サイド ー 聖男 10

《sideナルシス・アクラツ》


 半年前に俺はマクシムに敗れた。

 それは俺なりに追い詰められて行った行動であり、その後にイザベラ王女様や側近たちから監視されるような視線を向けられるようになったことで、身動きが制限されることになった。


 それはマクシムに対して、バカなしないようにするためだと思っていたが、違っていることに次第に気づき出した。


「イザベラ様?」

「なんだ?」

「いえ」


 興味がなさそうにつまらない態度を取るイザベラ様。

 俺が大人しくしていると、どこかつまらなそうな顔するのだ。


 だからといって、こちらを攻めるようなことはない。


 俺は不気味に思いながら、動きを制限して己を高めることに努めた。

 マクシムに負けたことは単純に悔しいと感じていた。

 だから、魔法学や騎士学に力を入れて学び出した。

 これまではアーデルハイド先生以外からまともに授業を聞いていなかったことを思い出す。


 俺は勉強が嫌いじゃない。

 幸い、ナルシスは頭が良くて優秀だ。

 体を使うことも、魔法の才能も溢れているからやればやるだけ自分の力になる。


「そうだ。ナルシス」

「はっ!」

「マクシムに言伝を頼まれてくれないか?」

「えっ? 私がマクシム・ブラックウッド様に言伝を言うのですか?」

「ああ、何か不都合はあるか?」

「いえ、問題ありません」


 問題はないが、イザベラ様の代わりに話し出した宰相女の言葉を聞いて耳を疑う。


「それは! どうして?」

「何を驚くことがある。ここは女性が多い国だ。女の口に戸は建てられぬ。情報を隠したいと思うなら、人が見ていない場所でするしかない。だが、男が見られない場所があればだがな」


 背筋に冷たい汗が流れた。


 俺はどこかで自分こそが少ない男で、女たちを従える頂点に立てるとどこかで思ってきた。だが、この国は女性で構成されている国なのだ。

 何も考えないでガムシャラに尽くしていてもダメ。

 だからといって、従順でいればいいというわけでもない。


「どうかしたのか?」

「いえ、伝えて参ります」


 恐ろしいことを考えてしまった。

 俺はその場を離れて、マクシムの居場所を探そうとして、出たところで近衛騎士のアロマを見つける。


「失礼。マクシム・ブラックウッド殿の居場所を知らないか? イザベラ王女様から言伝を預かったんだ」

「あっち」


 そういって、アロマはすぐにマクシムの居場所を教えてくれた。


「よく知っていたな」

「うん。マクシムは私が守っているから」

「えっ?」

「なんでもない。ほら、行って」

「あっ、ああ」


 ここでもイザベラ様に感じたものと同じ恐怖を感じた。


 そんなこともあったからか、マクシム・ブラックウッドがいるテラスに行っても戸惑うことなく椅子へ座ることができた。


 だが、あまりにも呑気にしているマクシム・ブラックウッドを困らせてやりたくなって、俺が感じた恐怖を伝えてやる。


「マクシム・ブラックウッド。貴様は監視されている」


 驚かそうと言ってやったのに、マクシムはしばらく考える素振りを見せ。


「王女様か」


 こいつはすでにわかっているんだ。

 筆頭花婿候補、マクシム・ブラックウッド。

 どこか半年前とは別人の雰囲気に見える。

 

「罰ねぇ、お堅い真面目人間なのは変わっていないようだな」

「お堅い真面目人間か……、貴様は腹黒、あざと男子だな」

「なっ!」


 暴力でも、正論でもなく揶揄するような物言い言い返されると思っていなくて、絶句してしまう。


 マクシムはテーブルの上に置かれたカップを飲み干して立ち上がる。

 

「お前は、随分と変わったんだな」

「そう……なのだろうか? 自分ではわからんよ。ただ、自分に正直に生きたいと思っている。たとえ、裏切られて死ぬことがあったとしても、後悔のない生き方をしたい」


 その言葉には重みがあるように感じられた。

 そして、女王様の行動に対して、マクシム・ブラックウッドなりの諦めと理解があるように感じられてイラッとする。


 自分たちはわかり合っているような態度だ。


「……なんだ。暗いのはそのままじゃねぇか。俺は行くぞ。伝えなければいけないことは伝えた。それと、獣人女王ガリア殿が貴様と共に帰還される。その際に、王国より獣人王国に移住してもいいと言う男性も数名同行させる。友好の証としてだ。男性たちは強制ではないことを忘れるなよ」


 さっさと、獣人王国でもどこでも行ってくれ。


 その間に、俺は王国で自由にさせてもらう。


 必ず、お前が帰ってきた時には居場所がなくなるくらいに王女様の心も、他の女たちの心も俺が掴んでやる。


「アロマ、貴様はついていくのか?」

「行かない。行きたいけど、王女様に禁止された」

「ふん、そうか」


 監視はこの女じゃないのか? いったい誰がマクシムの監視をしているのか知らないが、最大の裏切りだな。


 俺はマクシム・ブラックウッドの背中を振り返り、無言で視線を逸らした。

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