第五十三話 東方の商人

 私は女性のことを学ぶと同時に領地経営の勉強を怠ってはいない。

 今後は母上や、サファイアの助けになるために領地の経営に携わりたい。

 そのための勉強として、二年次からは帝王学と商売を学べる経営学を習得することにした。


 だが、かつての私は同じ商人でも経営ではなく、市場調査や物流の流れなど国に携わる内容が多く。

 今回のように店を経営したり、一つの領地の運営をするような勉強をしてはいなかった。


 そのため初めて出会う学友たちに驚いてしまう。


 そして、その一人である女性に圧倒されていた。


「そうすれば、我が領は安定すると思います」

「マクシム様! それはいただけまへんな」


 分厚いメガネにビシとこちらを指差す強気な態度。

 そして、東部地方の訛りを持った女性は初めて出会うタイプだった。

 同じ商売人で、私の妻であるグレースは、大人の女性という感じで、同じ商人でもタイプが違うようだ。


「えっと、どこが不味かったのだろうか?」

「なんやわからへんのか?」

「ああ、済まないが教えてくれないか?」


 私は口角を上げてしまう。

 彼女のように正面から否定されることは珍しいので楽しくなってしまう。


「ええやろ。教えたる。ええか、現在の王国は裕福や。せやけど、場所によってはそうやないところもある。互いの領は平等やないんや。ブラックウッドは田舎やけど、膨大な土地と自然に溢れているやろ?」

「そうだな。北は雪に包まれているが、南は草原が広がっているよ」

「そやろ。せやけどな、領によっては、砂漠があったり、荒野が広がっていたりするんやで。それらの情報を常に掴んで、適応していかなあかん」

「なるほど」


 彼女は東部の出身で、商人として成功している家の出で、貴族としては男爵に位置する。それでも侯爵家のボクに物怖じすることなく話してくれるので好きや。


「人間はな欲求があるねん。生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現の欲求の五つや」


生理的欲求


食事や睡眠、排せつといった人間が生きていくための本能的な欲求


安全の欲求


身の危険を感じるような状況から脱したいという欲求。

心身共に健康、かつ経済的にも安定した環境で、安心して暮らしたい。


社会的欲求


集団に所属したり仲間を得たいという欲求。

具体的には、家族や友人、会社などから受け入れられたいと願う欲求。


承認欲求


他者から認められたいと願う欲求のことです。

具体的に言うと「所属している集団の中で認められたい」、「他者から尊敬されたい」といった欲求。


自己実現欲求


ここまでの全ての欲求が満たされた場合に至るのが自己実現欲求。

自分が満足できる自分になりたいという欲求。


「商売人なら、それらを満たしたらなあかん。まずは、生活を。次に安全を。そして、仲間を。それができたら仲間に認められる技術を。最後は満足できる自分へのご褒美や」

「それはわかるが、どうして私の意見がいけないんだ?」

「マクシム様が言うてるんわ。自分とこばかりが良ければええ言うとるのと一緒や。商売人にだって、買ってくれるお客さんがおるように、売るための仕入れ先があるんや。商売人だけが儲けるようになったら、誰かが泣きをみなあかん。マクシム様の意見は自分のとこは儲けるから他は泣け言う仁義無きものや」


 なるほど、ニコラ・フューチャーズさんの言うとおりかもしれない。


 私はアング子爵の一件もあったので、自分の領を守ることを考えていたように思う。だが、本当に領に帰って発展させることを目指すのであれば、他領との交流は大切にしていかなければならない。


 そこが抜けていたことをニコラ嬢に指摘されたのだ。


「うむ。君の意見は最もだね。ニコラ嬢は商売のバランスを考えているのか?」

「なぁ、マクシム様は、農業している人を見たことあるか?」


 私はふと、米を作ってくれる者たちの顔を思い浮かべた。


「ああ、ある」

「なら、その人たちが一生懸命作った物を売ってやりたいと思うやろ? それも買った人が喜ぶようにってな」


 同い年とは思えないほど多くの視野を持った子だ。

 彼女のような人間が王国の財務大臣についてくれたらいいが。

 だが、国側とすれば国を安定させてくれる財務大臣を据えることだろう。


 彼女の言い分は理解はできるが、甘すぎるのだろうな。

 私は、彼女の言い分を理解しながらも、国の市場などを見ていた側でもあるので、彼女の言い分だけでは成功しないことも理解してしまう。


「ニコラ嬢は優しいのだな」

「なっ!」


 私の発言にそれまで生き生きと発言していたニコラ嬢が顔を真っ赤にして後ずさっていく。


「うん? どうかしたのか?」

「なななんあなななななん!!! なんでもないわ!! 今日はウチの負けにしといたる!!!」



 どこに勝ち負けがあったのかわからないが、私は彼女の意見に感心してしまう。人それぞれの価値観があり、考え方があるが、立場が変われば考え方も変わる。


 難しいものだな。


 

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る