第二章 サルティンローズ 防衛戦
第7話 上級魔導書
「ねぇニャータ、なんでお金使っちゃったの?」
「上級魔導書が…あった…から…」
「ねぇニャータ、家賃分は残さないといけないよね?」
「でも、上級魔導書は初めて見たんだ…」
「ニャータ、どうするの」
「どうしよう…」
そう、俺達は今、金欠という重大な問題に瀕している。
師匠が故郷へ旅立ってから早250日ほどが経過した。
あれから、俺達は特に大きな功績をあげることなく、森周辺の比較的小型の魔獣を売りさばいて日銭を稼いでいた。
そして、その頑張って溜めたお金を一瞬で全部使ってしまった不届き物が現れた。
名前はニャータ。そう、俺だ。
しかし、お金の稼ぎどころに全く当てがないわけではない。
「ここいらで一発デカい稼ぎが必要だな」
「おぉ! 遂に強い魔獣討伐に行くの!?」
「いや違う、まずはこれを見てくれ」
デュアンに一枚の羊皮紙を見せる。
「至急、戦力求む?」
「そうだ、どうやら"サルティンローズ"が戦力を欲しているらしい。そして、参加した暁には豪華報酬がもらえる」
俺は、数日前に出会った少女から、この依頼の詳細を教えてもらっていた。
「うーんと……報酬、1メテラ!?」
「あぁ、最近、近くの森の食料が減少して、街への襲撃が多くなってるようだ。なにやら大きな襲撃の兆候が出ているらしい」
「でも俺達で大丈夫かな?」
正直全くわからん。でも今は、この上級魔導書がある!
「大丈夫、俺が上級魔導を習得すればな!」
「それ、本当に5メテラの価値あるんだろうね?」
「あるに決まってる! 俺を信じろ!」
俺達の全財産だった5メテラをはたいて購入したんだ、大丈夫じゃなきゃ困る。
因みに、ニードルテリスを売ると解体料とか差し引いて手元に残るのは45テラほど。
お金のレートは10000テラ=100アテラ=1メテラだ。つまり5メテラは50000テラとなる。
俺達は毎日のように森に出かけ、ニードルテリスや、それよりも少し大きい魔獣"ガードホグ","ドアウォウ"なんかを仕留めてギルドに売っていた。無理せず一日大体250から350テラくらい稼いでいた。
「はぁ、これまでの報酬で装備買おうとしたらダメって言ったのに。全てはこの上級魔導書を買うためだったんだね!」
「ちがっっ! 流石にそんなに前から計画なんか立てないって!」
「いつの間にか魔力貯蓄用の指輪二つ増えてるし…」
「いや、それはお前も了承しただろ…あと二つの内の一つはお前からのプレゼントだ」
グリムサイガ戦では、なんとか状況に恵まれて勝利を手にできたが、やはりあのレベルの魔獣にはそうそう立ち向かえるものではない。そして、更にショックだったのが俺の魔力の少なさだ。知ってはいたものの、あんなにあっさり魔力切れを起こすとは…。
レイドたちと一緒に狩りをするとかなり楽だったが、やはり二人だと役割に余裕がなくて大変だ。
「でもな、デュアンの攻撃ですらグリムサイガの肉にまで到達しなかったんだ。原因はたくさんあるんだろうが、上級魔導を習得すれば解決の糸口がつかめるかもしれないだろ?」
「……ニャータ」
デュアンは途端に真顔になり、いつもより低い声で俺の名を呼ぶ。
「なんだよ……?」
「ニャータあああああ!!!!」
「なんだよ暑苦しいな!!」
デュアンは突然叫んだと思ったら、俺めがけて突進し、抱き着いてきた。
「俺の事も考えてくれてたんだね…責めちゃってごめんーうぅ…ずずずっ」
「まぁ、衝動買いだったからそこまで考えてたわけじゃないけどな」
「ニャータああああああ!!!!」
情緒が不安定やつだ。
しかし、自分で言っていてそうだと思う。なにか、中級以上の魔獣の肉体を切断できるようになれる情報が書いてあるかもしれない。
そうとわかったらさっさと家に帰って読んでしまおう。俺は鼻水を垂らしながら身体を揺すり続けるデュアンをはがしてギルドの出口へ向かう。
「ニャータ? どこいくの?」
「帰ってこの魔導書を読んじまおう。サルティンローズの招集は22日後だからな」
「サルティンローズまではどのくらいかかるの?」
「馬車で20日ほどかな」
サルティンローズは、賢族領の都市の中で最も東に配置されている都市だから、かなり遠い。
「えぇ! 今日含めて二日しかないじゃない!」
「そうだ、だから急ぐぞ。お前は今から魔獣を狩って来い。馬車代がないんじゃ馬車に乗れないからな」
「いくら稼げばいい?」
「300テラくらいかな」
「わかった! 500テラ稼ぐ!」
自信満々にそういって走って行ってしまった。
変に息巻いて強敵に遭遇しちまったりしないだろうな? まぁ、あいつもばかじゃない。とにかく今は魔導書を読むことに集中しよう。
----------
魔導にはいくつか種類がある。
まずは刻印発動法、主に魔導具に使用される技術で、刻印によって魔力を込めた時に発動する効果をあらかじめ決めておくことが出来る発動法だ。これは、魔導を発動するプロセスを簡略化するメリットがあるが、刻印されていることより多くのことをすることができないというデメリットもある。
二つ目は命令発動法、これは俺達が使用している方法だ。脳から複雑な命令を魔力に送ることで属性を付与したり、魔導活用法を使用することが出来る。
三つ目は音波発動法、特定の音波を流すと、周囲の空気中の魔力がそれに対応した魔導を発動させる。周囲の魔力を使用するため、環境次第でかなり強大な力を発揮でき、本人の魔力総量は関係がない。
しかし、その音波は非常に特殊な発声法を必要とするため、特定の種族や魔獣のみが使用しているらしい。そして、その発声法は一応賢族の使用例も確認されているようだ。しかし、難易度が高いことと、文字を介して伝授することが非常に困難なため、習得した人物に直接教えを請う必要があるらしい。
「アァー↑ ファアー!! ラァーー!!」
上級魔導書には、この音波発動法の概念と発声法を5ページほどで記している。俺はこのページを熟読しながら発声を試すが、不協和音が奏でられるばかりだ。
本人の魔力を使用しないというのは俺にとってとても魅力的だが、本にも書いてあるように独学で習得するのは難しそうだ。まして、今は時間がない、音波発動法は今後ゆっくり学ぶことにして、他のページに移ろう。
「うーん、威力が上昇するような魔導はないなぁー」
ある程度流しながらページをめくっていると、興味深い内容を発見した。それは、魔導崩しというものだ。
この世界のありとあらゆる生物は魔力を使っている。俺達の種族、賢族の様に命令発動法を使用して魔導を発動している生物もいれば、特に意識して魔導を発動させずに、生まれつきの特性として常に強化魔導を使用していたり。
魔獣もそうだ。グリムサイガとの闘いの時、俺はぶっ倒れていたから、なぜそうなったのかは見ていないが、森が燃えていた。デュアンの話によるとこれはグリムサイガが"燃焼属性の放出魔導"を使用したことによるものだったらしい。
というように、この世界において魔導は生命力に直結する。そんな魔導を崩すというのは、かなり有効な手段になる気がする。例えば、上位の魔獣は基本的に強化魔導によって肉質が異常に硬いが、強化魔導を崩したのならば、それなりの剣術使いならば肉を断ち切ることも可能だろう。
-数刻後-
「ただいまー!」
「……。」
「ただいまーーー!!!!」
「聴こえてるよ。おかえり」
デュアンは、帰って来た時に返事をしないといつも返事をするまで大声で「ただいま」を連呼する。
「冷たいなー、まぁいいや。ほら、300テラ稼いだよ」
「500テラ稼ぐんじゃなかったのか?」
「500テラの代わりに、俺の首を渡されることになってもいいんなら、無理してでも稼いできたけどね」
「自制が効くようになったな、いいことだ」
そんな会話をした後に、俺はとあることを試そうと思った。
「俺に放出魔導を使ってみてくれ」
「え? いいの?」
「あぁ、ドーンとこい!!」
少し戸惑っていたが、数秒したら放出魔導を使用する構えをとった。
「じゃあいくよ……!」
「……こい!」
―――しかし、数秒立っても放出魔導が使用されることはなかった。
「あれ? なんで!?」
「成功だな」
「え? 成功? 失敗じゃなくて?」
「あぁ、成功だ。放出魔導が出せなかったのは、俺がさせなかったからだ」
そう言うと、デュアンは「え!どういうこと!?」と目を見開いて興味津々に俺に問いかける。
デュアンが放出魔導を出せなかったのは、俺が"魔導崩し"を行ったからだ。
俺はコホン、と咳ばらいをして、このことをデュアンに伝える。
「上級魔導書より、魔導崩しを習得した」
「……魔導崩し?」
俺は、"魔導崩し"が何なのかわからないといった顔をするデュアンに、魔導崩しの概念を説明する。
「魔導を発動する瞬間は集中が必要だろ?」
デュアンは、そんなの当たり前だろというような表情で「そうだね?」と言う。
「集中が途切れた場合、魔導はどうなる?」
「発動しないよ?」
俺は、そうなる理由が"空気中に浮いているだけの魔力が、構築された魔導を散らしてしまう"からだと説明した。
デュアンは数秒の思案の後、「だからなに?」といった表情で、俺の次の言葉を待つ。
「つまり、相手が集中していても、俺が遠隔魔導で強い魔力の流れを作ることで、構築した魔導が崩されてしまうんだ。これを魔導崩しというらしい」
軽快なテンポで"魔導崩し"について説明をし終えると、急にデュアンは黙ってしまった。
「……どうした?」
「ずるい!!」
そういって、デュアンは俺の身体を無言で揺さぶる。
「そんなことをしたら魔導を使えないじゃないか!!」
「落ち着け、散らされないようにさらに集中すればいい」
「難しいよそんなの。散らされてる感覚なんてないんだから」
そうだろう。感覚がないんじゃ、どう維持すればいいのかなんてわからない。
じゃあどうするか?――答えは一つ、感覚がわかるまで繰り返し練習するしかない。
「それは、今からサルティンローズに向かうまで、馬車で俺と勝負し続ければいい。魔導書によると、上位の魔獣はこの魔導崩しをしてくる種族も沢山いるそうだ。だから、俺は崩す練習をして、デュアンは崩されない練習をする」
そういうと、デュアンは俺の発言を脳内で噛み砕く。
数秒後、デュアンは理解したのだろう。
瞳を輝かせて、俺に賞賛の言葉を贈る。
「なるほど……流石ニャータ! 効率的じゃないか!」
「ふふん、俺にかかればこんなの屁でもないぜ」
「まぁでも、5メテラも払ったし、これくらいはやって貰わないとね」
5メテラ、それは俺達初級冒険者にとっては、簡単に集まるような額ではないのだ。
俺は、いたたまれない気持ちになり、素直に返事をする。
「はい……」
その後、装備や寒期の為に蓄えていた食料を大きな麻袋に詰めて、旅の支度をした。
二日後、俺とデュアンはサルティンローズ行きの馬車を捕まえ、380テラを支払い、馬車に乗り込んだ。
「カッセルポートからここへ来たとき以来だね!」
「そうだな、楽しみだ」
サルティンローズへ行く途中、アルセンタに一旦寄って補給をしたりしたが、それはまた別の話である。
---馬車にて---
「アァー↑↑」
「ヒャー↑↑」
「ラァーーー!!!!」
「サァー↑↑」
俺達は、馬車で"音波発動法"の練習をしている。
もっとも、練習にすらなっていないが。
「今、魔導発動しなかった!?」
「してない」
そんな会話をしていると、馬車を引いているおじちゃんがこちらに話しかけてきた。
「あんちゃんたち、吟遊詩人にでもなるつもりかい?」
その問いに、俺達は同時に返事をする。
「違います!」
「違うよ!」
それから数日後、無事サルティンローズへ到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます