第9話 少女の過去

 女性のみが所属しているローズギルドの三番隊、隊長。彼女の名前はメルビス・ルソート。現在15歳。


 ルソート家は魔導の聖地"テルセンタ"にある名家だった。そこの子供ということで、両親や親戚、魔導協会にも期待されていたが、彼女の魔力は少なかった。

 親戚や身近の名家の子供たちは数々の罵倒を浴びせたが、両親はそんな娘でも可愛がって育てた。


 数年前のある日、メルビスは両親に連れられてカッセルポートを訪れていた。とある魔導具を取引するためだ。


 メルビスは両親が仕事をしている間、孤児院のすぐそばの広場で遊んでいるように言われた。孤児院の関係者が子供を見張ってくれているから、安全なんだそうだ。そこで、メルビスは一人の少年を見つける。

 その少年は、一際大きな木の陰で涼みながら、周りには一切の注意を向けることなく、顔が隠れるほど大きく分厚い本を読んでいた。

 メルビスは、周りで遊んでいる子供と比べ、明らかに異様な雰囲気を纏っているこの少年を不思議そうに眺めていた。

 

 その大きな本は、魔獣の皮でしっかりと加工された表紙を持ち、背表紙はがっしりとした金属で補強され、その金属には細かい模様が彫られている。



-----幼年期・メルビス視点-----


 少年はある時ふと本を降ろし、腕をこちらに掲げてきた。その時に初めて私の存在に気付いたようだった。


「……なにか用か?」

「その本、難しそうだね」


 私がそう言うと、少年は読んでいた本の表紙をこちらに向けてきた。


「しょ、きゅう……ま、どう?」


 その本の表紙には"初級魔導"と書かれていた。

 その少年は字が読める私に感心した後、魔導について教えてくれた。最初は早い口調で絶え間なく説明していたが、話についていけてない私の様子を見てからは口調がゆっくりになり、私が知らないと言った言葉を一々捕捉しながら説明してくれた。


 数十分後、私はようやく一通りの概念を理解した。少年はそんな私に「見せてあげるよ」と言い、近くに自生していた手頃な細い木の元へ向かっていった。「よく見とけよ!」と笑顔で言い放ち、少年は片腕をその木へ掲げ、数秒の沈黙の後「はぁっ!」という声と共に力む。


 次の瞬間、木は掲げた手の位置で折れ、孤児院の窓ガラスの方に回転しながら吹っ飛んでいった。その後の展開はよく覚えていない。少年はひどくお叱りを受けていたが、私はお構いなしに"初級魔導"という本に書かれている内容を理解しようと、習ったばかりの言語能力でうんうんと唸っていた。


 それから数日後、感覚を掴んできた私は、その少年の監修のもと、試しに細い木を折ってみることになった。

 私は、少年が木を折った時の事ことを思い出しながら、深呼吸をする。魔力が流れるのを感じながら、掌に向けてそれを集めていく。そして、集めた魔力を前に突き出すようなイメージで外へ押しだす。


 パキッ!

 私は集中するために目をつぶっていたから折れる瞬間は見えなかったけど、魔力を放出した感覚があった。「やった!」と思い目を開けると――――穴を塞ぐように木の板が打ち付けられた窓、その隣の窓ガラスが割れていた。


「まずい、逃げるぞ!」


 少年が咄嗟にそう叫び、走るように促す。私はあまり足が速くなかったから、置いてかれまいと一生懸命走った。

 その数秒後、隣を走る少年が木の根っこに足を引っかけ、頭からすっ転んだ。


「――んにゃ!」


 少年は、頭が地面に叩きつけられた瞬間に特徴的な擬音を発する。


「え……?」


 この後どこに逃げるべきかもわからない私は、少年の次の行動を待った。

 数秒後、鼻血によって血まみれになっている顔を上げ「行け……!」と言い、身体を捻って仰向けになって空を仰いでいた。


 私がひとしきり逃げた後、再び広場に戻ってくると、少年は割れた窓ガラスを木の板で補強している最中だった。


 私はその日、宿屋に帰った後、魔導が使えたことを喜んだが、私は魔力が少ない。そんな自分が魔導に興味をもつというのは、間違ったことの様に思えた。

 だから次の日、少年に自分は魔力が少ないという事を明かした。そんなメルビスに少年は「俺も魔力は少ないぞ」とだけ言って、再び魔導書を読み始めた。

 私は、「魔力がなくてもいいのかな?」と思ったため、一つ質問をする。


「魔力が少なくてもいいの?」


 その質問を聞いた少年は持っていた本を勢いよく降ろし、顔をこちらに向けて力強く答える。


「魔力が少なくたって、沢山知識があればなんとかなるに決まってんだろ!」


 少年は眉をひそめ、真面目に、そして少しの迷いもなくそう言い放った。私は、そんな少年の言葉が自分を鼓舞するものの様に思えた。

 それから、カッセルポートに滞在した数日間、毎日その少年のもとへ赴き、魔導を一緒に勉強した。少年と話すのは刺激的で楽しい。私にとって、年が近い人にこんな感情を抱くのは初めての事だった。


 カッセルポートを出発する日。別れを告げるために広場に足を運んだが、その少年の姿はなかった。それでも、最後の挨拶はしておきたかったから、近くを走り回って探した。


 数分後、孤児院の路地裏にてメルビスは赤い髪の少年と魔導の少年が言い争っているのを目撃した。その険悪な雰囲気に臆してしまって、私は声をかけれずにそれを眺めていた。


「お前はどこでそんな高度なストーカー技術を学んだんだ? 俺にはとても真似できない技術だよ」

「なんだよその言い草は! 僕は本しか友達がいない君のために、わざわざ友達になってあげようとしてるんだよ!!」

「なん……だとぉおおおお!!!!」

「うぉおおおお!!!!」


 仲直りすることを願っていたけど、ヒートアップした少年たちは本気の喧嘩を始めだした。赤い髪の少年は素手で、魔導の少年は習いたての魔導を使って戦闘を繰り広げたが、一分も経たないうちにお互いの怒りゲージが底をつきたのか「やるじゃねぇか」と言って疲労感に任せて仰向けに倒れた。

 そんな様子を私はカッコいいって思った。自分もあんな風になれたらなぁ。と、かっこよく戦っている自分を想像して、にやけていた。


 そんなことで頭がいっぱいの私は、口元を抑えられ、大きな腕に身体を抱き上げられた。最初はお父さんかと思ったけど、匂いが違う。数秒の思案の後、すぐに理解した――――誘拐だ。

 きっと私の素性を知り、これまで機会をうかがっていたのだろう。これまでは、孤児院の大人が目を光らせていたから手を出せなかったのだ。

 しかし、孤児院の路地裏とはいえ、特に監視の目がないこの場所であれば子供一人誘拐するのなんて訳ない。私は暴れた、助けてと叫ぶが殆ど聞こえなかっただろう。それでも、目の前にいる少年たちに助けを請い続けた。


 何かを察してか、赤髪の少年が仰向けだった身体を起こし、こちらを視認する。

 異様な状況を理解した赤髪の少年は、魔導の少年の名前を叫んだ。


「ニャータ後ろ!!」


 ニャータ。それが魔道の少年の名前。忘れることのできない名前。


「うーん、なんだよ……」


 めんどくさそうにそう言って身体を起こした魔導の少年は、私の顔を見た瞬間に立ち上がり、一切の迷い泣くこちらに向かってきた。それにつられるように赤髪の少年も動き出し、こちらに走ってくる。


 魔導の少年は、素早く誘拐犯の懐まで入り込み――――


「ふっ!!」


 硬度属性の放出魔導をみぞおちにぶっ放した。誘拐犯はその攻撃を喰らった衝撃で、私を手離し膝をついた。それを見ると、魔導の少年は私の前方で庇う様に位置どる。

 ――――誘拐犯は激高し、懐にしまっていたナイフを取り出してこちらに突き立てる。


「このっ……ガキがあぁぁぁああ!!!!」


 理性が吹き飛び、狂気に満ちた形相でナイフを振りかぶり、こちらに走ってくる。

 もうダメだと思ったその時、赤髪の少年が到着し、その男を横からタックルして吹き飛ばした。それを見た魔導の少年は何か策を思いついたようで、誘拐犯が起き上がる前に赤髪の少年の元に向かい、何かを耳打ちした。


 その後、二人の少年は一切の迷いなく、私の横を遮って走り去っていった――――え?


 状況を理解できず、私は追いかけることも声を出すこともできなかった。私は見捨てられたと思って泣きそうになったが、それが杞憂であることに気づくまでに10秒もかからなかった。

 さっき逃げたと思った魔導の少年がすっ飛んできた。そしてそのまま誘拐犯の上半身に激突。誘拐犯は気を失い、魔導の少年も気絶した。


 その後、誘拐犯は孤児院の大人たちによって捕縛され、衛兵に突き出された。因みに、魔導の少年も捕縛されてお尻をペンペンされていた。

 最初は一体何が起こったのかわからなかったが、諸々が終わった後の二人の会話をきいて理解できた。赤髪の少年が魔導の少年を思い切り投げたのだ。無茶な作戦だが、私はこれすらもカッコいいと思った。


 お説教が終わると、魔導の少年と赤髪の少年は会話を始める。


「お前中々やるな。名前は?」

「前に何回も言ってるんだけどな…デュアンだよ」

「そうか、デュアンか」


 それだけの短い会話をした後、ニャータがこちらに向かって歩いて来る。


「やっぱりいいとこのお嬢様だったのか。ケガはないか?」


 私は心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。何を言っていいかわからない。この人に良く思って欲しいが、相応しい言葉を知らない。考えるほど言葉が出てこない。

 私は目を見ることができず、うつ向いてしまった。そんな私を見て、ニャータが心配そうに語りかけてくる。


「どうした? 何か取られたりしたのか?」

「う……ううん。大丈夫……」

「そうか?」


 私はその後返事が出来なかったため、会話が続かないことに気まずさを感じたのか、ニャータは「じゃあ、気をつけて帰れよ」といって、デュアンと一緒に孤児院の方へ歩いて行った。

 私は結局、別れを告げることができずにカッセルポートを出発した。



 そして、カッセルポートから帰還して120日ほど経った時だったか。ルソート家の屋敷があるテルセンタが魔獣の襲撃にあい、私以外の家族は全員死んでしまった。

 その襲撃に対処したローズギルドの団長が気の毒に思ったのか、私を拾って育ててくれたのだ。


 訓練はとても厳しかったけど、私の事をちゃんと考えてくれるし、プライベートでは色んなところに連れて行ってくれた。今では私にとっての、もう一人のお母さんのような存在だ。



-----現在・デュアン視点-----


 あの時助けた女の子だったんだぁーなんか感慨深いなぁ。


 僕とニャータは隊長、もといメルビスに拳骨をお見舞いされたあと、作戦開始時間になるまでの10分程度、彼女についての話を聞いていた。

 魔導に興味をもった理由とか、ローズギルドに入った理由とか…。

 話に出てきた二人の少年ってのは間違いなく僕たちの事だし、魔導に興味をもった理由はニャータだったんだね。こんな偶然もあるもんだなー。


「つまり、それが初恋だったわけか」

「……! ま、まぁ……そうだ、な」


 メルビスの初恋相手であるニャータが極めて冷静にそう言った。 

 え、これってもしかしてニャータ、気づいてないのかな? わかったうえでこの反応?

 ――――いやでも、昔孤児院にいた女の子に言い寄られた時、顔を真っ赤にして「は、はぁ?お前みたいなブス興味ねぇし!」とかなんとかいって泣かせてたしなー。冷静にこんなこと言えるような人じゃないはずだけどなー。

 メルビスの語りは、登場人物……特にニャータに対する感情とかは結構濁してたけど……普通気付くよね?


「ニャータって結構グイグイいくタイプなんだね」

「ん? まぁ誰にでもあるからな。初恋なんてのは」

「え?」

「ん?」


 なんか噛み合ってないな。やっぱりわかっててこの反応をしてるわけではなさそうだ。

 取り合えずどこまで理解してるのか確かめようか。誘拐犯から救った女の子がメルビスだったことはわかってるよね?


「いやぁー、まさかあの時の女の子だったとは思わなかったよー」

「そうだな、当時は髪も降ろしてたし、まさかお嬢様だった女の子が剣士になってるなんてな」


 ニャータはそう言いながらメルビスの方に笑いかける。


 わかってるよね? だったらなんであんなに平然と「初恋だったわけか」なんて言えるんだろ?

 昔は昔、今は今みたいな? さっきからメルビスは顔を真っ赤にして硬直してるし。


「メルビスは、今ボーイフレンドとかいる?」

「え? い……いないわ……あ、い、いないぞ?」


 動揺してる。口調が変だ。多分、プライベートではあんなに堅苦しい話し方ではないんだろう。


「まぁ、この街男いないし、中々そんな機会もないだろ」


 ニャータは普通に会話にも混ざってくる。

 うーん……とにかく、ニャータはメルビスに好意を寄せられてることは絶対わかってないな。何でそうなるのかはよくわからないけど、間違いない。


「ニャータっていまガールフレンドいたっけ?」

「お? 嫌味か? こんのやろぉおお!!」


 そういって僕の首元に腕を絡め、反対の手で僕の頭を「うりゃうりゃ」と不思議な擬音と共にぐりぐりしてきた。


「嫌味って……俺もいないよ」

「今は、だろ? お前も隅に置けないやつだよ……な!」


 最後の「な!」のセリフと同時に、いい加減に俺を突き飛ばす。


 わかった。このおバカな魔導士は、勘違いをしているようだ。どんな解釈をしたのかはわからないけど――――多分、メルビスが好きなのは僕だと思ってる。


 確かにメルビスはニャータについての部分は深く触れないように話していたと思う。それに、僕が最初に誘拐犯に気づいたことに凄く感謝していた。

 これは推測だけど、そこの部分でニャータは間違ったのだろう。

 ニャータはそこから推測して、"メルビスは自分じゃなくてデュアンに惚れた"と解釈した。そんなところだろうか。


 そして、メルビスも勘違いされていることに気づいたのか、さっきから遠い目で一点を見つめている。目の下には液体が溜まっており、時間が経つにつれて量が増えている。

 無理もない、恐らく別れてからずっとニャータを思っていたのだろう。

 平静を装って話しかけに来たが気づいてもらえず、そのことがショックで何も手に着かず一人集合場所に佇み、勇気を振り絞ってニャータに思いを伝えるが、伝わらないどころか勘違いされる……流石に考え過ぎかな?


 思いの伝え方に問題は有っただろうけど、本来ならニャータも理解できたはずだ。でもそこに"僕に惚れた"という選択肢が出ちゃったばっかりに現在のような状況に至ってしまった――――もう言ってしまおうか、このままにしておいてこじれると良くない気がする。


「ニャータ違うよ、メルビスは―――」


 バァーン!!

 凄まじい轟音がここら一帯に鳴り響いた。音のした方向の壁が魔獣によって破壊されたのを確認する。


「お、おい、なんだ!?」


 近くまで来ていたレイドが声を上げる。

 周囲の建物の時計で時間を確認すると、集合時間まで残り3分を切っていた。三番隊の団員も集まりだしており、皆が一瞬驚いた様子を見せるが、すぐにこちらに向かって走りだした。流石だ、統率が取れている。


「メルビス! お前は三番隊をまとめて状況に応じて行動しろ! 悪いが別行動だ、デュアンとレイドはついてこい!」


 そう言ったニャータはこちらの動きを確認することなく突っ走る。僕は、どちらに着けばいいか逡巡しているレイドに「いいからついてきて!」と言ってニャータのもとへ走った。

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