第11話 異様な魔獣

-----デュアン視点-----


「よーし、じゃあ俺は先に行ってるよ!」


 わくわくしている。最初は部隊の一員になるから自由に行動出来なさそうだなと思っていたけど、ニャータの判断で別行動だ!

 今は西南西にいるらしい中級/下位の魔獣の足止めをしに向かっている。僕は有り余ってる魔力を、移動手段として必要な筋肉に必要なだけ注ぎ込んだ。


「はぁっ……!」


 速度が爆速に上昇する。一歩毎に立ち並ぶ建造物を10個ほど飛ばしながら伝って、3歩程度で外壁の頂上まで登ってしまった。


「ふぅ! いい景色だなぁ……ん?」


 そこから見た光景は、遠くからこちらに走ってくる一匹の魔獣のみを映している。

 波状攻撃だと思ったけど、一匹だけじゃ大した被害はでないんじゃ……。

 どこかおかしい。上手く全体を包囲するような方角から襲撃をするほど組織的な戦術を採用できる魔獣が、こんなずさんな奇襲を仕掛けるだろうか?


 馬車で聞いたニャータの話では、中級以上の魔獣になると熱魔導を使う魔獣も沢山いるらしい。だったら、熱魔導で位置がばれることはわかるはず。この戦術では決定打にならないんじゃ?

 魔獣までの距離は1kmはある。遠いから範囲外だと思ってるのかな?


「うーん……不思議だ……ん?」


 土がもぞもぞしている……土ってもぞもぞするっけ? おかしいなーしないはずだなー。

 明らかに異様な光景だったので、気になって放出魔導を飛ばしてみる。


「――えいっ」


 バフッ!

 硬度属性が付与されたそれは、見事に命中した。


「よしっ! 命中っ――あ」


 魔獣が姿を現した。恐らく土の中に隠れていたのだ。器用なことをする。

 ニャータが馬車で言ってたけど、熱魔導は便利だけど繊細で集中力がいるから余計なところは感知範囲から外すのが普通らしい。ということは、魔獣はそれを読んで土に身を隠して感知を免れたんだ。

 とはいえ、だとしたらあの中級魔獣は何で丸見えで突っ込んでくるんだ――――


 ……!!


 まずい。ニャータ達が危ない。

 僕は放出魔導が得意だ。だから、何となく相手が放出魔導を使うなっていうのが"身体の力み"とか"視線"なんかからわかる。それは人族も魔獣も同じだ。


 放出魔導は比較的予備動作がわかりにくい性質を持っているけど、溜める動作に集中するから、目線の動きが鈍ったり普段使わない筋肉が力んだりする。僕はその違和感にすぐに気づける。

 だからわかる。いや、この光景を見ればニャータでもわかるだろう。明らかに魔力を眉間の辺りに集中させている。今からあの正面にいる中型魔獣は放出魔導を使う。全力で。


 そして、何故放出魔導を使うのか。答えは土の中にいた魔獣から推測できる。

 放出魔導を遠距離から壁にぶち込むことで、熱魔導で感知して奇襲に備えた僕たちの不意を突く形になる。そして、その混乱に乗じて初級魔獣が大量に中に入り、更に混乱を誘発する――――いや、今はそんなことはどうでもいい。早くニャータに伝えなくては!


 僕はすぐに反転して、壁を飛び降りた。そして叫ぶ。


「ニャータ! 大規模の放出魔導が来る! 全力ででっかい障壁をを作って!!」


 ニャータとレイドはもうすぐそこにまで迫っていた。恐らくニャータは聴こえないだろう。魔獣の到来によってあらゆる騒音が各地で鳴り響いてる。

 それでも、僕が叫んだのはレイドがいるからだ。彼は耳がいい。これは且つて何度か一緒に討伐をした時に確認している。

 彼は静かな空間であれば1km先の音も聞き逃さないほどだ。その能力が無ければ、過去に魔獣のトラップに引っかって死んでいたと思う。それくらい信頼できるんだ、レイドの耳は!


 よし、レイドが足を止めてニャータに何か言ってる。もう大丈夫だ。次に僕の心配をしようか。

 と言っても僕は魔力が多いから身体の周りに厚めの障壁を形成して、強化魔導をふんだんに使えば死ぬことはないはずだ。ただ、反対の外壁まで吹っ飛ばされそうだな……。


 まぁ、いっか。多分放出魔導を使った魔獣は魔力切れで倒れるか、そうでなくても満身創痍だろうし、ニャータ達の方に四番隊が向かってるのも見える。僕はむしろ吹っ飛ばされて、三番隊に状況を説明した方がいいかもしれない。


「……ん?」


 小型の魔獣がいる。なんで外壁の内側に?

 そんなことを思っていると、その小型の魔獣と目が合う。そして目が合ったと思ったら手をこちらに掲げた。


「……な!?」


 ほんの一瞬、僕の周りの魔力が乱れた。そして形成した障壁が解除されてしまった。

 ――――魔導崩しだ。しかもニャータより高度な。


「まずい――――」


 ボゴンッッッッ!!!!

 激しい衝撃と音圧。中級魔獣から放出魔導が放たれた。

 一瞬で鼓膜が破れ、意識が飛びそうになる。許容範囲を大きく越える衝撃によって、強化魔導を解除してしまった。

 

「ガハァッッッ!!!!」


 そのまま反対方向に吹っ飛ばされる。目まぐるしい速度で景色が遠くなる。

 これまで感じたことのないほどの速度。首をひねって後ろを確認することが出来ない。


 ――――死ぬ


「ニャータ……」


 と思ったその時、何かクッションのような、液体のような……味わったことにのない感触が僕を包み、勢いが消えてしまった。


「――?」


 自分に起こった理解不能な現象に驚いていると。

 突然重力を感じ、地面に激突する。


「ブヘェッッ!!!!」


 突然の出来事に混乱して受け身をとれなかった。死んだかと思った。

 まもなくして、一人の女性が僕のもとに駆けてきた。


「デュアン……!? 一体何が起こったの!?」

「急にクッションのような物体が僕を包んで――――」

「それじゃないわ!外壁の破壊と、なんで吹っ飛んできたのか、よ!」


 そう言ったかと思うと、すぐに身体を反転させて、せわしなく指示を出している。

 僕のもとに駆けつけたのは"メルビス"だった。

 彼女が率いる三番隊は現在、北北西に出現した巨人族のような大きい人型の魔獣と交戦している。


「……で、何があったの?」


 指示を終えたメルビスが再び問いかける。

 僕はできるだけ簡潔に手早く説明した。多分滅茶苦茶な説明だったけど、メルビスは顔をしかめながら何とか噛み砕いて、都度要約したわかりやすい文で確かめながら要領よく内容を飲み込んだ。

 その時のメルビスは、ニャータを彷彿とさせるような要領の良さだった。


「じゃあデュアン、あいつの腕を切断するのを手伝って」


 メルビスはそういって、魔獣の方へと向き直る。

 腕を切断か――――


「すっごく太いけど……」

「――あいつは"カレトース"っていう中級/上位の魔獣よ」

「え? 上位なの?」


 中級/上位……それを足止めしているのか。凄いな……。


「えぇ、奴は強化魔導による肉体の強靭化が著しく高い。戦闘技術は単調だから攻撃を受け流すのは容易だけど、魔導崩しが殆んど効ないのよ。奴を討伐するとなると、基本は特殊な魔導具を用いる必要があるわ」

「特殊な魔導具?」


 特殊な道具というのは、魔力を吸収する大きい針型の魔導具の事らしい。高価なものだと吸収した魔力をそのまま使用して内部にダメージを与えたりもできるらしいけど、部隊に支給されているのは廉価品だそうだ。


「おぉ! じゃあそれを使えばいいんじゃ――」

「もう使った。それでも致命傷を与えられるほどの火力がうちの隊にはないのよ」


 どうやら、吸収できる上限があって、既定の量を超えたところで魔導具が弾けるらしい。すでに所持している8つの内5つを使用したけど、まだ切断できるほどには至ってないみたい。


 それにしても、器用な戦い方をしているなー。

 相手の攻撃を作用魔導で上手くいなしていたり、生成魔導で生成した魔力物体に氷結属性を付与して足を数秒凍らせたり、柔らかい硬度属性を付与して体重移動による力の伝達を阻害している。恐らく遠隔魔導と生成魔導を併用することで実現しているのだろう。

 この戦い方がローズギルドの特徴なのかな? ニャータにも教えてたらすぐに実践投入できそうだ。


「じゃあ、残りの3つを一気に使用して、最も魔力が少ない状態にすることが重要なんだね」

「えぇ、弱体化した腕を貴方の一撃で切断するの」


 でも、なんで腕なんだろう?


「でも、それなら身体を真っ二つにした方が良いんじゃ?」

「カレトースに対して廉価品の魔導具では、広範囲の魔力を吸い取るなんてことはできないわ。針を刺した地点の周辺を吸ったらすぐ割れてしまう。今は、左腕の根元のみ魔力を吸収した状態よ」

「だったら、首を切断すればよくない?」


 メルビスは、固まってしまった。

 あれ? この反応ってもしかして……。


「三番隊! 重い一撃を入れれる奴が支援してくれることになった! 首を狙うぞ!」

「はっ!!」


 まぁ、こんな状況ですし変に維持張られても困りますが……メルビスさん、なんかニャータに似てるとこあるんだよな~。


 メルビスは指示を終えてこちらに向き直ると、こほんっと咳ばらいをして口を開く。


「ありがとう、参考になったわ」

「い……いえいえ」


 あぁーでも素直でいいなぁー。ニャータだったらよくわからない理論を組み立てて、それが破綻した後キレるか拗ねるからな~。


-----とある日の出来事-----


「デュアン! あいつは尻尾を切断すればバランスを崩す! 俺の放出魔導でバランスを崩したタイミングで飛び込め!」

「――――首を切断するのはできないの?」

「……できない!」

「なんで?」

「あいつは、首がコンプレックスだから首を狙うと逃げるんだ!」

「逃げる前に切断できるんじゃない?」

「……じゃあ、後は頼んだ。俺は帰る」

「ちょおおおおおお!!!!」


----------


 半分はユーモアだろうけど、半分本気だから対応に困るんだ。止めたら引き返すけど、止めないと本当に帰るし……。

 にしても、魔導崩しが効かない相手かぁ……魔導崩し?


「あーーーーー!!!!」

「どうした!?」


 完全に思い出した。僕に魔導崩しを仕掛けてきたやつ。ニャータよりも高度な魔導崩しってことは、少なくとも中級魔獣クラスではあるよね……? あれを放っておくのはまずいかも。


「ごめんメルビス、俺行かなきゃ!」

「は?――ちょっと待ちなさい!」


 走りだそうとしたところで、メルビスに熱魔導でニャータの位置を確認してもらうことにする。


「ニャータ達がどこにいるかわかる!? 二人組のはずだけど……」

「急になんなのよ……ん?」


 メルビスは、疑問が浮かんだような表情をする。


「どうしたの!?」

「いや……こちらに向かっていたのだけど、たった今引き返したわよ」


 一体どういう風の吹き回しなんだろう。……いや、ニャータの考えは読めないから考えるだけ無駄だな。


「ありがとう、僕行くね!」


 そう言って、強化魔導を使用して、一目散にニャータのもとへ向かった。



「……一人称は俺じゃなかったかしら」

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