第五十九話 兄と妹
獣人王国は森を抜けていくので、馬車は入り口まででここからは徒歩で侵入しなければいけない。
獣人たちを強く育てる森は、魔物たちも強く育てる自然の環境は雄大だ。
森の中には、滝があり、見たこともない花々が咲き乱れ果実がなっている。
「これはなんだ?」
「それはリンガにゃ! 甘酸っぱくて美味しいにゃ」
「これは?」
「それはクモモにゃ! 毒のある魔物にゃ!」
ガリアさんに解説をしてもらいながら進むのは楽しい。
騎士たちは森を歩くのに疲れた様子だ。
騎士たちが来ている鎧が歩くということに向いていないのだろう。
軽装なサファイアとベラは平気そうな顔をしている。
それが意外の騎士たちは疲れている。
半分ほどまで来ると、獣人王国の使者がやってきた。
「ようこそ、我らが獣人王国へ」
やってきたのはミーニャに似た猫獣人の女性と、数名の獣人騎士たちだった。
軽装でありながら、屈強な戦士ばかりだ。
「アミ! 迎えご苦労にゃ!」
「おやおや、女王様は随分と砕けた話し方をされているのですね」
「むむむ、確かにそうにゃ! だけど、この方がマクシム様に可愛いと思ってもらえるのにゃ!」
「あらら」
どうやら使者としてやってきた人はアミさんと言って、ガリアさんの知り合いのようだ。
「改めて、自己紹介させていただきます。獣人王国内務大臣をしております。アミにございます。我々は姓を持たぬので、ユーグドラのアミとでも名乗っておきましょう」
「マクシム・ブラックウッドです。私は交換留学生として。それ以外の者たちは数名の男性は、使節団として移住を考えている者たちです」
森に入ってからは、ビビりまくっている男性たちだが。
彼らは王国に帰ることは許されない。
自ら名乗り出た者がほとんどだが、なんらかの条件を飲んで参加した者もいる。
私は詳しく聞くつもりはないが、獣人王国との友好の証として、差し出されたことは疑う必要はない。
「マクシム様ですね。ようこそおいでくださいました」
握手を求められて、私に握り返すとそっと私の耳に口を寄せる。
「女王をお好きにしていただけましたでしょうか? でしたら、マクシム様が獣人王国にそのまま移住されることも我々は歓迎いたします」
さすがは内務大臣をしているだけの人だ。
ガリアさんの天真爛漫な様子とは異なり、こちらの様子を伺っているのが伝わってくる。
「それも含めて獣人王国を楽しませていただきます」
「ふふ、どうやらマクシム様はとても聡い方のようです」
アミさんがきたことで、ブラックウッドの騎士たちとはここで分かれることになる。
「皆、ここまでの旅を快適に過ごすことができた。本当にありがとう」
「兄様!」
サファイアが私の胸に飛び込んでくる。
私もサファイアを抱きしめてあげて、頭を撫でた。
「こら、みんなが見ているぞ」
「また、会えなくなるのです。これぐらいは許してくださいませ」
「ああ、私の愛しいサファイア。王国に帰るときまで元気にしていてくれ」
「はい! もっと強くなり、兄様を私だけでも守れる存在になります」
サファイアも王国の現状について、母上から少なからず聞いているのかもしれない。
「兄様が助けたシンシアは元気になって、私と一緒に兄様を支えるために勉強しています。ヴィは魔法の師匠に一人前だと言われて、独自の研究を始めました」
皆、私が知らない間に成長をしていっているのだな。
「私たちは兄様が王国で幸せに暮らせる場所を作ってみせます」
「ありがとう。私も王国は故郷だと思っているよ。だから、必ず帰ると約束しよう」
「はい。その約束が果たされるように助力いたします」
それは今生の別れをするように私たちは最後の抱擁をした。
そっと離れるサファイアの瞳に涙はない。
「交換留学をどうぞお楽しみください」
「ああ、サファイアも楽しんでくれ。騎士として強くなるだけじゃダメだぞ。勉強もちゃんとしなさい」
「はい! シンシアと賢くなります!」
かつての世界ではシンシアは死んでいた。
だからこそ、心配ではあったがサファイアの良き友人になってくれているようだ。ヴィは大きくなったら私と結婚して欲しいと思う大切な人だが、それもまた彼女の人生だ。
彼女が私を望まないのであれば、独りよがりになってしまう。
「それでは、兄様をよろしくお願いします。ガリア様」
「任せるのにゃ! 必ず、無事にマクシム様を王国にお返しするのにゃ!」
二人は姉妹のように固い握手を結んでいた。
残り半分進めば、獣人王国に到着すると思えばどうしても王国への想いが浮かんで来て寂しさを感じてしまう。
「マクシム様」
「どうしたんだい? べら」
「王国の情勢が崩れるという噂が流れております」
「うん? どういうことだ?」
「イザベラ王女様の選んだ花婿がナルシス様だということに不満を感じる者たちがいる様子で。第二王女様とマクシム様を婚姻させて女王の座を奪おうという声が出ております」
なるほど、イザベラ様にも色々あるのだろう。
「ほとぼりが覚めるまで、のんびりさせてもうよ」
「はっ!」
ベラにはサファイアを安全に王国へ送り届けてもらう必要があるからね。
獣人王国の案内人と共に帰っていくサファイアたちを見送って我々も先へと進んだ。
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