第2話 初仕事

「いっぱいあるねー!」

「そうだな」


 受付のお姉さんに啖呵を切ったあと、どんな依頼があるのか見てみることにした。

 外部からの依頼は、「初級ハンター」、「中級ハンター」、「上級ハンター」の様に三つの掲示板に別けて張り出される。

 俺達は、勿論「初級ハンター」の掲示板を眺めている。


「うーん、どの魔獣がいいんだ?」


 魔獣についての知識はほぼ皆無と言っても良い。

 魔獣についての書物はハンターギルドが保有している。

 そう言うこともあるために、ギルドに登録することがほぼ必須となっているのだ。


「依頼は後回しにするか……?」


 ハンターは、魔獣の皮なんかを素材として買い取ってもらえば、わざわざ依頼を受ける必要はない。

 しかし、できるだけ誰かのためになることをしたいからという理由で、依頼を確認してみる。


「これはどう? グリムサイガ!」


 依頼を諦めようとしたとき、デュアンが一枚の紙を見つめながら提案する。


 "近くの森の小高い丘付近でグリムサイガを発見しました。その辺りには母のお墓があります。早急に討伐してください。"


 グリムサイガか、知らない魔獣だな。名前的には強そうだが……。


「どれくらい危険なのかわからないな、お姉さんにきいてみようか」


 こういう時は、有識者に尋ねるのが一番だ。

 本は知識を記すだけで、質問に答える機能はない。

 しかし、人間はそんなことはないのだ。


「えー、俺あのお姉さん苦手かもー」


 デュアンは、ちょっと嫌そうな顔をする。

 こいつは、あの類の人物の魅力がわからないらしい。


「そうか? 張り合いのある人で、俺は結構好きだぞ?」

「えー」


 いやそうにするデュアンを尻目に、受付のお姉さんの元へ行き、グリムサイガについて尋ねてみる。


「あの、お姉さん、グリムサイガについて教えて欲しいんですけど」

「…………」


 お姉さんは俺が歩いて来るのを確認した時に、顔を逸らしていた。

 そして、俺が話しかけるとプイッ! と顔を横に振る。


「あの、お姉さん?」


 俺がそういうと、暫く沈黙する。


「……ティーゼットです!!」


 突然、拗ねた子供のようなテンションでお姉さんは言い放つ。


 ティーゼット? 聞いたことのない言葉だ。グリムサイガの討伐難易度の指標とか?


 しかし、何故だろう。

 一年前、たまたま着替えを除いてしまった2つ年下の女の子「ローティット」のことを思い出してしまった。

 俺は豊満なボディより、控え目でありながらメリハリがあり、尚且つささやかな柔らかさを感じられるくらいの体系が好みだ。

 この人は、丁度俺好みのスタイルをしているし、「ローティット」もそうだった。


 そんなこと考えてる場合じゃない、とにかくティーゼットが何なのか、本人に聞かない事には始まらない。


「不勉強ですみません、よければその『ティー、ゼット?』が一体何なのか教えていただけますか?」


 ぎごちない発音でティーゼットが何なのか尋ねる。

 この人には今後もお世話になるだろうから、友好な関係を築いておきたい。

 右も左もわからない現状では、特に大事なことだ。


「……名前よ」


 お姉さんは、数秒押し黙った後に、小さく呟く。


「名前? グリムサイガに固有の名前がついているのですか?」

「違うわよ! 私の名前よ! ティーゼットって言うの!」


 ティーゼットさんは自分を指さしながら、言葉をぶつ切りにして主張してくる。


 あぁ、そういうことか、ティーゼットか……ローティットと似てるな。

 似ているのは名前だけではない。

 このお姉さんもちょっと体系が似ている気がする。

 髪色も黒っぽくて、胸も控えめ。

 目の輪郭も似てるし、瞳も同じ色だ。


「あんた、"ローティット"知ってるでしょ?」


 突然、俺の知っている名前が発せられる。


「ローティット? 知ってますけど――」

「私、あの子の姉なのよ」


 ティーゼットさんは白状するように告白する。

 ローティットからは何も聞いていないからわかるはずもない。

 しかし、そうかこの人はローティットのお姉さんだったのか。

 そして、俺達の事を最初から知っていたと……。


 これまでのやや距離が近いような対応に納得がいった。

 さっきの俺へのスキンシップのような接し方は、俺の人物像なんかを聞いていたからだろう。


 俺は、取り合えず会話を弾ませるべきだと思ったので、少し芝居じみた口調でローティットから何か言伝を預かっていないかを尋ねてみる。


「そうだったんですか! もしかして、ローティットが何か言ってました?」

「えぇ、着替えを覗かれたって――」


 あ、これはまずいな。

 早急にこの場を立ち去った方がよさそうだ。


「じゃあ、俺たちはこれで。仕事しなくてはいけないので」

「――待ちなさい!!」


 カウンターから身を乗り出したティーゼットさんの細い腕に、後ろ襟を掴まれた。

 そして、カウンターの上にあった小物たちが床へ落ちる。


「あー! もうっ!」


 そういってギルドの中心にある円筒状のカウンターから出てきたティーゼットさんは落ちた小物を拾うと、そそくさと中へ戻っていく。

 それを見ていたデュアンはローティットと似ているティーゼットさんをまじまじと見たあと、納得したような表情を浮かべて口を開いた。


「へー、ローティットのお姉さんだったんだ!」

「えぇ、そうよ。貴方の事もローティットから聞いていたわ」


 ティーゼットさんは、笑顔でデュアンに返事をする。


 デュアンは、先程の不愉快そうな態度を一変させた。

 ローティットの姉だという事を知ったからかもしれない。


 俺は、デュアンの恥ずかしエピソードが出るかもしれないと期待を込めて、ティーゼットさんに質問してみる。


「ローティット、デュアンの事なんて言ってました?」

「かっこよくて優しくてかっこいいって!」


 女の子って頭が悪いのだろうか? かっこいいって二回言ってるぞ。

 いや、そういう高度な表現方法だったりするのだろうか?


 俺は、そんなティーゼットさんに冗談交じりの返答をする。


「じゃあ俺は、魔力が少なくて変態で魔力が少ないってことですか?」

「まぁ、間違ってないわね」


 ティーゼットさんは、ある程度吟味してから、より正確な答えを導いた。


 えぇ、間違ってないとも。っていうか、初対面ですよね?

 しかし、そんなことは一旦置いておこう。


 今日は初仕事に取り掛からなければいけない日だ。

 気を取り直して、グリムサイガについてティーゼットさんに質問する。


「それは置いときましょう。それで、ティーゼットさん。グリムサイガはどうなんですか?」

「あぁ、そうだったわね。結構強いわ、あなた達にはまだ早いわね」


 ティーゼットさんはそう言うと、魔獣の強さを示す指標を教えてくれた。

 まず、魔獣には大まかな等級がある。

 等級は、下から「初級」、「中級」、「上級」、「魔級」、「深級」、「天級」の順で高くなる。


 更に、等級の他にも階級と言うのがあり、「下位」「中位」「上位」と三段階に分けられる。

 この階級は、全ての等級に当て嵌められ、より正確な強さの指標を表すのに貢献している。


 例えば、「初級/下位」であれば、初心者でも警戒していれば死亡する確率は低い魔獣となり、「初級/中位」であれば、初心者には厳しい魔獣となる。


 今質問したグリムサイガは「初級/上位」に分類される魔獣の為、この依頼は断念せざるを得ないわけだ。

 しかし、依頼リストを再び見に行ったところで何を倒すべきかわからない。

 ここは、初心者の手引きをしてもらった方が良さそうだ。


「では、初心者におすすめの魔獣を教えてください」

「そうねぇ、ニードルテリスとか?」

「それは、どういう魔獣ですか?」

「体長1mくらいの小型の魔獣で――」


 そのあと、数分間説明が続いた。

 よく聞かれるのか、暗記した言葉をつらつらを述べている印象だ。

 そして、聞く限りその魔獣は俺がかつて遭遇した事のある魔獣だと思う。


 俺は子供の頃、両親の目を盗んで街の裏にある森に出かけたことがある。興味本位だった。

 行っちゃダメって言われたら行きたくなるものだ。

 その際にたまたま魔獣に遭遇してしまったんだ。

 少し怪我をしたが、それだけで済んだ。


 ティーゼットさんの説明によると、ニードルテリスは草食で、生き物を発見するとその生き物の死角に逃げようとするらしい。


「ねぇ、ニャータ、ニードルテリスにしよう!」


 デュアンは、その話を聞くや否や、キラキラと目を輝かせてこちらに顔を近づけてくる。

 とにかく早く魔獣と戦ってみたいといった様子だ。

 この魔獣より弱い魔獣も中々いなさそうだし、こいつでいいだろう。


「ティーゼットさん、ニードルテリスの生息地を教えてください」

「周辺の森の浅い所にどこにでもいるわ。でも、ニードルテリスはほぼ無害だから討伐依頼はないわね。皮や肉を買い取る形になるわ。」


 まぁそうだろう。

 草食で子供も襲わないんじゃ討伐したところであまり意味はない。


「でも、だからって森の中で油断はしちゃダメよ? ニードルテリス以外の魔獣も沢山いるんだから。ニードルテリスの狩りに出かけた新米ハンターは7割近く死んでるけど、その死因のほとんどは他の魔獣に襲われたことよ」


 7割近くが他の魔獣に殺されてるって、それ相対的に7割くらいの確率で他の魔獣と遭遇するってことにならないか?

 知将ニャータさん。森に行くの、やめようかなー。


 その後も色々と入念に注意事項を聞かされた。

 いよいよ出発だという時にはデュアンはすでに睡魔に敗北し、轟沈していた。

 俺はそんなデュアンを揺すり起こし、ギルドを後にする。


 ギルドの入口は、ちょっとした広場のような空間があり、どこで談笑している人がチラホラと見える。

 そして、その広場の先には、20段ほどの階段がある。

 階段を降りると門があり、そこを潜ればギルドの外だ。


 ギルドの外は、沢山の人が行きかっている。

 パーティに誘ったり、情報交換をしていたり、交流が活発だ。


「凄い人だかりだな」

「そりゃ、ハンターの聖地だもの!」


 俺達がいる都市の名は「ペセイル」――ハンターの聖地と呼ばれている。

 数百年前にこの土地に巣くっていた凶悪な魔獣を仲間と共に討伐した英雄「ペセイル」の名をそのままつけたそうだ。


 この周辺の環境は比較的魔獣に適しているために魔獣が多く、魔獣の数を調整し続けないとこの街どころか他の街にも被害が及ぶ。

 そのため、討伐に高額な報酬を支払うハンターギルドを設立し、腕利きのハンターを募っているのだ。


 ハンターという職業は、強さと報酬が比例する為、子供たちの注目の的だ。

 男であれば、誰しもが一度は志すことのある職業だろう。実際、俺とデュアンもそうだった。


「ハンターの聖地か。確かに、ハンターと言ったらこんな感じの原始的なイメージがあるな」

「そうだね。カッセルポートとは随分違うよね」


 カッセルポートとは、俺達の孤児院があった都市だ。

 あの街は、床もしっかりと舗装されていたな。


 それに代わって、ペセイルの様相は、とても原始的だ。

 この街は「いろんな種族が訪れる為、一定の文化で固めないようにしている」と、ハンターギルドが声明を出していたかな。

 そういう経緯もあってか、地面の舗装はされておらず、大勢の人だかりが踏み固めた土の上を歩くことになる。


 建造物の様相は大抵が似たような造りをしている。

 柱は魚族から交易で仕入れた丈夫で大きい魚の骨。

 屋根は爬虫類系の魔獣の丈夫な皮。

 壁は頑丈な蔦を編んで造り、その上から魔獣の毛皮で覆う。

 居住区では、そんな様相の建造物がびっしりと羅列している。


 そんな人だかりを尻目に、俺達は出口を目指す。


「にしても、高い天井だねー!」


 デュアンは、歩きながら首を目一杯上に傾けながら感嘆の声を上げる。


「寒期の最中でも、比較的熱が逃げにくいらしいぞ」


 俺は、"ハンターの聖地「ペセイル」"というタイトルの本から得た知識を披露した。


 寒期が来ると雪が大量に降るが、その際に地面が緩くなるのを防ぐために、巨大な樹木や蔓を利用してドーム状の外壁と屋根を形成している。

 外壁の柱は"神樹の森"に生えている巨大な樹木を使用し、外壁は"神樹の森"に自生している巨大な蔓科の植物を巨木に巻き付けて形成し、屋根はその蔓を誘導しドーム状に形成されている。

 植物由来の建造物であるため、手入れを欠かさず行わないと蔓が街を侵食することもあるが、その蔓も何らかの素材として使われるため、無駄にはならない。


 知識を小出しにしながら出口まで歩いていると、出口の門が見えてきた頃に再びデュアンが口を開いた。


「流石首都だよね。こんなに大きな囲いを見るのは初めてだよ!」

「そうだな。だが、カッセルポートも二番目に大きい街だったんだぞ?」


 俺は、"商人の聖地「カッセルポート」"というタイトルの本から得た知識を披露する。


 ここ、ペセイルは我々の種族"賢族けんぞく"の首都であり、一年に一度各都市のトップが集まって会議をする場所なんかがある。

 その他にも、沢山の人が暮らしているため、当然、経済活動も盛んにおこなわれている。

 この街に来て今日で三日目だが、出店も沢山あり、魔導具や武器、料理等大体のものは手に入るという事はすぐに確認できた。


 賢族が築いた都市で、現在も生きているのは全部で5つ。

 「ペセイル」、「カッセルポート」、「テルセンタ」、「アルセンタ」、「サルティンローズ」である。


 魔獣は賢族にとって脅威そのものだ。

 せっかく都市を築いたとしても、警備を怠ると簡単に魔獣に落とされる。

 俺の生まれた街も魔獣によって滅んだ。

 しかし、今後俺達は、そんな危険な魔獣と嫌でも戦闘を強いられることになるだろう。

 ハンターが重宝される理由もそこに帰結する。


 出口の門を潜ると、入場許可を得る為に並んでいる商人と馬車が列をなしている。

 そんな光景を尻目に、デュアンがわくわくした様子で口を開く。


「ニャータ、初の狩りだね!」

「そうだな」


 高揚した声でデュアンが話しかけてくる。

 俺は、恐怖や不安があるために、中々浮かれることができないが、楽しみではある。


 しかし、そんなデュアンに、口を酸っぱくして忠告をする。


「でもティーゼットさんも言っていたが、ニードルテリス以外の魔獣とは戦わない。いいな」

「わかってるよ、ニャータこそ大事な局面でおならしたりしないでよ!?」

「しねぇよ!!」


 おならって。おしっこもらすとかじゃないのかよ。

 


-数時間後-

 

 

 俺達は、ペセイルから北東に進み、我が種族の領地を囲う様に茂っている「レッタの森」に足を踏み入れようとしていた。


「ここからが森か。デュアン、装備の点検をするぞ」

「わかった! でも、装備の点検はギルドに行く前に済ませたから大丈夫だよ!」


 デュアンはそう言うと、近くの木の上に実ってる木の実を大ジャンプで摘み取る。


 俺は、ここに来るまで歩きずらいからという理由で、しっかりとした装備は袋に入れてきた。

 今は、その装備を装着し、綻びが無いかなどの点検をする。

 更に、方角や時間なんかの確認もする。


 すると、点検の最中に、デュアンが楽し気に声を上げる。


「わくわくするね、魔獣早くでてこないかなー!」

「俺は緊張でぶっ倒れそうだってのに、気楽なもんだな」

「ニャータは考え過ぎなんだよ、そんなんじゃ勝てるものも勝てないよ?」


 確かに、それは一理ある。

 だが、過去に魔獣に出会った時のあの恐怖感を忘れられない。

 しかも、あの時遭遇した魔獣は「初級/下位」の"ニードルテリス"だという。

 数年かけて積み上げてきた技術を碌に披露することなく死亡。なんてことだけは絶対に避けたい。


 準備も終わり際、俺が装着している「体格に比べてやや大きめのヘルメット」を見たデュアンが感想を言う。


「ニャータ、やっぱりその頭に被ってる魔導具似合ってないね。ニャータらしくはあるけど」

「機能は申し分ないぞ。歩いてる時もこのデカい腕に魔力を込めるのは厳しいからな」


 俺が被っている兜型の魔導具は、魔力を充填して作動させると、対象一つに限り、この兜型の魔導具を中心とした周囲2メートルほどの範囲で魔導具を浮かせてくれる。

 それだけじゃなく、理屈はわかっていないが、敵を感知した場合に自動的に攻撃してくれるように設定することもできる。


 魔力の充填は、俺の魔力を使った場合三日ほどかかってしまうのが懸念点だ。

 しかし、それほどこの魔導具の魔力容量が多いという事でもあり、最大まで充填すれば、10時間ほどは動き続けてくれる。

 更に、兜型なので防具にもなる。デカくて不格好だし値段もかなり張ったが、頼もしい装備だ。


 俺達が今、身に着けているこの装備たちは、この日のために孤児院で生活しながら日銭を稼いで購入したものだ。

 俺の周囲を浮かんでいるデカい剛腕の魔導具もそうやって手に入れた。


 この剛腕の魔導具は大きいだけでなく、とても重い。

 それ故に、俺の場合は強化魔導を使うか、遠隔魔導で浮かせないとまともに動かせない。

 魔力の伝導率が高いのと、指まで繊細に動かせる機構があり、俺の第三の腕のようなものだ。

 ついでに、見た目も気に入っている。


 あとは、三つの指輪型の魔導具を右手の「人差し指」と「中指」と「薬指」に嵌めている。

 これは魔力を貯蓄できる魔導具だから、俺にとっては欠かせないアイテムだ。


 それ以外は、急所となる部分を中心に、重く頑丈な金属と革で作られた装備を纏っている。

 その部分は、魔導具ではなく普通の中装だ。


 俺の装備についてデュアンと軽く語った後、俺はデュアンの装備について触れる。


「お前は、随分とスタイリッシュだよな」

「そうでしょ!? 動きやすさを重視したからこうなったんだけどね!」


 デュアンの装備は、典型的な軽装だ。

 心臓や首などの急所のみをプレートで覆い、それ以外は革の衣類の上の鎖帷子や、軽めの魔獣の毛皮によって守られている。


 デュアンは、そんな俺の不格好な装備を比較するように、自分の武器を自慢してくる。


「見てよこの剣! かっこいいでしょ! 名前つけようと思うんだけど、ニャータソードってのはどう?」

「却下」


 せっかくのカッコイイ剣になんて名前をつけようとしてるんだこいつは。


 デュアンの装備は、籠手型の魔導具を両腕、脛当型の魔導具を両足に装着している。

 左の腰には「高魔力伝導率、高魔力容量」を誇る刀身1m、幅が15cmほどの立派な片刃の剣が鞘に収まっている。


 籠手型の魔導具は、腕を守るのはもちろん、強化魔導によって腕の筋力のサポートをしてくれる。

 脛当型の魔導具は、魔力を込めると生成魔導が発動して魔力を実体化し、足に重量を追加する。

 これによって、相手の重い攻撃を受ける際に地に足をついて受けることが出来る。

 前衛を務めるハンターは、みんなこういった魔導具を付けているみたいだ。

 応用として、吹っ飛ばされた時に重心を操作出来たりもするが、下手に使うと足を折ったりすることがあるため、注意が必要となる。


 俺は、デュアンが自慢げに見せてきたその剣を改めて拝見する。

 確かに、カッコイイが……やっぱり太過ぎだよなぁ。


「にしても、太いよな、その剣」

「これくらいじゃなきゃ簡単に折れちゃうんだって! 魔獣って凄いね!」


 魔獣って、全身金属でできてるのだろうか?……いや、それよりも硬く弾力があるんだろう。


 そんなデュアンの太い剣は、途轍もなく重い。

 昔、孤児院にあった大きな天秤に、身の回りの物を軒並み置いてみたが、ビクともしなかった。

 魔力を流すと強化魔導と生成魔導が発動し、更に強度と重量が増加する。

 値段が高すぎたので、200日ほどかけてお金を貯め、二人で購入した。


 ふと、デュアンの手に視線をやると、魔力貯蔵用の指輪がきらりと光る。


「お前、指輪必要か?」

「えー、なんかカッコいいじゃん。……ニャータだっていっぱいつけてるじゃん」

「俺はこれがないと話になんないんだよ」


 デュアンは二つの魔力貯蓄用の指輪を嵌めている。

 ある日、3本の指に嵌まった指輪を嬉しそうに眺めていたので「お前そんなにいらねぇだろ!」といって一つ奪ったが、俺はもう一つも狙っている。


 俺達は、お互いの装備について楽しげに語り合った後、気を引き締めてから森の中に足を踏み入れた。

 ――数十分後


「ニードルテリスもそうだが、思っていたよりも魔獣に遭遇しないな。まだ街から近いからか?」

「魔獣も頭がいいから、一度同種が狩られた場所には暫く寄り付かなくなるんだって」


 だから、浅い所には魔獣が少ないのか。

 そういえば、そんなことも"ハンター入門"に書いてあったな。

 仲間がやられた場所へ報復する為に再び訪れる仲間想いの魔獣はそうそういないということか。


 しかし、それだとニードルテリスは何故いまだにこんな浅い場所に生息してるんだ?


「じゃあ、ニードルテリスはなんでこんな浅い場所に生息してるんだ?」

「ニードルテリスみたいな、草食で非力な魔獣は奥に言ったら尚更危ないでしょ?」

「あぁ、そうか。ここらにいた方がまだ安全なのか」


 ティーゼットさんの談によると、食用として狩られたり、俺達のような新参者に狩られることは屡々しばしばあるようだ。

 しかし、食用としても特段美味しいという事もなく、楽だからという理由以外で狩られることは少ないらしい。


 っていうか、なんでこいつこんなこと知ってるんだ?

 幼少期に父さんから色々と教わっていたとか言っていた気がするが、そこで得た知識なのだろうか。


 すると、デュアンが覚束ない口調で、何かを話し出した。


「ニードルテリスより少し強くて大きい魔獣はもう少し奥の方にいるから、その大きい魔獣より更に大きい魔獣はその魔獣を……ん?」

「まぁ、うまい具合に食物連鎖が成り立っているって事だろうな」

「…………食物連鎖って何?」


 食物連鎖という言葉は知らないのか。

 概念は教わってるんだろうが……話し伝いだとそう言うのは省く場合が多いか。


 俺は、それから数分間、食物連鎖についてデュアンに享受した。

 これまでは、初の討伐で緊張していたが、説明しているうちにいつのまにか緊張がほぐれていた。


 そして、それがいけなかった。


「だからな、上位の魔獣はわざわざ最下級の魔獣を食べるこ――」


 ゴンッ!


 一瞬だった。俺の第三の腕が何かを殴った、一体なんだ?


「ニャータ!!」


 デュアンがそう叫んだあと、一本の角が生えている小型の魔獣が地面に伸びていて、痙攣している。


「ニャータ! やったね!」

「あぁ、そう……だな」


 俺はなにもやってないけどな。


「ごめんニャータ、話聞いてて反応が遅れたよ。これが食物連鎖ってやつなんだね」

「やかましい」


 少々腑に落ちないが、これが俺達の初仕事となった。

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