第8話 女性の街

 サルティンローズ。女性至上主義の都市だ。規模は他の都市比較的小さく、ハンターの聖地"ペセイル"と比べると、半分くらいの大きさだろう。

 外壁は四角く切った石を積み重ねて作られている。ペセイルと比べると、綺麗に整っている印象だな。道も石できちんと舗装されている。

 住居はレンガ造りだったり木造だったり、そこの統一感はあまりない。


 俺達がここに到着したのは、ほんの数分前で、現時刻は4時だ。

 街の入口で門番をしていた人たちに話を聞くと、現在は広場で今回の作戦の大まかな概要や意識表明なんかをやっているらしい。


「あれか? 作戦会議っぽいのやってるな」

「ん? あの統一感のある防具を付けた人たち?」

「あぁ、あれが恐らくローズギルドの奴らだろう」


 ローズギルド、今でこそギルドを名乗っているが、昔は"薔薇の騎士団"と名乗って活動していた組織だ。


「この街の治安を維持してるんだっけ?」

「そうだ、女性のみが所属していて、統率も取れていると聞いている」

「へぇー、強いのかな?」

「まぁ、街一つの治安を維持するくらいだ。駆け出しの俺達より強い奴らは沢山いるだろうよ」


 恐らく、どの隊員も並みの中級ハンターほどの実力は備えているだろう。

 確か、全員で80人くらいのメンバーが所属していたっけな。


 そんな話をすると、赤い髪を低い位置で二つ結びにした女性……ではなく、デュアンが嬉しそうな顔をする。


「楽しみだね!」

「まぁな。にしてもお前、ツインテールはやめとかないか…?」


 そんな会話をしながら、その女性の園に近づく。

 デュアンは気分でよく髪型を変えるが、今日は何故かツインテールだ。これまで2回くらいあったが、なんでこんな時にツインテールなんだ……。

 見た限りチラホラと依頼を見て参加したであろうハンターたちの姿が確認できる。20人くらいは来てるかな? 緊急の依頼ではあったが、報酬の金額もあり、そこそこの人数は集まったようだ。見知った顔もいくつかあるな。


「よう、レイド」

「ん?…おお! お前らも参加するのか!」


 俺は、魔獣の皮で作られた装備を主体に構築している獣族に話しかける。そう、もう見知った顔となったレイドだ。


「あぁ、少々金が欲しくてな」

「へへ、俺もだ。なんてったって1メテラだもんな!」

「あぁ、それにこのギルドのメンバーに加わるわけだから、いくらか戦闘も楽だろう」


 こいつは獣族の中でもウォルテム族という種族。

 ウォルテム族は、体毛が全身を覆っており、耳は賢族よりも上の位置にあって性能も高く、身長は2mを超す。

 口元は出っ張っていて、野蛮な鋭い歯が並んでいる。グリムサイガを彷彿とさせるような口元だ。ツメも硬くするどい。


 獣族は魔導を使うのが苦手だし魔力総量も少ないため、戦闘スタイルはその強靭な肉体で相手を圧倒するというもの。

 そのポテンシャルは、強化魔導をふんだんに使用している時のデュアンとさほど変わらない。それだけでなく、似たような姿をした獣や魔獣と意思疎通をすることができ、場合によっては使役することも可能だ。


「お前がいるなら、この襲撃もいくらか安定するだろうな」

「へへ、そういってくれるのはうれしいねぇ。だが、ここのローズギルドの団長は、俺なんかの比じゃないくらいつえぇらしいぜ」


 団長か……。ハンターギルドで言うとギルドマスター。

 そのレベルになると、化け物のように強いと噂されているが、俺はギルドマスターの顔を拝見したことはない。


「団長か…そのレベルになると想像もできないな」

「なにやら、でっけぇ大剣を使うらしいが、その武器が伝説の武器らしいぞ?」


 伝説の武器…聞いたことがあるな。確かこの大地に7つ存在していて、その内の5つはすでに誰かが所有しているとか。作り話だと思っていたが、案外そうでもないのか?


 と、そこまで話したところで、この話にデュアンが入ってこないことに違和感を感じて、あたりを見回した。が、やはりいない。何度か注意深く見まわした結果…いた。


「あのばか…!」


 あいつは、例の団長に絡んでいた。それも大事なお話し中に。


「団長さん! 強いんですよね!? 俺と手合わせしてくれませんか!?」


 何考えてやがんだあの野郎! 襲撃前に死んじまったら元も子もねぇぞ!


「貴様! ローゼ様が大事な話をしている時になんたる無礼を!」


 ひゃあーー! まずい! 殺される!! お付きの者が憤慨しておられる!!

 とその時、団長が近づき、剣を突き付ける女兵士の前に腕を差し出し、やめるように合図を送った。


「貴殿は、依頼を見て駆けつけてくれたハンターか?」

「はい! そうです! お金を稼ぎに来ました!」


 あぁ、終わった。俺達のハンター生活は、ここで晒し首にされて終了です。お疲れさまでした。


「あっはっはっは! 面白い奴だ!」


 あれ? 笑ってる?――はぁ、良かった。団長様は人の上に立つのにふさわしい寛大なお心の持ち主だったようだ。


 その団長様の容姿は、俺とあまり変わらない程度の身長、髪は肩甲骨辺りまで伸びている長髪で、毛先は部分ごとに長さを横に揃えられている。髪色は真っ黒だが、瞳の色は赤く、目尻の位置がやや高い。唇の発色が非常に良く、大人の女性の魅力がひしひしと感じられる。


 そして、団長は笑った後、デュアンを凛々しい表情で見つめて、言葉を続ける。


「協力に感謝する。しかし、今は大事な演説の最中だ。それに、今は消耗は避けたい。すなぬが、今日の襲撃が終わった後にしてもらえるか?」

「そうですか…わかりました…」


 そう言ってしょんぼりするデュアンを数秒間見つめた後、団長が問いかける。


「貴殿、戦うのは好きか?」

「はい! 大好きです!」

 

 そのあと、数秒間の沈黙の後、団長はにこりと笑みを浮かべ、口を開いた。


「そうか、お前は強くなるだろう。保証するぞ。」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」


 デュアンが目を輝かせて礼を言ったところで、俺が後ろからデュアンを捕まえる。


「すみません、団長様。うちの者が無礼を働いたようで…」

「いや、構わん。いい仲間を持ったな」


 貫禄のある大人の女性からそういわれるのはなんだかうれしくなる。俺が褒められたわけじゃないが……それはデュアンも同じだったようで、二人して、パァ!!っと希望に満ちた笑みを浮かべた。

 数秒後、団長に少し困った顔をして「もう、いいか?」と言われたので、その顔のまま「はい!」と答えてその場を後にした。


「お前ら…すげぇな」


 遠くで肝を冷やしていたレイドが話しかけてくる。


「あの人、相当な実力者だな。」

「そうだね、貫禄がそこら辺の人とは全然違かったよ」

「そ、そう……なのか……」


 実際どのくらい強いのかはわからないが、沢山の修羅場を生き抜いてきたのだろうという事はわかった。いつかは俺達もああなりたいものだ。


 その後、演説が終わると、一人の少女がこちらに向かってきた。

 身長は俺より頭一つ分くらい小さく、金色の髪を高い位置で結んでツインテールにしており、前髪は自然に左右に流している。あまり髪は長くなく、結んだ髪は肩に届いていない。立ち姿はピシッと背筋を伸ばし、足もそろっている。模範的な兵士といったような様相だ。

 表情は硬く、笑っている顔があまり想像できないほどで、緑色の瞳を内包する目の輪郭はやや吊り上がっていて気が強いような印象を与える。


 装備は、全身しっかり魔導具で固めていて、下半身部分はスカートの様になっていて、スケスケだ。

 足は、太ももの半分くらいまでの厚く長いソックスを履いており、膝が隠れるくらいの長さの膝当型の魔導具を装着している。

 俺が容姿に見とれていると、その少女は俺達のすぐ前に立ち止まり、口を開いた。


「……貴様らは、今回の作戦において、私が指揮する三番隊に所属してもらう」

「…………」


 一言で言うと、荘厳。幼い体格にもかかわらず、とても大きな存在感を放っている。そんな少女に、屈強な男三人は、押し黙ってしまった。


「……聞いているのか?」


「あ、はい! 了解いたしました!」

「わかりました!」

「わ、わかったぜ!」


 三人で同時に返事をする。


 雰囲気につられて、変な口調になってしまった。他の二人も似たような感情を抱いたんだろうな。

 三番隊か、どんな人たちがいるんだろう。どんな戦い方をするのかも気になるな。勉強させてもらおう。


「貴様、その髪型はなんだ」

「…………」

「お前だ、赤いの」

「え! 俺ですか!?」


 「お前しかいないだろう」と俺は心の中でつぶやく。


「お前しかいないだろう」

「こ、この髪型は、今はそういう気分なのでこうなってます!」

「……そうか、まぁいい」


 なんだろう? 女性の隊員たちを煽っているように見られたのだろうか?

 てかこいつ髪長いな、低い位置のツインテールだが、肩甲骨のあたりまで届いてる。


「今から集まって作戦の確認をする。ついてこい」

「はっ!!」


 雰囲気に則って、気取った返事をしてみる。正直この感じは楽しい。普段このようなお堅いやり取りはないから新鮮なのだろう。まぁ、やりすぎると馬鹿にしているように思われてしまいそうだから、ほどほどにしておこう。



----------



「作戦は以上だ、時間になったら配置につけ」

「はっ!!」(団員達)


 団長の号令と共に、隊員が解散していく。


 作戦はこうだ。

 俺達が共に行動する三番隊の役割は、遊撃部隊。

 できるだけ戦況を把握し、隊のメンバー全員で固まって移動、他の隊の人手が足りないと感じた場合などに、隊長の指示に合わせてその都度支援する。

 四番隊も遊撃部隊のようで、三番隊が東側、四番隊が西側に分かれて行動する。


「――おい」


 団体行動を乱すと全体のスピードが落ちるため、見ず知らずのハンターを入れるのはあまりいい選択ではない。


「――おい」


 しかし、団長様は素晴らしいお方だ。俺達のやり取りを観察した結果、この三人なら大丈夫だと判断したそうだ。団長様の期待に応えさせていただきましょう!


「おい!」

「ひゃい!」


 三番隊の隊長がちょっと怖い顔をしている。


「何故無視をした」

「あぁ、すみません隊長。作戦を頭の中で復唱しておりました」

「……そうか。貴様ら、それぞれ得意な分野を教えろ」


 そう聞かれたので、デュアンの魔力総量が多い事、俺の魔力総量が少ない事、そしてそれぞれの得意分野と、実績についてを正直に話した。悪い人たちには見えないから隠す必要もなさそうだしな。レイドも同じように思ったのか、正直に話していた。


「そうか、わかった。それと……ニャータ、といったか?」

「はい、ニャータです」

「貴様、生まれは?」


 生まれ? なんでそんなこと聞くんだろう? 個人的に興味があるのかな?――ん? もしかして、一目惚れかな? あぁ、遂に俺の時代が到来してしまったか。


「テルセンタの近辺にあった小さい街です。現在は魔獣の襲撃により存在していません」

「……そうか、災難だったな。私はテルセンタの出身だ。そして、貴様と同じように魔力総量が少ない」


 あぁ、そういうことか。魔力総量が少ないというのと、目の色が緑色だったからか。テルセンタの人だろうとは思っていたけど、そっちから話しかけてくるとは。少し親近感が湧いたな。


「そうでしたか、お互い難儀な境遇ですね」

「あぁ、今回は共に頑張ろう」

「はい!」


 うーん、雰囲気に流されてるのと、隊長だから丁寧な言葉遣いで話してるけど、年下……だよな?凄いな、俺より若いのに隊長か……俺も頑張らなきゃな。



----------



 解散してから30分が経った。作戦開始時間まであと20分。

 今は、レイドとは一度別れ、屋台の食料を食い漁っている――――デュアンが。


「ニャータも食べなよ! これ美味しいよ!」

「いや、俺はいい。作戦中に腹下すのも嫌だからな」

「えーもったいないなー。ふぇふぇふぃふふぃふぁふぁいほ?」

「飲み込んでからしゃぺれ」


 俺がそういった後、デュアンはもぐもぐして、飲み込んでから再度話し始める。


「ペセイルにはないよ?」

「まぁそうだが、今食べなくても、作戦が終わってから受け取った報酬で食べればいいだろ」

「うーん、一理あるね」


 デュアンは納得したようだ。その後は、特にすることもないため、時間にはまだ早いが集合場所に向かう事にした。


「ん? あれは……」

「もうすでに誰かいるね」

「あれは、隊長か?」


 何だろう。一人で佇む姿は、先程のような荘厳な雰囲気ではなく、どこか寂しい雰囲気が漂っていた。哀愁という奴だろうか?


「友達居ないのかな?」

「お前それ本人に言うなよ?」


 まぁ普段からあのお堅い感じなんだったら孤立してしまうのも無理ないのかもしれない。よし、いっちょ話し相手になってあげよう。魔力総量が少ないことについても何か話したそうだったしな。


「こんにちは、隊長さん」


 俺達は後ろから声をかけて、二人で隊長を囲むように位置どった。


「……お前たちか。まだ時間ではないぞ」

「えぇ、そうなんですが、することもなくなってしまったので早めに来たのです」

「……そうか」

「そうなんですよ、隊長さん!」


 俺とデュアンで交互に話しかける。

 すると、デュアンが"植物をかたどった生地の中に甘いものが詰まったお菓子"を差し出した。おお、気が利くなデュアン。それは俺もさっき一つ食べたが、結構美味しかった。いいチョイスじゃないか?


「お一つどうですか?」

「――いらん」


 アァ―! 外した―!

 いや、諦めるのはまだはやい、何種類か差し出して好みを確かめてみろ! という気持ちが届くように、デュアンにバチンバチンとウインクを送るが……最悪なことになった。


「ぶーっ! あっはっはっはははは!!」

 

 俺の下手くそなウインクに大爆笑したデュアンは、先程隊長さんが突っぱねたお菓子を大噴射してしまった。

 デュアンはさっき突っぱねられた食べ物を直接口に放り込んでいたんだろう。そしていま、それは隊長さんの顔面に張り付いている。


「…………」


 隊長さんは何も言わない。拭う事もしない。一体どんな心境なんだろう。デュアンの笑い声は止む気配がない。

 これ、怒らせてしまったんじゃなかろうか。そう思いながらもどうすればいいかわからない俺は、ギューッとなっている心臓が爆発しないように押さえつけていたのだが、その瞬間に事は起こった。


「ぷっ! あはははは!」


 笑った。隊長さんが笑った。これには俺も驚いた。だって笑う顔が想像できなかったから。

 でも今は違う。素敵な笑顔だ。まるで一輪の花が咲いたかのような清々しい笑顔。俺とデュアンは数秒間あっけにとられたが、その後一緒に笑った。一気に距離が縮まったような気がした。


 そして、隊長さんはひとしきり笑った後、両腕を掲げて握りこぶしを作り、ジャンプしたかと思うと、俺たち二人に凄まじい拳骨をお見舞した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る