第四十七話 生態調査

 私は、イージス先輩に教えてもらったことを考えて眠れないでいた。

 記憶が戻った際に思ったことを思い出した。

 大切な人たちを守れる力が欲しい。

 そして、女性のことをもっと知りたい。

 

 どうして私は処刑されたのか? どうして私は女王様から愛されなかったのか? 私はあまりにも無知で、世界を知らなさすぎた。

 

 魔法だけでなく、この世界を知らなければいけないんだ。


「マクシム様」


 夜中に湯を飲むために食堂に降りていくと、アルファが座っていた。

 

「アルファも喉が渇いたのか?」

「はい。マクシム様もですか? 良ければお茶を入れましょう」

「すまない」


 女性が多い学園の中で、従者以外の者には入ることができない食堂。

 夜中でも安心して使うことができるので、誰もいないと思っていた。


「マクシム様、学園はいかがですか?」

「いかがとは、どうしたんだ?」

「学園が始まって一ヶ月ほどの時が経ちました。変化があったのかと思いまして、マクシム様は学園に入られて何を成すのか、何を成したいのか? それを知りたいと思ったのです」


 私はアルファに問われたことで、しばし思考を巡らせる。


「アルファは、いつも私の味方だな」

「何を言われるのですか? 当たり前ではありませんか」

「ふふ、アルファ。私は何をしたいのか、正直わからないでいた。目標を見失っていたんだ」

「目標を見失っている?」

「ああ。かつての私は花婿になるために、それだけを一心不乱に邁進してきた。そして、やり直すことができた時。私はナルシスへの復讐と、自分の大切な人たちを守りたいと思った」


 そうだ。だから、魔法を覚えようと思った。

 得た知識を使って人を助けようと思った。

 未来を思ってナルシスを止めようとも思った。


 はて、それが本当に私がしたいことなのだろうか?


 イージス先輩は言っていた。


「世界は大海原だよ。多くの女性たちが君を求め、君を知ることになる。優しいだけの男でいちゃダメだ。君はもっと太々しく、図々しく、狡賢く、悪い男になりなさい」


 かつての私は無表情、無感動、冷血漢と言われるような男だった。


 そして、最後は悪男として処刑された。


 だが、イージス先輩は悪男になれという。


「今は何を思うのですか?」

「己が才覚を試してみたい」

「才覚を試すですか?」

「そうだ。守るだけでなく、待つだけでもない。己の才覚一つで大きなことを成し遂げてみたいと思ったのだ」


 女性たちが私を求めてやってくる? なぜ私が待つ必要がる? 男だから弱い? それは他人のことだ。私のことではない。


「アルファ」


 私は横に座っているアルファに椅子を近づけた。


「マクシム様?」


 恥ずかしがるように戸惑うアルファ。

 私よりも強いはずのアルファは、恥じらいを見せる。

 その姿はとても可愛い。


 そっと髪に触れて頬を撫でる。


「……何をなさるのですか? 人が来ます」

「嫌か?」

「嫌ではありません」

「ならば」


 今までは、私が責められるばかりだった。

 ならば、私が責める側に回ってもいいのではないか? もちろん、私を好いていない女性に触れるようなことはしない。

 だが、私を好いてくれている女性。

 そして、私が好いた女性を相手にするのに遠慮はいらないと思う。


 この世界は女性が多く。

 愛を求める女性は男性の百倍存在するのだ。


「んんん」


 アルファの口を塞ぐ。

 未だに、私はアルファとグレースしか、女性を知らない。

 男性は百名の女性を娶って良いと言われているのに。


「愛しているよ。アルファ」

「私もです。ですが、これにどんな意味があるのですか?」

「アルファは私の物になってくれるか?」

「それはいったい?」

「妻に迎え入れたい」

「なっ!」

「君を手放したくはないんだ」

「よろしいのですか? 私で?」

「もちろんだ。グレースも妻だが、アルファにも側にいて欲しい」

「嬉しゅうございます」


 アルファが私の胸に飛んできた。

 

 今まで好きだと伝えていたが、正式なプロポーズはしてこなかった。

 それは私という人間が、私自身がわからなかったからだ。

  

 だが、太々しく、図々しく、狡賢く、悪い男になってもいいと、自分の心が納得した。良い子でいる意味など何もない。


「アルファ、私は多くの女性を愛するだろう。それでも構わないか?」

「むしろ、マクシム様は世界に愛されるお方です。私が独り占めなどできません。ですが、マクシム様に愛される一時をくださいませ」

「もちろん。私は愛した女性しか、相手にしない。それは約束しよう」

「ならば、問題はありません。その幸福を得られた一人として、私はいつまでもマクシム様をお支えする所存です」


 アルファが私を力強く抱きしめてくれる。


「今日は一緒に寝てくれるか?」

「喜んで」


 アルファの質問から、私は決心が固まった。


 私は思うのだ。迷いの森の生態調査をしたい。

 あの、オーガ娘を美しいと思った。

 彼女に会いたい。


「まずは、私自身が強くなる」


 イージス先輩が教えてくれた。

 種族によって女性の好みは異なるが、一つだけ共通している点がある。


「男が強くあれば、女はより輝くんだよ」


 今までの男は弱く、女が強いのが当たり前だと思ってきた。

 だが、それは間違いだった。


 男が強くなれば、女が輝く。


 そして、アルファは私が求めれば美しく妖艶な笑みを浮かべた。

 これが答えで、真理だったのだ。


「大切な者たちを守るだけではダメなんだ。私自身が望む相手を手に入れる。そうして初めて私はナルシスを超えたと言えるのではないか?」


 私は処刑されたことよりも、私から女王陛下が奪われたことに対して腹立たしいと思ったのかもしれない。


「ナルシスよりも良い男に、いや悪い男になることが復讐に繋がるはずだ」


 新たな決意を胸に私は魔物の森へ再挑戦するために、己を磨き始めた。

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