第一章 駆け出し魔獣ハンター

第1話 センスのない一歩

 ん……ここは、どこだ?


 俺の知らない景色に、一本の大きな川がある。

 周囲は草木で茂っており、川の流れは水平の滝と見紛うほどに恐ろしく速く、荒々しい。


 そんな危険な川岸に、短い赤髪を持つ小さな男の子が、小さく膝を抱えて座っている。


「ねぇ、ニャータ。僕の母さん、川に流されちゃったんだ」


 その幼い子供は、その姿勢のまま話し出した。


「僕は助けたかったんだけど、水が怖くて動けなかったんだ」


 懺悔するように本心を語りだす。


 水が怖い。そんな理由で母親を見捨ててしまった。


 きっと、この子供はそんな風に思っているんだろう。

 俺は、何も言わずに話を聞き続ける。


「母さんは『助けて』って言ってたんだ。なのに、僕はそれを見ていることしか、できなかった……!」


 この子供は、段々と声が震えていき、最後は涙を堪えるような声で、振り絞るように気持ちを表へ出した。

 

 俺は、この子供を知っている。

 共にハンターを志し、これまで日々鍛錬を積んできた親友と呼べるほどの男だ。


 俺がいるこの場所は、恐らく実際に存在する場所ではない。

 過去に、こいつ――デュアンが話してくれた内容を、話の中の文言から俺が想像して作り上げた地形なんだと思う。

 

 だから俺は、当時俺が言った文言を思い出しながら、心の中で声に出す。


「何もできなかったのを仕方ないで済ますのは絶対にダメだ、反省しろ。そして、その罪は背負い続けなきゃいけない」


 こいつが欲しているのは、許しではない。

 今を生きる為、罪を背負うための活力だ。


「お前の罪だとしても、俺も一緒に背負って……やる。だ、から……」



-----デュアン視点-----



「まったくニャータは、こんな時でも限界まで寝ようとするのか」


 僕は悪態をつきながら、大きな麻袋から装備を取り出す。

 まだ予定の時間を過ぎたわけじゃないけど、ニャータを起こすのは疲れるんだ。

 そう思った時、大声が部屋に轟いた。


「お前も俺の罪を背負ってくれ!!」

「――!?」


 ニャータが突然、二段ベッドの上の段から、ベッドが軋む音を立てて勢いよく起き上がる。

 それと同時に、不穏な言葉を叫んだ。


 よくわからないけど、「こういうのはいつもの事だ」と気持ちを落ち着かせる。

 そして、鎖帷子の袖に通しかけていた腕を再びもぞもぞと動かす。

 ほとんど試着せずに大事に仕舞って置いたからか、中々腕が通っていかない。


 一分程度の格闘の後、何とか半袖の鎖帷子を着たところで、これからパートナーとなる親友へ朝の挨拶をする。


「おはようニャータ。元気そうだね」


 僕が挨拶をすると、親友はまだ閉じている瞼をギュッと力ませながら大きな深呼吸をする。

 肌は透き通るように白く、金色に近い茶髪、目元にギリギリかからない程度の長い前髪に、緑色の瞳を持つ少年。

 信頼できる同い年の親友、ニャータ・ソルティ。

 ぶっきらぼうな態度だが心根がしっかりとしている人だ。


 深呼吸を終えて、目を覚ましたであろうニャータが寝起き特有の重い声で質問をする。


「――今何時?」


 ぼっさぼさの髪の毛でどこかを見つめている。

 そんなにとぼけた面でいてもらっては困んるんだけどな。


「20時だよ」

「20時……20時!?」


 漸く状況を理解したようで、軽快な動きで時計を確認した。

 今日は待ちに待った、二人でハンターギルドに登録する日――なのに、締め切りは21時。もう、すぐそこまで迫っている。


「まずいじゃねぇか!」


 ニャータはそう言うと、二段ベッドから飛び降り、急いで身支度を整え始める。


「昨日確かこの袋の中に全部締まったよな!?」


 そして、乱雑にあれやこれやを投げ飛ばしながら、慌ただしく準備を進める。


「はぁ、帰ってきたらまず掃除だなぁ」


 僕は、小声でそうつぶやいた。


 今年で僕とニャータは16歳になり、孤児院を出た。

 二人分の貯金を崩し、ハンターの聖地と呼ばれている「ペセイル」に住居を借りたんだ。


「あれ!? お金が入った袋がない!! デュアン、持ってるか!?」

「もう、昨日無くさないようにって装備袋に一緒に入れてたじゃん」

「そうだっけ!? じゃあいいや!」


 持ち物は、お金と装備があれば十分だ。

 そして、その両方を昨日のうちに麻袋に詰めて置いた。

 今から装備を着用する時間はなさそうだから、ニャータは登録を済ませてから着ることになるだろう。


「靴下片方しかないんだけど!?」


 靴下についてはわからない。でも、恐らくその辺に投げ捨てられてると思う。

 今は、ニャータのうるさい早朝演奏を聴かされながら、着慣れない鎧を一々確かめながら装着しているところだ。


 でも、改めて考えてみると、ちょっと緊張しちゃうな。

 僕たちはこれからハンターギルドへ登録しに行くけど、友達とかできるかな?

 初対面の人との会話は少し気を遣うから苦手なんだよね。


 そんなことを考えているうちに装備の着替えが終わった。

 そろそろ、ドタバタとうるさいニャータに警告をしておこう。


「焦るとニャータはドジするから落ち着いた方いいと思うよー」


 鏡で髪がきちんと整っているかを確認しながら、やや適当に言う。


 ニャータは、普段は冷静で頭もいいけど、時々異様に取り乱す。

 本当に不味い状況ではそんなことはないけど、何とかなりそうな時は良くこんな感じになる。


「そんなこと言ってる場合か!」


 ドンッ! メキッ!

 ニャータは、小指を棚の角にぶつけ、痛がりながら頭部を二段ベッドの角にぶつけた。

 そして、足元にあった謎の木彫り人形を踏んで体勢を崩し、後頭部が机の角に直行する。


「んにゃ!!」


 ボン! という鈍い音を立てて、ニャータは気絶した。



----------



「えっほ、えっほ」


 現在、じゃかじゃかと金属音を鳴らしながら走っている。

 気絶して動けないニャータを背負いながら、ハンターギルドへ出荷している最中だ。


「ニャータ、重いなー」


 気絶状態の生き物はやけに重くなる。

 重心の位置が関係しているって昔ニャータが言ってたような気がするな。


 そんなニャータとは凄く仲がいいけど、それには理由がある。

 僕は昔、父の意向でアルセンタという都市で戦闘の訓練所へ通っていたけど、同年代で互角に戦うことができる人はいなかった。

 それが原因で友達ができなかったんだ。

 その時のトラウマが理由で、この孤児院では戦いを避けて、友達を作ることにしようと思っていた。


 でも、そんな僕が再び戦いの地を目指すことになったのは、ニャータのお蔭だ。

 ニャータは、魔力総量が少ないというハンディキャップを物ともせず、ひたすらな努力で僕の本当の本気にも何度か打ち勝って見せた。

 その瞬間は、まさに英雄を目の前にしているとすら思えるほどの衝撃だった。


「俺がニャータを支えなきゃ!」


 そんなニャータに少しでも合わせる為に僕は一人称を「俺」にしているけど、正直いつまで経っても定着しない。

 きっと、心の中では「僕」のままだからだと思う。最近は無理に変える必要もないのかもしれないと思い始めてる。


-数分後-


 目的地を目の前にした僕はその場で立ち止まり、重い金属が入った袋がガシャっと音を立てた。

 ――ハンターギルドだ。


「これが、ハンターギルドか!」


 他の建物と比較すると、一際大きな建物。

 爬虫類系の魔獣の皮を張って作られた屋根。

 魚族という種族との交易で入手した、巨大魚の背骨の柱。

 壁は、魔獣の毛皮が見えているが、内部の素材はわからない。

 そんな構造の円筒状の建物がいくつか繋がっているような形状だ。


 大きな入口の真上には鋭い牙が生えた魔獣の頭がシンボルとして飾られている。

 そして、そのシンボルの上には、時計と呼ばれている縦長の魔導具が設置されており、精確に時を刻んでいる。

 ニャータの談によると、時計とは、縦長か横長の板にメモリを刻み、時間が進むにつれてメモリを指す針が移動していくという仕組みらしい。


 今は20時34分か。


 ハンターギルドの実物を見るのはこれが初めてだ。

 それは、敢えて訪れない様にしてたから。


 ハンターギルドを登録当日まで見に行かないということをニャータに提案した時は、サバサバした態度で「別に変らないだろ」をと言ってたけど、ニャータが寝坊したのは楽しみだったからだと思う。

 僕も中々寝付けなかったからわかるけど、夜遅くまで寝返りを打つ音が聞こえていた。


 僕は、この感動を分かち合いたくて、背中でだらんとしているニャータを確認する……起きないか。



-----ニャータ視点-----


 んん? なんだ?

 首が重い感じがする。

 俺は、凄い角度になっていた首を力を入れて何とか動かす。


「いった!!」


 首を動かすと、寝違えたかのような痛みが首をつんざいた。


 寝違えたのだろうか……っていうかここはどこだ? 嗅ぎなれない匂いだし、妙に騒がしいな。

 ぼやけている視界のピントを合わせながら首の痛みに耐えていると、聞きなれた声が耳に入ってくる。


「あ、ニャータ! おはよう!」


 デュアンだな。こいつのことは声だけでわかる。

 しかし、なんだこの状況、俺何してたんだっけ?

 脳を働かせて記憶を少しずつ紐解いていくと、突然数分前の不甲斐ない自分を呼び起こした。


 ああ、そうか。俺、気絶したのか。


 ここは恐らくハンターギルドだ。

 中心にある受付と思われる円筒状の空間の円周に穴が開いており、女性が数名顔を出しているのが見える。

 そこかしこには木製の大きなテーブルとイスがあり、そこで食事をしていたり、本を読んでいたり、単に談笑していたりと言った様子が視界に映った。


 ハンターギルドにいるという事は、俺はここまでデュアンに背負われてきたんだろう。

 首の痛みは、寝違えたというより、背負われてる時に首が揺れて過度に負担が掛かったとかそんなところか。


 何とか状況の推察を終えた後、答え合わせをするかのように、デュアンに話しかける。


「おはようデュアン、ここまで運んでくれたのか?」

「そうですねぇ、デュアンさんの見解によると、まぁまぁ険しい道のりだったとのことです」


 デュアンは、おどけた口調で「自分がニャータを運びました」という事を伝えてきた。


 これは、素直に感謝をしておくべきだろう。

 孤児院の頃に手紙を送って発行した登録申請の紙切れは、今日で期限が切れてしまうからな。


「すまん、恩に着るよ。今後は気をつけなきゃな」


 俺は、そう言うと、身体に魔力を巡らせ、患部へと魔力を流すイメージをする。

 そして、そのまま魔力の性質を治癒に変化させれば……。


「ふぅ、治った治った」


 痛みは徐々に鳴りを潜めていった。

 筋肉の炎症に関しては、こんな感じで簡単に治癒することができる。

 骨が砕けたとかだと、適当に魔力を巡らせるだけでは骨同士を接合してくれることはないが。


 俺は、取り合えずこの奇妙な状態を解消するために、デュアンから降りることにする。


「デュアン、降りるぞ」

「はーい」


 俺が降りることを伝えると、デュアンは掴んでいた俺の足を話した。


「よいしょっと、どれどれ?」


 俺は地面に着地し、しっかりと重力を感じることを足をふみふみして確認する。

 そして、顔を上げ、改めてこのハンターギルドの内部を観察する。

 すると、脳内の音が一瞬消えたかのような感覚を覚える。


 先程見た景色は脳が覚醒していなかったためか、側に感情の起伏は感じられなかった。

 しかし、今は違う。目の前に広がる光景を目の当たりにした途端、心が躍った。

 徐々に周囲の音楽が脳内に響き渡り、人々の活気に満ちた話し声が聞こえてきた。


 そこには、野蛮な印象の毛皮を身にまとった屈強な男、手入れの行き届いた軽鎧を身に纏った美人な女剣士、身体の周りを3つほどの球体が浮遊している魔導士、その他のハンターと思われる人々が斑に点在している。

 ある人はモンスターの死体を抱え、またある人はモンスターの買い取り値段にいちゃもんをつけ、そしてあそこにいる人は……屈強なおっさんに絡んでいる。


 何しているんだろう、あの人は。

 そいつは、身に覚えのあるシルエットをしていた。


 俺は、その様子を肝が冷えたような気持ちで見守る。


「このガキィ、舐めてんじゃねぇぞコラァ」


 すると、おっさんが怒りを露にして、赤髪の青年に怒号を浴びせながら剣を抜いた。ちょっと、まずいかもしれない。

 俺は、どうにか穏便に済む方法を脳内に巡らせていると、赤髪の青年の力強い声が耳に届く。


「舐めてなんかいないよ。でも、嫌がってるじゃないか!」


 どうやら、赤髪の青年がおっさんの行為を咎めているようだ。

 事情を正確に把握するべく、その青年の元に足を運んで隣まで歩き、小声で話しかける。


「おい、デュアン! これは一体どういうことなんだ?」


 俺が現状の説明を促すと、デュアンは俺の方を見るや否や、おっさんを指さして力強く、そしてわかりやすく説明をした。


「この人、女の人が嫌がってるのに、無理やり連れ出そうとしてたんだ!」


 そして、俺はデュアンの陰に隠れている女性魔導士を一瞥した後、おっさんに視線を移す。


「あの、俺達これからギルドに登録するんですよね。できれば穏便に済ませたいのですが……」

「へっ、わかってるじゃねぇか。んじゃ、ほれ」


 おっさんはそう言うと、手のひらを上にしてこちらへ差し向ける。

 俺は、おっさんが手を差し出した理由がわかっていながら、説明を求めた。


「これは、一体どういうことでしょうか?」

「ああ!? ちっ、やっぱガキかよ。許してやる代わりに……なぁ、わかるだろう?」


 そのおっさんは、目を光らせているギルドの職員に職務を全うされないように、仲の良い雰囲気で肩を組んできた。

 その態度に少々苛立ちを覚えたが、こいつが裏のあくどい連中との関係があった場合、そいつらとの抗戦に発展する可能性もある。

 念の為、ここは慎重に動くべきだろう。


「いくらで穏便に済ませてくれますか?」

「へへ、やっぱわかってんじゃねぇか。3アテラくらいで許してやるよ。つけでもいいぜ、な?」


 3アテラ。それは、俺達にとっては全財産に匹敵するほどの額だ。

 1アテラは、1000テラの価値がある。上等な林檎でも、大体100テラが限度だし、俺達が借りている家は10日毎に支払いが発生するが、それでも200テラだ。

 こんな喧嘩事を解消するための値段にしては高すぎる。

 こいつの実力にもよるが、見た感じではそんなに強い感じはしない。


 とはいえ、払える額であるに加えてつけでもいいらしいため、取り合えず払っておこう。

 勿論、場合によっては後で返してもらうが。


「わかりました。取りえず1アテラで勘弁してください」

「あぁ、いいぜ。残り2アテラな。10日ごとに利子がつくことも忘れんなよ?」


 その後、下卑た笑いを浮かべながら受け取った金を数えて、その場をあとにした。

 すると、デュアンがこちらに驚いた顔で近づいてくる。


「ニャータ! いいの!?」

「まぁ、待て。今から受付の人に一つ質問をしてくる」


 俺は、落ち着いてデュアンにそう言うと、受付のお姉さんの所へ歩きだす。

 そして、先程からこちらの様子を伺っていた黒髪のお姉さんへ質問をする。


「あの、さっきの男。裏の組織との繋がりを持っていたりしますか?」

「いいえ。ただの小賢しい初級ハンターよ」

「ありがとうございます」


 俺はそう言うと、さっきの男の元へ歩いていき、声を掛ける。


「すみません。さっきのお金、返してもらってもいいですか? 代わりの物も用意したので」

「ああ? 代わりだ? まずは、その代わりの物ってのを見てからだな」


 俺は、「わかりました」といって、俺の胴体よりも大きな剛腕の魔導具を前に移動させた。


「ほお、これならいい値が付きそうだな」


 俺が腕型の魔導具を見せると、その男は目を見開いて価値を値踏みした。


「満足いただけたようですね。では、先程のお金は――」

「馬鹿言えよ。さっきの金とこいつで手を打とうって話だ」


 この馬鹿は、いよいよ俺の怒りを買ってしまったようだ。

 売ったのは魔導具だったんだけどな。もっとも、この魔導具も売るつもりなんてなかったが。


 俺は、深呼吸をして、魔導の構築に集中する。

 そして、息を吐くと同時に、魔導を実行する。

 その瞬間、俺の大きな剛腕に作用魔導を使用し、この小賢しい馬鹿の腹部に向かって突撃させた。


 バキッ!


 その男は骨が砕けたような乾いた音を立てながら、後方へ吹っ飛ばされる。

 特に不意を突くことなく正面からの攻撃だったが、反応できなかったようだ。

 そして、壁に衝突した。この現場をほぼ全員が見ている為、修繕費はあいつに請求してくれるだろう。

 取り合えず、奪われた金を返してもらうため、気絶した男の元まで歩いていく。


 俺が奪われた1アテラを取り返し、砕けた骨の修繕を終わらせたあとに再びギルドへ戻ってくると、女性の興奮気味の声が耳に入ってくる。


「助けてくれてありがとー!君名前なんて言うのー!?」

「すっごいかっこよかったー! 私弓使いなんだけど、パーティ組まない?」

「剣かっこいいねー! ハンターギルドは初めて!? 私が最初の手引きしてあげるよー!!」

「髪さらっさらだねーこの三つ編みもすっごく似合ってる!!」


 女性ハンター達は瞬く間にすり寄り、数々の口説き文句を浴びせていた。

 ――――デュアンに。

 デュアンは女子人気が高い。見た目とか色々と話しかけやすいんだろう。

 先の一件は、やや危なっかしかったものの、良い目立ち方をしたと思う。幸先がいい。 

 とはいえ、一度高揚した感情を落ち着かせよう。

 今日はとにかく簡単そうな魔獣で様子見する予定だが、油断するのは命取りだ。


 程なくして、その女性たちはデュアンの断りによって散っていった。

 そこで、ようやくギルドへの登録に踏み出す。


「すいません、ギルドに登録しに来ました!」


 この時を楽しみにしていたデュアンが、元気よく登録の申し出を告げた。



-数分後-


 2分くらい経っただろうか。

 受付のお姉さんは、登録申請書に記された筆記要項の欄を見ながら、二人分の情報を慣れた筆捌きで淡々と書き記している。

 ハンターギルドについてはそんなに詳しくないが、今は恐らく、今後直々に依頼を申し込む時等、様々な用途に使用する情報を記しているのだと思う。

 それを二人で眺めていると、ふとお姉さんが顔をあげ、一つの質問をしてきた。


「得意な属性を教えてください」


 俺とデュアンは同じタイミングで質問に答える。


「硬度です」

「属性ってなんですか?」


 デュアン、お前知らないのか……いや、そう言えば教えてなかったな。


 デュアンが属性を知らなかった理由はきっとこうだ。

 俺達の、魔導に関する知識の供給源は"初級魔導"と"中級魔導"っていう凄くシンプルな魔導書だったが、その本には「属性」という表記はなく、代わりに「性質」と表記されていた。

 著者は確か、"テルセム"だったかな。古い本だったから、昔は性質と呼んでいたのかもしれない。


 俺が属性と呼ぶことを知っていたのは、去年の寒期に"ハンター入門"という本でハンターについて勉強したからだ。

 その本には、属性と需要の程についても記されていた。


 魔力は、特定のイメージを送り込むことで性質が変化する。

 魔力の性質は、「治癒」、「燃焼」、「氷結」、「光」、「硬度」この五種類とされており、これを属性と呼ぶ。

 つまり、得意な属性と言われれば、この五つの内から答えるべきだろう。

 因みに、属性を付与しない場合は無属性と言ったりもするな。


 俺は、デュアンに属性について説明する。


「属性ってのは、性質の事だ。それならわかるだろ?」

「そうなの? 何で属性っていうの?」

「さあな。とにかくここでは属性というのが一般的らしい」


 デュアンは納得いかないという様な表情をしたが、取り合えず飲み込んでくれたようだ。


「じゃあ、僕も硬度が得意です」

「デュアンさんも硬度属性ですね……」


 受付のお姉さんは、少し訝し気な表情で俺達の会話を聞いていたが、特に質問することなく紙に今の情報を書き始めた。


 俺も硬度属性が「得意」と言ったが、それは特にどの属性にも苦手意識を持っていないためだ。

 硬度属性は魔導に硬度を持たせることができるため、非常に使い勝手が良い属性だ。

 ――使い勝手がいいから、高頻度で使用する。

 高頻度で使用するから相対的に技術力が向上した。

 だから「得意」ということにしたが、得意と言うと少し語弊があるかもしれない。

 

 具体的に、硬度属性は魔力に硬度を加えるが、質量は加えない。

 魔力はただのエネルギー体なので、質量もなければ物体に干渉することもない。

 しかし、硬度属性を付与すれば魔力に硬度が付与されるために、例えば放出魔導の場合は、長射程高威力の打撃のような現象を実現できる。


 このように、説明すると少々ややこしいが、高い汎用性を有している。

 上手く使えば攻撃にも防御にも移動手段にも使える。

 実際に、この属性は"ハンター入門"という本でも有用性が示唆されていた。


「でも、なんで得意属性なんて聞くの?」


 デュアンがふとした疑問を俺に投げかけてくる。


「それはな――」


 得意属性を聞く理由は、人によってはイメージしずらい属性があって上手く扱えないという属性もあるからだろう。

 俺とデュアンは、日々の鍛錬のお蔭で全ての属性を一定の水準で扱うことができるが、中級ハンター以下はそうでない人も多いらしい。


「でも、ニャータは魔力が少なくても全属性使えるよね? 努力が足りないって事?」


 俺の場合は、魔力総量が少ない為に、極力やれることを増やす必要があった。

 それの一環として全ての属性を満遍なく習得したんだ。


 とはいえ、全属性を扱えるからと言って、魔力総量が少ない現状では特に重宝されたりはしないだろう。

 消費する魔力の絶対量が少ない魔導では、威力はたかが知れているからな。

 しかし、魔力総量を補填するには、魔導具に頼ればいい。

 金はかかるが、魔力総量が少ないというペナルティも実質無効にできる。


 しかし、デュアンよ。「努力が足りない」なんてこと、あまり大きな声で言ってくれるな。

 新参がそういうことを言うと反感を買いかねない。

 まぁでも、努力が足りないというのは全くその通りだがな。


 そんな話をしている最中に、お姉さんは慣れた手つきで書類の記入を終え、次の質問をする。


「次は得意な魔導活用法を教えてください」


 ――魔導活用法。

 魔導には「熱」、「生成」、「作用」、「放出」、「強化」、「遠隔」の6つの種類の活用法がある。

 デュアンは「放出」が得意で、俺は「遠隔」が得意だ。

 「放出」は、貯めた魔力を放出する活用法。

 「遠隔」は、魔力の所有権を保持したまま遠くへ移動させる、または遠くの魔力の所有権を奪う活用法。


 俺達は得意な魔導活用法を、同時に答えた。


「遠隔です」

「放出です!」


 すると、お姉さんはさっきと同じ順番が良いと思ったのか、俺から紙に記入し始める。


「遠隔ですか、器用なんですね」

「それだけが取り柄ですから……」


 遠隔魔導は一般的に難易度が高いとされている。

 何故なら、身体の外にある魔力の主導権を握るのは難しい事だからだ。

 自身から離れた位置で魔力の主導権を握るという事は、空気中に多量に存在している魔力に自分の魔導を乱されないようにするという事だ。

 つまり、遠隔魔導は高い集中力と技術力、様々な要因を考慮する必要がある魔導活用法ということだ。


 だが、難易度が高い分メリットも沢山ある。

 まず、遠隔魔導の発動点から、更に放出や生成なんかの魔導を発動できる。

 これを利用すれば、敵を誘導してから燃焼属性の放出魔導で焼くというような「罠」を作ることが出来る。

 そして、魔導具やその他の重い物を浮かせることができるという事。

 前者と後者の技術を併用すると、浮かせた魔導具に作用魔導を使用して、物理的な攻撃をすることができる。


 デメリットは、遠くなるにつれて扱いが難しくなることや、周りの環境が荒れていると安定しない等だ。

 この世界には魔力が安定しなかったりする地理も多いらしい。

 そういう理由も重なり、便利だが、繊細で不安定な魔導活用法とされている。


「デュアンさんは放出ですね……」

「そうです!」


 放出魔導は、難易度が低く、実践的で効果が高いとされている。

 放出魔導のメリットは主に3つだろう。

 一つ目は、発動までが比較的速い。

 二つ目は、予備動作がほとんどない。

 三つ目は、射程が長く威力も高い。

 応用すれば、剣の軌跡にそって硬度属性を射出することで、射程の長い切断魔導に転じることもできる。


 だが、デメリットもいくつかある。

 一つ目は、威力が放出する魔力量に比例する事。

 二つ目は、物質を貫くのは容易ではないこと。

 三つ目は、他の活用法との併用難易度が高いこと。

 四つ目は、いくら速いと言っても、魔獣はその速度に対応する場合があること。


 物質を貫くのが容易ではないというのは、射撃の対象と接触した時点で魔導の操作ができないという事が原因だ。

 要するに、貫通力を付与することが難しいのだ。

 これは、射出する魔力の量と密度を「放出する際」に調整することで解決できるが、やはり高い技術力を要するだろう。

 デュアンの場合は、どんなものも高い魔力と高い密度で何とかしている。しかし、これでは燃費が悪いので、今後の課題となるだろう。


 要するに、放出魔導の本質は魔力で圧倒するという事だ。

 圧倒的な魔力総量が無ければ、サブウェポンくらいの立ち位置で使用するのが良いだろう。


 魔道活用法については、属性とは違い、得意不得意もきっぱり別れると思う。

 それぞれの活用法によって、意識する場所や感覚が全然違う。

 結局は努力でどうにかなるとは思うが、それでも得意不得意はあるだろう。


 最終的にはいくつかの活用法を上手く併用した高度な技を使うことになると思う。

 しかし、現状は知識も技術もまだまだ覚束ない。

 何故なら、俺達はこれまで対人戦だけで技術を磨いてきたからだ。

 魔獣相手なら存分に魔導を振るえるが、これまでのような模擬戦ではそれも難しかった。


 受付のお姉さんは記入を終えると、後ろにある階段を降りていった。

 そして、数分間の後、とある魔導具を抱えて戻ってきた。


「それでは、魔力総量を測定しますね」


 あぁ、やっぱりやるのか。苦手なんだよな、あの魔道具。


 この世界に置いて魔力総量を測定する場合、魔導具を使用することになる。

 その魔導具は、膨大な魔力を貯蓄でき、測定の対象に針を刺すと、全ての魔力を吸い取る。

 すると、吸い取った魔力量に合わせて、魔導具の特定の部分の色が変化する。

 その表示された色で魔力総量を判断するという仕組みだ。


 この魔導具は円筒状で1mほどの高さがあり、幅は30cmほどで、まぁまぁ大きい。

 俺達はかつて孤児院の一斉魔力診断でこれを使用した。


「こちらになります、腕を出してください」


 デュアンはカチャカチャと音を立てて装備を脱いでいる。

 俺は装備をまだ着用していないので問題なく腕を出せた。


 俺は恐る恐る腕を差し出す。この瞬間はどうにも慣れない。

 お姉さんは、針の部分を燃焼属性の放出魔導で器用に消毒すると、間髪入れずにぶっさしてきた。


 その後、毅然とした態度で淡々と魔導具を作動させることを告げる。


「では、吸いますよー」


 あぁっっ!! この感覚!


 この感覚が俺は苦手なんだ。全身の力が少しずつ抜けていく感じ。

 しかし、測定が終わった後に魔力が返ってくる感じは結構好きだったりする。


「……魔力量は平凡以下ですね」

「はい、すみません」


 お姉さんはちょっと残念そうに声色をやや落とす。


 我々の種族「賢族けんぞく」は比較的魔力至上主義のため、魔力が低いと何かと馬鹿にしてくる奴がいる。

 俺も孤児院に入る前は近所の年の近い奴らにごちゃごちゃ言われていたな、魔力要らずの拳でぶっ飛ばしてやったけど。


「まぁ、命は大事にするようにしてくださいね」

「……そうします」


 お姉さんは、挑戦的なニヤニヤした表情でそう言った。


 とにかく魔力をぶっ放して倒すのがいいらしい。俺はそうは思わない。

 賢族は種族柄知能が高いようだけど、識字率が低いことや、この都市がハンターを中心とした場所という環境ということもあり、蛮族思考の奴が多いのかもしれない。


「ちょっと、なんですかその反応! ニャータは凄いんですよ!!」


 デュアンが受付の机をバンッ! と叩いて、お姉さんに詰め寄る。

 こいつはこういう時、いつも俺を庇う様に怒る。

 それはうれしいが、このお姉さんからはそこまで悪意を感じない。

 スキンシップというか"いじり"という奴だったのだろう。


「え、あぁ、そ、そうですよね。配慮にかけていました。申し訳ありません」


 受付のお姉さんはそういって狼狽した後、頭を下げたままこちらを睨みつけてくる。

 しかし、確かに俺は凄いと思う。毎日毎日、性懲りもなく努力して、魔力が少なくてもどうにかデュアンに追いついている。

 模擬戦の勝率も24%だし、関係ないが算術も全然いける。

 だから俺は自信をもってお姉さんに喧嘩を売ることにした。あくまでスキンシップの範囲で。


「そうです、ニャータさんは凄いんですよ。お姉さん、今からすーんごい魔獣討伐してきますから、報酬は色付けてくださいね!」


 俺は、「すーんごい」の部分をかなり強調してお姉さんに啖呵を切る。


「そうです、色付けてください!」


 すると、デュアンも先程の態度で復唱する。

 しかし、そこは復唱しなくていいんだ。それが目的みたいになっちゃうから。


「い、いいでしょう。私の自腹で報酬には色を付けます。……ですが、サイズが物足りなかった場合は、減額ですからね!!」


 意外とかわいい所がある人だな。

 俺は、張り合いがある人は結構好きだ。

 といっても、別に「すーんごい魔獣」とやらを討伐する気はない。死にたくないしな。


 張り合ったお姉さんの啖呵を聞いた後、その場をあとにして初仕事となる魔獣を選定することにした。


「ニャータ! 初仕事だね!」

「だな」


 俺は、高揚する感情を何とか抑えながら、デュアンと共に依頼が張られている掲示板へ向かった。

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