第4話 洞窟調査

「もう、あれから数十日が経ったんだね」

「そうだな」


 俺達が英雄となったグリムサイガ討伐。

 全力を振り絞った最後の一撃は、見事命中して魔獣の前身の骨を砕いたようだ。


 あの後、俺はその場で魔力切れを起こし気絶した。

 デュアンは自分の切断された断面を完全に治癒することなく止血にとどめ、出血が酷かった俺の頭部を治療したことで魔力切れになって気絶していたらしい。

 デュアンの切断された腕については、目覚めた後、救助に来た討伐隊の人達に腕をくっつけてもらっていた。


 俺が理由を知らなかった「火事」についてだが、どうやらあの魔獣が燃焼属性の放出魔導を使ったらしい。

 何とかその攻撃を避けて灰になるのは免れたらしいが、放出魔導を避けるなんてな。流石の身体能力だ。


 討伐隊の人達は、辺りの火事を氷結魔導で何とか鎮火した後、何が起こったのかを聞いてきた。

 俺が、どうやって魔獣を瀕死に追いやったかを丁寧に語ると、「英雄譚の序章でも聞かされているかのようだ」と称賛の意を示した。

 そこで、あの魔獣が「初級/上位」に分類され、「グリムサイガ」と呼ばれている魔獣だと知らされた。

 つまり、この魔獣は俺達が「レッタの森」へ行く前に、ティーゼットさんに「強いからまだ早い」と言われた依頼の討伐対象だったのだ。


「まさか、あの魔獣がグリムサイガだったなんてね!」

「あぁ、そしてあいつが『初級/上位』だって言うのもな」


 そう、あいつで「初級」の魔獣なのだ。

 この先、一体どうなるのやら。


 俺達は、討伐隊の人達にもてはやされた後、助けた女性から大変感謝された。 

 その女性の話によると、小さい女の子は妹で、亡くなった母の墓に花を添えに来ていたらしい。

 グリムサイガの出没を受けて、お墓に行けなくなったことで妹がぐずり、喧嘩に発展してしまったことが発端だそうだ。

 その喧嘩の後、妹が黙って一人でお墓に行ってしまったのを姉が追いかけて、あぁなったと。


 あの魔獣は浅森のい所にいた為に早急な対処が必要として、翌日に討伐が行われる予定だったが、討伐隊の主戦力が遠征に向かっており、編成に難色を示していたのだそうだ。


 討伐隊に抱えられ、捕縛されたグリムサイガと共に帰ってきたときは、ティーゼットさんもかなり心配していたようで、俺達の無事を確認すると、優しく抱擁してくれた。


 その後、俺達がグリムサイガを討伐したと言ったら、開いた口が塞がらないといった様子だった。

 グリムサイガの強さは、中級ハンターが5人程度でやっと安全に倒せるレベルとのこと。

 まさか登録初日の俺達が倒すなんて想像もしてなかったのだろう。

 グリムサイガの討伐に向かったわけじゃないので当然なのだが。


 当時の事を誇らしく語っていると、一人の女性が俺達の元へ歩いてきた。


「あんたたち、まだ表に出してない依頼があるんだけど。受けて見ない?」


 ティーゼットさんだ。

 彼女は、依頼内容が書かれた紙を片手に話しかけてきた。



----------



「デュアン、離れるなよ?」

「ニャータ、こわいの?」

「まぁ、怖いっちゃ怖いな。はぐれたタイミングで未知の魔獣が襲ってきたらどうなるかわからん」


 俺達はいま、洞窟の調査へ赴いている。

 グリムサイガを討伐した功績を称えて、ささやかな称賛と報酬を受け取った数日後、一つの依頼を頼まれた。

 その内容が「新しく発見された洞窟の調査」だったのだ。


 普通なら、そんな依頼は駆け出しの俺達に任せられるようなものではないが、ティーゼットさんのはからいで、依頼を掲示板に貼る前に回してくれたのだ。


「にしても、この洞窟結構広いな……」

「そうだね、でも特に何か魔獣が襲ってくる気配もないし、安全なんじゃない?」

「まぁ、そうだとしてもしっかり奥まで確認しないと」


 この洞窟は俺達の拠点"ぺセイル"の北東の森、"レッタの森"の比較的浅い所に発見された。

 どうやら、これまではただの魔獣の巣だと思われていて、中を調査しようとはだれも思わなかったそうだ。


 最近、その魔獣が増えすぎて生態系を脅かし始めているという理由で討伐がなされたが、想像以上に広い洞窟だったので念の為調査するように依頼が出されたというわけだ。

 どうやら、軽く中を拝見すると、「魔導金属」の鉱脈が発見されたのだという。


 今回の依頼の主な内容は主に三つだ。

 魔獣の残党が居れば討伐か報告。

 魔導金属の純度を計測する為のサンプルの採取。

 内部の地図の作成。


 どうやら、ネズミのような魔獣の巣だったそうだが、恐らく残党はいないだろうという事で、あまり詳しい説明はなされなかった。


「にしても、ニャータ神々しいね」

「それはお前も同じだろ」


 俺達は、強化魔導に光属性を付与して、発光している。

 通常は遠隔魔導や生成魔導で光の玉を形成したりするだが、デュアンが過去にこの方法で発光していたのがツボに入って、大爆笑したこときっかけで、俺達はいつもこのスタイルで行くことにしている。

 意外にも、位置が把握しやすかったり、明るさの調整がしやすかったりと実用性に関する利点があることも証明されている。


 しかし、この手法で発光する必要性はない。

 実際の所、ただのユーモアだ。


 すると、前を歩くデュアンがこちらに振り返った。


「ん?……ニャータ、何か光ってるよ?」


 ニャータが何かを発見したようなので、俺が前に出てそれを拝見する。


「おぉ……! これが魔導金属の鉱脈か!」


 これが、話に聞いていた魔導金属か。

 実物を見たのは始めてだ。


「魔導金属……?」


 俺が、神々しい青白い色を放つ鉱石を硬骨な表情で眺めていると、視界の右端でデュアンが腰に手を当てながら首を傾げた。


「前に教えたろ? 魔導金属は、魔導具の主な素材になる"魔道合金"の元になる金属だ」


 そう言えば、ティーゼットさんが話をし始めた時、トイレに行くと言って席を外していたか。

 その後、俺も特に説明をしなかったのを思い出した。


 魔導金属は、魔力を蓄えたり、取り出したり出来る。

 そして、その性能は純度に比例して向上する。

 最終的には他の金属と混ざることになるが、純度次第で混ぜられる金属が異なるのだ。


 俺は、その魔導金属の解説と今回の依頼の目的をデュアンに説明してから、仕事に取り掛かる。


「取り合えず、サンプルとして掘るから、一応見張っておいてくれ」


 そう言って、ギルドからあらかじめ支給されていたたがねつちで鉱石を掘り出す。


「ニャータ……!」


 俺が慎重に鉱石を削りだしていると、横からデュアンがちょっかいをかけるように名を呼ぶ。


「なんだよ、今集中してるから待ってくれ」

「ニャータってば!!」


 焦りを感じた。

 どうやらふざけているわけではないらしい。


 俺はデュアンが見ている方向を凝視する。


「ん?――」


 そこには、体長3mほどの口が大きいネズミのような様相の魔獣が、うじゃうじゃとこちらを覗いていた。

 ――カランッ! 思わず持っていた鏨と槌を落としてしまう。


「ニャータどうするの!?」

「ま、待て、考える……!」


 どうする!? こんなの袋のネズミじゃないか!――


「ククク……」


 俺は、意図しないシャレに思わず声を押し殺しながら笑ってしまう。


「ニャータなに笑ってるの!? そんな場合じゃないでしょ!?」


 そうだった。っていうかこいつらどれくらい強いんだ?

 この洞窟は森の浅い所にあるから、手が出せないほど強いとは思えないが……。


「強さが未知数だ、一発殴って確かめる――」


 バキッ! 殴った一匹が気絶した……か、死んだ。

 普通にダメージは通っている。これなら絶望的ではないだろう。


「デュアン、氷結属性の放出魔導で氷漬けにしちまえ!」

「わかった!……はぁっ!」


 デュアンが力むと、一直線に極冷の冷気が高速で駆け抜ける。

 巨大ネズミたちはその冷気によって、見事に氷漬けになった。


「ふぅ、危なかったね」


 そう言って、デュアンが爽やかに語り掛けてくる。

 しかし、かなりの数だった。


 探索こぼしでもあったのだろうか。

 その辺の調査も並行して行うことにした。


「あぁ、恐らくこの先もこいつらが出てくるだろう。その時は頼んだぞ」

「任せて!」


 その後、魔導金属のサンプルを採取したから通路の突き当りまで行って地図を書き、何もない事を確認した。

 俺達は一度引き返し、違う分岐路へ進んでいく。


「こっちにはなにもなさそうだね」

「あぁ、引き返そ……ん?」


 どたどたと足音が聞こえる。

 現在、袋小路となっている突き当りの場所にいるが、その左の方から音が聴こえる。


「デュアン、足音聴こえないか?」

「ん?……あ、ほんとだ。聴こえる」


 恐らく巨大ネズミの足跡だと思うが……だとしたら駆除する必要がある。

 音はそれほど遠くない為、壊せば発見できそうだ。


「よし、ここは俺が第三の腕で……!」


 バゴン! バゴン!


 剛腕の魔導具で何度か思い切り壁を殴ると、壁が崩れ、その先に通路が現れた。


「やっぱりか。ここを辿って行けば、巨大ネズミの本拠地まで辿り着けるかもな」

「おぉ! だったら、根こそぎ氷漬けにしちゃおう!」


 魔獣がいた場合は極力討伐をお願いされている。

 それに、依頼料とは別に素材は買い取ってくれるそうだ。

 こんな量は持ち運べないから、調査終了の報告のついでに回収を要請をしよう。


 その後、発見した通路を辿っていくと、最奥には、一際大きなネズミがおり、その魔獣を守護するようにネズミたちが徘徊している。


「あれがボスかな? どうする、ニャータ?」


 デュアンが、こちらを向きながら指示を煽る。


 体長10mほどはあるだろうか? グリムサイガを彷彿とさせる大きさには少し臆してしまう。

 しかし、こいつはグリムサイガほど強くはないはずだ。


「どうするも何も、全員まとめて氷漬けだ!」

「わかった! いくよーっ!!」


 次の瞬間、ボスと思しきネズミがこちらに反応し、一気に飛び掛かってきた。


「――なっ!?」


 デュアンがそれに驚き、手を止めようとする。 


「デュアン止めるな! こいつは俺が何とかする!」


 そう言って、俺は大きく開いた魔獣の口の中めがけて、第三の腕を飛ばす。

 中に入ったのを確認したら、更に回転を加えて腹の中にねじ込む。

 そして、硬度属性を付与した放出魔導を一気に放出する――――ボカン!

 とても大きく鈍い破裂音と共に巨大ネズミは爆散し、ビチャビチャと血液と細かな肉塊をまき散らした。


「ふぅ。デカい敵にはこういう技が有効みたいだな」

「ニャータ見て! あれ!」


 そういって神々しく光っているデュアンが右方向を指をさす。

 俺はその方向に目をやると……思わず目を疑った。


「なんだ……これ」


 そこには、さっき見つけた魔導金属の鉱脈よりもはるかに大きい鉱脈が空間の外側を覆う様にびっしりと青白い輝きを放っていた。


「こりゃ……大金星だな」


 その後、サンプルを採集して、俺達は他の道を探索した。

 魔導金属の鉱脈は他にも数か所見つかったが、あの鉱脈を超える大きさのものは見つからなかった。

 全ての通路を調べ終えると、俺達は洞窟をあとにしてギルドへ帰還した。


「はい、これが魔導金属のサンプルと地図です」


 俺達は、帰還するとティーゼットさんの元まで歩いていき、成果を発表する。


「え!? こんなに!?」


 流石にあの量は予想外だったようで、ティーゼットさんもかなり驚いていた。

 話を聞くと、どうやら何もないだろうと踏んでいたようだ。

 簡単な仕事で俺達に依頼料だけ払ってあげようと思っていたらしい。

 この人、結構世話焼きだな。惚れてしまいそうだ。


 その後、魔獣の回収を頼んで、増額された依頼料「1メテラ」を受け取り、その場をあとにした。


----------


「いい稼ぎになったねー!」

「そうだな、しばらくはこれでのんびりできそうだ」

「ダメだよニャータ! 出来るだけ稼がないと! 新しい装備も買いたいし!」


 新しい装備か……。

 俺の、いたずらに大きい腕と兜もいつかは買い換えたい。


 因みに、洞窟を見つけた場合、その洞窟の所有権はハンターギルドが貰うことになる。

 何故なら、賢族領の全ての領域は基本的にペセイルが所有、管理しているからだ。

 だから、洞窟などの財産となりうる構造物を発見した場合は、正直に申告しないと犯罪とみなされて牢獄行きとなる。


 しかし、何も報酬がないと申告するのを躊躇ためらう人もでてくるだろう。

 そういう理由もあり、発見した洞窟を申告した場合は、一律で1メテラが支給されることになっている。

 この世界の通貨の単位は"テラ"、"アテラ"、"メテラ"の三種類があり、レートは10000テラ=10アテラ=1メテラとなっている。


 グリムサイガの討伐報酬は、依頼者からの報酬とは別に、ギルドからも報酬がでた。

 討伐隊の編成に難航しており、被害者を出す確率も高い状態で臨むことになってしまいそうだったことが理由だそうだ。


 依頼報酬が「60アテラ」、ギルドからの報酬はグリムサイガの素材の買い取り値段込みで「80アテラ」だった。

 そこに、ティーゼットさんが自腹で「10アテラ」の色を付けてくれた。約束でしたからね。


「今回の報酬で1メテラ。この前のグリムサイガで1メテラと40アテラ。その他諸々で、手持ちは3メテラ弱くらいか」


 グリムサイガの一件から30日程立ったが、毎日控え目の依頼と魔獣の討伐で日銭をコツコツと稼いでいた。


「3メテラかぁ、装備を買うにはもうちょっと貯めておきたいね」

「まぁそんなにいい物買わなければ全然買えるけどな」

「だったら、ニャータの魔力貯蓄用の指輪を一個買おうよ!」


 確かに、俺の魔力は少なすぎるから、魔力貯蓄用の魔導具はいくらでも欲しい。

 高級な魔力貯蓄用魔導具だと、10メテラ以上したりもするが、中の下くらいのランクの物だと50アテラくらいから買える。


 しかし、強さを求める為にお金が必要……か。

 難儀だな。特に、デュアンには非常に申し訳ない。


「悪いな。俺のせいでお前の装備はもう暫く後になりそうだ」

「別に気にすることないよ。グリムサイガとの戦闘だって、俺はトドメを刺すことはできなかったんだから。もっと自信持ってよ」


 以外にも、理論的に称賛してくれた。

 中途半端な励ましは余計に気づ付けたりもするが、こういった根拠をしっかりと提示してくれるならば大歓迎だ。


「そうだな。ゆくゆくは中級魔獣にも挑戦することになるだろうし、今は魔導具をそろえることに専念した方がいいのかもしれない」

「将来的にはニャータ全部の指に指輪してるんだろうなー、あと腕輪に首飾り……」

「何か嫌だな、それ」


 そんな会話をしていると、ボスンッと鈍い足音を立てて俺達の前に巨漢が立ちふさがる。


「なぁ、お前ら。儲け話に興味はねぇか?」


 その屈強な男は、魔獣の皮で作られた装備を主体に構築している。

 その荒々しい印象に思わず警戒して押し黙っていると、それを察したのか、自分から自己紹介を始めた。


「俺の名前はレイド、ウォルテム族だ」


 その男は、簡潔でわかりやすい自己紹介をしてくる。


 ――ウォルテム族。獣族に類する種族だ。

 その種族は、「賢族領」の北に位置する「神樹の森」という領域の南西側にある「獣族領」に住んでいる。

 獣族と賢族は密接な関係にあり、賢族領と獣族領はほぼ隣接しているほど近い。


 獣族は、その中でも多様な種類がいる。

 違う種類の獣族でも一緒に暮らしていたり、仲が悪い種類の部族があったりするらしい。

 ウォルテム族は賢族との繋がりも深いため、ハンターギルドにも珍しくない程度には見かける種族だ。


 容姿は、全身を体毛が覆っており、狼という「初級/下位」の魔獣がそのまま二足歩行になったような印象を受ける。


「ウォルテム族か……で、儲け話ってのは何なんだ?」

「お、乗り気か? いいねぇ」


 その雄々しい男は、儲け話の概要を説明しだした。

 内容は、簡潔に言うと「鳥型の中級魔獣の討伐」というもの。


 その中級魔獣は、ハンターたちを攫っては金目の物を剥ぎ取って巣に持っていく習性があるらしい。

 儲け話っていうのは、その魔獣を討伐して、奪われた金目の物を売り払うというものだ。


「中級魔獣か……」


 二人で「初級/上位」の魔獣がぎりぎりだった。

 三人いれば、「中級/下位」ならもしかすれば討伐も可能かもしれないが、それはこいつの実力にもよるだろう。


「階級はわかるのか?」

「下位だ」


 ならば、一考の余地はあるだろう。

 ウォルテム族の特徴は、素の肉体だ。

 魔力が少なく、その扱いに長けているという事もないウォルテム族がこの世界で生きていけているのは、素の肉体が強靭だからというのに尽きる。

 その実態は、デュアンの本気の出力には及ばないものの、強化魔導なしでデュアンの出力70%くらいと同等の動きはできる程のものになっている。それだけでなく、鼻や耳の性能も高い。

 勿論、獣族の中のウォルテム族がそうなだけで合って、他の違う種類の獣族であれば優れている点も変わってくる。

 しかし、獣族全体で見ても、やはり魔力総量は賢族に比べて低い傾向にある。


 そんなウォルテム族と共闘するのであれば、作戦によっては勝算があるかもしれない。


「作戦はあるのか?」

「そんなのねぇよ」


 俺が策の有無を問うと、その男は即答した。


 作戦、無いのか……。

 流石になんの作戦もなしに突っ込んでも俺達の金目の物を奪われて終わるだろう。

 ついでに命まで取られることになる。


 それに、標的は鳥型の魔獣という。

 空を飛べる魔獣相手に為す術があるとでもいうのだろうか?


「作戦なしでは難しいだろう。それに、奴は鳥型の魔獣なんだろ? お前は空を飛ぶことができるのか?」

「そりゃ無理だな。でもよ、鳥型の魔獣ってのは戦闘力自体はそんなに高くないんだぜ?」


 その男は、手を横に広げながら説得材料を提供してくる。


 ――鳥型の魔獣。

 それは俺たちがこれまでに戦闘経験のない魔獣だ。


 しかし、戦闘力自体は高くないという話は少し興味がある。


「そうなのか?」

「あぁ、あいつらの長所は、空を飛べることにある。有利な位置で相手を一方的になぶるのが鳥型の魔獣のやり方だ」

「そうか、じゃあ無理だな」


 有利な位置を取って戦うというのは賢族も同じだが、賢族は空を飛べないだろう。少なくとも俺やデュアンは飛べない。

 しかし、「中級/下位」か……。ステップアップするには打ってつけなんだよなぁ。

 デュアンは放出魔導が得意だし、上手くあてることができれば倒せるのだろうか……。


「まぁでも、作戦を考える価値はありそうだ。レイド、この儲け話、乗らせてもらう」

「そうこなくっちゃな!」


 俺とデュアンはその後自己紹介をして、お互いに握手を交わした。


 ギルドの入り口付近でたむろしていた俺達は、作戦を練るためにギルド内へ引き返し、ティーゼットさんに情報を聞いてみることにした。

 ティーゼットさんを含めた受付のお姉さん達は、賢族領の外側に広がる森「レッタの森」という場所に関して、多様な知識を有している。

 過去に討伐した記録とかも資料としてギルドが保管しているから、そう言うのも持ってきて詳しく教えてくれる。

 ギルドに登録した場合の大きな特典の一つだな。


「すいません、ティーゼットさん。『中級/下位』の鳥型魔獣の情報を教えてください」

「あらニャータ、今日はやる気があるのね。ちょっと待ってて、今該当する資料を持ってくるわ」


 そう言って、受付カウンターの後ろにある階段を降りて行った。


「楽しみだね! ニャータ! 初めての中級魔獣だよ!?」

「まぁ落ち着け、いい作戦が練れなければ討伐には行かない」

「えぇー! 僕たちだったらいけるよ! 今回は、ウォルテム族の人だっているんだし……」


 そう言って、デュアンはレイドの方へ視線をやる。


「なぁ、デュアンだったか? 気軽にレイドって呼んでくれていいんだぜ?」


 デュアンは素直だし良い奴だが、社交性が高いとは言い難い。

 レイドの話も隣で聞いていたし、何度かレイドと会話もしていた。


 しかし、レイドはデュアンのテンションに任せたような会話に困惑する様子も伺えた。

 デュアンも、意思疎通が上手くいかないことで、関係の間合いを掴みそこなったような感じだ。

 結局、他人行儀極まりないような感じになってしまっている。


 今度その辺の作法も教えてやるか。教えればすぐに理解できるだろう。


「はい、ニャータ。持ってきたわよ」


 デュアンとレイドのぎこちない会話を聞いていると、ティーゼットさんがかなりの量の資料を持ってきた。


「ありがとうティーゼットさん……レイド、どれかわかるか?」

「うーん、俺は賢族の言葉を喋れるが、字は読めねぇからなぁ……」


 ティーゼットさんが持ってきた資料は、紙を紐で括って一つの束にしたものだった。

 そして、それが30束ほどある。

 その資料には、一応容姿の特徴を捉えた絵が書かれていたが、余程容姿が特徴的でもない限り、字が読めなければはっきりと「これだ」とは言えないだろう。


「俺達が探している魔獣は、ハンターが所持している金目の物を剥ぎ取る習性があるようですが、絞れますか?」

「あぁ、だったらこいつね」


 習性の情報を与えると、ティーゼットさんはすぐに絞ってくれた。

 魔獣の名称は「スナッチクロウ」と呼ばれているそうだ。

 資料に記された情報によると、比較的知能が高いようだ。

 時には標的を罠に嵌めたり、気づかれないように上空から追尾して、隙を見つけて攻撃を仕掛けたりするらしい。


「厄介な魔獣だな……」

「えぇ、この魔獣は新参にとって脅威となっているわ」


 与えられた資料を見る限り、対処に難色を示す理由がすぐにわかった。

 巣の場所が高い木の上にあり、戦闘の際も不用意に近づかないなど、隙が少ないようだ。


「ニャータ、作戦は思いつきそうか?」


 俺が、その10枚ほどある資料を一枚一枚しっかりと読んでいると、痺れを切らしたレイドが質問をしてきた。


「ニャータなら大丈夫だよ! こういうのは得意なんだ!」


 デュアンがそう返事をする。

 俺の話となると、デュアンは饒舌に話す気がする。


 そんなデュアンの話をやや面倒くさそうに聞いているレイドの会話が時々耳に入ってくる。

 

 外野がうるさいな。


 しかし、この魔獣の討伐は難しそうだ。

 基本的に同等以上の魔獣を討伐するとなると、上手く誘導して優位な位置で戦ったり、罠に嵌めて優位な状況を作り出すというのが定石だ。

 だが、相手が罠を使うほど知恵が働くとなるとそれも難しくなりそうだな……。


 資料は複数の羊皮紙を蔦で括って纏めてある。

 俺は、その一枚一枚に軽く目を通して、目的のページを探す。


「ん? 過去の討伐例?」


 目ぼしい情報が無いかとページを捲っていると、過去の討伐例が記されたページを見つけた。


「遠隔魔導で気流を乱し、バランスを崩させて落下したところを一掃……」


 そのページには、興味深い情報が載っていた。


「あぁ、それね。最近頭の切れる魔導士ハンターがやってのけた手法ね。貴方もできるんじゃない?」


 根幹をなす理論が全く分からないから、現状では無理だろう。

 そいつとは一度話をしてみたい。


「そのハンターが今どこにいるかわかりますか?」

「あぁ、それならすぐそこで依頼掲示板を見ているわよ」


 よかった。これでどうやってその魔導を使うのか聞き出せるかもしれない。

 俺はすぐに依頼掲示板の方へ歩いて行った。


 ――魔導士が二人いる。

 片方は、俺より頭二つ分くらい背が低く、魔導士特有のローブで顔を隠している。

 もう片方は、身長が俺よりも少し高く、いくつかの魔導具が身体の周りに浮かんでいる。


「すいません、最近『スナッチクロウ』を討伐されたことはありますか?」


 俺は、後者の身長が高い方に話しかけた。


「はて? 私は『スナッチクロウ』など討伐しとらんぞ?」


 こっちじゃないのか。意外だ。


「あぁ、それは失礼しました。人違いだったようです」

「――私に用か?」


 相手から先に話しかけてきた。

 顔はローブで見えないが、若々しい女性の声だ。若々しいというか子供って感じだが。


「あぁ、貴方がスナッチクロウを?」

「そうだ」

「気流を操作したと伺っているのですが、その方法を教えていただけませんか?」


 俺がそう尋ねると、何も言わずに小さな手のひらを上に向けて、俺の前に差し出してきた。


 ――恐らく金を要求しているのだろう。

 確かに、ただでこんな技術を教えるのは馬鹿と言われても仕方がないと思う。


「これで足りますか?」


 俺は10アテラを渡した。

 これでは足りないと思うが、まぁ出来るだけ安く済ませたいから少しずつ刻んでいこう。


「まぁいい。私もお前のうわさは聞いている。これから仲良くしてくれ」

「そうでしたか! もちろんです。良好な関係を築きましょう」


 かなり良心的な人のようだ。

 そして、頭が切れるとのことだったが、それも間違いなさそうだ。


「私はネイアだ」

「俺はニャータです」


 とにかく、相手の年齢が不明であり、素性も分からない以上、丁寧な言葉遣いを心がける。


「よろしくな。……ここで話すと周りに聞かれてしまう。家に来い」


 そう言うと、とてとてと歩き出してしまう。

 俺は、初めて女性の家に行くという事で、緊張の面持ちでその人の後をついて行った。

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