第10話 陣形崩壊
熱魔導――魔導活用法の一つだ。
その実態は、最近読んだ"上級魔導書"という本で初めて学んだ。
熱魔導は、感知、探知系の魔導活用法だ。
周囲の魔力を伝い、熱量を感知する。上級の魔導士になればなるほど、この魔導の重要性を知ることになるだろう。
主な使い方は三つ。
一つ目は、魔獣などの熱量と魔力を持つ生き物の感知。
二つ目は、鉱石などの目に見えないものの探知。
三つ目は、遠隔魔導を使用する際の座標の特定。
魔獣の感知もかなり有用だが、俺にとっては膨大な集中力を有する遠隔魔導の簡略化は魅力的だった。
遠隔魔導と同様に熱魔導もかなりの技術力と集中力を要するが、俺にとってそれはいつものことで、さほどネックな要素ではない。要するに、慣れている。
そして、もっとも重要な性質がある――熱魔導は魔力を消費しない。
原理は、魔力をとても細い糸の様にして放出し、放出した魔力を伝って熱を感知する。その際に魔力の所有権を手放してはならない。
この魔導法の真骨頂は、突き詰めた技術力にある。やっていることは放出魔導や遠隔魔導とさほど変わらないが、体外の魔力を切り離さずに保ち、且つ利用した後に戻すというのはかなりの高等技術だ。
感知できる範囲は、魔力量によって変わる。多い方が広く、少ない方が狭い。
そのため、俺は少しでも距離を延ばすために、自分から感知したい方向へ扇状に熱魔導を使用することで範囲を絞り、より遠くまで感知できるようにしている。そして、そのまま熱魔導を自分を中心に回転させることで、円状に周囲の感知を可能にしている。
しかし、索敵範囲に関しては、今後、より高性能な魔力貯蓄用の魔導具を購入することで、改善するだろう。
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西南西方向から大型の魔獣が向かってきている……
現在地はサルティンローズの中心部から東北東方向へ少し進んだところだ。
俺は、最初の襲撃の時点でその魔獣を感知したため、そちらの対処の為に三番隊との別行動を選んだ。
魔獣を感知した後、西南西方向から右回りに感知の範囲を回転させる。
すると、東北東方向の上空から鳥型の魔獣が接近している。この熱量は……上級魔獣か!?
熱魔導は、集団行動の際に味方の位置、敵の位置を把握できるためかなり有用な手段だ。ローズギルドの規定では、隊長クラスになるためには熱魔導の習得は必須なんだそう。
ってことはメルビスも習得してるんだろう。俺の行動を理解して上手く立ち回ってくれるといいが……。
「ニャータ!どこに向かってるの!?」
「西南西方向に中級程度と推測できる大型の魔獣がいる!団長率いる一番隊は東北東から接近している上級魔獣の方へ向かった!」
「二番隊は?」
「今から探す!」
俺は扇状に張り巡らせた熱魔導を、東北東の位置から右回りに回転させる。
「現在南南東から上級魔獣の方へ向かって北上している!恐らく予定通り一番隊のサポートに向かっている!」
「ニャータ!五番隊は、避難済みの住民の護衛と、まだ避難していない住民の捜索、誘導をしているはずだよ!」
確か、避難場所は中央付近だったよな――――もうすでに住民の避難誘導は終わって配置についているようだ。
「今確認した!既に配置について陣形を固めている!」
「……なぁ、何も別行動する必要はなかったんじゃねぇのかぁ?」
こちらに来るのを渋っていたレイドが俺に質問する。
それに対して、俺は攻撃の方角を正確に示しながら質問に答える。
「外壁の襲撃は北北西だった。そしてあれは中級程度の魔獣だろう。一番隊と二番隊は東北東の上級魔獣を引き受けるだろう。残された三番隊か四番隊で北北西の中級魔獣を相手取るとしても、西南西の中級魔獣が一体余ってしまう」
「つまり、僕たちはそれの討伐を請け負うわけだね!」
討伐? それは無理だろう。過去に罠に嵌めて中級/下位の魔獣を討伐したことはあるが、あれはこちらが有利な位置に誘導したからできた芸当だ。
「――いや、討伐は今は視野に入れない。できるかもわからんしな。とにかく足止めを優先しよう」
「北北西の魔獣を四番隊に任せて、三番隊でこっちに来ればよかったんじゃねぇのか?」
レイドは、執拗に俺の判断がミスでないのか問いただす。
まぁ、わからんでもないがな。
「ダメだな。遊撃隊が一部隊は残ってないと、最悪の場合、詰む」
これは誰が言ったかもわからない情報だが、団長クラスの人材でも"上級/下位の魔獣"を一人で相手取るのは難しいらしい。
初級や中級/下位の魔獣ならば"魔導崩し"を使用すれば強化魔導などによる肉質の強化やその他の防御手段を簡単に解除できるため、今の俺達でも容易に倒せるだろう。
俺が今回あんまりビビっていないのは、この魔導崩しを習得したことに起因しているわけだ。
「俺達が向かっている、西南西の中級魔獣は何位かわかるのか?」
「あぁ、恐らく下位だろう」
俺がこちらに向かうのに迷いがなかった理由は、これが分かっていたことが一番大きい。
一度相手にしたことのある等級の魔獣なら、予想外の行動も少ないだろうしな。
「魔獣から外壁までの距離はどのくらいだ!?」
「まだ遠い、なんとか外壁を攻撃される前に食い止めたい!」
「よーし、じゃあ俺は先に行ってるよ!」
そういって、強化魔導を強めたデュアンは、俊敏に家屋の屋根を伝い、あっという間に外壁の上にまで登ってしまった。
「あいつ、先に行ってどうするつもりなんだよ……」
「まぁ、間に合わないよりはましだわな!ははっ!」
そんなことを言いながら、俺とレイドはデュアンのもとまで走る。
あと少しで到着するという時、東北東の外壁に、巨大な鳥型の魔獣が着地した。
「きやがったな……あれが魔獣のリーダーか?」
「恐らくな。外部の人間の協力を仰いだのはあいつの存在があったからだろう」
隊長20mほどはあるだろうか、とんでもなく大きな黄色い色をした鳥だ。
確かに、あの魔獣を好き勝手暴れさせない為には、あいつに割く精鋭の人数は多い方が良い。
「あれは、上級の何位なんだ?」
「わからん。正直上級の下位、中位、上位、どれも感知した事なんてないからな」
中級であれば、中級/下位の基準がわかるから何となく階級がわかるが、上級の何位かなんてのはわからない。
ただ、退治するのなんて考えたくもないほどの熱量ではある。
「あぁ? だったら上級かなんてわかんないだろ?」
「いや、わかる。他の二体の魔獣を遥かに超える熱量だ。少なくとも中級じゃない」
「そんなもんかねぇ……。まぁでも、あの異様な雰囲気だ。そうと言われても疑わねぇぜ」
その時、デュアンが勢いよくこちらに飛びながら、何かを叫んでいる。
何か言ってるようだけど、遠くて聴こえない。
「――とまれニャータ!ありったけの魔力で広範囲に及ぶ障壁をつくれ!!」
「は? 一体なんで――」
「口答えしてる時間はねぇ!早く生成するんだ!ありたっけのバカでかい奴だぞ!」
まだ何も始まってないってのにありったけの魔力だ? よくわからねぇが、レイドにはデュアンの言ってることが聞こえたんだろう。レイドは獣族の中のウォルテム族だから、耳や鼻が賢族よりはるかに優れている。
「信じるぞレイド!!でっかい障壁だなぁ!!」
そう叫んで、ありったけの魔力、嵌めている指輪のその全ての魔力を使って、俺達の正面を守るように分厚く硬い障壁を形成する。
正確には、硬度属性を付与した生成魔導で硬く、且つ質量を持った障壁を形成し、強化魔導で割れずらい様に強固なものにする。
「作ったぞ!レイド、デュアンは大丈夫なのか!?」
「あいつは魔力が多いんだろ!? きっと大丈夫だ――」
ボゴンッッッッ!!!
とてつもない音圧が耳を襲う。まるで大きな紙袋を割った時の破裂音を零距離で聞いているかのようだ。
一瞬の轟音の後、音が消えた。恐らく、鼓膜が破れてしまったのだろう。治癒しなくては。レイドは耳をふさいで縮こまっていた。
一体何が起こった? それを確かめるために眼前の土煙が消えるのを待った。
――――ゾッとする。目の前に立ちふさがっていた城壁がきれいさっぱり消えていた。そしてその向こうには、横向きに地面に倒れている巨大な狼のような魔獣――――全力で放出魔導を使ったのか。
距離は1kmは離れているだろう。その距離からこの馬鹿げた威力の放出魔導をぶっ放してきやがった。
被害は甚大、南西方向の城壁は消し飛び、ぞろぞろと初級魔獣がなだれ込んでくる。
初級魔獣……? どうやって隠れてやがったんだ? こんな数は感知していないぞ。
その答えは、魔獣の体毛を見て分かった。恐らく、土の中に隠れていたんだろう。奴らが走っている場所は土煙が舞っている。
熱魔導でも、土の中の生き物を感知することは可能だ。だが、俺は少ない魔力を効率よく使用しなくてはならないため、必要のない範囲の感知をすることはない。いや、恐らくどんなに魔力が有り余っていても余計な範囲の感知をすることはしないのだろう。
それは、遠くでこちらの様子を伺いながら呆然と立ち尽くして、動こうとしない二番隊のメンバーと見ただけでわかった。
予想外……よぎる最悪の結末――都市の崩壊。
この世界において都市が崩壊するという事は決して珍しい事じゃない。
毎年あらゆる種族が魔獣を討伐して開拓地を手に入れる。が、それは魔獣サイドも同じことで、毎年いくつかの都市は壊滅している。
ここ、サルティンローズは20年ほど前に開拓地となった都市だ。現在のローズギルドの団長がここに巣くっていた魔獣を討伐したことでこの街が造られた。そして今は、その逆が起ころうとしている。
魔獣の戦術に恐怖を覚え、今後のビジョンが見えずに立ち尽くしていると、何者かがぞろぞろと俺のもとに集ってきた。
「そこのハンター!よくやった、被害は最小限のようだ……」
「お前たちは北北西に現れた中級魔獣の討伐に向かってくれ!三番隊もそこで戦っている」
俺の後ろからそう告げたのは、おそらく四番隊だろう。
俺が生成した障壁によって守られたようだ。
「……わかった!」
まだ戦いは終わっていない。最後まであがくべきだ。
四番隊は、俺と同じように熱魔導によって中級魔獣を感知した隊長が、こちらに向かう様に指示を出したんだと思う。
つまり、現在この戦況においてフリーの存在は俺達二人となったわけだ。
四番隊の人は俺達に三番隊に合流しろといったけど、状況次第では柔軟に動かなくてはいけない。
とはいえ、今はすることが浮かばない為、素直に三番隊に合流するべきだろう。
そう思った俺は、レイドに声をかける。
「レイド!」
「おう!」
「おんぶしてくれ!」
「……そんなこったろうと思ったぜ」
俺は走れるほどの魔力が残っていなかった。レイドとは何回か一緒に討伐をしたことがあるが、大体いつもこんな感じになる。だからレイドには極力俺から離れないようにするという決めごとがある。
ということで、この後俺のすることは、魔力が空になった指輪型魔導具をデュアンに渡して充填してもらう事だ。それには、デュアンが生きていることが前提だが……。
「デュアン……大丈夫だよな……?」
俺はレイドにおぶられながら、三番隊のもとへ向かっている。流石獣族だ、とても速いし背中が大きくて毛が暖かくて寝心地が良い。流石に寝ないけど。
1分ほど経っただろうか、そろそろ三番隊が交戦している姿が確認できた。
「あれは……巨人族?」
「いや違うぜニャータ、あれは"カレトース"だ」
カレトース。レイドがその魔獣について知ってる情報を教えてくれる。
レイドの話によると、かつてウォルテム族で徒党を組んで立ち向かったが、惨敗したそうだ。
その時は、カレトース2体に対して、ウォルテム族が20体の編成だったらしい。
「……まじかよ」
その後、当時の戦闘について詳しく聞いたが、その情報を元に考えると、やつらはフィジカルお化けだ。純粋にウォルテム族のポテンシャルよりもはるかにカレトースの方が高かったんだ。
極端な話、カエルと人族のようなものだろう。頭数でどうこうできるようなレベルの話ではない。
そんな魔獣と戦ってただで済むのだろうか?
俺は三番隊の安否が気になった。
「今は熱魔導が使えないから三番隊の状況がわかんないが、交戦はしているから全滅はしてないだろうけど……」
「なぁ、ニャータ。俺今回役に立つのか?」
そんな心配をしていると、レイドは俺とは違った心配事を俺に吐露した。
「何言ってんだ、今大活躍中だろ」
「まさか、今回俺……」
悪いな、そのまさかだ。
「進展があるまで、ずっと俺を背負っててくれ」
「…………はあぁぁ」
レイドは大きくため息をついた。仕方ないだろう。俺はお前らより足遅いんだから。しかも、今は走れない。
しかしまいったな。どうしたものか、魔導崩しは効くのか? 強靭な肉体の所以が強化魔導だった場合なら何とかなるかもしれないが……いや、どうだろうな。
あくまで俺が習得した魔導崩しは付け焼刃だ。カレトースが強化魔導によってあの身体能力を得ていたとしたら、そうとう強力な魔力によるものだろう。
そもそも、魔導崩しは強化魔導に対して効力を発揮するのが難しい。
放出魔導は、一転に魔力を集中させるし、ベクトルの向きが身体の外へ向いている。つまり、外側の魔力を乱せば事足りるが、強化魔導の場合はそうはいかない。
強化魔導のベクトルの向きは常に身体の内側で循環している。その場合は体内の魔力を力ずくで乱す必要がある。これは、凄く硬い粘土を力ずくでぐちゃぐちゃにするようなもので、更にその粘土は形が崩れた場合に修正しようとする。
ただでさえ硬い粘土に、元に戻す力が加わって、綱引きの様な状態になる。それを崩すのなんてのはいくら魔力があっても恐らく無理だろう。
自問自答を繰り返しながら、俺がぶつぶつとぼやいていると、レイドが口を開いた。
「なぁ、俺は魔導についてはよくわかんねぇけどよ。お前いつも魔力切れだっつって気絶してるだろ? あれはカレトースには起こらないのか?」
レイドなりに考えを巡らせて案を提示してくれる。
直接作戦に盛り込むことができない場合が多いが、新しい案を生み出すのには色んな視点を考慮する必要があるから、結構ありがたい。
とはいえ、カレトースなどのような無意識に強化魔導を使用しているような生き物は、何もしなければ魔力切れを起こすという事はない。
俺は、そのことを丁寧にレイドに伝える。
「起こらないな。カレトースなどの生まれた時から無意識的に強化魔導を使っている生き物は、魔力が切れないように勝手に身体が調整するんだ。その性質故に、魔力が多い所に行くと異様に強くなったりもする」
「そんな生態だったのかよ、あいつら……」
そう、奴らは殆んど魔導を使わないが、常に強化魔導で自身を強化している。
あの巨体を支える筋肉は、この世界の理から考えて、強化魔導を使わなければ存在し得ない。
「だけど、確かに一番可能性がありそうなのは魔力切れを狙う事だと思う」
「ん? あいつら魔力切れ起こさないんじゃないのか?」
「それはあくまで自然に動いている場合だ。例えば、外部から何らかの手段で急激に魔力が吸い取られれば魔力切れを起こす」
「――つっても、そんなことできんのかよ?」
できないことはない。実際、俺達が魔力を測定する時に使う魔導具は魔力を吸う機構が組み込まれている。恐らく吸収することだけを目的とした魔導具だってあるはずだ。
「それができる魔導具はある……魔力測定をした時に使った魔導具のような機構が必要だが」
「あぁ、あの力の抜ける奴か。ここにもあるんじゃないか? ギルドとかで測定する機会もあるだろ?」
うーん、確かに大量に集めてぶっさせばかなりの量を吸い取れるかもしれないが……。
「でもあの魔導具は吸った後に戻しちゃうからなー」
「あの魔導具は、吸う魔力に限界はあるのか?」
「ある……と思う。無限なんてことはないだろうしな」
「そうか、無限だったら大方吸いとった時点で攻撃すれば行けそうだと思ったんだが……」
10個くらい集めて一斉に吸わせれば、魔導崩しが出来るくらいにまで魔力が弱まるか?
でも、仮に10個集めたとして、それを一々あいつにチクチクする余裕なんてあるか? っていうか、あの筋肉質な肌は注射器通らないんじゃ?
あー、振出しに戻った。そうだ、刺さるわけがない。
強化魔導を施した、ぶっとい剣でも碌に傷がつかないんだぞ。
いや、細い針の方が刺さる可能性はあるのか?……クソッ!納得のいく糸口が見つからない!
「っていうか、デュアンは無事なのか? それらしい姿は見当たらないが……」
「無事っぽいぜ? デュアンの声と……隊長さんの声が会話してるな」
「そうか、それはひとまず安心だな」
取り合えず、生きていることが確認できれば対処する必要はないだろう。
デュアンは強いからな。
「戦闘の方は隊長さんが上手くまとめているようだな。統率が取れていて、カレトース相手に良く戦ってるぜ」
「そうか……」
三番隊の隊長、メルビス。
――――俺の初恋の相手だ。彼女と出会ってからの数日間、彼女が見せる笑顔を見るたびに俺は舞い上がった。
魔力が少ないながらも、一生懸命に魔導を学ぼうとする姿勢。わからない言葉だらけの癖に、汗を流しながら本に食いつく姿。俺はそれを鮮明に覚えてる。
「はぁ、なんであいつの方に惚れちゃったかなぁ……」
「あぁ? どういうことだ?」
「……なんでもない」
その小さな失恋を、俺はどうにか納得させて、今後の作戦に思考を戻した。
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