を取り込んだ。


「どうするんだ! このままではあいつらは――――」

「俺を生成魔導で作成した長いロープで括って下さい。俺は自身に生成魔導で出来るだけの重りを身に纏います。団長は俺に括りつけたロープを回転させ、遠心力を利用してメルビスの元へ投げ飛ばしてください。できるだけ地面と平行になるようにお願いします」


 そう言った俺は極めて冷静で、一秒すらも長く感じるほどに意識が覚醒していた。

 団長は突然話し出した俺に驚きつつも、すぐに指示通りに俺を回転させる。


「ふふ、英雄……か。一緒になると言っていたな……だったらまずはそのお姫様を……助けて……こいっ!!」


 ブォンッ!! 一番勢いの乗った地点で括られていたロープが消える。

 とてつもない勢いで直線的にメルビスの元へ直行していく。団長の調整は完璧で、メルビスまで直線且つ地面と平行になるようにロープの長さを上手く調整していた。


 顔の正面に生成魔導で障壁を形成することで空気抵抗を無効化しながら距離を詰めていく。

 ――――1秒も経たないうちにメルビスの元に到着する。攻撃態勢に入っていた魔蟲族の腕が届く直前だった。


 俺はあらかじめ作っておいたロープを、メルビスの横を通り過ぎる瞬間に遠隔魔導で上手く体に巻きつけ、ロープを掴む力を調整して、メルビスを徐々に速度に乗せる。

 ある程度魔蟲族と距離を置いたところで、ロープを放しバランスを崩さないよう慎重に下半身部分に生成魔導で質量を追加していく――――着地、成功。そのまま少しずつ質量を追加していく。

 

 そして、速度が落ちてきたところで、メルビスが迫ってくる。そのメルビスをしっかりと抱え、背後に生成魔導で柔らかい硬度属性を付与した魔力物質を遠隔魔導で一気に生成する。

 その魔力物質内に入ると速度は一気に減少し、無事停止した。


「はぁ……はぁ……」

 

 膨大な集中力を要した数秒間。その時間は無限であるかのようにも感じた。集中力がほどけた瞬間に疲労感が襲う――――


「はぁ?」


 一息つくために正面を見た瞬間、その小さな魔獣は目の前にまで迫っていた。


「嘘……だろ?」


 カァンッ!!

 甲虫のような外殻と大剣が接触し、金属音のような音を発生させる。


「ちっ馬鹿みたいに硬いな……!」


 そう言って、団長は吹っ飛んでいった魔蟲族の方を警戒しながら凝視する。


「団長、間に合うなら自分で助けられたんじゃ……」

「いや、私が助けに行ったのなら、後ろから攻撃を受けてそこで終わっていただろう」


 ――――カキンッ!!

 魔蟲族は突然団長の背後に姿を現した。団長は反応できたようだが、そこから魔蟲族の猛攻が始まる。

 一秒間に20発ほどの攻撃をする魔蟲族だが、団長は受けに専念することで何とかその攻撃に耐えている。


「……な、何が起こってるの」


 眼前の目まぐるしい状況の変遷に追いつけずに放心状態になっているメルビスが恐る恐る口を開く。

 息をのむほどの剣捌きで攻撃を受け続ける団長。しかしそれもそう長くは続かないだろう。どうすればいいんだ。


 そんなことを考えていると、思い出したようにメルビスがデュアンについての報告をする。


「デュアンが攻撃を受けてしまったの! どう見ても重傷で――」

「わかってる。だが、デュアンも防御手段は行使したはずだ。きっと生きてる」


 にしても、この動き……どう見ても制約があるようには見えない。何故この土地でこんなに動けるんだ?……考えた結果、よぎったことが最悪過ぎて考えたくない。


「……こいつ、遠隔魔導で動いてたり……しないよな」


 ――――カァン!!

 そう呟いた瞬間、団長は絶え間ない攻撃を受けきれずに吹っ飛ばされた。

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