プロローグ -孤児は才覚を芽吹かせる-

「ねぇ、ニ...タ...ニャータってば!」


 「うるさいな……」そう思いながら、聞き慣れた中性的な声に耳を傾けた。

 その呼びかけに段々と意識が目を覚まし、俺はぶっきらぼうに返事をする。


「なんだよ、夜明け早々に……」


 瞼を少し開けると、眩い光が眼球を焼き尽くすような感覚に陥る。

 俺は思わず瞼を閉じて「うぅ……」と呻き、毛布を頭に被った。

 この状態だと、目を開けるのに丁度いい明るさだ。――徐々に目を開けていく。


 いよいよ目が光に慣れてきた頃、俺の殻をがばっと捲り、女と見紛うような整った顔をした赤髪の男が笑顔で朝の挨拶をしてくる。


「ニャータ、おはよう! 食事の時間だよ!」

「ああ、もうそんな時間か……」


 結局、いつもの様に無理やりに外界へと放り出されてしまった。


 俺は、小さい頃に両親を亡くしたため、孤児院で生活してきた。

 ここでの生活は、実家にいた頃よりも不便だし規則も厳しいから少し窮屈だ。

 とはいえ、良い親友に巡り合えたし、院長や職員の人も皆優しい人たちだったから、嫌気がさすことはなかった。


 部屋のあちこちにある記憶の欠片との別れを考えると、つい感傷に浸ってしまう。


「ここまで、随分世話になったな……」

「そうだね、まだ寒期まで暫くあるだろうけど、荷物も纏め始めなきゃだね」


 俺の言葉にデュアンも共感すると、もう時期、荷造りに取り掛かり始めなくてはいけないことを示唆した。


 ――寒期。

 それは、一年の終わりの基準となる時期で、数百日に及んで恐ろしく気温が下がる。人々は、その時期に備えて予め食料なんかを貯蓄するのだ。そして、寒期が終わると新年となる。

 寒期は、大体1000日前後で訪れる。今日は「532日」なので、寒期まで300から500日ってところだろうな。


 そして、俺達は来年にはこの孤児院を出て、ハンターギルドに登録しに行く。

 孤児院では、成人すると独り立ちしなくてはならない。俺達は、今年で15歳で成人したため、来年からは自分たちでお金を稼いで生きて行くことになる。

 無論、そのためにこれまで訓練を積んできた。それでも、ちょっとでも油断すればあっという間に魔獣の餌だが。


「ハンターか……俺達、いつまで生きていられるんだろうな」

「ニャータはネガティブ過ぎるよ。生きようと思えば寿命が尽きるまで生きれるって!」


 デュアンは、こういう話題の時は、いつも強気だ。

 それは、もしかしたら俺が弱気だからかもしれない。俺はそんな自分があまり好きではないが、根拠がなく強気でいる必要もないと思う。

 デュアンに関しては、きっと自己暗示の一環だろう。そういうのも、実際大切だとは思う。


 しかし、寿命尽き果てるまでねぇ……。

 そんな奴ら、指で数えられるくらいしかいないんじゃないだろうか?


「まぁ、それを実現するには日々の鍛錬が欠かせないな」


 俺はそう言うと、二段ベッドから飛び降りる。


 数年前から、デュアンと一緒に戦闘の訓練を欠かさずに行ってきた。

 限りある資金を崩して、数百日の短い間だけ近接魔導術という戦闘術を学ぶために道場に通ったりもした。

 それ以外にも、俺達は常にハンターになることを指標に、努力と準備を重ねてきた。これであっという間に死んじまったら、笑い者だろう。当然、俺が一番笑う自信がある。


 俺が鍛錬について触れると、デュアンは目を輝かせてある提案をしてくる。


「それはそうだね。今日も模擬戦やろうよ!」

「だな。今日は右脚と左腕に魔力物質を生成して、バランスを取りながら戦うってのはどうだ?」


 俺達は、一見ありえない様な状況化での模擬戦を三日に一回くらいの頻度で行っている。

 勿論、キメの一手は寸止めで。


「へぇ! それ面白そうだね!」

「じゃあ、それで決まりだな」


 模擬戦のお題が決定したところで、ストレッチを始める。


 寝起きは身体が固まっているから、ストレッチをして身体をほぐす。

 これをすると、身体に血液が巡って、目も覚めてくる。清々しい気持ちで一日を過ごすためには欠かせない行為だ。

 起床するのが苦手なだけに、こういった工夫や習慣は大切にしている。


 更に、ストレッチをしながら、たった今空中に浮かせた一本の大きな腕を器用に使い、服を着替える。


 この大きな腕は、腕の形をした魔導具だ。

 魔導具は、魔力を動力源として、予め刻印された命令文に従って規定通りの動きをする道具だ。安物だと規定外の動きをしたりするので、魔導具に対しての高い知識力と洞察力が問われる。

 動かすと、一々小さな金属音がカチャカチャと鳴るため、個室で使用すると音が響いて少々やかましい。


 俺は、そんな二つの事を同時にこなしながら、窓から外を眺める。

 外には、この地を照らす魔導光球が熱をもたらしながら穏やかに輝いている。


 この魔導光球まどうこうきゅうは双子だ。名称は、「ラ・テラトール」と「ラ・フォルスール」という。

 テラトールよりもフォルスールの方が一回り小さく、照らす明かりもやや大人しめだ。

 そのため、テラトールが天に昇っている時間は"日の刻"、フォルスールが天に昇っている時間は"夕の刻"と呼ばれ、どちらの魔導光球も昇っていない時間は"夜の刻"という。


 魔導光球は、交互に天に昇る。

 一日の内訳は、日の刻が15時間、夜の刻が3時間、夕の刻が15時間、夜の刻が3時間の計36時間。


 この魔導光球は過去に呼んだ学術書によれば、俺達がいま立っている大地「ダレベス」よりもはるかに大きいとされている。


 それは、人族が解明したのではなく、謎の古代文書と思われる本に記されていたのだそうだ。

 この大地は星と呼ばれる球体であり、同じような球体が途方もなく離れた距離に無限に存在していると。眉唾もいい所だが、納得のいく理論も記されていたために真実だという学者が多いらしい。


 俺は、ストレッチと着替えを終えると、部屋を出た。

 通りすがった人と適当に挨拶を交わしながら、器型の魔導具である貯水槽へ向かう。

 その貯水槽から水を汲んで、桶に水を注ぎ、顔を洗う。

 完全に目を覚ますと、貯水槽のすぐ横にある鏡を見ながら寝癖を直して、食事をする為に食卓へ向かう。


「ニャータ! こっちこっち!」


 赤い長髪に黄色い瞳、黄褐色の肌を持つ女性とも見紛う顔を持つ男が俺を手招きする。


 今日は前髪の左側を三つ編みにしている。

 デュアンは「髪型を変えると気分が一新される感じがして清々しい」という理由で定期的に髪型を変える。

 過去に一度だけ位置の高い二つ結びにしていた時もあった。そういう時は恋人同士と間違われないように、極力避けるようにしている。


 俺はデュアンに招かれるままに隣へ座り、いつもと変わらない食事を前に、時間になるのを待つ。

 この孤児院では、日に一度の食事をする際に、決まった時間になるまで手を付けてはいけないというルールがある。

 俺としては個別にさっさと済ませてしまいたいが、顔を突き合わせて食べるのが嫌いというわけではない。


 そして、時間になると院長の「いただきます」という挨拶と共にパンと牛乳、いくつかの木の実を食べる。

 俺とデュアンは、いつも数分の内に平らげてとっとと外へ出かけてしまう。

 ――数分後。俺とデュアンはこの街の北部にある広い空き地で、模擬戦を始めようとしていた。


「よし、デュアン。右脚の脛と左腕の前腕に魔力物質を生成しろ」

「うん、わかった」


 俺とデュアンは、少し集中して生成魔導を使って魔力物質を指定の位置に生成する。

 その状態で軽く動き、バランスを取る感覚を掴む。


「これは、中々難しいな」

「よし、良い感じ!」


 今回の条件で重要なのは、強化魔導の分配だろう。

 強化魔導を使用する筋肉の位置と消費する魔力を上手く調整しなければいけない。

 それと、金属よりも重いほどの重量を持つ魔力物質を上手く活用すれば、攻撃や防御にも使える。逆に、上手く活用できなければまともに動くこともできない。


 何となく感覚を掴み、活用の仕方を想像したところで、足元の石を手に取った。


「そろそろ始めるぞ」

「俺はいつでもいいよ!」


 お互い20mほど離れ、適当な石を空中に投げる。

 俺達は、この石が地面に接触した瞬間を戦闘開始の合図としている。


 武器は、俺が浮遊した腕型の大きい魔導具で、デュアンは剣の魔導具だ。

 長所は、俺が多彩な攻守の動きで、デュアンは専ら速度と動体視力。

 お互いの得意分野が異なるため、如何に相手の長所を上手くいなして自分の長所をぶつけられるかが勝敗を分ける。


 ふぅ、と息を吐いて集中する。


 ――石を空中へ打ち上げ、気張る。

 その石が地面に衝突して音を発するその瞬間に備え、初動の動きに集中する。


 攻めか受けか。これは考えるまでもなく受けだ。

 デュアンは持ち前の速度を活かして速攻を仕掛けるのを得意としている。


 ――石が音を鳴らした。

 その瞬間、左脚に力を込めて、やや後退する。

 デュアンは速攻で俺の正面へ肉薄し、両手で握った剣を右斜め上から左斜め下に向かって振り下ろす。

 

 俺は、右腕の手のひらから前腕にかけて生成魔導で厚めの防護殻を形成してその一太刀をいなす。

 そしてすかさず、右脚で地面を蹴って左後ろへ移動した。

 それとほぼ同時に、デュアンは眉間に集めた魔力の性質を硬度に転じて放出魔導を発動する。

 その放出魔導は俺の居た場所を一直線に一閃し、射線上にあった太い木の幹を抉った。


 その後、左脚で着地し、左手で拳を作った。

 そのまま左足で地面を蹴って殴る――と見せかけ、拳を開いてデュアンの左側の頭部に添える。

 そして、魔力性質を硬度に設定し、軽く射出する。


「うわぁ!?」


 思わずデュアンが声を上げる。


 デュアンは、俺の放出魔導によってバランスを崩し、左腕を地面に付いて横向きに倒れた。

 俺はすかさず魔導具の大きな腕で拳を作り、作用魔導を用いて力を働かせ、叩きつけるように殴る。

 デュアンはその大きな拳を、身を翻して間一髪で回避し、作用魔導で自身を俺から離れるように吹っ飛ばし、50mほど距離を取った。


 この時点で、元々30%程度あった俺の勝率は10%以下まで下がった。

 何故なら、俺の魔力総量は常人の半分以下だからだ。

 それを補うために魔力を貯蔵できる指輪型の魔導具を3つ嵌めているが、それでも、残り半分を切った。重い魔力物質に耐える為に絶えず強化魔導を使用しているが、それが一番魔力を消費している。

 そして、デュアンの魔力総量は常人よりも遥かに多い。


 俺に残された選択は、恐らくカウンターくらいな物だろう。

 しかし、これだけの距離を取られてしまうと、それも難しい。


 なんなら、このまま放出魔導を撃ち込まれ続ければいつか直撃するだろう。

 そんな姑息な手段、訓練にならないから使うことはないが。


 となると、やはり再び肉薄してからの近接戦になるだろう。

 俺は、それを上手くいなしてカウンターで仕留める。


 ――数秒間の膠着こうちゃく

 最大限の集中をして、デュアンを迎え撃つ準備をする。

 遠目で、デュアンが力んだのが見えた。間もなくして、膠着状態は途切れるだろう。

 俺もその攻撃に備えて姿勢を低くする。


 ――その瞬間。

 これまで見たことのない速度でデュアンが急接近してきた。

 反応できないほどの速度に思考が停止する。

 何もできず、俺はデュアンの拳が俺の顎の横を直撃する。

 鈍い音が脳に響いたかと思うと、視界が暗転し、朦朧とした意識の中でいつかの花畑を歩いていた。


 暫く綺麗な景色を眺めていると、徐々に意識が覚醒していき、目を覚ます。

 視界に映った天井には、数年前にデュアンと一緒に石で彫った「理想のハンターになった俺達」がある。ということは、ここは俺の部屋だろう。

 

 自分の場所を把握したところで、下手くそな彫刻を眺めながら思考を整理する。

 俺は模擬戦で敗北した。敗北自体はこれまで幾度となくしてきたため、特に変な事ではない。

 問題は最後の一撃を入れる直前のデュアンの速度だ。あんな速度はこれまで見たことがない。

 となると、俺が導きだす答えは一つだ。


「デュアン、お前これまで手加減してたな?」


 俺がベッドで仰向けになりながら呟くと、そこにいるであろうデュアンは数秒間の沈黙の後、過去の出来事を語りだす。

 

「昔から、俺は周りよりも飛びぬけて戦闘のセンスが高かった。それだけじゃなくて、魔力も他の子たちよりも多かったから、訓練学校に通っていた時は負けなしだった」


 その後の話では、デュアンが只々戦うのが楽しくて色んな人に模擬戦を申し込んでは圧勝をしていたということが語られた。

 ここまで聞くと何となく先の展開が想像できるが、俺はデュアンの話に耳を傾け続ける。


「ある時、俺が良く遊んでいた友達を模擬戦に誘うと、その子は『他にやることがあるからできない』と言って、誘いを断ったんだ。

 俺は悲しい気持ちになったけど、それは、誘いを断られたからじゃなくて、俺と関わるのを拒絶したような感じがしたからだと思う」


 デュアンの話では、そのよく遊んでいた友達とは次第に疎遠になり、その友達は別の友達とよく遊ぶようになっていったのだそうだ。

 そしてその後、デュアンはその経験がトラウマになり、模擬戦で本気を出すことがなくなったと、震える声で説明した。


 そんなデュアンに、俺は一つの疑問をぶつけた。


「じゃあ、なんで急に本気を出す気になったんだ?」

「それは……」


 俺が疑問をぶつけると、デュアンは少し考えた後、口を開いた。


「本気を出したくなったから、だと思う」


 「なんだそれ」と最初は思ったが、恐らく興奮を抑えきれなくなったとか、そんなことだろう。

 俺も本で得た知識は思わず試してみたくなるものだ。


 何故か反省しているような声色のデュアンを諭すように、思ったことを素直に話してみる。


「俺達がこれから挑むことになる魔獣は、お前をも軽くあしらうことができる奴らが山ほどいると思う。そいつらに挑むなら、俺はもっと強くなる必要があるし、共闘するのだから、お前がどこまでできるのかを把握する必要もある」


 自分で言ってて、本当に先のデュアンまでの領域に到達できるのか怪しいと思う。

 でも、やらなければ絶対に辿り着けない。


 上がいるという事は、努力の指標があるという事だ。

 これからは稽古をつけて貰うような気持で、しごいてもらおう。


「これからは、全力で戦ってくれ。お前の実力はお前の努力で勝ち取ったものだ、出し渋ることはない。俺は、お前よりも多く努力しないとお前には辿り着けないが、その努力ができる。そして、その努力ができるようになったのは、魔力が少なかったからだ。そうやって、上手く均衡が取れてるんだよ」


 そして、俺はひょいと勢いよく身体を起こし、横柄な態度でこう告げる。


「デュアンお前、もっと本気で努力しないと、俺に勝てなくなるぞ」


 俺がそう言うと、デュアンは固い表情を崩して微笑みながら返事をした。


「そうだね、もっと強くなろう! 一緒に!」


 それからの模擬戦は、ことごとく敗北を喫っしていたが、徐々に速度にも慣れてきて、対応ができるようになっていった。


 ――数百日後。

 もうすぐ寒期が訪れる頃、俺達はとある場所を訪れていた。


「懐かしいな」

「そうだね」


 この場所は、孤児院のすぐそばにある路地裏。

 そして、初めて喧嘩をした場所だ。


 当時、俺は孤児院のすぐ横にある広場、その大きな木がつくる木陰で魔導書を読みふける日々を過ごしていた。

 そんなある日、デュアンがしつこく付きまとってきたことがあった。

 魔導書について質問してきたり、ここに来る前は何をしていたのかだったり……その無垢な質問に耐え兼ねて、俺は場所を変えようと人の少ない路地裏を歩き回っていた。


 それでも執拗に話しかけてくるため、俺は一日を無駄にしているような感覚に苛まれた。

 最初は無視したり適当に返答してデュアンが勝手に去っていくのを待っていたが、その検討も虚しく、一考にデュアンはその態度を変えずに付きまとってきた。段々と不快感が募っていき、ついには怒りを露にした。

 すると、デュアンは怒っている俺を前に、戸惑うような仕草をした。デュアンに悪気はなかったのだろう。


 何故俺がデュアンを避けていたのか――それは、面倒くさかったからだ。

 今でこそ一人称が「俺」になって立ち居振る舞いも男らしくなったが、かつてのデュアンは一人称が「僕」で、俺が強い口調で物を言うと泣きそうな顔で沈黙するような奴だった。

 そんな女々しいやつの相手をするのは非常に疲れを覚えた。まして、俺は魔導書を読むことに没頭していたから余計に関わりたくなかった。


 俺は、デュアンを泣かせて追い払おうと画策し、「お前はどこでそんな高度なストーカー技術を学んだんだ?」と皮肉をぶつけると、デュアンはその言い草に怒りの念を垣間見せた。

 その後、お互いの掛け合いが段々と盛り上がっていき、試合開始のゴングが鳴り響く――――

 という感じで、お互いの魂をぶつけ合う喧嘩に至ったのだ。


 今考えると、デュアンも一緒に魔導書を読んだり、静かにしているように言えば問題なかったかもしれないと思う。

 しかし、その出来事のおかげでここまで仲良くなれた。当時の俺には感謝している。


 今日、ここへは見納めに来た。

 もうすぐ寒期が到来するため、家に篭る。

 寒期が明けると、最低限の荷をもって次の住居がある街へ引っ越していく。

 しっかりと時間を作ってこの景色を拝む機会はもうほとんどないだろう。


「ハンターになっても、一年に一回くらいは帰ってこようね」


 デュアンがそう提案する。


「そうだな」


 俺はその提案に賛同する。

 その賛同は、「生きて、帰って来よう」という決意の表れでもある。

 

 ハンターとは、魔獣を狩ることを主とした職業だ。

 かつての英雄たちの伝記を聞いた子供の多くは、ハンターを目指すことになるだろう。

 といっても、魔獣は生半可な覚悟で討伐できるほど生易しくはない。ハンターを志した者の半分以上は一年を待たずに骸となる。

 しかし、そう言った現実を知る機会が訪れた頃には、既に死が目前だ。


 そんな過酷な世界に好んで足を踏み入れようとしている俺達もまた、現実を理解できていないのかもしれない。

 それでも、人族の発展という大義に貢献できるのなら、それでもいいと思う。というのは建前で、本当は単純に自分がどこまでいけるのかを知りたい。


 魔獣は強く、賢い。これは昔から両親から耳が痛いほど聞かされたし、孤児院でもそれは同じだった。そして、俺はそれを肌で感じたことがある。


 「森に行ってはいけない」

 

 その忠告を無視して、一度だけ森を訪れたことがある。

 特に、何が見たいとか、特定の目的があったわけではない。――ただ、行ってみたかった。


 見たことのない植物や木の実を目にした時は、心が躍った。

 とはいえ、奥に行くのは危険という事はわかっていたから、入口付近で木の実を採取したりしていた。


 暫くそうしていると、突然物音がする。

 俺は音のした方に顔を向けると、そこには両手でやっと抱えられるくらいの大きさの生き物が佇んでいた。

 

 ――魔獣だ。

 俺は、なんとかその場を離れようとゆっくりと足を後方へ移動させたが、運悪く木の枝を踏んでしまい、パキッと乾いた音を鳴らしてしまった。

 その音を聴くや否や、その魔獣は俺のすぐ横を捉えきれない速度で横切って、どこかへ去っていった。

 その際、耳を少し切られたが、それだけで済んだ。

 どんな生態の生き物なのかは今でもわからないが、人を喰らう様な魔獣ではなかったのかもしれない。


 俺が、当時の出来事を思い出しながら少し視線が高くなったこの場所をまじまじと眺めていると、デュアンが懐かしい話を持ち出した。


「昔、ここで悪党を懲らしめたことがあったよね」

「あったな、そんなことも。喧嘩が終わった直後だよな?」

「そうそう!」


 俺達と同い年くらいの女の子が誘拐されかけてたところを俺達が協力して退治したんだ。

 俺が策を考えて、疑うことなくデュアンがそれに従って、見事打ち倒して――。

 運よく相手が弱かったから勝てただけだろうけど、いい思い出だ。


「あの時、逃げないとって思ったんだけど、ニャータは間髪入れずに走っていったから、俺も思わず引っ張られちゃったよ」

「そんな風に思ってたのか」


 あの時は、俺が突っ走った事にも理由がある。

 その理由がなければ俺はもしかしたら助けに行くかを迷っていたかもしれない。


「にしても、お前も随分魔導活用法が上達したよな。最初は放出魔導で火力の調整ができなくて物壊しまくってたし」

「あはは、そうだね。院長についてきてもらって岩を相手に練習していたのを覚えてるよ」

「そんなことやってたのかよ」

「あ、そういえば言ってなかったね」


 こいつもやっぱり努力をしていたんだな。

 俺は、ここまで日々努力を積み重ねてきた。だから、一見努力の形跡が見えなくても、技術を持っている奴は尊重するようにしている。

 今回、こいつの努力の形跡を知れたのは嬉しく思った。それは、自分の努力を認める材料にもなるからだ。


「でも、生成魔導や作用魔導はまだまだ苦手で、遠隔魔導なんて全く使えないよ」

「まぁ、それもいつかできるようになるだろう。絶えず訓練は必要だがな」


 ――魔導活用法。

 それは、体内に存在する魔力に命令を出し、特定の働きを誘発させるというもの。

 放出魔導は、魔力を放出する位置に集中させ、そのまま射出方向に向かって飛ばすという魔導活用法で、強化魔導は、魔力を筋肉に混ぜて通常より強い力を発揮できるようにする魔導活用法。


 その他にも、生成魔導や遠隔魔導、作用魔導に……熱魔導なんてのもある。

 熱魔導に関しては、俺が読んだ魔導書には記されていなかった。どうやら上級者向けらしい。


「んじゃ、そろそろ戻ろうぜ。もうすぐ夜だ」

「そうだね」


 そう言って、日が沈み始めた路地を歩き、孤児院へと戻っていった。



 ――――そして、数百日の時間が流れた。

 「ベティリア歴393年 857日」に一年の終わりを告げる寒期が到来した。


 これまで世界を目覚ましく照り付けていた魔導光球は活動を停止し、世界は闇に包まれ、気温はみるみるうちに下がり、外は一面雪景色。

 魔獣は活動の休止を余儀なくされ、俺達もまた同じように行動を制限される。

 外に出ることすらままならない過酷な寒期は1250日まで続いた。


 そして、寒期が終わり「ベティリア歴394年」になると暖かな風が吹き、植物が芽を出し始め、魔獣たちもこの大地の表へ姿を現す。


 ――――それだけではない。

 孤児院で育った、二つの力強い種も、芽を出そうとしていた。

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