第四十六話 亜人の存在

 魔法実技研修は色々なことがあって疲れてしまったが、その際に出会ったオーガ少女のことが気になって調べることにした。


「ふ〜ん。亜人種のことを知りたいんだね」


 空き時間にやってきた図書館で、イージス先輩に出迎えられた。

 いつも席に座るイージス先輩はひだまりのように暖かい。


「はい。魔物の森でオーガ少女にあったんです。魔物のだと思っていた彼女は人の言葉を話していました」

「ふむふむ、普通は魔物について勉強はしないからね」

「イージス先輩は知っているのですか?」

「うーん、そうだね。これは御伽話として聞いて欲しいかな」

「御伽話?」

「うん」


 そう言ってイージス先輩が語り聞かせてくれた話は、花婿候補として勉強した中のどこにも存在しない。私でも知らない昔話だった。


「昔々、この世界にはまだ男性も、女性も、数が同じぐらいいた頃。普通の人以外にも聖霊族、亜人族、巨人族、魔人族など普通の人とは見た目が異なる人たちが存在していました。ですが、男性が数を減らしていくと、全ての種族は男性を取り合うように争いを始めました。それは世界を巻き込む大きな戦いになりました」


 私が知る世界大戦は、人同士の争いしか知りません。

 そこに他の種族は記されていませんでした。


「歴史では普通の人が普通の人と戦争をして勝利したと描かれているよ。だけど、人の国が存在する外側。そこには普通の人以外の人々が世界を作る街や国が存在します」

「えっ!」

「これは普通の人族。特に教会が認めたくない事実として、歴史から抹消された事実。ですが、人族は特に内陸で住む人たちには一生この事実を知らないまま死ぬ人もいるよ」


 かつての私は本当に世界を知らなかったとしか思えない。

 

 花婿になるために、色々な勉強をしてきた。

 他の国々との外交手段や、街を発展させる方法、礼儀作法や回復魔法など。


 だけど、そこに歴史が改変されたなどという事実は知らない。


「先輩は、どうしてそんなことを」


 ボクの問いかけに対して、先輩はニヤリと笑って、日差しが差し込む窓際に立った。両手を広げて微笑む。


「私は図書館の妖精だよ。ここにある本以外でも、本の知識を得ることこそが喜び。そして、それを披露させてくれるマクシム君は私にとって最高の観客だよ」


 嬉しそうに語るイージス先輩は凄く楽しそうだ。


「ふぅ、ならオーガ少女も、その外の世界からきたと?」

「ああ、ちょっと誤解があるよ。あの話は御伽話って言ったでしょ。本来は、今も亜人種はその辺に住んでいるよ」

「えっ!」

「君も獣人を見たことあるだろ?」


 ふと、ミーニャたちの顔が浮かぶ。


「はい。ブラックウッド家にも騎士見習いとしています」

「ふふ、そうだろうそうだろう。君はオーガ少女を魔物と言った。だけど、本来オーガも亜人の一種だよ。まぁ、魔物と人が混じった物と思っているかもしれないが、獣人もまた亜人の一種だと言われているんだよ」


 普通の人にはない獣の耳や尻尾。

 私はそれが当たり前に思っていた。

 オーガ少女には、ツノがあった。


 違いはそれほどないのかもしれない。


「なるほど、つまりオーガ少女も亜人の一種で、魔物の森に住んでいると?」

「そうだよ。そして、亜人の小国家は王国内にもいくつか存在しているんだ」

「つまり、王国に住む亜人と。普通の人が住む地域の外に、他の種族が支配する世界があるのは事実と?」

「そうだね。交流がないからどうなっているのかまでは知らないけど。獣人や鬼人なんかは意外に王国に残っているんだよ」


 普通の人とは違う亜人たちの知識を全く知らなかった。

 獣人は平民や奴隷に多いと思う程度にしか思っていなかった。

 平民である獣人たちも冒険者や傭兵などの仕事についていて、孤児院にいる子供たちは獣人ばかりだった。


「それは冒険者や傭兵として働いている間に、親を亡くしてしまっているんだと思うよ」

「あっ!」


 ミーニャやウルルの事情に対して、思い至らなかった自分が恥ずかしい。


「マクシム君は、良い子だね」


 私が獣人たちのことを思って表情を曇らせていると、イージス先輩に頭を撫でられてしまった。


「君は真面目だね。それに凄く優しい」


 イージス先輩の大きくて柔らかな胸が私を包み込む。


「せっ、先輩!」

「サラ。君にはそう呼んで欲しいな」

「……、わっ、わかりました。サラ先輩」

「ふふ、君は本当にかわいいね。マクシム君。亜人たちも、いや他の種族も女性ばかりでこの世は戦いなんだ。だからこそ、男性は貴重な存在であり君が気に止むことはないよ」

「それはどういうことですか?」


 優しく私を包み込んでいたサラ先輩が、そっと距離をとる。


「マクシム君、ここは大海原だ!」

「大海原?」

「そうだよ。君を狙っているのは、王国という小さな世界じゃない。もっと大きな世界が、きっと君を求める。それだけの価値がマクシム君。君にはあるんだ」

「私の価値?」

「今はまだ君にはわからないだろう。だけど、きっと君は大海を知ることになる。その時に優しいだけの男でいちゃダメだ。太々しく、図々しく、狡賢く、悪い男になりなさい」

「サラ先輩?」

「私は、そんな男にこの身を捧げたい」


 サラ先輩に、そのままキスをされた。 


 情欲的で、大人のキスを。

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