サイド ー 聖男 9

《sideナルシス・アクラツ》


 目が覚めると、そこは医務室だった。


 そうか、僕は負けたのか。


「白い天井だ」

「医務室だからな」

「えっ?」


 声をかけられて驚いてしまう。

 横に視線を向けると、イザベラ様が座っていた。


「イザベラ様! このような姿ですみません」


 起きあがろうとするが、上手く体の言うことが聞かない。

 全身が痺れて力が入らない。


「良い。寝ていろ。雷を受けて全身が痙攣しているんだ」

「……申し訳ありません。負けてしまいました」


 イザベラ様から顔を背けて涙が流れてくる。

 自分が情けない。

 何もかもが上手くいかない。


「ああ、マクシムは強かっただろ?」

「ご存じだったのですか?

「もちろんだ。幼馴染だからな」

「……恥ずかしい姿を見せてしまいました」


 もしかしたら、花婿候補を下ろされるかもしれない。

 マクシムを花婿候補として、取り立てるかもしれない。


 それは仕方ないことだ。

 僕は負けた。


 策を労しても勝てない。

 戦闘も、勉強も、モテると言うことにおいても何一つ。

 マクシムには勝てなかった。


「何も恥ずかしいことはない」

「えっ?」

「貴様のことを見直したぞ」

「それはどういう?」

「私が貴様を選んだ理由は、他の者よりも顔がマシだったからだ。だが、実際に会った貴様は他の女の尻を追いかけて、私に尽くそうともしない。別にそれであっても最終的に花婿候補から降ろせば終わりだ」


 僕は、僕が選んでいるつもりになっていた。

 だが、イザベラ様も僕を見定めていたんだ。


「小賢しい考え方をしていようと狡賢く生きようと貴様の勝手だ。そして、それは貴様という人間の本質なのだろう。だが、全てのことが上手くいかなくなった時、人間の本質が現れる」

「人間の本質?」

「そうだ。それでも相手を陥れて狡く汚く生きるのか? それとも叶わない相手にから逃げるのか? 貴様にはそのような方法も選べる人間だと思えた。だが、貴様が選んだ道は、正面から戦いを挑むことだった」


 違う。他に何もないからだ。

 ただ、マクシムを殴ってやりたい。

 傷つけたいと思った。


 褒められるようなことは何もない。


「貴様は負けたが、性根が腐ったやつではないということはわかった。これまでの行いもあるので、今後を見てということになるが、貴様の評価はプラマイゼロにはなった」


 はは、マイナスだったのかよ。


「マクシム・ブラックウッドは騎士の家系に生まれ、私の花婿になるために幼い頃から全てのことについて鍛え続けていた者だ。貴様のように成長してから訓練を始めた者が早々に勝てる相手ではない」


 イザベラ様がマクシムについて詳しく語るのでは、いつの間にか僕の瞳から涙は止まり、イザベラ様に視線を向ける。


「イザベラ様はマクシム・ブラックウッド様が好きなのでしょうか?」

「うむ。正直はわからん」

「えっ?」

「先ほども言ったが、幼馴染だ。貴様は友人だと思っていた者をいきなり好きだと思うのか?」

「あっ!」


 確かに、好きになるには何か瞬間があるように感じる。

 男なら、女性を求めるようになった時に近くにいた女性に対してそういう思いが起きることもある。

 

 だが、女性はどうなんだろうか? 僕にはわからない。


「そうだな。マクシムは、見た目も他の男たちよりもいい。強く、賢く、いい男だとも思う。だが、真面目な性格と堅物なところがどうにも私と合わないと思っていた。そんな折にマクシムが花婿候補を辞退してな」

「辞退?」

「そうだ。辞退した当初は気にも留めていなかったが、学園で久しぶりに会ったマクシムは真面目なだけでなく、様々な女に優しく接して、堅さが取れていた。それは私が知るマクシムとは別の人物だった」


 別の人物? 僕はマクシムを一人しか知らない。

 だが、イザベラ様が知るマクシムは別の人格があるのか?


「ただ、それは悪意味ではなく。むしろ、男として魅力的になっていた」

「魅力的にですか?」

「そうだ。自信が見れた」

「自信?」

「そうだ。女性から見た男性の魅力とは、やはり自信だと私は思う。余裕があり、動じない心と、女を受け止める度量。そのような者を持っている男は多くの女性たちを虜にするだろう。マクシムは、裏付けられた知識と強さを持ち、自ら行動できる余裕と心。それに女を受け止める度量を持ち合わせて入学してきた」


 ベタ褒めじゃないか。


「だが、それはこれまでのマクシムの努力なのだろう。だが、ナルシス」

「はい」

「貴様は、これからの男だ」

「これから?」

「そうだ。貴様はこれから多くを学び。これから余裕を手に入れる男だと私は思えた。今回の戦い。困難に対してお前は正面から向き合える者だ。だから、自分を卑下することなく。今のまま励め。私は卒業の際までに貴様を見定める」


 イザベラ様が立ち上がる。


 後には、リリーとガーリが心配そうに僕を見ていた。


「少なくとも、私以外にも貴様を心配してくれる者がいるのだ。貴様も捨てたものじゃないと思うぞ」


 それだけを告げてイザベラ様は立ち去っていった。


 僕はまだ男としては見られていない。

 

 マクシムに負けて、悔しいが清々しいと思えてしまう。

 僕は僕なりに成長して、マクシムに勝ってやるよ。

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