第12話 勝利への賭け≪ベット≫
-----ニャータ視点-----
「レイド、引き返せ。少し懸念材料を思い出した」
「あぁ!? 人使い荒すぎるんじゃねぇのか?」
そう言って、デュアンのもとに向かっていたレイドは身体を反転させた。
放出魔導で壁を破壊した魔獣。魔力切れで倒れたから無視してきたけど、よくよく考えたらちゃんとトドメを刺した方が良い気がするな。
果物なんかは魔力が豊富だから、大量に食べさせたら数分で復活するだろうし……。
「んで、何のために引き返すんだ?」
「放出魔導を使った魔獣にとどめを刺しとこうと思ってな」
「魔力切れで倒れてるんじゃねぇのか?」
「そうだが、復活する手段はいくつかある。それに、俺達は別行動中だが遊撃隊だ。そういうのをこなしてなんぼだろ?」
何となくこの襲撃は不気味だ。戦術が組織的過ぎる。
魔獣は知能が高いが、別種間での組織的な行動はではあまり見られない。司令塔のような存在がいる可能性もある。そのような存在は見受けられないが……念のため、警戒しておこう。
「あとどのくらいかかりそうだ?」
「1.5kmくらいだか……1分くらいだな」
「40秒で走ってくれ」
「そりゃ無理だ」
「どうして?」
「背中に
そうか、重りを背負っているんだな。それはしょうがない。
まぁ、重りを背負ってるからというより、重りを振り落とさないようにってことだよな。
だったら――――
「よし、俺にかまわず走ってくれ」
「……振り落とされるなよ!」
重力が一気に軽くなる。速いな、20秒ほどあればつきそうだ。――――ガシャンッ!!
振り落とされた。180km/h くらい出てたもんな。
「先に……いけ……」
レイドは、数秒間足を止め、その後猛スピードで地面に寝っ転がる魔獣のもとへ走っていった。
「とにかく……戦況を確かめるか」
俺は、少しばかり回復した魔力を使って、家屋の屋根にジャンプして、あたりを見渡す。
四番隊の初級魔獣への対処は上手くいっているようだ。生成魔導の使い方がうまいな。俺も真似してみようか。
遠隔魔導で生成魔導の座標を指定して任意の属性を付与……か。足場とか――色々作れそうだな。
ともかく、今は魔力が無いのでどうしようもない。うーん、デュアンに魔力を充填してもらう予定だったけど……あれ? あいつ俺がハンター登録した日に吹っ飛ばした野郎じゃねーか。四番隊にいたのか。
そんなことはさておき、東北東方向では、鳥型の大きな魔獣と交戦しているのが確認できる。
……ん? 魔獣の攻撃がことごとく外れてる。どういうことだ?
遠隔魔導に光属性を付与すれば、相手を錯乱させたり、視界を奪うこともできる。ただし、中級以上の魔獣になると、視界が奪われても熱魔導で敵の位置は把握できる。寧ろ、目を使う事の方が少ないくらいだ。
要するに、上級魔獣相手に視界を奪うだけであんなに攻撃を外させるのは不可能だ。一体どうやってるんだ?
するとドスン、と音を立てて、一人の獣族が横に降り立つ。
「おい、トドメ指してきたぞ」
血まみれの獣族が話しかける。事件の香りがする――いや、レイドか。
「おかえり、ずいぶん派手な色になったな」
「何言ってんだ、魔獣にトドメ指すっつったら心臓抉りだすしかねぇだろ?」
「首を落とすのではだめなのか?」
「俺は剣を持ってねぇ」
さいですか。まぁでも無事トドメをさせたようだから、懸念材料を一つ潰せたな。
あと問題は、魔力供給だ。どうするべきか――
「ニャータ!!」
――おっと、問題解決だ。デュアンが俺のすぐ横に飛んできた。
「よぉ、デュアン。元気そうで何よりだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
「まぁそうだな。ほれ、空の指輪だ」
そういって、俺は空になった魔力貯蓄用の指輪を4つ渡した。
デュアンは、いつもの事の様に指輪を握って、魔力を充填する。
「ニャータ、重要かもしれない事を伝えに来たんだ」
「重要かもしれない事?」
「うん」
そのあと、謎の小型魔獣に魔導崩しで障壁を解除されたことを伝えられた。
――――放っておくのはまずそうだな。
「恐らくそれが司令塔だろう」
「司令塔? あのでっかい鳥じゃないの?」
「お前、どのくらいの距離から魔導崩しをされたんだ?」
「うーん、多分1kmくらい?」
「はぁ!?」
ありえない。そんな距離から魔導崩しをできるとは到底思えない。
俺の場合、せいぜい50mが限界だろう。勿論、習得して間もないからではあるが、上級魔導書には、熟練しても最大500mくらいが限界と記述されている。それに、熱魔導で感知できなかった。
「お前、それ間違いないんだな?」
「うん、間違いないよ」
デュアンはそう言いながら、充填が完了した指輪を渡してくる。
賢族は通常、一人当たりせいぜい上級/下位ほどの実力が関の山だ。当然、魔導書もそれを基準にあれこれ書いているだろう。
となると……上級/上位、あるいは魔級も――
「とにかく、いち早く団長に伝えるべきだろう。デュアン、お前はメルビスのもとに戻ってこのことを伝えろ」
デュアンは頷き、身体を反転させて走り出した。
そして、「なんだかまずい状況になったな」みたいな顔してるレイドの名を呼ぶ。
「レイド!」
「…………」
俺は、復活した魔力を使い――――生成魔導を駆使して頑丈なロープを作った。
「お前なぁ……」
「これで、存分に走れるな!」
そして、俺は自分をそのロープでレイドに括りつけた。
――――3分で着きそうだ。流石に速い。でもちょっと酔いそう。
ジャンプするごとにガタンガタンと揺れる。自分で動くなら問題ないが、背負われると大分来るな。
俺を背負ってたレイドがこれまでいかに気を使っていたのかが伺える。
「今回の戦い、場合によってはサルティンローズを放棄することになるかもしれないな」
「状況によっちゃあ、そうせざるを得なくなるかもな……よっと」
この判断は団長にゆだねることになるだろうが、戦うにしろ放棄するにしろ、甚大な被害を被ることは免れないだろう。
全く、軽い気持ちで来たこともあってどこか気が抜けていたが、事の重大さに漸く実感が追いついてきた。
もふもふの毛の温もりを感じながら、気を引き締める。
程なくして、団長のもとに到着した。
俺はレイドの背中に括りつけられたまま、団長に話しかける。
「団長! そのままで聞いてください!」
そして、デュアンがされたこと、魔導崩しの距離が異常なこと、熱魔導で感知できなかったことを伝えた。
「これは……少し迷ってしまうな」
そう言って、団長の動きが止まる。そもそもそんなに動いていなかったが。
団長も、例の魔獣が魔級相当の可能性まで考えを巡らせていると思う。少なくとも俺が考え付いたほどだからな。都市の放棄までは思案しているはず。しかし、放棄するにも相当な覚悟が必要だろう。
都市がなくなるという事は、住民の住む場所がなくなるということ。放棄するのも生半可な覚悟ではできない。家がなくなった人たちを養う義務がある。
それに、住民を逃がすために沢山の兵士の命が失われることになる。それ以外にも、俺が考えてること以上に沢山の事を考慮しているはずだ。
考え込んでいる団長に俺は、こう告げる。
「倒すのなら、一つ策があります」
「……確率はどのくらいだ」
耳を傾けてくれるのか。こんなどこの馬の骨とも知れないハンターに。
「団長! こんなどこの馬の骨とも知れないやつの意見など――」
「よい、話せ。ニャータとやら」
そんなことを言い争っている暇はない。そう言っているかのように、隊員の話を遮る。
「確率は、半分もないでしょう……恐らく奴は
「だろうな」
魔蟲族。それは、サルティンローズから、遥か東方向に進んだところにある"魔樹の森"に生息している種族だ。
この種族は、本能に従って行動する場合が多い。種族ごとに女王や王となる個体がおり、そいつを守るように餌を集めたり巣を守ったりする。その群れのトップとなる王などの存在以外は自らの意思で行動することはない。
それと、魔樹の森以外で生存するのが難しい。
魔樹の森は隣接している"魔海"が蒸発することで形成される雲から降る雨の影響で、その地の動植物が活性化される他、魔力濃度が上昇している。
そこで生活している生物は魔力濃度が低い地域では自身の身体を保つための魔力を供給できなくなる。そうなると、死ぬ。
そして、魔獣達は率先して徒党を組んで都市を襲撃することはない。つまり――――
「何らかの異常のせいなのか、それはわかりませんが、魔蟲族の特殊な個体がここまで来て、近辺の魔獣を使ったという事になります……」
そう、遠隔魔導で魔獣達を操っていると考えることができる。
「それは……どうだろうな。ただ、この鳥は遠隔魔導で動かされているわけではないだろう」
「……なぜですか?」
団長が言うには、団長が使用している剣は伝説の武器の一つだそうだ。
その特性は、相手が所有している魔力に自身の魔力を加算したり、操作したりする事らしいが、吸収することはできないらしい。つまり、相手に魔力を与えられるが、貰う事はできない。
操作に関しては、高度な遠隔魔導のようなもので、武器を介して対象の意図しない箇所に魔力を集中させたりできるらしい。
この特性の活用法は、膨大な魔力を相手にそそいで破裂させたり、放出魔導を使うために溜めた魔力を元に戻してしまったり――――対象の、熱魔導で感知する熱の位置を変えたり消したりできる。
上級魔獣が正確な攻撃をできなくなっているのはこれのせいだった。攻守で柔軟に活躍できる俺好みの性能だ。伝説の武器と言われるだけある。
「それは……凄いですね」
「攻撃手段には使えない場合が多いがな」
まぁとにかく、この上級魔獣が遠隔魔導で操作されていないのは、この伝説の武器で魔力を操作できる対象が単一に限られるからだそうだ。
魔蟲族が遠隔魔導で動かしている場合、魔蟲族の方の熱魔導を操作しなければ、こんなでたらめな攻撃にはならないはずだと。
――――しかし、腑に落ちないことがある。
西南西方向から来た魔獣についてだ。もし、俺達の行動がサルティンローズのどこかにいる魔蟲族の熱魔導によって既にバレているのだとしたら、放出魔導は撃たないのではなかろうか。3人しか巻き込めないのに魔力切れになってまですることか?
熱魔導による感知は高等技術だ。それは魔蟲族にとっても変わらないだろう。
それに、魔蟲族は魔という文字がついているが、魔導が得意な種族ではない。有り余る魔力で強化魔導を常時発動しているようなタイプが殆どだ。
その中で魔導を主体として使うとなると……多分技量がお粗末なはず。となると、遠隔魔導を使いながら自身が熱魔導を使うというのは少し困難だ……と思う。
そして、重要なのが鳥型の魔獣を選んだこと。鳥型の魔獣はお世辞にも戦闘力があるタイプではない。そのかわりに、高い視点を利用して相手より有利な位置を確保するのが強みだ。
このことを考慮して考えると……奴は鳥型の魔獣の視点で熱魔導を使用し、戦況を把握していると考えることができる。
「団長、鳥の魔獣に熱魔導の操作を行ったのはいつですか?」
「現れてすぐだ」
辻褄は合う。魔蟲族は鳥の視界を利用して熱魔導を使った。しかし、ここに到着した瞬間に団長の外部操作で戦況が把握できなくなった。
戦況が分からないため、仕方なく放出魔導を使用。たまたま自身の視界に映ったデュアンだったが、自分の位置を把握されるのはまずいと思った為、魔導崩しを使って消しておこうと思った。
遠隔魔導自体がデメリットになっている現状でも視界ジャックを解除しないのは、それをすると遠隔魔導も解けてしまうからかもしれない。
そもそも魔蟲族が俺達、賢族に戦闘力で劣るのかがわからないが、魔力濃度の低いこの場所で魔力は極力使いたくないのかもしれない。もしもの時、逃げることもできなくなるしな。
俺はこの付け焼刃の仮説を団長に話した。
「うむ、説得力はあるな……」
そういって、団長は顎に手をつき、鳥の魔獣に視線をやる。
「その仮説が正しいとなると、この魔獣を倒すのは悪手か……もっとも、この魔獣を倒すのも難しいのだがな」
そういって、整った横顔で数秒考えこむ。
――――程なくして、こちらに力強い視線を戻しこう言った。
「ニャータよ、どうすればいい」
そう言った団長の表情は、この後起こる事態が最悪なものだったとしても、それを背負う覚悟を宿していた。
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